小説講座 売れる作家の全技術 デビューだけで満足してはいけない (角川文庫)

著者 :
  • KADOKAWA
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  • Amazon.co.jp ・本 (368ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041077559

作品紹介・あらすじ

エンタメ小説界のトップを走り続ける著者が、作家になるために必要な技術と生き方のすべてを公開。
十二人の受講生の作品を題材に、一人称の書き方やキャラクターの作り方、描写のコツなど小説の技術を指南。さらにデビューの方法やデビュー後の心得までを伝授する。
文庫版特別講義ではweb小説やライトノベルを含めた今の小説界を総括。いかにデビューし、生き残っていくかを語り尽くす。
エンタメ系小説講座の決定版!

感想・レビュー・書評

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  • 作家志望者はまずこれを読め!

    今、〈ミステリーズ!〉(東京創元社)という雑誌で、『料理を作るように小説を書こう』という連載をやっています。小説を書くことを料理にたとえて、僕がこれまでに蓄えてきた執筆のテクニックをいろいろ紹介していこうというものです。
     その執筆を開始する前に、他の作家さんはどういう風に小説を書いているのかなと、小説指南本を何冊か読んでみたんです。プロ作家の書いた本、限定で。
     というのも、プロの作家でもない人や、ぜんぜん売れてない人が書いた「作家になる方法」とか「売れる本を書く方法」という本が、けっこうたくさんあるんですよ。そんなの、信用できないじゃないですか。だったらまずお前がやってみせろと(笑)。
     だからプロ作家の本、限定。

     その中で最も共感したのが、この大沢在昌『小説講座 売れる作家の全技術』(角川書店)でした。ベストセラー作家の大沢在昌氏が、12人の作家志望者に小説の書き方をレクチャーするというもの。精神論は最小限で、とにかく実戦的。プロ作家の体験に基づくテクニックや、作家になるための心構えなど、役に立つことばかり書かれています。
     同じ作家として言わせてもらえば、大沢氏がこの中で言っていることのほとんどは、まったくその通りで、ケチをつけるところが見当たりません。読みながら、「ああ、それってあるある」とか「へえ、大沢さんもやっぱりそういうことを考えながら書いてるのか」とか、共感することが何度もありました。
     僕の場合、ここに書かれていることの多くは、普段から意識して実践していたり、あるいは無意識のうちにやっていたことばかり。だから僕にとってはあまり役に立たなかったんですけどね(笑)。でも、「プロ作家になりたい」とか「もっと小説が上手くなりたい」と思っているアマチュア作家の方々には、絶対におすすめです。
     というのも、プロ作家には常識であることでも、一般に知られていないことがけっこう多いんです。小説を書くために、まずそういったことを知らなくちゃいけない。

     参考書のように、要点が赤い字で印刷されているのも分かりやすいです。いくつか引用すると、

     <i>自分の日本語力を疑うこと </i>

     当たり前のように思えるかもしれませんけど、自分の日本語力を疑わない人って多いんですよ! 僕はいつも国語辞典を手元に置いて、使い慣れない言葉は必ず調べてから使うようにしています。それでも校閲で言葉の誤用を指摘されることはしょっちゅうあります(笑)。
     
     <i>物語が膨らもうとしているときには、緻密すぎる設計図はむしろマイナスに働く </i>

     はいはい、僕も小説を書く前に緻密なプロットは立てません。書いてる途中で必ず、「ここはもっと膨らませるべき」とか「こっちの方向に進んだ方が面白い」という部分が出てきますから。大雑把にプロットを立てて、後はアドリブで展開した方が絶対にいいです。

     <i>キャラクター作りとストーリー作りは、どちらが先でどちらが後ということではなく、常にリンクしている
    </i>

     これも作家にとっては当たり前なんだけど、けっこう多くの人が気づいてないんですよね。「キャラクターかストーリーか」なんて二者択一で論じている人を見ると、「何で?」と不思議に思ってしまいます。ストーリーを引き立たせるためにキャラクターがあり、キャラクターを引き立たせるためにストーリーがあるのに。
     他にも、

    <i>「主人公に残酷な物語は面白い」</i>

     <i>読者を冷静にさせてはいけません。</i>

     <i>頭の中に自分だけの映画館を持って、そこで物語を上映してみる。</i>

     などなど、 本当に役に立つことばかり。

    <i> テレビでよく見る作家でちゃんと小説も書いているという人はとても少ない。</i>

     なんて、うん、確かにその通りなんだけど、それ言っちゃっていいの?(笑)

     <i>読むことが好きで好きで読み過ぎて、そこから今度は書きたいという気持ちに転換した、そういう自分を自覚している人でなければ作家にはなれない。
    </i>

     その通りです。好きだからこそ作家になれるんだし、好きだからこそ続けられる。「作家ってなんか楽して儲けられそうじゃん♪」なんて軽い気持ちでこの世界に飛びこんだ人は、後で苦労しますよ。小説が好きで書いてても苦しいのに、好きでない人がこの仕事を選んだら、どれほど苦しいか。
     大沢氏も書いていますが、今、出版業界は大変な不景気で、ごく一部の人気作家以外は初版部数がかなり絞られています(僕もスニーカー文庫で書いてた頃に比べると半分以下になっています)。だから新人作家は、食っていこうとすると休みなしに書き続け、年に何冊も本を出さなくちゃいけません。当然、売れなくなったらおしまい。他に本職を持ってる人はまだいいんですが、フルタイムの作家なら、そこで野垂れ死にすることになります。ものすごくリスキーな職業なんです。
     作家になりたいなら、そういう苦労や危険を背負う覚悟をすべきでしょうね。

  • いくつかためになる箇所はあったものの、実作者の指南本は、どうも……と思うところもなくもない。自分が今求めているのは体系的な知識だなと思った。

  • 小説を書く身としては、凄く為になる本だった。
    こちらはプロを目指す人向けの本だが、心構えや話の作り方、習慣付けなど参考になることが沢山だった。
    自分も多くの本を読もうと思えた一作。

  • 直木賞・吉川英治賞作家が小説家志望者たちへ行った講義録です。

    1979年当時と比べ3分の1へ縮小する出版市場。他方ベテランはリタイアせず新人がなだれ込むようにデビュー。このような厳しい環境に身を投じようとする人へのアドバイスは書き方のテクニックのみではなく心構えにも及びます。プロの作家とはどういうことか、またデビュー後にどう生き残るかは出版業界のみならず他の業界で働く方へも示唆に富んでおります。

    「100%の力を出し切って書けば、次は120%のものが書けるし、限界ぎりぎりまで書いた人にしか次のドアを開けることはできません。それを超えた人間だけがプロの世界で生き残っているんです。」

    プロの世界で生きることは私のような会社員であっても参考になります。
    ぜひご覧ください。

  • 後半の批評ページは特に参考になった

  • 久々に読み返すとまた違った視点で読めてよかった。視点統一の話が一番印象に残っている。新人賞の話はやはりウェブ小説の台頭によって代わりつつあるのだろうか…

  • 「売れる作家の全技術」というタイトルですが、面白い小説を書くためのノウハウが凝縮された本であるため、小説家を目指していない方にとってもオススメの一冊です。以下、参考になったテクニックをいくつか。

    ・文章力を鍛えるために、一人称視点で書くこと。視点が限定されるため情報が一点からしか入らず、表現に制限がかかる。その中でどこまで読者に情報を提供し、物語を作れるかの力試しになる。

    →一人称視点と三人称視点で表現の型を変える必要があるということですが、自分が文章を読む・書く上でそれらを全く意識していなかったことを痛感しました。
    「私は頬を染めた」という表現は、自分の顔は自分で見ることができないため三人称視点の言い回しであり、一人称視点なら「頬が熱くなった」としなければいけない、など、言われてみればなるほどと気づかされます。実際、講義を受けている受講生に一番多いミスがこの「視点ミス」でした。正確な文章を書くために、自分も気を付けていきたいと思います。


    ・登場人物の性格や年齢と、思考を合わせる。小学生~高校生なのに変に大人びた考えだったりすると不自然に映る。逆に、地の文は幼すぎず大人の表現にすること。

    →主人公が小学生なのに「絵にかいたような幸せ家族だった」というような、大人びた思考や物の見方をするのは不自然であるということ。これ自体は一人称視点や回想の場面でよくありそうな表現の仕方ですが、後述する「登場人物が実在するかのように書く」という観点からすると齟齬が生じてしまいます。


    ・主人公、ヒロイン、悪役は強いキャラクターにする。

    →この鉄則、面白い作品は大体当てはまってますね。肉体的強さというよりも「アクの強さ」。善人ばかりではなく悪人を、平々凡々な主人公ではなく山あり谷ありの主人公を配置するほうが、読者がグッと引き込まれます。


    ・主人公にどんな変化を起こさせるのかということを意識してストーリー作りに取りかかること。魅力的なキャラクターが居てこそストーリーはいい物になる。徹底的にキャラを作り込もう。そうすれば自然とストーリーを動かしてくれる駒になる。

    →著者の大沢さんは口を酸っぱくして「キャラクターを作り込め」と言っています。実際、ストーリーとキャラクターは不可分のものであり、役を徹底的に練って魅力的なキャラを作れば、ストーリーもより魅力的なものに変わっていきます。


    ・キャラクター表を書いてみる。役のキャラクターを台本に書かれていない部分まで、より具体的に、リアルに、あたかも実在しているかのように、はっきりとした個性を持って生活しているかのように描く。それが物語を面白くする。

    →この「見えていないところでも生活しているように」がかなり難しいです。2人の登場人物の視点を交互に行き来するような物語を書いていると、片方の視点で動いているときもう片方の行動が止まってしまっていて、気づいたら2人の行動に何日間か大きなずれが生じているといったことがあります。それを防ぐために、キャラの生活や行動、思考までも作り込む必要があります。
    ちなみに、ジョジョの作者である荒木飛呂彦さんもキャラクター表を付けているらしいです。

    ・小説の登場人物は論理的でなければいけない。信条と違う行動やいつもと違う振る舞いをしたら、そこには行動を変えるに至った、一貫性のある理由がなければ駄目。

    →この約束を破っている作品、最近読んだミステリー小説でありました。登場人物の支離滅裂な行動によって謎を深めているため、全てが解き明かされても全然すっきりしませんでした。


    ・地の文で性格を描写しない。「彼は正直な男だ」と書くのではなく、ある出来毎に対する行動や誰かとの会話を通して、読者に「この男は正直だ」と思わせる。大変な作業だが、人物描写で楽をしてはいけない。

    →これも物凄い大変です。書いてるうちにどうしても楽してしまいたくなる。人物の見た目や雰囲気をそのまんま描写して「こういう男なんです」で終わらせたくなってくる。でも、男なら行動で語らなければ野暮ってもんですね。


    ・読者にどんな楽しみを提供するかを意識する。そうすると物語の作り方は2つになる。
    ①変化を読ませる。この先主人公はどうなるのか、というハラハラドキドキ。
    ②謎を解き明かす。心の中に秘めた謎や行動のナゾを解明する。
    優れた小説には必ず謎がある。謎をどのように物語に置いて行くかがプロットの鍵であり、「作品の核になる謎は何なのか」をはっきり自覚すること。書き始める前に、この小説の読みどころ、読ませどころは何なのかを、自分の中で定義しておく。

    →これもなるほどと納得しました。傑作小説を思い返してみれば、種類の差こそあれ必ず謎を解き明かすストーリーになっています。しかも一つではなく複数の謎を配置し、起承転結に沿っていくつかの山を配置しています。



    【以下、本書のメモ書き】

    作家になるために大切な4つのポイント
    ①正確な言葉を使う→怪しいと思ったらすぐ辞書を引く
    ②書き終わったら、自分の原稿を時間を空けて読み返す。これが一番重要。冷静な目で文章表現に間違いがないか見つめる。
    ③毎日書く
    ④手放す勇気を持つ

    一人称視点で書くこと
    →視点が限定されるため、情報が一点からしか入らず、表現に制限がかかる。その中でどこまで読者に情報を提供し、物語を作れるかの力試しになる。「表情を曇らせる」「頬を染める」など、三人称ではOKだけど一人称ではNGな表現もあるぞ。

    登場人物の性格や年齢と、思考を合わせる。小学生~高校生なのに変に大人びた考えだったりすると不自然に映る。逆に、地の文は幼すぎず大人の表現にしよう。

    出すだけでなく入れることも忘れない。書いたら今度は、「この映画をもとにどういう小説を作ろうか」「このネタを自分はどうアレンジするか」を考えて、アイデア帳を持ち歩く。

    【強いキャラクターの書き方】
    キャラクター表を書いてみる。役のキャラクターを台本に書かれていない部分まで、より具体的に、リアルに、あたかも実在しているかのように、はっきりとした個性を持って生活しているかのように描く。それが物語を面白くする。

    ストーリーが進むにつれ主人公は変化していかなければ駄目。物語の頭と終わりで主人公に変化のない物語は、人を動かさない。
    主人公にどんな変化を起こさせるのかということを意識してストーリー作りに取りかかること。魅力的なキャラクターが居てこそストーリーはいい物になる。徹底的にキャラを作り込もう。そうすれば自然とストーリーを動かしてくれる駒になる。
    どうしたらそれが出来る?→人間観察をしよう。電車の中で周りを見て、この人はどういう生活をしているのか想像してみる。

    小説の登場人物は論理的でなければいけない。信条と違う行動やいつもと違う振る舞いをしたら、そこには行動を変えるに至った、一貫性のある理由がなければ駄目。

    地の文で性格を描写しない。「彼は正直な男だ」と書くのではなく、ある出来毎に対する行動や誰かとの会話を通して、読者に「この男は正直だ」と思わせる。大変な作業だが、人物描写で楽をしてはいけない。

    【会話文の作り方】
    「隠す会話」...沈黙やわざと論点をずらすような会話のこと。ロールプレイングゲームのように、Aを手に入れるためのXを手に入れるためのYを手に入れる、というように、会話を一度で終わらせずに、物語を複雑化し、話を前に進めてくれる。
    また、キャラクターになりきりながら台詞を考え、それをメモしてみる。

    【プロットの作り方】
    どんな楽しみを提供するかを意識する。そうすると物語の作り方は2つになる。
    ①変化を読ませる。この先主人公はどうなるのか、というハラハラドキドキ
    ②謎を解き明かす。心の中に秘めた謎や行動のナゾを解明する。
    優れた小説には必ず謎がある。謎をどのように物語に置いて行くかがプロットの鍵。「自分の核謎は何なのか」をはっきり自覚すること。書き始める前に、この小説の読みどころ、読ませどころは何なのかを、自分の中で定義しておく。

    次に、通過点を決める。起承転結などで構わない。起から承へはこのぐらいで、転から結にはなだらかな山を二つほど作り一気に行こうなど、チェックポイントを決めてやる。

    また、長編を書くときには最初に大きな話を作って、そこに小さな具材を乗せて整える方が良い。逆だとこじんまりとした話にしかならない。

    【小説にはトゲが必要】
    物語をひねるときは、後半でひねってはダメ。登場人物が色々出てきて、一人ひとりのキャラクターが分かって来たぐらい(1/3ぐらいで)でひねりを加える。
    ではひねるとは何か?→主人公に対してツラく当たる。簡単に目標を達成させないこと。主人公に残酷な物語は面白い。
    最後に大切なのは、小説にトゲを作ること。トゲとは読んだ人の内にさざ波を立てるもの。作者自身の個性。「だから何?」で終わらせない小説。

    大きく物語を膨らませられない...→有り得ない状況、先の考えられない状況に物語を持っていってしまう。わざと自分を追い込む。そこから大逆転を考える。
    答えを出さずに作った問題は、自分でも考えもしなかったような答えが出てくるため、読者を驚かせる力を持つ。

    【優れた文章と描写を磨け】
    ・良いリズムの文章は正確な文章。正確な文章は的確な言葉選びから生まれる。
    ・描写に緩急をつける。大切な情報とどうでもいい風景描写を同じ厚みで塗らない。そのシーンで一番大事なものは何なのかを意識する。
    ・描写は「場所」であり、「人物」であり、「雰囲気」である。どこで、だれが、どんな状態にあるのかを説明するのがメインであることを念頭に置く。
    ・声に出して読もう。音読は正義。

    【長編を書くには】
    ・主人公、ヒロイン、悪役は強いキャラクターにする。
    ・冒頭シーンが一番大事。読者を引きつけるために何度も書き直そう。逆に、ラストシーンは書いてるうちに自然と決まることが多い。
    ・クライマックスは2度作る。小説とは謎を解き明かす行為の繰り返しであり、大きな謎一本では中だるみする。
    ・最後まで書いても「出来た!」と思わずにプラスアルファを考えてみること。そのためには時間を置いて読み直す
    ・「自分はこの小説で何を読ませたいのか」ということに自覚的になること。


    共通して言えるのは、読者は今までに見たこともないような話を欲しがっている。これまでにはいなかったような人間を登場させること。主人公にもっと魅力を持たせること。ストーリーを練って、起承転結を作ること。

    【小説家になった後のために】
    デビューを焦る必要はない。デビューは5年後、10年後でもいいが、プロになったら後は締め切りに追われながら書くしかない。作家になるよりも作家であり続けるのが一番苦しい。何年か勉強し続け、アイデアを膨らまし、人生経験を積んだり回り道をしたりした後にデビューしても遅くはない。

  •  物を書くということは「出す」行為です。出し続ければ、自分の中がすぐに空っぽになってしまいます。必ず「入れる」ことをしてください。小説でも、漫画でも、映画でも、芝居でも、音楽でも、何でもいい、自分を刺激し続けることを忘れないでください。
     すぐれた音楽を聴いて、「この音楽を小説にするとしたら、どういう小説になるだろう」と考える。映画を観て、「自分ならこのネタをどうアレンジするか」と考える。あるいは、「この感動をどう小説に活かすか」、そういう気持ちを常に持って、他の人の創作物に触れる習慣をつけてください。誰も指摘する人はいませんでしたが、私はロマン・ポランスキー監督の『フランティック』という映画を観て、東京生まれ、東京育ちのサラリーマンが大阪でトラブルに巻き込まれるというアイデアを思いつき、『走らなあかん、夜明けまで』という小説を書きました。
     それから、アイデアをいつも身近に置いておくこと。何か思いついたら必ずメモをする。夜見た夢でも構いません。私の『天使の牙』という小説は、「自分が女性で、脳を移植された」という夢をもとに書いた作品です。夢というのは目が覚めた瞬間は覚えていても、半日もするとほとんど忘れてしまいます。枕元にアイデア帳、トイレにもアイデア帳を置いて、思いついたらすぐメモする。そういう習慣もつけてください。メモしたことをすぐに使う必要はありません。とにかくどんどん溜めていくこと。溜めていって、あとでそれを振り返った時に、「これとこれをくっつければ面白い話になる」ということもありますから。

     本当に嫌な奴というのは、私もなかなか書けませんでした。冷酷なマシンのような殺し屋は書けるけど、嫌な人間を書こうとすればするほど嘘っぽくなってしまう。なぜかというと、嫌な人間というのは、実は自分のことを嫌な人間と思っていないんですね。例えばクラゲさんの『蛍』の藤岡も実に嫌な男だけど、自分では魅力的だと思っているし、子供のいじめにしても、本人たちはいじめている自覚はないことが多い。人は皆、自己正当化する生き物ですからね。私はよくヤクザを書きますが、「てめぇ、ぶっ殺すぞ」みたいな単純な奴はあまり怖くない。それよりも、「本当はこんなことしたくないけど、やらなきゃ兄貴にぶっとばされるからさ、勘弁してくれよぉ」と謝りながらドスで刺して穴掘って埋めちゃう奴の方がよっぽど怖いものです。最初から嫌な人を書こうとしないで、嫌な人に見えなかった人間がだんだん嫌な奴に見えてくる、嫌な人にならざるを得ない感じになっていく、読者の中にじわじわ嫌な感じが広がっていく、そういう風に書いてみてください。難しいですけどね。これは小説家の秘中の秘のテクニックですから(笑)。

     まず大事なのは、数字や固有名詞に頼らないでその人物を描写することです。「大沢在昌、五十五歳、サラリーマン」というような書き方は絶対にしないこと。これではキャラクターのふくらみに欠けるし、この人物が些細や役なのか重要な役なのかが読者に伝わりません。なぜこのような描写になるかというと、頭でキャラクターを作っているからでしょう。キャラクターを作るときは、できるだけ具体的に思い浮かべてください。では、具体像とはどういうことか? それは「雰囲気」です。
     例えば、みなさんが初めて私と会ったとして、いきなり五十五歳とはわかりませんよね。「中年の男性で年齢は五十代、……五十前後かな。サラリーマンっぽくはない。なんだか偉そうにしゃべっているなぁ」などの印象を持つかもしれない。そういうところから「雰囲気」は作られているわけです。ただし、目についたものすべて、紺のジャケットにストライプのシャツを着て、淡いベージュのチノパンを穿いて……とベタベタ書いていっても、その人物を描いたことにはならないということはおわかりだと思います。服装や顔の造作、髪型などは実は大した問題ではない。人物を描くためにもっとも必要なのは、その人物を明確に喚起させるような言葉を探すことです。

     現実の人間というのは、実に非論理的な存在です。甘いものが嫌いだから普段は食べないという人でも、ふとした弾みで隣の人が食べているクッキーをつまむこともあるでしょう。しかし、小説の中で「甘いものは嫌い」と言っていた登場人物がケーキを食べるシーンが出てくるとしたら、そこには絶対に理由がなくてはいけません。小説の登場人物は論理的でなければいけないし、その論理には一貫性が要求されます。もし論理が崩れるとすれば、そこには必ず理由がある。物語には理由が必要だということです。

     作家になるということは、コップの水なんです。コップの中に読書量がどんどん溜まっていって、最後にあふれ出す、それが書きたいという情熱になるわけです。コップ半分くらいで書き出しても、空いた部分は埋められません。いつか必ず無理が来る。もちろん、コップの大きさは人それぞれですし、たくさん本を読んでいれば必ずいいものが書けるというわけではありませんが、ストーリーの引き出し、人物造形の引き出し、サプライズの引き出し、そういうものはたくさんの本を読んだほうが身につきます。

     面白い小説というのは、ミステリーであれ、恋愛小説であれ、どんなジャンルの小説でも、主人公に対して残酷です。主人公に優しい小説が面白くなるわけがない。『ロミオとジュリエット』はまさに典型で、主人公たちに残酷なすれ違いがあるからこそ、あの物語は面白いんですね。ロールプレイングゲームも同じ。主人公が雑魚キャラを倒して倒して、一生懸命レベルアップして、最後にダンジョンでボスキャラを倒す。苦難の道があるからこそ、プレイヤーは「やった!」という達成感を味わえるのです。
     小説の読者は、ゲームのプレイヤーと違って、ただ読むだけで努力する必要はありません。主人公のレベルアップも最後の目標達成もそこにいたるまでの試練も、すべてを演出して読者に提供するのが作者の仕事です。主人公がどれだけ頑張ったか、どれだけ耐えたか、どれだけ苦しんだかを、読者に見せてあげてください。
    「ひねり」がない、面白くない小説というのは、主人公の頑張りが足りない、主人公に我慢をさせてない小説です。もっと我慢をさせなさい、もっと頑張らせなさい、泣かせなさい、苦しめなさい。私は世界で一番「鮫島」という主人公に恨まれている人間だと多くの読者から思われています。「毎回毎回、どうしてあんなにひどい目に遭わせてるよなと自分でも思います。それはなぜか。鮫島に酷いことをすればするほど、みんな買うんだもの(笑)。「主人公に残酷な物語は面白い」。これ、テストに出ます。絶対に覚えておいたほうがいい。残酷であればあるほど、主人公が苦しめば苦しむほど、物語は面白くなる。
     もちろん「そんな小説は嫌だ。もっとふわふわっとして心が温まるような小説が読みたい」という人もいるかもしれない。でも、一見ふわふわっとして心が温まるような小説でも、よくよく分解してみると、目に見えない形で主人公に残酷な運命が訪れ、目に見えない形で主人公はそれを克服しているものです。「物語の最初と最後で主人公に変化のない小説は面白くない」という話にも繋がるポイントです。

     長編になればなるほど、書き手はたくさんの情報を書き込まなければいけないと思い込み、その人の顔や着ている服の様子を細かく書いてしまいます。でも、「年齢、職業、服装、顔の造作で人物描写は成立しない」ということはすでにお話ししたとおりです。ためしに皆さんの親しい友達、あるいはお子さん、奥さん、旦那さん、ペットなどをひと言で表現してみてください。「うちの父は面白い人です」「私の父はとんがってるんです」「うちの旦那さんは、真面目が服を着ているような人ですね」……まあ、これはあまりいい表現じゃないけど(笑)、とにかく、よく知っている人だからこそ、ひと言で表現できるんですね。知らない人を説目しようとすると、どうしても言葉数が多くなる。でも、どんなに多くの言葉を費やしても、その人を説明したことにはなりません。皆さんが自分の作ったキャラクターのことをよくわかっていれば、服装や顔立ちなどの説明を一切しなくても、その人物がしゃべる場面、歩く場面、誰かと街で出会う場面を書くだけで、「ああ、この人はきっとこういう人なんだろうなあ」と読者の中にそのキャラクターのイメージが立ち上がってくるはずです。そんな描写ができればベストです。

     これを例えば、鮫島がサウナの入口をくぐる場面、「入口で料金を払って入る。ここはホモのハッテン場である。鮫島は聞き込みのためにやって来たのだ……」という説明で始める方法もあるでしょうが、私は一切説明を省きました。冒頭シーンの説明はマイナスに働くことが多いからです。ものすごく変わった設定や極端に常識から離れている設定の物語の場合は、その世界の説明から入らなければいけないケースもあるでしょうが、現代社会を舞台にした普通の小説であれば、冒頭シーンはなるべく説明しないほうが面白くなります。

     読者が小説を読むということは、理解をしたいということなんですね。登場人物の行動原理が理解できるかどうかということが、読者がその小説に入っていけるかどうかという部分と深く関わっている。主人公、敵役、恋人、すべての人間の行動が、「この人だったら、こう行動せざるを得ないだろうな」と読者に理解されること。登場人物全員を100パーセント読者に理解させろということではありませんよ。そんなことは不可能だし、100パーセント理解できる人間しか出てこない小説なんて面白いわけがない。ただ、どんな人間であっても10
    パーセントくらいは理解できるというキャラクターを設定すること。そして、自分がその登場人物の立場に立って、なぜそんな行動をとるかと聞かれたときにちゃんと答えられるだけの理論武装をした上で書くことが大切です。

  • 視点人物、つまり語り手である「私」や「僕」や「俺」の個性をどれだけ読者に伝えられるか

  • 一人称の情報の入口は一点しかない
    一人称というのは視点がひとつしかない。情報が一点からしか入らないということは物語を動かす上でかなり足枷になる

    プロットの作り方
    「変化を読ませる小説」
    「謎を解き明かす小説」
    理想とするのは、変化を読ませていって最後に謎が解ける
    「謎」というものをどういうふうに物語の中に置いていくのかが、プロット作りの大きなカギになる
    自分の書く謎は何なのかをはっきり自覚する

    冒頭で主人公を印象づけろ

    描写は、天地人動植

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著者プロフィール

1956年愛知県名古屋市生まれ。慶応義塾大学中退。1979年に小説推理新人賞を「感傷の街角」で受賞しデビュー。1986年「深夜曲馬団」で日本冒険小説協会大賞最優秀短編賞、1991年『新宿鮫』で吉川英治文学新人賞と日本推理作家協会賞長編部門受賞。1994年には『無間人形 新宿鮫IV』直木賞を受賞した。2001年『心では重すぎる』で日本冒険小説協会大賞、2002年『闇先案内人』で日本冒険小説協会大賞を連続受賞。2004年『パンドラ・アイランド』で柴田錬三郎賞受賞。2010年には日本ミステリー文学大賞受賞。2014年『海と月の迷路』で吉川英治文学賞を受賞、2022年には紫綬褒章を受章した。


「2023年 『悪魔には悪魔を』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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