日本軍のインテリジェンス なぜ情報が活かされないのか (講談社選書メチエ)

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  • Amazon.co.jp ・本 (260ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062583862

作品紹介・あらすじ

暗号解読など優れたインフォメーション解読能力を持ちながら、なぜ日本軍は情報戦に敗れたか。「作戦重視、情報軽視」「長期的視野の欠如」「セクショナリズム」。日本軍最大の弱点はインテリジェンス意識の欠如にあった。インテリジェンスをキーワードに日本的風土の宿痾に迫る。

感想・レビュー・書評

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  • 「日本軍の」という枕詞が付いているが、日本軍の情報機関の詳細という枝葉末節で終わらない。

    情報政策における日本軍の組織的欠陥を踏まえつつ、インフォメーション(=無加工情報)とインテリジェンス(=加工済み情報)の違い・戦略立案者と情報提供者の間の適切な距離感・中長期的戦略と短期的目標の峻別といった組織運営や仕事の遂行における重要な事項を示してくれる。

    要は、旧日本軍は組織マネジメントにおける失敗例の宝庫なのだ。

  • 少し歴史を知っている人であれば、ミッドウェー海戦の際に日本海軍の暗号が解読されていたことは知っているだろう。もう少し詳しい人であれば、山本五十六長官機が撃墜された海軍甲事件でも暗号が解読されていたことを知っているかもしれない。さらに詳しい人であれば、機密文書が流出した海軍乙事件についても知っているかもしれない。海軍乙事件については吉村昭の記録文学が有名であるため、興味のある人は一読してみても良いだろう。

    これらの事件から得られる印象は、「日本海軍は情報の取り扱いに問題があった」という漠然とした印象であった。しかし、本書の説くところによれば、事情はもう少し複雑である。

    本書の内容を語る前に、用語の解説をしておこう。日本語では「情報」と一括りにされるが、英語では Information と Intelligence の2種類が存在する。Information とは文書情報、通信情報をはじめとした生の情報、Intelligence とは Information を多角的に集めて分析を行ったものである。本書では Information を天気図、 Intelligence を気象予報にたとえて説明しているが、言いえて妙である。Information は、読み解くスキルがなければ価値がないのだ。

    日本軍の話に戻ろう。日本海軍、日本陸軍ともに、現場では人数の少なさのわりに情報機関は多くの成果を上げていた。陸軍では有名な中野学校があったのみならず杉田一次や堀栄三といった有能な情報士官を擁していたし、海軍は米英の暗号解読をかなりの精度で実施できていた。しかし、組織全体としては情報をうまく利用できていなかった。

    日本軍における情報利用が進まなかった理由は多岐にわたるが、そのうち3つをピックアップしたい。1つは、情報部の地位の低さである。堀栄三が著書『大本営参謀の情報戦記 情報なき国家の悲劇』で述べている通り、日本軍においては作戦部がエリートコースであり、情報部は生情報を右から左に流すだけの簡単な仕事とみられていた。事実、堀も作戦部を志望していたものの、陸大の成績が作戦部配属に足らなかったため情報部配属となっている。

    ところが問題はそう単純ではない。日本軍は組織として Information と Intelligence を区別しておらず、そのため情報部の地位が低かった、というだけが問題ではない。2つ目の問題は、「優秀な」作戦部が目先の戦術目標達成のために Information をうまく利用できていたことである。

    日本軍の南方進出において、陸軍はマレー半島のことをよく調査してから作戦に臨んでいる。調査は主に作戦部が主導し、結果は知られている通り大成功に終わった。戦術的な情報利用では、目的が明確でタイムスパンも短いため、優秀な人材を集めた作戦部が Information を扱っても問題がなかった。

    しかし、中長期的な情報利用となると話が異なる。これが3つ目の問題で、そもそも日本軍においては中長期的なビジョンを合理的思考に基づいて作ろうとする動きが存在していなかった。このことが情報機関を利用するインセンティブを欠き、情報機関の発言力が弱まり……という悪循環を招いた。

    その他にもセクショナリズムによる情報共有の不作為など、問題点は枚挙にいとまが無い。そして、数々の問題点を眺めて思うことは、現代の日本も形を変えて似たような問題を抱えているということだ。

    堀は日本を「情報なき国家」と評したが、本当のところは「ビジョンなき国家」なのではないか。そう思わざるをえなかった。

  • インフォメーションという断片的な情報を集めてそれをインテリジェンスという、最終判断にする。

    それが情報機関の役割なのだが、戦前の陸軍や海軍ではこの一連の流れが上手くいっていなかった。

    情報収集や防諜面では海軍よりも陸軍が徹底していたが、その陸軍にしても作戦部門を重視しすぎてせっかく集めた情報が無駄になった上に、海軍に関しては初歩的な防諜や情報収集でしくじったりとろくなことをやっていない。

    この一連を纏めると、情報機関というのは銀行で例えると審査部門であり、作戦を担う部署が営業部門とする。

    審査部門は営業から上がってきた融資案件や独自に調査した融資先の情報を調べ
    「あの会社は粉飾している」「多くの負債を抱えている」「そもそも主力商品が全然売れていない」「無茶苦茶な設備投資をしている」と判断して「あの会社に融資してもダメです」「あの融資先、貸し倒れますから引き上げますよ」と判断しても、営業部門が「俺達が必死に集めてきた融資をパーにする気か」と反対する。

    その図式が戦前の日本軍のインテリジェンスであったのだが、それが正直な話、今も変わっているとは言いがたい。

    まずはそこを変えていかなくてはならないと思う。

  • ○情報・データとインテリジェンスは違う
    ○インテリジェンスがあっても、計画に活かされない。
     インテリジェンスに基づかない計画は失敗する。

  • 戦争
    軍事
    歴史

  • 予想以上に読み応えのある内容だった。
    特に旧陸海軍が情報収集能力が優れていた事には大変に驚かされた。
    他にも「インテリジェンス」と「インフォメーション」の違いからインテリジェンスの活用方法など今まで知らなかった事があり、面白かった。
    [more]
    この本を読んで前々から思っていた事が確信に近づいた。
    日本は第一次世界大戦に本格的に参加しなかった事で総力戦を理解できていなかったという事
    太平洋戦争初期における陸海軍の作戦が完璧に進んだにもかかわらず、その後の作戦がグタグタだったのは長期戦略が全くなかったという事だと思うんだよね。
    負けるにしても上手く負ける為の戦略を作ればいいと思うんだけどな。

  • 日本軍の暗号読解能力とかは言われるほどヘボではなかったが、情報を共有、分析、活用する仕組みが弱かったと。

    ・海軍の情報データ(ある一時期のサンプル)のうち、通信傍受などの非公開情報が3分の1を占めていた。現代の情報活動では非公開情報は1割以下と言われる(誰が言っている?)。

    ・英米とも戦後の東西対立を見越して日本軍に暗号を見破られていた事実を明かさなかったので、日本軍の暗号読解能力が過小評価されたのでは。

    ・通信傍受は内容が分からなくても頻度や方位測定だけでも有効。

    ・人的情報(ヒューミント)は通信情報(シギント)などの技術情報だけで足りない部分を補うもの。

    ・ソ連相手の諜報活動はは防諜が徹底していたので大変だった。しかし、陸軍はソ連重視だったのでそれなりの成果を上げており、参謀本部もソ連情報は情報部を重視していた。

    ・陸軍の特務機関がイギリスのSISのような対外インテリジェンス組織で、憲兵隊がMI5のようなカウンター・インテリジェンス組織と言える。

    ・札幌の英領事館で、日本人タイピストが隙を見て窓から暗号書を放り出すという荒業で暗号を盗んだりした。ここまで乱暴でなくても、暗号書を盗む行為はよくあった。

    ・グレアム・グリーンの弟、ハーバートは日本軍のスパイとして活動していた。他にも、元英軍人のスパイを雇っていたが金を食うばかりで使えないやつだったよう。

    ・海軍の問題は、暗号書が敵に渡った兆候があってもなにも手を打たなかったこと。ミッドウェイ海戦や山本五十六撃墜事件いつながる。諜報活動への資源投入不足とあわせて著者の海軍への点は辛い。

    ・陸海軍とも作戦部が重視されて人材も集まり、情報の分析(インフォメーションをインテリジェンスへ加工する)を自前でやっていた。しかし作戦計画者が情報の分析をすると、都合のよい情報を重視する方向へバイアスがかかる恐れがある。ただし、お手本とされる英国でも政策・作戦と情報との距離は永遠の課題であった。

    ・通信情報も暗号を解読できただけでは生データに過ぎず、他の情報と照合してはじめてインテリジェンスになる。その意識が日本軍には弱かった。

    ・戦術面では必要な情報が何か明確な場合が多いので、日本軍の情報活動も機能した。より戦略的な場面では、情報利用者からの要求が明確でなかったため機能しなかった。

    ・英情報部は、1920年代には日本軍の能力を肯定的に評価するレポートが多かったが、30年代後半になると人種的偏見により歪曲されたレポートばかりになった。「最も洗練されていた」とされる英国でもこの程度。

    ・結局、日本では正確な情報よりも内部の政治的調整が重視されていたと、おなじみの憂鬱な結論。陸海軍でぜんぜん情報が共有されていなかったのは英国とは対照的。


    意見・主著にわたる部分(とくに将来へ向けて)には首肯しかねる部分が多かったが、事実の諸々はまあまあ面白い。

  • ◆第二次世界大戦での戦略・政略面に加え、戦術面での日本軍・日本政府のインテリジェンスの愚を知ることで、今まさに露呈した官僚の情報管理の問題が、日本の国民益と国益の阻害要因であることに気付かせてくれる◆

    2007年刊行。
    著者は防衛省防衛研究所戦史部教官(英政治外交・インテリジェンス研究)。
    ◆十五年戦争(特に日中戦争・アジア太平洋戦争)における日本軍のインテリジェンス検討の特徴と問題点を、具体的実例を通じて広範に炙り出すと共に、現代における問題点とその改善のための示唆を齎さんとする書である。

     日本軍は戦闘・作戦重視、情報軽視とは、これまでよく言われてきたことであるが、著者はその森の中に分け入り、戦術と戦略・政略、あるいは陸軍・海軍・外務などに区分けし、その内実を解き明かそうとしている。
     この戦前昭和時代のインテリジェンスに関して、これを否定する方向では、例えば「総力戦研究所」に関わる著作がある一方、これを肯定する方向での例、例えば、小野寺信の挿話などが存在する。
     しかしながら、これらは前提としての個別事象に過ぎず、本書はそれらを統合した観点で日本軍のインテリジェンスを検討していくものである。

     本書から見えてくるのは、
    ① 日本海軍の戦術レベルにおいてすら妥当する低い防諜意識と稚拙な内実(特に対米戦)。
    ② ソ連に費用・人材を特化しすぎた日本陸軍。
    ③ 陸海とも、戦闘・作戦重視、情報軽視は明らか。
    ④ 暗号解読には、日本軍とて一定の力はあったが、人材の豊穣さ、予算の潤沢さにおいて、英米独ソの比ではない。
    ⑤ インテリジェンス部門と各情報のクロスリファレンスのための組織・機関の欠如。
    ⑥ 情報利用者=政・軍の上層部による客観的情勢への配慮不足、自制心・自省心欠如と共に、結論・行為ありきの情報取捨選択という愚昧。
    ⑦ 長期的政策実現目標のための情報利用のノウハウ欠如、実行欠如
    というものだ。

     実際、民主主義・国民主権という現代の制度の下で、国家情報への国民のアクセス権の否定・制限は問題が多く、容易でもない。それは政権担当者の暴走防止の面もあるが、これが現代の民主制と国民一人一人の利益を考慮したシステムのために必要不可欠な、権力の抑制作用の一というべきである。
     しかも、今般の自衛隊日報隠蔽とモリカケ改竄で、公文書やそれに類する官僚の情報管理のいい加減さが露呈してしまった。
     そもそも情報公開が制度としても、機能面でも不十分な中、彼らの国民のアクセス権への感度の鈍さとともに、ルールすら守らないとなれば、官僚による保秘の強調などは、到底納得できるものではないし、危険性は大きすぎるし、大体説得力を欠く。

     一方で、昨今の問題は、文書保全の重要性の理由が、長期的視野で過去情報との比較・検討をする高度の必要性にあり、この点について、今もなお政策担当者が気付いていないことを露呈したといえる。
     それが、特定政権中枢への忖度か、自己組織保全目的かの理由の如何を問うものでないことは当然である。


     本書において著者は力説する。いくら情報集中のための組織を作っても、また戦前日本のように厳格な機密保護法が存在したとしても、真の意味のインテリジェンスを実現することにはならず、とりわけ長期的観点からの国益を阻害する、と。
     その意味からみても、本書を読むと、昨今の官僚の情報管理の出鱈目さと、そこから生まれる危険性を感じ取ることが出来るのだ。

     以上、今現在の長期的政策目標実現のための情報管理とその活用法を感得するためには、本書を読破することで、旧軍と戦前政府が行った情報活用の失敗と、それを生じさせた組織面、ルール面の問題を知り、かような機能不全の実を知って、それを他山の石となす必要がある。
     本書を一読すべき所以である。

  • 【219冊目】インテリジェンスに関する学術研究は、他の分野に比べるとあまり進んでおらず、中でも日本ではあまり研究者がいないイメージ。本書筆者、北岡元、中西輝政、小林良樹…ぐらいがパッと思いつくところか。

     主に第二次世界大戦中の日本陸海軍のインテリジェンス活動について描写。巷間言われるのは、日本軍は連合国に情報戦で負けたということだが、筆者はこれに反論する。日本軍は英米や露中の暗号の一部を解読することに成功していたし、満州、中国、東南アジアではヒューミントにも長けていた。戦場において入手した情報を、その最前線の戦線において活かすという戦術的なインテリジェンスについても戦争の初期では上手くいっていた、というのが筆者の主張である。

     筆者は、日本(軍)に足りなかったものは、戦略的なインテリジェンスの活用・収集であるとする。それは、インテリジェンス部門に投入される資源が小さかったこともさることながら、政策(作戦)サイドが情報部門を軽視してそのプロダクトを無視し、また、適切なリクワイアメントを出さなかったことが原因である。そして、インテリジェンスを根拠に自らの政策(作戦)を決定するのではなく、組織間の力関係や調整によってこれを決定していたのである。
     特に、独ソが対立しているという駐独武官からの同一の情報を、一方の日本はこれを無視して三国同盟に突き進み、一方のチャーチルは自らの好悪を曲げて英米ソの連携につなげる方向につなげたというエピソードは印象深い。

     そして、筆者は、こうした日本(軍)の問題は、今日の日本にも重要な教訓を示唆しているというのである。ここに、本書の項目だけ示して終わろう。
    ・組織化されないインテリジェンス
    ・情報部の地位の低さ
    ・防諜の不徹底
    ・近視眼的な情報運用
    ・情報集約機関の不在とセクショナリズム
    ・戦略の欠如によるリクワイアメントの不在

  • データ:数値等ナマの情報
    情報:分析のための情報

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著者プロフィール

小谷賢
1973年京都府生まれ.立命館大学卒業、ロンドン大学キングス・カレッジ大学院修士課程修了.京都大学大学院博士課程修了.博士(人間・環境学).英国王立統合軍防衛安保問題研究所(RUSI)客員研究員,防衛省防衛研究所戦史研究センター主任研究官,防衛大学校兼任講師などを経て,2016年より日本大学危機管理学部教授.著書『日本軍のインテリジェンス』(講談社選書メチエ,第16回山本七平賞奨励賞),『インテリジェンス』(ちくま学芸文庫),『インテリジェンスの世界史』(岩波現代全書),『日英インテリジェンス戦史』(ハヤカワ文庫NF).訳書『CIAの秘密戦争』(マーク・マゼッティ,監訳,早川書房),『特務』(リチャード・J・サミュエルズ,日本経済新聞出版).

「2022年 『日本インテリジェンス史』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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