カイエ・ソバージュ

著者 :
  • 講談社
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本棚登録 : 137
感想 : 4
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  • Amazon.co.jp ・本 (842ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784062159104

作品紹介・あらすじ

選書メチエシリーズの全5巻で15万部を売り上げた「カイエ・ソバージュ」の愛蔵決定版。
シンプルで気品あふれる装丁と、2段の美しい組み版になって、一巻本になりました。

感想・レビュー・書評

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  • D.エッセルティエによれば「真正の神話とは、その本質を古代の人間達によって生きられたものの謂われ」であり、「説明の下級的形態」であるとされる。我々が生きる現代、ルジャンドル風に言えば「超近代」の世界にこの認識を適応すれば、一見してその役割を担っているのは科学であるように思える。

    近代以降、科学は厳格で精密な方法論を確立し、一般的な世界認識の方法として絶対の地位を築くことに成功した。しかし、世界を覆う堅牢な科学的実在論は、時に非科学と非現実を混同する。科学はそれ自体として一つの説明体系であるが故に、他の方法との通訳が非常に困難であり、いわゆる"外部"を認識する手段を持たない。その意味で、科学が充分に神話的であるとは言い難い。

    包括的な学問としての人間学を提唱した哲学者G.ギュスドルフ曰く「(神話とは)それによって人間を自然の中に位置づけ、保証する」ものでなくてはならない。彼の言う"人間"の定義は些か難解であるが、この文脈に於いては通俗的な意味で捉えて問題ないだろう。しかし科学にとっての自然とは、あくまでも対象、すなわち「数学の言語で書かれた解読されるべき書物」であり、その営みは人間と自然との解離を前提にする。そしてそれは、人間が自然を位置付け、保証する為の方法論である。

    ドイツの聖書学者R.K.ブルトマンは神話的な説明に対する態度を2つに分類し、非神話化と再神話化として体系化した。この仕事は後にP.リクールによって、解釈学的な立場からより厳密に検討されることになるだろう。

    非神話化とは、ベーコン的イドラからの人間の解放をテーゼとした、ある意味では高度に科学的な営為である。例えば、8〜9世紀に東ローマ帝国で巻き起こった聖像破壊運動(iconoclasm)に見られる、偶像的支配からの主体の奪還運動であり、ニーチェ、フロイト、マルクス、そしてレヴィ=ストロースなどが試みた象徴の解体がそれである。

    一方の再神話化は、文字通り象徴の回復をこそ目的とする運動である。ブルトマンはK.バルトの新正統主義神学における"ケリュグマ"を非神話化された聖書と見做し、ケリュグマ的な象徴の再獲得を目指す志向性を再神話化と定義した。ハイデッガー、ファン・デル・レーウ、エリアーデ、バシュラールなどの態度がこれにあたる。

    本書で中沢新一が目指したのは後者、再神話化であるように思う。『カイエ・ソバージュ』というタイトルからは、レヴィ=ストロースの美しい本に対する中沢からの真摯な尊敬が感じられるが、本書の内容で試みられているのは、構造主義に通じる類の、いわゆる構造分析ではない。

    それぞれの章で、中沢は自然に問う。人類、人間といった観念が、いかにして自己同一性を保証され、それを受け継いできたか。その間、空間は、時間は、そして世界は、どのようにして在ったのか。彼はその答えを、神話からの応答の中に見出した。関係性の源流をシンデレラに問い、権力と支配の起源を森の王たる熊に問い、経済の始まりを海に問い、世界の始まりを対称性に問うた。平易な表現と丁寧な語り口で中沢が紡ぐのは、これらの問いに対する古代からの回答である。

    分裂し対立する各々の在り方には、必ず対称性が存在する。それぞれはその対称性を保持する為に行為し、思考し、生きる。これが『カイエ・ソバージュ』を貫くイドラである。『森のバロック』にしろ『精霊の王』にしろ、中沢の著作はいつも、自然的な調和に対する羨望と憧憬に溢れている。本書はそんな自然への敬意が論理を纏って収斂した、一つの到達点として君臨するに十分な資質を備えた大部である。

    活字が語る拡がりの中に身を浸し、目眩く調和と対称の世界に耳を澄ませば、そこには確かに、神々の声が残響している。

  • シリーズ五冊をバラバラで買うよりも安かったし、装丁が素敵でこちらを購入しました。

    800ページを超える大作ですが、語り口調ですし、かなりおもしろく読めます。
    神話や経済の起源に遡り、人間の本質がわかります。西洋中心、資本主義一辺倒な世界ですけど、この本で描かれている一神教以前の人間の本質を理解した上で、経済を語っていくバランスが必要に思います。

    0か1かで何もかもを二分させ、ハッキリとさせる思考法で人間は多くのものを得てきましたが、それは数多くのパンドラの箱をあけてきたことでもあった訳です。
    中沢さんがメビウスの輪で例えていましたが、表と裏、昼と夜に境がないような思考が失われていくと益々袋小路から抜け出せなくなるのではないでしょうか。

    オススメの一冊です。

  • 中沢新一思想の核心、または序説。/ 石器時代に脳の仕組みが劇的に変化した人類。その革新によってうまれた「流動的知性」・「神話的思考」を純粋抽出する作業。その思考の原型をとどめている あまたの神話・民話を読み解き、それをマルクス・バタイユ・ラカンらの思想と結合させる。純粋贈与、精霊、王権、熊、享楽は、彼の中で ひとつながりである。/ 読みはじめは、いい加減なことをいう奴だ……としか思わなかったけど、400ページを過ぎたあたりから、筆者の息遣いがわかってきて、面白くなった。細かいことは気にせず読もう。

  • 第1部 よみました。
    シンデレラや、豆と石での永遠の命。 ヤギと人。 熊と人の関係など、なかなかおもしろかった。

    第4部のほとんど。
    なんだか、一切れの長い紙をひとひねりして、はりつけると裏表がなんとかかんとか、難しかった。 けど、沖縄の話がでてきたので、そのへんもよくよみました。

    また、賢くなったら、よみたいです。

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著者プロフィール

1950年生まれ。東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了。京都大学特任教授、秋田公立美術大学客員教授。人類学者。著書に『増補改訂 アースダイバー』(桑原武夫賞)、『カイエ・ソバージュ』(小林秀雄賞)、『チベットのモーツァルト』(サントリー学芸賞)、『森のバロック』(読売文学賞)、『哲学の東北』(斎藤緑雨賞)など多数。

「2023年 『岡潔の教育論』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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