- Amazon.co.jp ・本 (290ページ)
- / ISBN・EAN: 9784062199186
作品紹介・あらすじ
独立蜂起の火種が燻る十九世紀のポーランド。
その田舎村に赴任する新任役人のヘルマン・ゲスラーとその美しき妻・エルザ。この土地の領主は、かつて詩人としても知られたアダム・クワルスキだった。
赴任したばかりの村で次々に起こる、村人の怪死事件――。
その凶兆を祓うべく行われる陰惨な慣習。
蹂躙される小国とその裏に蠢く人間たち。
西洋史・西洋美術に対する深い洞察と濃密な文体、詩情溢れるイメージから浮かび上がる、蹂躙される「生」と人間というおぞましきものの姿。
芸術選奨新人賞、吉川英治文学新人賞受賞作家の新たなる代表作となる長編小説です。
感想・レビュー・書評
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19世紀半ば、ポーランド南東部の田舎の村が舞台。
古い迷信からくる教会と墓地の場面が印象的だった。
異様だと思いながらも厳かというか口を挟めない雰囲気で、その光景が迫ってくる。自分もその場で見ているような感じがした。
でも読み終えてみると、村のしきたりばかりが心に残っているわけじゃなく、蜂起するしないの時代がどんなものか味わえたのがよかった。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
19世紀半ば、オーストリア支配下のポーランド(ルテニア)の貧しい村に派遣されてきた役人のヘルマン・ゲスラーと、親子ほど年の離れた若妻・エルザ。一帯の領主は詩人でもある貴族のアダム・クワルスキで、農家出身の妻ウツィアが実務を取り仕切っている。ゲスラーは着任早々、10年ほど前に迷信深いこの地で吸血鬼騒動があり、疑わしい死者の首を切断する儀式があったことを知らされる。請け負ったのはヨソモノのヤレクという老人。やがて村人の中から、少年、妊婦、若い女性と次々不審な突然死が相次ぎ、動揺する村人に対処するためヘスラーがとった処置は…。
まず序盤は時代や場所がわからず戸惑います(中欧はとくに複雑だし)。そういう部分の説明を省いちゃうのが佐藤亜紀の小説から翻訳ものぽい印象を受ける理由のひとつかも。タイトルのイメージから、つい詩人で貴族のクワルスキが吸血鬼で村の若い娘の生き血を夜な夜な啜り…みたいな話かと想像しちゃったけど、そういう耽美系のお話ではありませんでした。
前半は、前任者よりずっと役人としてまともなゲスラーと、心優しい天使のようなエルザがやってきたことで、貧しい村人が少し救われ、使用人たちも彼らを慕い、有能なマチェクは仕事にやりがいを見出し、このまま順調にいけばと願ってしまう。しかし相次ぐ村人の不審死、迷信深い村人は、ウピールと呼ばれる吸血鬼の存在を信じており、無神論者のゲスラーといえども、彼らの信頼を得るために、前任者と同じ手段を講じざるを得ない。さらにエルザの妊娠、クワルスキの甥ヤンと医者バルトキエヴィッツが関わっている革命運動などにより事体は複雑化。
先にも書いたように、ザ・吸血鬼、なものは登場せず、どちらかというとゲスラー自身が、現実主義者であるにも関わらず夢や幻覚に苦しめられることになるだけだ。ここで言われる吸血鬼は、どちらかというと農奴から搾取する封建領主の比喩的な意味が大きいのかもしれない。ゆえに作品全体に不穏な空気が漂っているけれど、これはホラーではなく人間が作り出す社会のイビツさの話だったのだと思う。読み応えがありました。 -
タイトルからゴシックホラー系かと思ったら、歴史小説だった。文章がわりと独特なので、そのリズムに慣れるのに少し時間がかかったが、終わってみれば登場人物たちの心情に同調できないギリギリの距離感を保って物語の行く末を見守るのに、ちょうどいい文体であった。閉鎖的でしがない土俗の中で交錯するそれぞれの思いが、地味ながら確かに息づく熾火のようで、またそれらを作り上げている登場人物たちにすごい人がいないというのがよい。しかし頭の中に映像として印象に残るのは、やはり晩禱の最中に棺を開けていくシーンだろう。
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2016年Twitter文学賞国内1位だったので、佐藤氏がどういう人かまったく知らないまま読み始めると、意外にも19世紀ポーランド、ゲスラー氏にクワルスキ氏だった。女性作家にしては、類型的な女性エルザがつまらない。
ポーランドの寒村の方言が何を喋っているのかわからないほどなのが面白い。ガイブンの翻訳だったら翻訳者ずいぶん捻ったな、と思うところだ。世の東西を問わず、ということか日本の江戸時代の農民像のよう。
「外国による不当な?支配」「支配層と非支配層」「多発する死と迷信」「ムラ社会の閉塞」「吸血鬼(肝心の)」という複雑な設定が、読者の(というか私の)の感動スイッチを押さないままぼやっと収束してしまったのですっきりしない。設定倒れでなければ私の読解力。 -
タイトルと土俗的な薄暗い世界に惑わされて、恐る恐る読んでいた。読み終わってようやく、そういうことか…と。着地点がわかった上で、もう一度読んだら、今度は何が読み取れるのだろう。
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1/31入手。近隣の書店に無く注文。小説現代で連載していた事は記憶にあったので出版を待ちわびていた。考えてみたら佐藤亜紀さんのゴシックホラーは初ではないですか?
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十九世紀の、ポーランドの小さな村・ジェキの役人として赴任してきたゲスラー。かつて詩人として名を博したクワルスキが領主として治めるその村で次々に起こる不審な死。村人たちの不安を取り除くためにゲスラーが提案する慣習は、ただの迷信なのかそれとも……? 陰鬱な雰囲気の小説です。
タイトルがあからさまにこれなので、ああそういうことなの、と思って読んだけれど。実はそうじゃないのかも。続く不審死といい怪しい影といい、いかに「いそう」な雰囲気はこれでもかというほどに漂っているのですが。この時代のこのような村では、これくらいの死は珍しいものではなかったのかもしれないし。因習や迷信に囚われていることもありがちな気がして。「吸血鬼」というのは一種のたとえでしかなく、だけど怪物である「吸血鬼」と同様に恐れられている存在でもあったのでしょうか。いや、むしろそれよりも切実に恐ろしいのかもしれません。
ホラーだと思い込んで読んだら期待外れですが。ホラー好きにもこの雰囲気はかなり好みでした。暗くてじめじめした印象だけれど、美しさも充分に感じられます。