献灯使

著者 :
  • 講談社
3.46
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  • Amazon.co.jp ・本 (274ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062191920

作品紹介・あらすじ

大災厄に見舞われた後、外来語も自動車もインターネットも無くなった鎖国状態の日本で、死を奪われた世代の老人義郎には、体が弱く美しい曾孫、無名をめぐる心配事が尽きない。やがて少年となった無名は「献灯使」として海外へ旅立つ運命に……。
圧倒的な言葉の力で夢幻能のように描かれる’’超現実”の日本。
人間中心主義や進化の意味を問う、未曾有の傑作近未来小説。

感想・レビュー・書評

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  • 表題作が読みたくてとりあえず群像8月号を借りてきて読んだ。
    多和田葉子さんは初めて。

    近未来小説だとかSFだとかそう言った括りには収まりきれない作品だった。
    明らかに私達の見ていた世界は3.11以降変わってしまったのだ。
    だからこの作品に描かれる世界を一笑に付すことができない。

    鎖国政策を続ける日本では政府も警察も民営化され、私達が現在享受している便利な物は何もかも過去のものとなっている。
    老人たちは百歳を続けても健康を保ち、子供たちは歩くことすらままならない程弱体化している。
    老人は世の中を憂い涙を流し、子供たちは現実を淡々と受け止める。

    空恐ろしい世界だ。
    これは退化なのか進化なのか。
    そこに希望はあるのかないのか。
    これが私達の目指している未来の姿なのか。

    この小説を読み肝に銘じる。
    あの恐怖を忘れるなと。
    たった3年前の出来事なのに忘れてしまいそうな自分がいる。
    原発再稼働を許していいのか、原発を輸出する国であって良いのか。
    もう一度あの恐怖と立ち向かって考える良い機会になった。

  • 東日本大震災を彷彿させる大災害が日本を襲った後のディストピア小説。
    環境は破壊され、土壌も海も汚染され食糧難となる。東京二十三区には人が住めなくなり、農作物が作れる沖縄、北海道などへの移住も制限されている。
    子どもたちは、みんな生まれつき障害を抱えて生まれてくる。
    曾孫の無名も日々体の痛みを感じながら、穏やかで賢く、その悟った様子はもう本来の子どもの姿とは違っているようだ。
    十字架を背負って穏やかにほほ笑むキリストのような無名。
    曾祖父の義郎たち、年寄りは100歳過ぎても健康で死ねない。何よりも辛いのは、短い命の曾孫を介護し看取る運命を背負わされていることだ。
    原発を作り続けた世代の罪を義郎は背負わされているのか。

    設定を考えると恐ろしい日本になっているのに、鎖国し外国語は使用禁止になり、外来語を自国語に無理矢理変換した社会のおもしろさを感じる。
    (これって、戦時中の敵性語追放に似てない?同じじゃない)
    多和田さんの言葉のセンスには驚かされ、笑わされる。
    資源のない日本は、電気を使わない時代に戻っている。電化製品はなくても生活できるんじゃないと便利すぎる今の生活を振り返る。
    鎖国政策は「どの国も大変な問題を抱えているんで、一つの問題が世界に広がらないように、それぞれの国がそれぞれの問題を自分の内部で解決することに決まったんだ」の言葉に、今コロナ感染症が一気に世界に広がってしまったグローバル社会の皮肉を思った。

    東日本大震災10年経った今、あのことは教訓として生かされているのだろうか?
    原発が再起動し、このまま進んだら、ここで描かれている世界が起こる可能性だってある。
    怖いです。
    小説としてとてもおもしろく読みながら、いろいろ考えさせられた。


  • 環境を不可逆なかたちで変えてしまった厄災から数十年後の日本。鎖国体制を敷き、外来語は禁止。自動車やインターネットもなくなったその場所で、100歳を超えても丈夫なままである義郎は、ひ孫の無名とふたりで暮らしていた。老人であるはずの義郎と、子どもであるはずの無名の体力は、まるで取り換えられたかのように違う。無名は頭脳明晰でやさしい少年だが、服を着ることさえおぼつかないほど体力が無く、それはこの時代のあらゆる子供たちが同様だ。しかし「献灯使」に選ばれた無名は船に乗り海を渡ることとなる……。

    震災後文学。東日本大震災以降を起点として、「いま、ここ」の現代性を文学として切り取り、物語のかたちで伝えた作品群。その中でも本作は、一種のSF的設定、あるいは幻想譚として仕上げ、私たちを異世界に導きながら、同時に現在浮上している問題を可視化させる。「少子化」「貧困」「原発」「ゴーストタウン」「資本主義経済の限界」。ここは現実における負の側面が露呈した世界だ。しかし作者である多和田葉子の筆致はおだやか。それだけでなく、どこか軽妙でさえある。ぼんやりとうら寂しい雰囲気を感じさせるのは、強固に鎖国体制を展開していながら、登場する人々が「諦め」のようなムードを抱えているからだろうか。それは「場所」に対する帰属意識、自分自身のアイデンティティが何によるものなのかを見失っているからにも思える。
    「いまを照らす」物語、というよりかは、「いまある闇に目を向ける」物語であり、その点で、世界を見つめる「案内書」のような役割をこの小説は担っている。絶望するという”甘美”な状況に身を沈めることすらできない「どうしようもない現状」を直視し、なおかつそこはかとなく「怒り」が感じ取れる。

    なぜこのような状況になったのかをこの小説では書かない。あくまで”におわせる”程度にとどめている。日本や世界の状況が「なぜこのようになったのか」、それをはっきりと答えられる人がいないように、義郎や無名が暮らす世界もまた本質は霧につつまれているのだ。

    なお、本作は「外来語の使用の禁止」という状況設定から、全体として言葉遊びの側面が強く、見方によっては言語SFとしても楽しめるだろう。

    他『韋駄天どこまでも』『不死の島』『彼岸』『動物たちのバベル』など、震災後を念頭に置いた5編を収録。ちなみに『動物たちのバベル』は、演劇の台本形式で動物たちの会話劇が繰り広げられ、現代文明批評を行うという内容の短編です。きつねが出てきます。きつね。不眠症のきつねが出てきましたよ(だからなんだ)。

  • 全米図書賞の翻訳小説部門を受賞したとの報を聞いて読んだ。何とも不思議な物語、100歳過ぎの死ねない世代のひい祖父さん義郎とすべての子供が保育環境の庇護が必要な世代の曾孫の無名2人が暮らす時代は自国が抱える問題が世界中に広がらないように各々が自国で解決する時代。つまり鎖国時代となり日本では外国語ご法度でいっぱい言葉遊びが出てくる。何故にそんな時代になったかは明確に書かれていないけど大地震と原発がベースにあることを思わせる。ほかの四短編も地震と原発が縦糸の作品です。ハッピー好きな国アメリカで受賞したことも興味深いですね♪

  • 3.11を経た多和田さんが想像した近未来は
    たっぷりの皮肉と言葉遊び、静かな怒りで一杯のコップから今にも水がこぼれ落ちそうな不安定な世界でした。

    全米図書賞は伊達じゃない。

  • 多和田葉子は、ベルリン在住歴の作家・詩人である。日本語だけでなく、ドイツ語でも著作を行う。各国語の翻訳書も出ている。
    昨年、米国図書賞翻訳賞に、「献灯使」の英語訳"The Emissary"が選ばれた(→)のは記憶に新しいところである。
    本書はこの表題作のほか、短編4つを収める。

    全般に、言葉に対する鋭敏な感覚を感じさせる。と同時に、作品世界には終末感が漂う。
    「献灯使」では、老人は年を取りながらも死ぬこともなく、逆に若者は、鳥のようであったり、咀嚼もままならなかったり、ひ弱で異形な体を持つ。大きな災厄に見舞われた日本は外界から切り離され、外来語も禁止されている。老人の義明は作家である。ひ孫の無名の病弱さを案じつつ、その面倒を見て暮らしている。
    閉じた世界はこのまま滅びてしまうのか。もしかしたら日本を救うかもしれない1つの策がある。異形の子供を「献灯使」として外国に送り、健康状態を研究してもらい、また外国の事情も探ろうというのだ。かつて無名の担任であった教師は、彼に白羽の矢を立てるのだが。
    崩壊寸前の世界と、使用を禁じられ変質していく言葉が、不思議に共鳴する。
    透明で静かな、けれども不穏な世界。

    表題作でも感じられるが、他の4編も色濃く大震災の影響を映す。
    「不死の島」では2011年の後、クーデターが起こり、さらに大災害に見舞われている。
    「彼岸」では、人々は大陸に向けて脱出を試みる。
    最後の「動物たちのバベル」は戯曲で、もはや日本に留まらず、人間が滅び、動物たちだけが残っている。
    いずれもどこか寓話的である。

    2作目の「韋駄天どこまでも」は、やはり終末世界を感じさせるが、ちょっと風変わりで、漢字へのこだわりを感じさせる。
    「趣味」をもたなければどんな魅惑の「味」も「未」だ「口」に入らぬうちに人生を走り抜くための「走」力を抜き「取」られて漏水する
    とか
    (夫は)「品」格のある男だった。「山」が好きで病気知らずだったのに、いつの間にか胃「癌」にかかっていた。
    (「」内は原文では太字)という具合。主人公の「東田一子」は、趣味の教室で「束田十子」と知り合うのだが、この2人が災厄の中、ひととき愛し合うことになる。漢字を使った交合シーンが妙に迫力があってエロティックである。

    世界観はSF的でもあるが、詩人の鋭敏さを湛える。ときに難解ではあるが、どこか滅びの美しさも見せる。
    揺らぐ世界は、もちろん、大震災の影響ではあるのだろうが、ひょっとしたら、異国に長く暮らす著者が、日本語を失いそうになる不安もいささか映し込んでいるのではなかろうか。そう思うと、「献灯使」の英訳は相当に困難だったのではないか。余力があれば、いつか英訳版も鑑賞してみたいところだが。

    世界を構築するものは、あるいは言葉なのか。
    詩人が織りなす、稀有な独自の世界である。

  • 3.11以降の日本のディストピア小説。
    読み進めるほどに不安な気持ちになる。死ねない老人と生きていられない子供たち。不思議に透明感があり、自分の常識がぐらぐらしてくる。終わり方も唐突で、またいつか続きがかかれるのかもと思ったら「不死の島」が続編になっていた。装丁の絵も雰囲気合っていて素敵。

    十年位前に読んだ池田慎吾さんが特集組んだアンソロジーに載っていた話「韋駄天どこまでも」が入ってて、その時は多和田葉子さんの名前をちゃんと認識してなくて変わった小説が集まってる印象だったけど、ここでこの人だったのか!と驚き。買い直したいな…。

  • 3.11以降の日本を描いたディストピア小説。でも一歩間違えば、ここで描かれているような状態に、部分的にでも、なっていたのかもしれないと考えさせられるところがあって、そこがある種の「ホラー小説」とも捉えることができるのでは?と思った。ブラックユーモアとあちこちに飛散する会話が個性的で、読み終わった後が不思議な夢を見た後のよう。

  • 中編「献灯使」他4編の短編を収録。一貫したテーマがある。現代社会が喚起する近未来への不安、どうにもこうにも抗い切れぬ悲しみが全体を覆い、読み終えた今も私の心臓音は警鐘の如くドクドク鳴り響く。このクソッタレの世界に生まれ落ちた子供たち、それは退化なのか進化なのか、適応力を持たぬ身体で適応していく。諦念を超えた適応は小さな魂の悲しみを当り前のものへと認識し、私はこの悲しみを消化しきれずしこりとして体内に留める。容易く切除できる代物ではない。然りながら作者が試みる流動体で流線形の言語の柔軟性が微かな兆しを灯す。言葉は生き続ける。

  • 初めて多和田葉子を読みました。以前から『献灯使』は気になっていたのだけれど、友人から一プッシュあってようやく手に取りました。

    表題作の「献灯使」は、日本が鎖国政策の中、死ねなくなった老人と、体が弱くなった若い世代の話。情報は遮断され、何が確かなのかわからず、ただ目の前の日々を生きている人の話で、確かに日本はこういう「よくわからないけど、気づいたら社会全体がこうなっていた」ともいうべき状況に押し流されるんだろうなというところのリアリティさはぞっとした。やはり一刻も早く出国するべきかと思いつつ、心のどこかでそこまではならないだろう、と思っている自分もいる。そうなった時は世界が滅びるときなのかもしれないし、それは私の世界が、ということだけなのかもしれない。

    短編集の形で、どうして日本がそんな状況に陥っているのかはついぞ解明されない。解明されて欲しいけれど、その場に生きている人々にとってはそんなものなのだろうという感覚を味わう分にはちょうど良い。他の「韋駄天どこまでも」「不死の島」「彼岸」(そしておそらく「動物たちのバベル」)も全て、同じ状況を違う視点から見ているだけなようなので、本としての構成は面白いものがあった。加えてそれぞれ言葉遊びだとか、そういうものは面白いんだけど、オーバーオールでいうと、私はそこまでハマりきれなかった。私はハマりきれていないんだけれど、だからこそこれが私が見ようとしていない現実を描写しているようでもあって、そこも含めて星4かな。私の好きな美しさというものはあまり感じられなかったけど(唯一、無名の存在の美しさはキラリと光っていたけど)、いつも美しさだけを摂取していても仕方がないよねという戒めも含めて。まあとはいえ小説はエンターテインメントであらざるをえないので、何が何でも私を虜にするような力が欲しかったなあというのも事実だけれど

    追記:以前小川洋子の『密やかな結晶』を読んだ時に感じたものと近い気がするのだけど、そういう空気が同時代の作品として流れているような気がする

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著者プロフィール

1960年東京都生まれ。小説家、詩人、戯曲家。1982年よりドイツ在住。日本語とドイツ語で作品を発表。91年『かかとを失くして』で「群像新人文学賞」、93年『犬婿入り』で「芥川賞」を受賞する。ドイツでゲーテ・メダルや、日本人初となるクライスト賞を受賞する。主な著書に、『容疑者の夜行列車』『雪の練習生』『献灯使』『地球にちりばめられて』『星に仄めかされて』等がある。

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