スウィングしなけりゃ意味がない

著者 :
  • KADOKAWA
3.80
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本棚登録 : 485
感想 : 69
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  • Amazon.co.jp ・本 (344ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041050767

作品紹介・あらすじ

1939年ナチス政権下のドイツ、ハンブルク。15歳のエディと仲間たちが熱狂しているのは頽廃音楽と呼ばれる”スウィング”だ。だが音楽と恋に彩られた彼らの青春にも、徐々に戦争が色濃く影を落としはじめる。

感想・レビュー・書評

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  • 第二次世界大戦中、ドイツ北部に位置する港湾都市ハンブルクの話。戦時下だというのにクラブに通いつめ、軽やかにステップを踏み、ピアノやクラリネットを奏してジャズに明け暮れる若者たちがいた。その名も、スウィング・ボーイズ。えっ、ナチスドイツの国でジャズ?と驚く向きもあろうかと思うが、ハンブルクは中世以来ハンザ同盟の自由都市として知られ、正式名称は自由ハンザ都市ハンブルクという。

    つまり、同じドイツといっても首都ベルリンほどナチに傾倒していない人々が多かった。会社社長などは当然党員であったが、面従腹背の姿勢でほどほどに付き合っていたのだ。その息子たちは、父親が形だけでもナチのシンパになっていることに腹を立てていた。主人公が憧れるデュークという上級生に至っては、軍の英雄である父親と取っ組合いの喧嘩をして、双方とも血まみれになってもやめないほど。

    それにしても、これが日本人が書いた小説、というから驚く。はじめは海外小説の翻訳だと思ったくらいだ。日本の小説は海外を舞台にしていても、主人公は日本人だったりすることが多いのだが、出てくる人物はドイツ人やユダヤ人ばかり。日本とは何の関係もない。現地取材もしたのだろうが、当時の資料を駆使して自在に戦時下のハンブルクを描き出す。

    ハンブルクにはドイツの潜水艦基地があり、造船所などの軍需産業も多く大空襲を受けている。無論その時の様子も出てくるが、前半は、ギムナジウムに通う十五歳の主人公エドワルト・フォス(通称エディ)が、ピアノの天才少年マックスや、ヒットラー・ユーゲントのスパイをやらされているクー。何をやらせても格好いい上級生のデュークといった面々に出会うことにより、次第にジャズに嵌ってゆくところを描いていて、アメリカの青春映画をなぞっているような気分だ。

    戦争中だというのに当時の日本の様子と比べると嘘みたいに明るく、陽気で派手でオシャレで、いったいこの差はなんだ、と憤りたくなるほど。まあ、差は確かにある。というのも、日本の小説や映画に登場する当時の青少年は、優等生とは言わずとも、まあまあ普通の家の子であることが多い。一億総中流といわれる時代にはまだ早いが、とんでもないブルジョアが主人公になったりはしない。

    エディの家は祖父の代に稼業で成功し、父の代には軍需産業の経営者に成り上がる。家にはプール、自家用車はマイバッハというブルジョアだ。エディがつるむグループは、ハンブルクの産業界を牛耳る社長や軍の幹部といったお偉いさんの子弟が中心で、あと何年かすれば彼らが父親に代わって、市の経済を支える重鎮となる。親の七光りをいいことに、休日にはクラブやカフェに入り浸り、酒と女と音楽を楽しんでいる。早い話がセレブの不良グループだ。

    卒業すれば、ふつうは入隊が待っているが、エディは父の会社に入ることで入隊が免除される。軍事教練さえこなしておけば問題はなかったはずなのだが、ある日マックスに話しかけられたのをきっかけに、エディはどんどん深みにはまってゆく。すべてはジャズのせいだ。マックスはジャズを聴くためにクラブに行きたいが、服装がダサくて入れてもらえない。その点エディなら、ツウィードやフランネルのダブルブレストのブレザー、トレンチ・コートから靴まで、ワード・ローブは完璧だ。

    マックスにお古を貸す代わりに、ちゃっかり仲間入りしたエディは、すっかりその雰囲気に嵌ってしまう。ウィスキーを飲み、女の子と踊っているところをゲシュタポの手入れを受け、逮捕される。初犯であることを理由に放免された後も、エディはジャズから離れられなかった。マックスのピアノは上達し、アディという女の子のクラリネット吹きとも出会えた。親父の会社の社員の息子のクーにもお古をやって仲間に引き入れる。ジャズと酒とパーティの退廃文化を満喫していたエディを襲ったのはまたもやゲシュタポだった。

    二度目とあって父親も救いきれず、鑑別所送りにされたエディは、壮烈な洗礼を受ける。志願すれば助けるという相手に、刑期を務めあげないうちは入隊しないと言い張るエディ。業を煮やした所員らは、エディを散々痛めつける。縞服の収容者たちと同じ場所で穴掘りをさせられたエディの前で次々と人が死んでいく。それでも志願を拒否し続けるエディ。彼はここで筋金入りの反ナチとなる。この小説の面白いのは、ナチに反抗するのが、主義者でも何でもない、ただの金持ちの不良少年であることだ。

    ただの不良どこではない。禁制のジャズをレコードやBBCの放送から録音して海賊盤を作り、地下に潜ったユダヤ人の手を借りて闇のルートに流し、ぼろ儲けをする才覚も持っている。しかし、それは金が目的ではない。好きな音楽を聴く自由を誰にも邪魔されたくないからだ。もちろん、マックスのピアノ演奏を録音したレコードも作る。ユダヤ人丸出しの名前を付けたレーベルで、ひそかに流れ出したそれは評判を呼ぶ。

    クライマックスは、ハンブルク大空襲。第二次世界大戦を扱った小説や映画で大量に目にするのは連合軍側の視点で描かれている。しかし、ドイツの側から見ればそれは地獄だ。しかも、複雑なことに、ナチを嫌うエディが願うのは、連合軍の勝利によってこの戦争が終わることだ。狂気のヒトラーは、敗北するくらいなら自分たちの手で一切を焼き払えと命じる。工場を再建すること。ユダヤ人その他収容所から徴用されてきた多くの労働者を無事に逃がすこと。エディのやらねばならないことは多い。

    各章のタイトルに有名なジャズ・ナンバーの曲名が使われている。第四章はビリー・ホリデイで有名な「奇妙な果実」。黒人の死体が木の枝にぶら下がっている光景を果実に喩えたこの曲の名が何故と思っていると、差別を受け、次第に追い詰められてゆくユダヤ人の運命の暗喩となっている。もちろん、本作の表題も有名なデューク・エリントンのナンバーだ。ジャズ好きでなくとも一度くらいは耳にしたことがある有名な曲ばかり。頭の中で流れる音楽に耳を澄ませながら読み進めるのも一興。

  • 3.84/435
    内容(「BOOK」データベースより)
    『1939年ナチス政権下のドイツ、ハンブルク。軍需会社経営者である父を持つ15歳の少年エディは享楽的な毎日を送っていた。戦争に行く気はないし、兵役を逃れる手段もある。ブルジョワと呼ばれるエディと仲間たちが夢中なのは、“スウィング(ジャズ)”だ。敵性音楽だが、なじみのカフェに行けば、お望みの音に浸ることができる。ここでは歌い踊り、全身が痺れるような音と、天才的な即興に驚嘆することがすべて。ゲシュタポの手入れからの脱走もお手のものだ。だが、そんな永遠に思える日々にも戦争が不穏な影を色濃く落としはじめた…。一人の少年の目を通し、戦争の狂気と滑稽さ、人間の本質を容赦なく抉り出す。権力と暴力に蹂躙されながらも、“未来”を掴みとろうと闘う人々の姿を、全編にちりばめられたジャズのナンバーとともに描きあげる、魂を震わせる物語。』


    冒頭
    『ランゲマルクという村の名前を聞いたことがあるだろうか。ぼくは知っている。名前だけは。まだあるのかどうかは知らないが、イープルのそばらしい――こっちの名前はきっと誰でも知っているだろう。ぞっとする人もいるだろう。』


    目次
    Ⅰ ピック・ユアセルフ・アップ
    Pick Yourself Up
    Ⅱ 踊るリッツの夜
    Puttin' On The Ritz
    Ⅲ アマポーラ
    Amapola
    Ⅳ 奇妙な果実
    Strange Fruit
    Ⅴ 夜も昼も
    Night and Day
    Ⅵ 残念なのは誰?
    Who's Sorry Now?
    Ⅶ 赤い帆に黒いマストの船
    Blutrot die Segel, Schwarz der Mast
    Ⅷ 楽しくない?
    Ain't We Got Fun?
    Ⅸ アラバマ・ソング
    Alabama Song
    Ⅹ 世界は日の出を待っている
    The World Is Waiting for the Sunrise
    跛行の帝国


    『スウィングしなけりゃ意味がない』
    著者:佐藤 亜紀(さとう あき)
    出版社 ‏: ‎KADOKAWA
    単行本 ‏: ‎344ページ

  • 評判がとてもいいので読んでみた。でも、ちょっと苦手だったかも。語り手である「ぼく」の声が最後までどうしても「ぼく」の声として聞こえてこなかった。よくできたあらすじをひたすら読み続けてるみたいな気がした。ストーリーも、題材も、ひとつひとつのエピソードも、込められたメッセージも、とても秀逸なのはわかるのに、とにかくはまれない。その理由は、外国を舞台にした小説が日本人によって書かれているから、では断じてない。文章がかっこよすぎたのかな(あえてそうしているのはわかるけど)。同じ年頃の同じようにクールな男の子を主人公にした山田詠美『ぼくは勉強ができない』の場合、彼の声は最初から最後まではっきりと聞こえてきた。何が違うのだろう。ただ、私にとって、この物語が与えてくれた希望は、いつ天災や戦争が起こるかわからない現代の日本で、もしかしたら「息子」たちはこの「ぼく」と仲間たちのようにときにかっこよく、ときにかっこわるく、生き延びてくれるかもしれない、そう思えたこと。

  • ナチス政権下のドイツ・ハンブルクで暗躍するスウィング青少年たちを描いた青春譚。
    まるでジャズの即興のように、1940年前後の街を駆け抜ける鮮やかな筆力に度肝を抜かれた。面白い!
    そしてこれを日本人が書いたの?翻訳じゃなくて?と戸惑った。
    この取材力と知識量は何…と呆然。
    物語に物理的な力があるとしたら、たぶん読了後に昏倒して三日は寝込んでいると思う。

  • こういった若者が、実際に存在したことに驚き。ジャズがこれほどドイツ人にとって欠かせないものだったとは。
    ブルジョワのそれなりのお坊ちゃんの、若かりしときのちょっとした抵抗、で終わるかと思いきや、徹底して反戦、反ナチ、反権力を貫くのは意外。
    ジャズの曲名を使った章タイトルは、曲がわからず残念。知っていればより楽しめるのでは。

  • 最高にイカれた状況下、最高にイカした道をいくスウィングボーイズ。

    毎度のことながら日本人が日本語で書いてるのが信じられない、ストーリーも文章もさすがの佐藤亜紀。凄い。

  • ナチス全盛、まだホロコーストも本格化される前のドイツ ハンブルク。民主主義を象徴する頽廃音楽であるスウィングジャズを愛する少年エディと仲間たち。彼らはヒトラーユーゲントなどのナチのシンパを巧くかわしながら、音楽に合わせてステップを踏む暮らしをしてきた。
    しかし、ナチスが勢力を伸ばし、ユダヤ人への圧政が増し、更には英米の抵抗にあって形勢が逆転するにつれて、強い締め付けを受けることになる。
    あるものはユダヤ人というレッテルを貼られ、地下に潜る。あるものは家を追われ、家族と離れ離れに。そして、愛する人の消息も見失う。
    それでも、圧迫に抗いながら、スウィングし、ステップを踏み続けようとするが、やがてその圧力はエディにも伸びてくる…

    前半はエディがのしかかるナチスの圧力をすり抜けて、クレバーに生き抜く姿を応援し、中盤からはすり抜けきれず、仲間がナチスの圧力の犠牲になっていく姿に焦燥を覚える。

    しかし、これを日本人の作家が独力で書いたということに驚嘆する。まるで、ドイツの作家が書いた小説の翻訳と聞いても疑わないほど、街の様子や登場人物が活き活きとリアルだ。

  • ナチスに支配されたドイツ・ハンブルクで暮らすブルジョア階級のエディが主人公。彼や友人たちはゲシュタポの監視をかいくぐって、ジャズで踊り明かすパーティーを楽しむ。彼らはナチの思想に全く興味はなく愛国心の欠片もない。ただ好きなものを好きなように楽しむ自由が欲しいだけ。彼らの徹底的な反骨はクールで粋で楽しんでいるように見えるが、戦争が深刻化するにつれて、エディや仲間たちは様々な悲劇に襲われる。
    彼らがどうなっていくのかという物語にも惹き付けられるが、ここぞという場面を浮かび上がらせる筆致が素晴らしく、いくつも印象的な場面が残る。読み終わるのがほんとうにもったいなかった。

  •  ジャズなんてまったく分かりません!な自分が、iTunesでジャズの曲をポチポチ買うようになってしまいました。もちろんこの小説の空気をより感じたいがためなんですが、「The World is Wating for the Sunrise」を聞くと、同タイトルの章の、工場でこの曲がかかるシーンや緊張から解放に向かう空気が浮かんできて、イントロだけで涙腺が緩みます。
     各章に曲名が付けられていて、曲が物語に寄り添って進んでいる(と思う)のですが、前半で一番印象的だったのは「IV 奇妙な果実(Strange fluit)」でした。ジャズに暗くてもStrange fluitというタイトルだけで、それなりに身構えて読んでいったのですが、マックスの祖母が「あたしたちは人間ではなくなってしまった」とつぶやきながら真綿で締められるように自死に追いつめられていく姿には、人の尊厳を奪うことの酷さについて考えさせられました。また社会の仕組みをいじるだけでこのような残酷なことが簡単に行われてしまうことへの恐ろしさをまざまざと見せつけられました。そんな中でリーベンス兄弟の“尋常ではないアイデアで生き延びる”逞しさには救いを感じざるを得ませんでした。
     主人公も社会的にはいわゆる「不良」という位置づけですし、リーベンス兄弟も父親たちに「ろくでなし」呼ばわりされてしまうわけですが、そうあらなければ生きていけない社会の方が間違っているというエディたちの姿勢は首尾一貫としていて読んでいて爽快でした。後半登場するエッピンガーのブレっぷりとは対照的だったのも面白かったです。
     ちなみに主人公たちが裕福な家庭だということでアルスター湖をヨットで乗り回すシーンが頻繁に登場するのですが、地図と併せて湖のある都市として描かれるハンブルグの町が印象的でした。

  • イヤー,面白かったなあ.
    第2次大戦中にハンブルグでジャズにハマり無軌道(というのは言いすぎか?)に暮らす少年達,,,,という前半を経て,後半は連合軍の反撃も始まって敗戦が迫り,だんだん悲惨な状況に.しかしその「悲惨」は,戦時下に生きる少年達(絶対に戦場には行きたくない!)の逞しさを描くことによって,逆に浮き彫りになるような感がある.
    いや,本当に逞しくて痛快だった.

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著者プロフィール

1962年、新潟に生まれる。1991年『バルタザールの遍歴』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞。2002年『天使』で芸術選奨新人賞を、2007年刊行『ミノタウロス』は吉川英治文学新人賞を受賞した。著書に『鏡の影』『モンティニーの狼男爵』『雲雀』『激しく、速やかな死』『醜聞の作法』『金の仔牛』『吸血鬼』などがある。

「2022年 『吸血鬼』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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