スウィングしなけりゃ意味がない (角川文庫)

著者 :
  • KADOKAWA
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感想 : 26
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  • Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041076705

作品紹介・あらすじ

1939年ナチス政権下のドイツ、ハンブルク。15歳のエディが熱狂しているのは頽廃音楽と呼ばれる”スウィング”だ。だが音楽と恋に彩られた彼らの青春にも、徐々に戦争が色濃く影を落としはじめる――。

感想・レビュー・書評

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  • ナチス政権下のドイツでジャズを聴くのは、それがただ恰好良くて好きだから。ゲシュタポを躱しながら思い切り青春している、その気概というか支配されていない感じにほっとする。
    でも状況は変わるし、戦争が身近に迫ってきて、爆撃のあとはもう、どうしようもできない怒りが込み上げてきた。かと思うと凪のような。読んでいるだけなのに、気持ちが前と同じではいられない。
    本当に、戦争なんて誰が望んでいるのか。
    最後の一文は胸に刺さった。そのことを心の底から実感したことなんてないけど、泣き笑いみたいな気分だ。

  • 大好きな作家さんの佐藤さん、今回は、ドイツ第三帝国下のスウィングボーイズの物語。
    佐藤亜紀さんは、不幸な事件のせいもあって、あまり話題にはされてませんが、実は好きな人がメチャ多い作家さんです。最近だと黄金列車もすごく良かった。
    ナチスに頽廃音楽とレッテルされた音楽や美術作品は多々あるなか、ドイツに浸透していたスウィングジャズにハマった悪ガキの物語、ゲシュタポの排斥が進むなかで、隠れてスウィングスウィング、ある意味楽しい青春譚が繰り広げられるものの、時代の流れは暗雲立ち込め、ハンブルク大空襲を山場に生活瓦解となるなかで、そのような陰鬱さを感じさせないスピードで悪ガキが走り続けた物語。悪ガキベースだからポジティブな文調であまり気分が重くならずに一気に読める。角川文庫版の須賀しのぶさんの解説の最後がよかった。
    「心から自由を失った時、人は人でないものになりさがる。疑問も持たなくなるから楽かもしれないが、そんなものになりたくはない。
    スウィングしなけりゃ、人生に意味はないのだ。」
    最新作の「喜べ、幸いなる魂よ」は18世紀フランドルの物語。積読からいつ取り出そうか、楽しみです。

  • 「西暦二○○○年の人間はまた別な風に弾くだろう、って先生は言ってる。今みたいな音楽を普通に聴くようになった人たちには、ベートーヴェンはまた別のものに聴こえるだろう、先生が聴き始めてからでもずいぶんと変わったって。それはいいことでも悪いことでもある、って。得るものと失うものがあるから」

    2017年に日本人の作家が大戦末期のドイツを描く。綿密なリサーチが彼らのステップを“歴史”から開放する。自由なステップは素敵な飛躍を生み、それが祈りを携えた小説となる。読者は史実の手触りと自分の足元が変容する感覚を味わう。読み終えた僕が思いを馳せたのは、遠いドイツの風景ではなく、もっとそばにあるファシズムの過去と現在についてだった。

    『戦争に反対する唯一の手段は、各自の生活を美しくして、それに執着することである』なんて言葉があるが、「執着する」の部分はおよそ美しくない、牙を向いて死に物狂いな態度で取り組まれなければならない。かっこ悪いくらいに足掻いて、“かっこよさ”を死守しろ。という意味なのかもしれない。血統よりイデオロギーより強固な“かっこよさ”で連帯すること。粋とは何かを理解しない者に手綱を渡すなと、この小説は伝えてくれている。

  • 戦時下の青春小説。

    日に日に締め付けが厳しくなっていく戦時下、敵性音楽であるジャズをどうにかして聴き続けること。この話を貫いているものは反戦の精神でもなく戦争がもたらす教訓的なものでもなく、ジャズという名の人間性ではないかと思う。

    主人公エディがつるんだり巻き込んだり丸め込んだりする人達は、ユダヤ系、ユーゲントのスパイ、戦争捕虜、ゲシュタポなど立場を問わない。
    エディにはイデオロギーはなく、ジャズを聴き続けるため、前線行きを逃れるためにあらゆるものを利用し、あらゆる理不尽に心を痛める。

    ジャズを含むアーリア的でないもの全てを根絶やしにしようとイロニーのかけらもなく愛国精神を説くナチス。

    馬鹿げた戦争をやりたいやつはよそでやってくれ、俺たちを巻き込むなという心の叫びは、国籍や年代問わず誰もが共感できるところではなかろうか。
    そういった率直な人間性が、恋や人生の楽しみを歌うジャズナンバーに投影される。

    佐藤亜紀作品の中では読みやすいほうではないか。(天使、雲雀などは登場人物も殺人的に多くて苦労した)とはいえこの作品も分からん単語が当然のように出てきてググりながら読まないと厳しい。
    単語検索もそうなんだけどスマホ片手に読むのがおすすめ。ジャズナンバーが随所に出てくるので検索して聴く。ヒトラーユーゲントの歌も。
    作中繰り返し出てくる「イロニー」の有無を、音楽を通じても感じることができると思う。

    今回もほんとに登場人物が魅力的。

  • この本は実在したスウィング・ボーイズの話です。私はスウィング・ボーイズなる存在を知りませんでした。ナチス体制のハンブルグで、ジャズによって規制に抗った少年たち。ナチスに抵抗した若者というと私は白バラしか知りません。スウィング・ボーイズもエーデルヴァイス海賊団も知りませんでした。だから小説としての面白さだけでなく歴史を知るという意味でも興味深く面白かったです。
    白バラは反戦のビラを撒くのに対して、スウィング・ボーイズはただカッコいいことをしたかったり好きな音楽を聴いたり踊ったりしたいだけ。自由でいたいだけ。ビラを撒く恋人にエディは「それってユーゲントとどこが違うの?なんで青年が先頭に立って旗を掲げなきゃいけないんだ。ドイツよ目覚めよって、目覚めた挙句こうなってるんだろ?」と言います。
    どんな手を使ってでも戦争になんて行きたくない、SSやゲシュタポのことをバカにしてる感じやブルジョワの子供らしい考え方や行動が痛快です。

    佐藤亜紀さんについてもこの本についても、須賀しのぶさんの解説がまさにその通りです。佐藤亜紀さんの作品について私が思っていたことを言葉にしてくれていて嬉しかったです。この本については須賀さんの文章を引用します。

    『押しつけられるものに目もくれず、ただ自分が選んだスウィングジャズで最後まで踊り続ける。それは、振り返ってみれば、あの時代において最も厳しい生き方だったかもしれない。しかし彼らは、何度選べたとしても、その道しか選ばないだろう。
     心から自由を失った時、人は人ではないものになりさがる。疑問も持たなくなるから楽かもしれないが、そんなものにはなりたくない。
     スウィングしなけりゃ、人生に意味はないのだ。』

  • 佐藤亜紀さんの作品は10年前に読んだ『ミノタウロス』以来だと思います。相変わらずひとつひとつの文章の密度が驚くほど高くて、相当な力作かつ労作であることは疑いないのですが、自分の場合はあまり物語に入っていくことができませんでした。
    それは一にも二にも登場人物の問題で、現代の「反戦平和」に何となく染まったような学生たちが、そのまま戦時下のドイツにタイムスリップしたような違和感が最後まで拭えませんでした。すぐ近くで空襲が起こっているのに妙に落ち着きはらった行動も?ですし、破天荒さも『ミノタウロス』の登場人物の悪漢ぶりに比べると数段落ちるような気が。もちろんそういう設定がダメというわけではないのですが、もう少し背景や内面について説明がないと、このクソ暑い中で読み身にとってはしんどかったというのが正直なところです。登場人物の心情や背景を細かく説明しないという著者の手法が、本作に関しては足枷になったように感じました。で、そうなるとストーリーにサプライズのようなものを求めたくなるところなのですが、それも大したことなかったですし、うーん、一言でいって残念だったのでした。
    とはいえ、他の方の感想を読んでみると絶賛される方は一定数いらっしゃるようですので、自分はダメでしたがきっと「分かる人は分かる」作品なんだと思います。ま、相性が悪かったということで堪忍してください。

  • イカした小説だった。ナチスが幅を利かしていた時代のハンブルクを舞台に、ジャズにかぶれた連中(スウィング・ボーイズ)がしたたかにしなやかに生き抜いていく物語。
    レジスタンスのように真っ向から抗うのも尊いけど、この小説のスウィング・ボーイズのように軟派を装ってカッコつけ、相手にしないようでいて器用に裏をかいているようなのって素敵だ。ナチスの時代というとすべてが灰色あるいは真っ黒に思われかねないけど、笑うときもあれば悦びのときもありながら人は生きていたはず。そんな一面を表現してくれているような気がするよ。
    その極めつけのような聡い青年が主人公のエディだと思う(もう一人あげるとしたらマックスだね)。物事や世の真理、人の心理が直感的にわかってる世渡り上手(それでいながら嫌味がない)、楽しむことにも貪欲でありながらしっかり成果もあげられるタイプ。
    エディやマックスの言動を読みながら、最近、男性作家の(日本人の)少年や青年を主人公にした小説2作品で、主人公の彼らが一歩引いたところから俯瞰的に物事を見ているような、いってみればずるいスタンスなのに、周囲の人から買われている様子なのってちょっとおかしいと思ったことを思い出した。それは、カッコいいとはいえない男性作家が自分と似たタイプを主人公に願望混ぜてそういうこういうキャラクターになっているんじゃないかなと思っているんだけど、この小説のエディはマックスは文句なし、ちゃんとうなずけるカッコよさがある。それって、女性作家の手になるからだろうか。
    作家の力といえば……と話題を強引にもってきたけど、こんな小説を日本人が書いちゃってるのもすごい!
    欧米(語)の小説の文調と日本語の小説の文調ってやっぱり違っていて、それって翻訳して日本語になった小説を読んだところで、外国ものは読みにくい、その小説の世界に入りにくいなと思ってるんだけど、この小説はそういう思いになることがない。馴れしみ込んでる日本語で一から書かれているだけあって、すぐに目の前に情景が浮かんでくる。そして題材自体の面白さもあってどんどん読んでいける。
    これ、映画化(洋画)するといいのに。小難しいミニシアター系の映画とかじゃなくて、ハリウッドのエンタメ感ありありでつくったほうがいいなあ。

  • ボンボンが悪ガキしてるわー、というところから、時代そのまま地獄のような状況に突き落とされていく、その情緒の行ったり来たりが、『状況に酔う』ということのない視点を通じてなされ、読みふけってしまった。ちょっとだけ、些細なことだが受け入れがたいところはあった、けれども。

  • ヨーロッパの覇者になれると愚かにも信じて戦場を邁進し、学生志願兵たちが突撃の果てに全滅したランゲマルクの戦いですら愚かしい。ここは「おバカの帝国」なのだ――。
    1939年ナチス政権下のドイツ、ハンブルク。軍需会社の経営者を父親に持つ御曹司、15歳のエディ。独裁政権にも優生思想にも、ユーゲントの制服にも冷めた眼差しを向ける彼が熱狂するのはスウィング(ジャズ)。
    天才的なピアノの才能を持つ、1/8ユダヤ人のマックス。ユーゲントのスパイ、クー。卓越したクラリネット奏者で恋人のアディ。ナチスに尻を捲り、最高の仲間たちと最高にいい格好をして道楽に耽るやりたい放題の青春。
    戦争が始まってスウィングが退廃音楽から敵性音楽になり、禁じられてからは、防空壕代わりの地下室を占拠して裏庭でパーティ三昧。19歳になっても戦争に行く気はないし、兵役を逃れる手段ならいくらでもある。レコードがなくなれば仲間たちとラジオから録音し、量産して闇で売りさばき利益を上げる。一部の者はUボート(地下に潜る)し、一部の者は表向き完璧なドイツ市民として振る舞い……そんな終わらない夏のような享楽に満ちた日々にも、逃れようのない戦火が迫る。

    ――誰にでも永遠に手の届きそうな瞬間はある。――不思議なことに、誰もその瞬間に留まろうとはしないが。

    しかし弾圧が迫り、刑務所にぶち込まれ、街が焦土と化しても、なにものも彼らから音楽を奪うことはできないのだ。彼らは叫ぶ。
    「スウィングしねえんじゃ意味がねえんだよおおお」


    1993年制作の『スウィング・キッズ』という映画がある。本書と同じようにナチス政権下で敵性音楽と見做され禁じられたスウィング・ジャズを愛したハンブルクの少年たちが主人公で、「引き裂かれた青春」という副題のとおり、思想や戦火の中で少年たちの友情が無残に引き裂かれていく有様を痛切に描いた作品だった。
    だからこの本を読もうとした時は、ちょっと覚悟した。辛いラストシーンが待っているのではないかと。結論を言ってしまうとそんな心配はなかった。佐藤作品のスウィング・ボーイズ&ガールズたちは実に太々しくずる賢く、要領よく外面もよく、スウィングを捨てることも奪われることもなく生き延びていく。決して無傷ではいられず、時に大きな代償を払い、時に喪失もあるけれど。それでも誰も、彼らから音楽を奪うことはできなかった。
    巻末の『跛行の帝国』にあるとおり、彼らは実在した。エディたちのように生き延びた子たちもいれば、自ら命を絶ったり、収容所での過酷な生活や前線のただ中で死んでいった子たちもいただろう。そしてスウィングを捨てて大人になっていった子たちも。

  • 実在したナチス政権下のスウィング・ボーイズ。上流階級のおぼっちゃんのかっこつけ、お遊びでありながら、音楽への熱狂や一体感がすごい。若くして戦況の変化に直面しつつ、己は常に自由たらんと踊り続けるかのような生き方を、ナチスドイツを背景にしながら鮮やかに描き切っているところも見事と思う。

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著者プロフィール

1962年、新潟に生まれる。1991年『バルタザールの遍歴』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞。2002年『天使』で芸術選奨新人賞を、2007年刊行『ミノタウロス』は吉川英治文学新人賞を受賞した。著書に『鏡の影』『モンティニーの狼男爵』『雲雀』『激しく、速やかな死』『醜聞の作法』『金の仔牛』『吸血鬼』などがある。

「2022年 『吸血鬼』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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