大江戸商い白書――数量分析が解き明かす商人の真実 (講談社選書メチエ)

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  • Amazon.co.jp ・本 (232ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062586054

作品紹介・あらすじ

零細店舗あふれる江戸の町。外食屋七〇〇〇軒。一二六人あたり一軒の古道具屋。米屋は一日三〇名程度の来店客――。十数年しか続かず、血縁原理も働かなかった商家がほとんどだった花のお江戸の商人たちの選択のドラマとは? 狭くて人口密度が高く、売り手買い手ともに自由な一大消費都市江戸の商いのありようとは? 四〇〇〇軒の商家を徹底的に数値解析することで、従来の大商家「越後屋=三井」史観に決別する。

感想・レビュー・書評

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  • 著者は日本史を専門とする研究者。現在、東京工業大学社会理工学研究科教授、という肩書きがまず目に留まる。
    日本史と東工大? 社会理工学、って何だ?
    異質なもの同士の出会いから、今まで見えなかった姿が見えてくる。歴史meets数量分析の1冊だ。

    江戸の商人というとまずはなんと言っても三井(=越後屋)らしい。老舗の大店だ。
    江戸の商人像というのは、三井のイメージでできあがっている部分が多いという。なぜかといえば、三井家には、決算帳簿、為替のやりとり、給与明細など、まとまった形のきちんとした文書記録が残ってきているからだ。そして、ここがもう1つポイントだが、他に、同様なまとまった資料はほとんどない。つまりは、三井に突出して資料が多いばかりに、その部分だけ研究が進み、「木を見て森を見ず」になっているのではないかということだ。
    三井は確かに、江戸の商人の1つであったには違いないが、全体を代表する存在であったのか? 三井の記録ばかり見て、江戸の商人の実像にどれだけ迫れるのか?
    そこが本書の出発点である。

    さて、疑問はもっともだが、しかし、資料がなければ実態はわからない。ではどうするか。
    数字から読み解いていくのである。
    例えば、江戸の人口は奉行所の調査などから判明しているが、どの町にどのくらいの人が住んでいたかは不明である。著者はこれを、髪結の営業権総額(沽券金高)から推定していく。髪結の料金は江戸全域で統一価格であったという。料金も違わずということであれば、たいていの者は地元ですませるだろう。髪を頻繁に結う者とずぼら者の比率も地域でさほどは違うまい。そうであれば、営業権総額は人口に比例するのではないか。
    ・・・はぁ、なるほど。
    そうして、無味乾燥とも思える数値から徐々に江戸の町の息遣いが立ち上がっていく。

    本論の江戸商人のデータ分析として、大きな資料となっているのは「江戸商家・商人名データ総覧」全7巻(田中康夫編・柊風舎)である。江戸の商人に関する名簿145種類を集め、名前・住所・業種・「株」(商売の権利)の移動を年次ごとにまとめたものだという。公の資料、民間で作成されたガイドブックのようなもの、「株」仲間が仲間内用に作った名簿など、種々の史料が含まれる。
    この膨大な史料を、まずはデータベース化する。
    この中から、同屋号で同一人物が続けているようである店が抽出できれば店の存続年数が見えてくるし、業種ごとの店の分布もわかり、「株」の増減により開業・廃業の動きなども見えてくるわけである。
    データは宝の山なわけだが、そのままでは持ち腐れ。そこをいかに斬新な切り口で表化・グラフ化するかが腕の見せ所という印象だ。

    本書では、さまざまな分析の結果、店を大きく3つに分類している。
    米や炭など商品が重くてしかし日々必要なものは、必要に応じて少量ずつ近所の店に買いに出る。だから、つき米屋、炭屋などは、各町内に小規模の店が点々とある。数十軒のお得意さんがいれば、糊口を凌ぐことはできる。ある意味、誰でも参入しやすく、始めるも止めるも比較的気軽だ。こうしたものを代表とする、日用品を主に扱う地域の店を<全域型>と呼ぶ。
    対して、化粧品や薬などのある意味、「よそいき」の商品を売る店は、日本橋あたりの繁華街にまとまる。買いに来る客も、あれこれと見比べられ、しかもこういった商品はコンパクトで持ち帰るのも簡単だ。看板商品があれば店はある程度、続くことになるだろう。これらはは<都心型>だ。
    武士に支給された米を金に換える「札差」や使用人の斡旋をする「人宿」は、お得意さんである武家の近くに店を構えた。こうした特殊な職種は<特化型>だ。

    実際のところ、とくに<全域型>の日用品を扱う店では、記録を後世に伝えうるような、大店の老舗はまずほとんどないといってよい。大部分の商人はその日暮らしの自転車操業で、参入しては数年で止め、を繰り返していたのではないかということが見えてくる。そのあたり、「宵越しの銭は持た」ずともやってこられた時代の「空気」なども影響しているのかもしれないが、それはまた本書とは別の話になるだろう。

    他に、町奉行と勘定奉行、店売りと町売りなど、違う勢力同士の丁々発止のせめぎ合いも文書やデータからあぶり出されてくる。
    時に相手の出方を探り、時に計算を働かせつつも、皆、それぞれの立場で、生き残ろうと必死に智恵を働かせていたのだ。
    「甘いものはお嫌いでしょうが、この菓子はお気に召すかと(と小判を仕込んだ菓子折)」「ひーひっひ、越後屋、そちも悪よのぅ」「いえいえ、お代官様ほどでは」という時代劇おなじみのシーンは、まぁ、やっぱりフィクションなのだろうなと思う。
    少なくとも大半の商人は賄賂を渡すほどの儲けはなくて、お代官様だってむしろ愚直に職務に精励されていたんだろう。

    ドライな数値から江戸の人々の悲喜こもごもが見えてくるようでもある。
    史料からの研究手法の1つを紹介するという意味でも興味深い1冊である。

  • 「越後屋、お前も悪よのう」の越後屋の屋号数は6位だった。落語の庶民の様子が近い。

  • 大江戸商い白書
    数量分析が解き明かす商人の真実

    著者山室恭子
    2015年7月10日発行
    講談社

    10月に読んだ本。
    著者は東京工業大学大学院社会理工学研究科教授、日本史研究者。朝日新聞の別刷Beで月1ぐらいのペースで連載している記事の書籍版。毎回、数字史料を根拠に軽快な筆致で江戸の商売や暮らしぶりを解説してくれている。読んでいて江戸の町並み、商店、人々の暮らしぶりが見事に浮かんでくるのが不思議。

    江戸時代、商売をする場合は「株」と呼ばれる営業の権利を保有する必要があった。新規に発行されることは少なく、公儀が政策的になにかをするときぐらいなもの。あとは、現在出回っている「株」を何らかの形で入手するしかない。一番イメージしやすのが、親から子への相続や贈与である。ドラマを見ているとほとんどそんな風に描かれている。しかし、事実は違う。非血縁者に譲渡することが半数。つまり、半分は他人に株を売って商売をやめてしまうのである。それほど、江戸時代の商売は厳しいものがあり、能力のない子に継がせるなどとという安易なことは行われなかった訳である。

  • 江戸の商人を数量分析することで、江戸商人の様々な傾向をとらえようとした一冊。存続平均年数を試算するなど試みとしては興味深い。

    ただし、本書の分析対象は史料に名前が出てくるレベルの商人であって、結局、株仲間や組合に加盟するような商人が中心と思う。圧倒的多数を占めるであろう、記録に残らない零細商人は分析対象に含まれていない。あくまで江戸商人の一部の分析にすぎないことに注意。

    あと『江戸の小判ゲーム』同様、選書でこれはないだろという文体で困る。砕けた文章と読みやすい文章は違う。

  • 【書誌情報】
    書名 大江戸商い白書――数量分析が解き明かす商人の真実
    著者 山室恭子
    発売 2015年07月10日
    価格 本体1,600円(税別)
    ISBN 978-4-06-258605-4
    判型 四六
    ページ数 232ページ

    零細店舗あふれる江戸の町。外食屋七〇〇〇軒。一二六人あたり一軒の古道具屋。米屋は一日三〇名程度の来店客――。十数年しか続かず、血縁原理も働かなかった商家がほとんどだった花のお江戸の商人たちの選択のドラマとは? 狭くて人口密度が高く、売り手買い手ともに自由な一大消費都市江戸の商いのありようとは? 四〇〇〇軒の商家を徹底的に数値解析することで、従来の大商家「越後屋=三井」史観に決別する。
    http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062586054


    【抜き書き】
    □144頁
     “需要が増えれば供給を増やし、需要が減れば供給も減らす。
     商人たちのこうした身軽さを支えていたのは、舂米屋も炭薪仲買も扱う商品が均一で、〔……〕いわば参入障壁が低い業種だったことが大きい。これが薬種問屋や呉服問屋となると、そうは行かない。多様性に富んだ商品についての深い専門的知識が必要であるし、特殊な仕入れ先との信頼関係も築いておかなくてはならない。”


    ※この目次で〔 〕に示したフリガナは私が付け加えたもの。
    【目次】
    はじめに 熊吉についてわかるすべてのこと [003-006]
    目次 [007-009]

    第一章 五坪に四人 江戸の人口密度を推計する 011
      緻密な悉皆〔しっかい〕調査
      髪結沽券金高〔かみゆいこけんきんだか〕
      江戸の人口分布
      日本橋地区に四五パーセント
      小間高〔こまだか〕から町人地面積へ
      人口密度の算出
      家の大きさを推定
      時間差推定
      数値解析の効用

    第二章 江戸商人データ解析 029
    1 江戸商人データベースの作成 030
      三井史観の呪縛
      情報源
      データベースの作成
    2 平均存続わずか一五・七年 036
      年代分布の偏り
      オドロキの存続年数
      度数分布
    3 株の五割は非血縁譲渡 045
      相続か譲渡
      既存か新規か
      存続年数と移動事由の関係
      選択のドラマ
    4 店の五割は米屋か炭屋 055
      米屋と炭屋が二大業種
      嘉永四年の一斉店舗調査
      長寿な札差〔ふださし〕 短命な舂米〔つきごめ〕屋
      流動性係数
    5 番組編成の三類型 064
      舂米屋の番組編成事情
      炭薪仲買〔すみたきぎなかがい〕の番組編成事情
      札差たちの場合
      全域型・特化型・都心型
      流動性との関係

    第三章 競争と共生 077
    1 地区別店舗分布 078
      類型別店舗数
      築別店舗数
      地区別×業種別店舗数
    2 大江戸ショッピングガイド 089
      菓子に呉服に袋物
      薬屋さんの全面広告
      高付加価値商品
      ニーズの多様性
      よそゆきの江戸
    3 本所・深川の米流通網 098
      グリッド単位の分析
      町・丁目単位の分析
      暮らしに寄り添う商い
    4 御用金をいくら出す? 107
      競争と共生
      御用〔ごよう〕金の醵出〔きょしゅつ〕金
      札差の千両箱
      四〇両多い都心型
      三〇両多い日本橋

    第四章 江戸の完全競争市場 115
    1 薄利寡売の茨道 116
      どちらが先?
      全域型が先行
      ベーシック比率
      二〇〇人に一軒のお米屋さん
      米屋と炭屋の売上試算
      兼業という選択
      薄利寡売の茨道
    2 江戸の完全競争市場 131
      オドロキからの出発
      三類型の検出
      消費者視点と店舗視点
      なぜ店舗数が多いのか
      全域型店舗の特性
      完全競争市場の成立条件
      自由な買い手と身軽な売り手
      ヤドカリ・スタイル
      消える利潤
      全員がプライス・テイカー
      小商い栄える街
    3 リサイクルショップとファストフード 152
      一二六人に一軒の古道具屋さん
      一一七人に一軒の飲食店
      四人に一人が他所者〔よそもの〕

    第五章 大江戸商い模様 161
    1 桜吹雪の町奉行 162
      ただいま噴火中
      問屋再興へ
      株の担保機能
      計画始動
      ミスター正論登場
      戦術的撤退
      個別撃破作戦
      集団の叡智
      緊張感が育てたシステム
    2 豆腐屋甚吉の町売り攻勢 180
      罠
      店売りか町売りか
      第二の事件
      自法禁止
      ラッパの系譜
    3 肴屋松五郎の鰤〔ぶり〕一〇〇本 190
      築地〔つきじ〕河岸の攻防
      押し込まれる老舗問屋
      訴状撤回
      三度目の正直
      消えたリーダー
      水の利
    4 三人の両替商 198
      チクデン瀧之助
      カゼヨミ栄助
      ジミチ吉之助
    5 髪結常吉と三〇〇人の仲間 205
      小川屋での蹶起〔けっき〕集会
      髪結床〔どこ〕の算盤勘定
      暴発寸前
      常吉、勝利す
    6 湯屋のぬくもり 212
      町奉行の決意
      混浴禁止令
      ライバルは薬湯
      二文値引きの慣行
      「軽キものども」の難儀
      反対派の理由
      湯屋の公共性

    おわりに(二〇一五年六月 著者) [226-227]

  • 672.1||Ya

  • 寄り道がなく、いきなりズバッと核心に迫る。小気味良い一冊。資料から数値を抜き出して解析することで経済都市としての江戸を浮かび上がらせる、というワクワクする試みで、しかも浮き上がってきた江戸の生活がなんとも身近で楽しい。へー、ほーの連続だ。英雄譚でもなく、民俗でもない。数値解析という第三の眼が、生活圏としての江戸を浮かび上がらせる。贅沢を言えば、登場する聞き慣れない商売についてもう少し解説を、と思ったが、それをしないのが本書の漢らしいところだな。
    良書。

  • 仕方がないとはいえ、データ処理がざっくり過ぎで、これを根拠に自信満々に語れるのが不思議です。商家の血縁度外視、実力主義は割りと知られていると思っていました。才能なしと判断されると、婿養子とか養子に継がせるとか。資産を持ちたがらなかったのは、火事が怖かったからじゃないんですかね?

  • データが語るあたりが歴史経済学の王道。こういうのに出会うと眼福と思う。

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著者プロフィール

1956年東京都生まれ。東京大学文学部卒業、同大学大学院人文科学研究科博士課程中退。文学博士。現在、東京工業大学大学院経営工学系教授。専攻は日本史。主な著書に『中世のなかに生まれた近世』(講談社学術文庫、サントリー学芸賞受賞)、『黄金太閤』(中公新書)、『群雄創世紀』(朝日新聞社)、『黄門さまと犬公方』(文春新書)、『江戸の小判ゲーム』(講談社現代新書)、『大江戸商い白書』(講談社選書メチエ)などがある。

「2017年 『歴史小説の懐』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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