サガレン 樺太/サハリン 境界を旅する

著者 :
  • KADOKAWA
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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041076323

作品紹介・あらすじ

かつて、この国には“国境線観光”があった。

樺太/サハリン、旧名サガレン。
何度も国境線が引き直された境界の島だ。
大日本帝国時代には、陸の“国境線“を観に、北原白秋や林芙美子らも訪れた。
また、宮沢賢治は妹トシが死んだ翌年、その魂を求めてサガレンを訪れ、名詩を残している。
他にもチェーホフや斎藤茂吉など、この地を旅した者は多い。
いったい何が彼らを惹きつけたのか?
多くの日本人に忘れられた島。その記憶は、鉄路が刻んでいた。
賢治の行程をたどりつつ、昭和史の縮図をゆく。
文学、歴史、鉄道、そして作家の業。すべてを盛り込んだ新たな紀行作品!

歴史の地層の上を走り続けた、旅の軌跡――。
「本書での二度のサハリン行きのあと、私はまたサハリンに旅をした。
(中略)この島の吸引力は強く、この先も繰り返し訪ねる予感がしている。
この地で生きて死んだ人たちの声を聴くことは、おそらくこれからの私のテーマになるだろう。」(「あとがき」より)

【目次】

第一部 寝台急行、北へ
 一 歴史の地層の上を走る
 二 林芙美子の樺太
 三 ツンドラ饅頭とロシアパン
 四 国境を越えた恋人たち
 五 北緯50度線のむこう
 六 廃線探索と鉱山王
 七 ニブフの口琴に揺られて

第二部 「賢治の樺太」をゆく
 一 「ヒロヒト岬」から廃工場へ
 二 賢治が乗った泊栄線
 三 「青森挽歌」の謎
 四 移動する文学
 五 大日本帝国、最果ての駅へ
 六 オホーツクの浜辺で
 七 チェーホフのサハリン、賢治の樺太
 八 白鳥湖の謎
 九 光の中を走る汽車
 十 すきとおったサガレンの夏

おわりに
主要参考文献一覧

感想・レビュー・書評

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  • 私はどちらかといえば宮沢賢治の作品は苦手なほう。童話も詩も難しい。作品のなかへ入っていきたいのだけど、見えないガラスで弾かれてしまうような感じ。彼の物語は美しくて哀しくて、そして生きることに何処かよそよそしい、そんなふうに思えるのだ。

    そんな私だったのだけれど、この本で知ることになる賢治の姿はとても興味深く、宮沢賢治という作家について、彼の作品について、今はもっと知りたくてたまらない。
    ノンフィクション作家・梯久美子さんは、宮沢賢治が書いた詩とともに、彼の足跡をたどりサハリンを旅する。樺太/サハリン、旧名サガレン。何度も国境線が引き直された境界の島。賢治は妹トシが亡くなった翌年、その魂を求めて、この地を訪れ、名詩を残した。

    『銀河鉄道の夜』のモチーフとなったといわれる賢治の樺太での鉄道旅。妹の魂の行方を追うとはどういうことなのか、また『銀河鉄道の夜』は本当に樺太での鉄道旅の経験が反映されているのか、そして賢治が見た景色を見てみたいとの思いとともに、著者は賢治の旅を考察していく。その語り口はとても心地よくて読みやすく、グイグイと惹き付けられた。

    1923年の夏、27歳になる直前の賢治は樺太へ向かう。このときの大泊(現在のコルサコフ)から豊原(同ユジノサハリンスク)を経て栄浜(同スタロドゥプスコエ)までの鉄道旅が、『銀河鉄道の夜』のモチーフになっているのではないかと言われているのだ。
    賢治の樺太行きの直接の目的は、大泊の王子製紙に勤めていた旧友を訪ねて、教え子の就職を頼むことだった。だが本当は前年の11月に亡くなった妹トシの魂の行方を求める旅だった、というのが定説となっているそうだ。

    たとえば「青森挽歌」の冒頭。
    賢治は花巻駅を7月31日午後9時59分発、翌日午前5時20分に青森駅着の列車のなかで「青森挽歌」を書く。
     
     こんなやみのはらのなかをゆくときは
     客車のまどはみんな水族館の窓になる
      (乾いたでんしんばしらの列が
      せはしく遷つてゐるらしい
      きしやは銀河系の玲瓏レンズ
      巨きな水素のりんごのなかをかけてゐる)
               (「青森挽歌」より)

    この美しいイメージは、のちに書かれる『銀河鉄道の夜』へと繋がっていくものだと著者は言う。
    やがて列車は、ある駅にさしかかる。

     あいつはこんなさびしい停車場を
     たつたひとりで通つていつたらうか
     どこへ行くともわからないその方向を
     どの種類の世界せはひるともしれないそのみ
    ちを
     たつたひとりでさびしくあるいて行つたらう

                     (同前)

    「あいつ」とは、前年の11月に亡くなった妹トシのこと。彼女は求道的な精神の持ち主で、この世における満足よりももっと大切なものがあると考え、法華経に深く帰依する賢治の理解者だった。
    そのトシが死んだあと、どこへ行ったのか。今どこにいるのか。それは賢治にとって、妹を悼む深い思いであると同時に、信仰上の重要な問題でもあったと著者は考察する。

    死とはすべての消滅なのか。死んだ瞬間からその人は肉体だけを残して本当に消えてなくなるのか。賢治はそれらを突きつめて考え、この問題と向き合おうとした。
    その思いは、樺太へ渡る午後11時30分発の稚泊連絡船・対馬丸の船上で書かれた「宗谷挽歌」へと引き継がれていく。

     さあ、海と陰湿の夜のそらとの鬼神たち
     私は試みを受けよう。
              (「宗谷挽歌」より)

    夜の海、その闇は生者と死者との距離を近くする。賢治は船上でトシの魂との交信を本気で願うのだ。
    そこまでして賢治がトシの死後の行方にこだわるのはなぜなのか。著者はさらに『春と修羅』に関するさまざまな論考を読み解いていき、その答えになるようなものを見つけ出す。つまりはその根底にあるのは、信仰に対する賢治の問題、トシが死後に天上へ行ったことを直観できなかったこと。トシに法華経のすばらしさを説いてきたはずの賢治であったが、トシが成仏できることを確信できなかったのだ。それを意識するとトシの臨終の場面を描いた詩「無声慟哭」からも見えてくるものがある。
    少し話はそれるかもしれないのだけれど、「春と修羅」に描かれる賢治を修羅にしたものは何だったのか、この考察にはなるほどなと思った。
    ここに賢治の信仰の揺らぎの原因となるものが隠されており、そのことから『銀河鉄道の夜』のある人物のモデルが誰なのかが推察されるのだけれど、その考え方には大変興味を持った。

    さて賢治は樺太の大泊駅から汽車に乗り、当時の日本の鉄道の最北端の駅、栄浜に降り立つ。著者も賢治が来た当時の地図と現在の地図を見比べつつ彼の行程をたどりながら、賢治が樺太に足を踏み入れてから書いた最初の詩「オホーツク挽歌」を考察し、賢治の心のうちの変化に注目する。

     わびしい草穂やひかりのもや
     緑青は水平線までうららかに延び
     雲の累帯構造のつぎ目から
     一きれのぞく天の青 
     強くもわたくしの胸は刺されてゐる
     それらの二つの青いいろは
     どちらもとし子のもつてゐた特性だ
     わたくしが樺太のひとのない海岸を
     ひとり歩いたり疲れて睡つたりしてゐるとき
     とし子はあの青いところのはてにゐて
     なにをしてゐるのかわからない
            (「オホーツク挽歌」より)

    死んだ妹はいったいどこにいるのか。やっと賢治はオホーツクの海でトシの存在を感じることができた。オホーツクの海の色に、樺太の草花に。樺太の風景を前にして、賢治のなかで徐々に変化していった死後のトシの存在。

     一千九百二十三年の
     とし子はやさしく眼をみひらいて
     透明薔薇の身熱から
     青い林をかんがへてゐる
          (「噴火湾(ノクターン)」より)

    この詩に描かれたトシの姿に、賢治がやっと、彼女を優しく思いだすことができるようになったのだと胸に熱くなる。

    この本は、第一部と第二部にわかれており、感想に書いた部分は、第二部『「賢治の樺太」をゆく』から。他にもこの地を旅したチェーホフのことなども描かれている。
    第一部『寝台急行、北へ』は、梯さんと編集者柘植青年のサハリンへの取材旅行記。
    林芙美子や北原白秋がサハリンを旅したときの随筆をも参考にしながら、文学、歴史、鉄道などあらゆる方面から描かれている。
    とくに「樺太のポーランド人」については、もう少し自分なりに調べてみたい。帝政ロシア時代のサハリン島は流刑地で、囚人の中にはロシア人だけでなく、当時ロシアが統治していたポーランドの政治犯もいたそうだ。
    しかしながら著者は“鉄道ファン”であり、「今回のサハリンの旅は、この列車に乗るのが第一の目的」としっかりとおっしゃってるとおり、サハリンの街中での出来事よりも、サハリンの列車に乗る直前の、そして車中でのエピソードが実はピカイチに面白かったりするのだ。

    • 地球っこさん
      kuma0504さん、おはようございます♪

      梯さんは初めて読みましたが、すっかりファンになってしまいました。とても丁寧に、これでもかという...
      kuma0504さん、おはようございます♪

      梯さんは初めて読みましたが、すっかりファンになってしまいました。とても丁寧に、これでもかというほど論考を調べたり、考察したりする姿勢に、よしついていくぞと思いました。それだけでなくて文章も読みやすくて置いてけぼりにされなかったです。

      樺太のことも宮沢賢治のことも初めて知ることばかりでしたが、もうちょい知りたいなと梯さんが参考にされた本のいくつかは図書館で予約しました。
      流刑地のことでは、とくにチェーホフの『サハリン島』を参考にされてたと思います。
      「樺太のポーランド人」については報告書『ポーランドのアイヌ研究者 ピウスツキの仕事』から参考にされたみたいです。

      『ゴールデンカムイ』ですね。今まで気にしていなかったのですが、樺太のことを知りたいと思うと、だんだん気になってきました。読んでみたいと思います。

      私は、まだ読んでいないのですが『熱源』を思い浮かべました。で、今、気になってあらすじだけ調べてみると、あっ、ロシア人にされそうになったポーランド人としてピウスツキの名前が。
      ピウスツキって、今コメントに書いたばかりのアイヌ研究者ピウスツキのことかも!
      なんだか本から本へと繋がっていくような感じが、ちょっと嬉しいです。
      2022/08/09
    • shokojalanさん
      地球っこさん、
      遅ればせながらのコメントですみません。「樺太のポーランド人」と見て『熱源』で取り上げられてましたよ〜!とコメントしようと思...
      地球っこさん、
      遅ればせながらのコメントですみません。「樺太のポーランド人」と見て『熱源』で取り上げられてましたよ〜!とコメントしようと思ったら、もうお気づきになってましたね(^^;) 色々出遅れております…

      『熱源』はフィクションなのでどこまで史実に忠実かはわからないのですが、アイヌ研究者のピウスツキが主人公になっていて、入り口としてはおすすめだと思います!

      ピウスツキの弟さんはポーランドの初代元首らしくて、すごい人の家族が樺太にいたんだな〜と歴史の壮大さに胸を打たれました。
      https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%8B%E3%82%B9%E3%83%AF%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%94%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%84%E3%82%AD
      2022/08/15
    • 地球っこさん
      shokojalanさん、こんにちは♪

      ピウスツキのこと、教えていただきありがとうございます。史実のピウスツキの最期には謎が残りますね。
      ...
      shokojalanさん、こんにちは♪

      ピウスツキのこと、教えていただきありがとうございます。史実のピウスツキの最期には謎が残りますね。

      shokojalanさんにおすすめしていただいていた「熱源」を読もうと思っていて、文庫本を購入してたのですが、なかなか読むタイミングがなく……
      ところが、この本を読んで時代は違えど同じ舞台の「熱源」が頭を離れなくなり、今だ!と。
      読み終えました。
      ピウスツキが導いてくれました。

      「熱源」の後半、日本の有名人が怒涛のごとく登場し、えー、こう繋がっていくんだと驚きました。
      あとヤヨマネクフとシシラトカが進んだ道とか。

      歴史の壮大さ、そして熱の源について、アイヌって言葉の意味……、いろんな想いに私はもっと失われていく「文化」とか「歴史」とか、ちゃんと勉強したいなと思いました。

      近頃、勉強したいことが見えてきました。気の多い私なので、ひとつじゃないんですけどね(*^-^*)
      2022/08/15
  • 梯久美子の、サハリンへの2回の旅の旅行記。
    1回目は、サハリン内の鉄道に乗ること自体が主な目的の旅。2回目は、岩手からサハリンまでの宮沢賢治の鉄道と船の旅を後づけた旅。

    私は、本書を旅行記とは実は知らなかった。
    私にとって梯久美子と言えば、硫黄島での栗林中将を描いた「散るぞ悲しき」である。サハリンの一部は、第二次大戦前は日本の領土だった場所であり、そういった場所と戦争にまつわるノンフィクションだろうか?という程度の認識で読み始めた。
    ところが、内容は思わぬ旅行記。また、梯久美子さんが、鉄道マニア、特に廃線マニアであることを本書で知った。鉄道マニアの梯さんが好奇心丸出しで旅する1回目の旅行記は楽しく読めたが、宮沢賢治についてほとんど興味のない者としては、2回目の旅行記は、読み通すのが、正直辛かった。

  • ノンフィクション作家の梯さんが鉄道ファンであったとは知らなかったが、鉄道ファンが何より優先されるべきは「なかなか乗れない路線に乗る」「乗れるだけ乗る、乗りつくす」と書かれてあり、この鉄道旅は最高だったのだなと思った。

    第一部、第二部の構成で読み易かった。
    もっと歴史的要素が盛り込まれているのかと思っていたので、そのあたりは予想外ではあったが鉄道メインなので然もありなん…か。

    樺太/サハリン 昔からさまざまな名で呼ばれてきた地。
    アイヌ語、日本語、蒙古語など…。
    この本書のタイトルは、宮沢賢治がこの地をそう呼んだかららしい。
    第二部では、宮沢賢治の鉄道の足跡を辿り彼の残した詩や文を旅の風景を感じながら楽しめる。

    自分にとってはまだまだ遠いと思ってしまうサハリンなのだが…
    鉄道ファンでもなく乗り鉄でもないのだか…
    いつかは境界まで行ってみたいと思った。

  • 【あらすじ】
    かつて、この国には“国境線観光”があった。
    樺太/サハリン、旧名サガレン。何度も国境線が引き直された境界の島だ。大日本帝国時代には、陸の“国境線“を観に、北原白秋や林芙美子らも訪れた。また、宮沢賢治は妹トシが死んだ翌年、その魂を求めてサガレンを訪れ、名詩を残している。他にもチェーホフや斎藤茂吉など、この地を旅した者は多い。いったい何が彼らを惹きつけたのか?
    多くの日本人に忘れられた島。その記憶は、鉄路が刻んでいた。賢治の行程をたどりつつ、昭和史の縮図をゆく。文学、歴史、鉄道、そして作家の業。すべてを盛り込んだ新たな紀行作品!

    ・‥…━━━☆・‥…━━━☆・‥…━━━☆

    皆さんは、傷心旅行と言えば北か南、どちらに向かうイメージがあるでしょうか。私は北です。北海道に縁があるため行きやすいという理由もあるのですが、やはり寒くて荒凉とした原野と海が、傷ついた心にはちょうどいいと感じるからだと思います。悲しい気持ちを癒すには、同じく悲しみを含んだもので包み込んでもらうのが一番。楽しいことで無理やり隠すことはできないのだと思います。
    この本は大きく2部に分かれていますが、後半の「妹トシを亡くした宮沢賢治が旅した樺太」の話が特にグッときました。賢治もまた気持ちの拠り所を求めて北の果てに旅立ったのだと思うと、何となく共感を持てました。

  • ノンフィクション作家の手によるサハリンの紀行文。大日本帝国時代には陸の国境線がある島として、著名人も訪れたとのこと。林芙美子や宮沢賢治といった過去の旅人たちの記録は、著者によって丁寧に紐解かれ、旅の記録に奥行きを与えているように感じました。
    ブクログでレビューを拝見して、面白そうと思って拝読しました。

    個人的には、前に冬の礼文島に一人旅をした際、稚内からハートランドフェリーという会社の船に乗ったんですが、色々調べていたらこの会社がサハリンのコルサコフまで国際航路を持ってるんだなーとわかり、いつか乗ってみたい…と思っていました。
    今思うと、本当に、旅で「いつか」とか言うのは悪手でした…。
    稚内~コルサコフの航路は本著に書いてあるとおり唐突に廃止され、今となってはロシア(南樺太をどう扱うかはありつつ)への渡航自体も現実的ではない。
    その間に、本著にもあるようにサハリンの鉄道は日本時代の線路幅から、ロシア本土と同じ広軌に改軌されてしまい、新型車両やら高速化やらで面影も消えつつあるようで…。

    本著が記録したのは、そんな改軌前のサハリン長距離列車の息吹で、ロシアの給湯器サモワールや「暖房地獄」のコンパートメントの様相まで、おそらくもう経験できないだろう質実剛健な車内を仮想体験する意味でも貴重な1冊なのかなと思います。
    あとついでに、旅人目線だと、食事がしんどそうだな…と。本著に出てきた著者の食事はロシアパン、ハムエッグ、フィッシュバーガーに車内用カップヌードル。ユジノサハリンスク滞在時はちゃんとした夕食を取られたんじゃないかと思ったんですが、ネタになるレベルじゃなかったのかな…。

    ここからは本著の内容ではないんですが、この島の鉄道、なんでわざわざ改軌したんだろ…と思ったのですが、ロシアでは本土とサハリンの間に橋を架ける話が持ち上がっているようで。世界は変わり続けてますね…。

  • サハリン、あるいは樺太。

    日本人にとっては、離島と呼ぶには大きすぎ、北海道というにはインディペンデントすぎる。
    アイヌ文化に関心があればもちろん目を向けたくなるが、先住民としてはギリヤーク(ニブフ)の文化圏。
    ギリヤーク、と言えば村上春樹を思い出す人ももちろんいるだろう。
    そう、「かわいそうなギリヤーク人」。

    日本の地図で見ると、ロシアにも我が国にも色分けされていない国境未確定の地であること。
    そして、日本にとって極めて重要な(重要になりかけた)産油地であること。
    戦前の貴重な戦略拠点だったことはもちろん、ついこの間までも日本の大手商社と環境団体が開発を巡って戦っていたような。

    そして、そんな地政学的事情をさておいても、宮沢賢治が「銀河鉄道の夜」を着想した地としても重要なのであった。

    著者の梯さんは相変わらずのユーモアと精度で、サハリン夜行列車の旅、、、というもうそれだけで旅情お腹いっぱいレベルの紀行文とともに、妹を失い北を彷徨する賢治の軌跡を丁寧に辿っていく。

    実際に鉄道に乗ったからこその斬新かつ説得力のある解釈で、従来の賢治文学に関する通説のいくつかを覆しつつ、妹の死と絶望、鉄道旅による賢治の魂の回復過程を感動的に描き出す。

    夜行列車。のったことのある人には分かってもらえるだろう、あれはただの旅ではない。
    闇夜を駆け抜けると異界にたどり着く、一種の冥界廻りにちかい感覚を乗客に引き起こす。
    あの空気感を丸ごと再現しつつ、宮沢賢治のテーマをも掘り当ててしまう著者の力量につくづく感服。

  • 読み始めたきっかけは、最近宮沢賢治とチェーホフの作品を読み、両者の関係性を知りたくなったから。
    前半は斜め読みした箇所もあるが、結構興味深く読めた。後半はサハリンでの宮沢賢治の足跡に費やされており、宮沢賢治の作品は殆ど読んでいない私にとっては賢治の人となりを知るのに役立った。そして『チェーホフのサハリン、賢治の樺太』という項によると、結果として両者は同じルートを旅しているが、33年後に訪れた賢治はチェーホフを辿ったのか、偶然なのか立証は出来なかったらしい。仮に偶然だとしたなら賢治の感性(魂)はチェーホフにとても近いものを持っていたと想像出来る。

    作者の梯久美子氏の作品を読むのは初めてだが、関係資料をよく読み込み、核心に近づこうとするアプローチが見事である。それも、当時の出来事を記録として書き留める人物がいてこそ、現代の私達は知ることが出来る。

    蛇足ながら、現在の私達がSNS上にアップしている膨大な記録は、後世どういう形で役立つのだろうか?

  • 第一部は、著者と、同行した編集者 ”柘植青年” とのやりとりが、なんだか『阿房列車』の百閒先生と”ヒマラヤ山系君”とのようでもあり。柘植青年、なかなかいい味を出しておるな。旅に際し、著者がやたら用意がいいのも可笑しく。

    第二部は宮沢賢治をたどる旅で、読んで、宮沢賢治のどうにもさびしく暗い心持ちが、なんだか納得出来るような気がしてきた。

  • 第一部では、林芙美子や北原白秋の旅行記を交えながら、編集者との寝台急行の旅がユーモラスに描かれる。第二部では、紀行文よりも宮沢賢治の詩の丁寧な読み解きに重点が置かれ、賢治が妹の死を受け入れるまでに心象の世界がどう変化したかが分かる。「青森挽歌」と「宗谷挽歌」には大きな動揺や信仰のゆらぎが感じられるのに対して、「オホーツク挽歌」には明るくて穏やかな雰囲気が漂い、信仰も確固としたものになっている。5日間の樺太旅行で、賢治は妹の死の悲しみを乗り越えたのかもしれない。チェーホフと賢治が同じルートで旅していたことが分かった時には、感動で震えた。

  • タイトルが宮澤賢治の言葉だとわかったのは、第二章を読んでからだった。
    多くの人が旅した場所。今は観光地ではなく鉄道愛好家の聖地というべきか。

    広大な大地と冷涼な気候に育まれた自然。そして自然の恵を受けて暮らした先住民たちによって名付けられた地名。かつての日本の痕跡。様々な時代の文化の痕跡をたどりながらの紀行文。

    特に2章は引用が多くて、読み慣れない私には時間がかかった。そうだ、友人の姉が宮澤賢治の研究者だったことを思い出した。まだまだ私は浅瀬しか泳いでいなくて、深みを知らないのだと気付かされた。

    参考文献からいくつか拾い読みしてみたいものがみつかった。

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著者プロフィール

ノンフィクション作家。1961(昭和36)年、熊本市生まれ。北海道大学文学部卒業後、編集者を経て文筆業に。2005年のデビュー作『散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道』で大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。同書は米、英、仏、伊など世界8か国で翻訳出版されている。著書に『昭和二十年夏、僕は兵士だった』、『狂うひと 「死の棘」の妻・島尾ミホ』(読売文学賞、芸術選奨文部科学大臣賞、講談社ノンフィクション賞受賞)、『原民喜 死と愛と孤独の肖像』、『この父ありて 娘たちの歳月』などがある。

「2023年 『サガレン 樺太/サハリン 境界を旅する』 で使われていた紹介文から引用しています。」

梯久美子の作品

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