ワン・モア (角川文庫)

著者 :
  • KADOKAWA
3.98
  • (49)
  • (80)
  • (36)
  • (5)
  • (2)
本棚登録 : 559
感想 : 69
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (224ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041023846

作品紹介・あらすじ

どうしようもない淋しさにひりつく心。月明かりの晩よるべなさだけを持ち寄って躰を重ねる男と女は、まるで夜の海に漂うくらげ――。切実に生きようともがく人々に温かな眼差しを投げかける絆と再生の物語。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 何故か読む度に好きになってしまうのですよ、桜木紫乃さんの世界を♡
    ハナマル急上昇中の彼女の作品、次は何を読もうか時間をじっくり掛けて吟味した結果『ワン・モア』に決定
    期待した通りとても味わい深い時間を堪能させていただきました

    本書は大人の恋愛、それぞれの人生が
    色濃く描かれた連作長編です
    一話目の『十六夜』は主人公の柿崎美和のやるせない桜木紫乃さんらしい話ですが、二話目以降は趣きが変わって行き、それぞれ語り手が変わります

    嬉しい事にどの話にもどっぷりしっかり浸わせてもらい、人間臭いドラマに夢中になってしまいました
    解説にもあるのですが、本書の中で心の内が語られていない柿崎美和
    多くを語らない美和ですが、自分の信念だけは曲げない彼女の生き方が格好良いのです
    謎めいた彼女の存在を仕上げた著者の上手さに感銘を受けました

    しかし、最終話最後のエピローグ的な五頁は欲しくなかったです
    賛否両論だと思いますが、今までどの話も読み応えがあったのに、最後にあの全て良しのノリはらしくない、あくまでも個人的な希望です

    ですので評価はマイナスしちゃうのですが、元々☆5以上だったので☆5のままです 笑

    次何読もうか吟味Time楽しみです♪

  • 『命の期限を切られると怖いものがなくなるなどというのは実は噓で、本当は怖いものがはっきりとわかるようになる』

    自分がいつまで生きられるのか、そんなことを考える瞬間ってないでしょうか。日々の忙しさに追われ、生きること自体に精一杯という時に、休みたいなあ、と思う時があります。でも、そんな時間ができればできたで、自分の人生の長さに思いを馳せてしまう、漠然とした不安に包まれてしまう、そんな瞬間を味わうことになるくらいなら、大変、大変と思いつつも忙しい日々を送る方が幸せとも言えます。しかし、人の世は無情です。今の平穏な日常がいつまでも続いていくと思っていたはずが、健康診断の結果をきっかけにまさかの人生の残り時間を宣告される、そのような事態に、私だって、貴方だって、いつ何時陥ることになるかもしれません。人の人生というのは常に『生』と『死』が背中合わせだからです。では、そんな『死』と対峙することになった時、人はそこに何を思うのでしょうか?

    ここにそんな事態に直面した内科医が主人公の一人となる物語があります。医師として数多くの余命宣告をしてきたその女性。自身を映した画像を見ながら『半年ってところですか』と同僚の医師と会話するその女性。『自分が何を遺して逝くのか、達観している場合ではなかった』という残り時間との闘い。『残された時間でしなければならないことはたくさんある』と思い、足掻く日々。そして『本当は怖いものがはっきりとわかるようになる』という瞬間が訪れます。しかし、そんな女性が冷静に取っていく行動が、結果として彼女の人生をさらに動かしていくこの作品。それは、『自分に許された時間を、一緒に過ごしてくれないだろうか』と、『死』と対峙しながらも『生』を求め、人と人との繋がりに救いを求める人の生き様を見る物語です。

    『北海道の日本海側に浮かぶ』、『昼間は空と海、夜は月と星しかなくなる直径八キロの円い島』という『加良古路島(からころじま)』にやってきて一年半が経った主人公の柿崎美和。『長く不在だった診療所の医師が、スキャンダルを抱えてやってきた人間であることは島民の誰もが知っていた』という美和の赴任。『役場から派遣されている鈴木清美が帰ったあとはもう誰も、滅多なことでは診療所を訪ねてこない』という島唯一の診療所。『清美は美和よりもひとまわり年上の、五十に手が届く保健師』で、『夜中の急患も診療所の美和より彼女の自宅へ連絡が入る』という状況。そんな時『診療所の電話が鳴』ります。『元気でやってる?』というその声は『K高理数科の時代から医学部時代もずっと同じ環境』という友人の滝澤鈴音(たきざわ すずね)。『父親の遺した病院を再建すると同時に結婚した』鈴音。『病院は順調なんだけど、わたしが大腸をやられちゃった。肝転移してるんだ。月単位かな』と言う鈴音。『滝澤鈴音が自分を頼るときは、いよいよなのだと一瞬で覚悟を決めていた』美和。『うちの病院を頼みたいの。今月いっぱいで現場から離れようと思う』と続ける鈴音に『わかった』と答えた美和。『島に残した仕事があるのなら待つと言』われたものの『そんなものはなかった』という島の暮らし。『内科部長の言った「禊」はあと半年残っているが、島をでることは可能だろう』と思う美和。『診療所は閉鎖されて、総合病院との取り次ぎを清美が行う。お飾りの医師が去り、元に戻る。誰も困らない』という診療所の今後。そして『午後九時』になって『十六夜の月が照らし始めた』岸壁を港に向かって歩き出した美和。『係留された船のいちばん向こう端に、小さな灯』の灯る船で七つも年上の美和を待つのは木坂昴。『既に島の誰もが知っていた』というその逢瀬。『島は、昴が年上の女にたぶらかされているという噂でもちきり』で、『妻も彼を追ってはこない』というその逢瀬。そんな美和はこの島に来ることになったあの日のことを思い出します。『当時美和が担当していた九十二歳の女性患者』。『意識混濁が一年以上続いており、胃瘻と下の世話が欠かせない』という『五年のあいだ、生死の境をさまよっては復活することを繰り返していた患者』。緊急連絡先に登録されていた妊娠中の孫に連絡を繰り返したある日のこと。『先生、お願いです。頼むから祖母を楽にしてやってほしい』と目を赤くして訴える孫。そして『点滴のチューブから筋弛緩剤を入れた』という美和の行為。『安楽死を頼んだ孫とは、それきり会う機会を与えられなかった』美和に『姪に聞きましたが、これってもしかしたら殺人なんじゃありませんか』と問いただす『患者の次男』。そして、『禊』として島に赴任した美和。そして、赴任先の診療所に怪我をして駆け込んで来た昴と出会った美和。『転んだ先に、ナタがあった』と説明されたその傷を十二針縫った美和。これが縁で『皓々と月の光が注ぐ船の先で、美和は彼を抱いた』という二人の関係の始まり。そんな美和が鈴音からの『うちの病院を頼みたいの』という電話をきっかけに二人の関係に終わりの時が近づきます。そして…という最初の短編〈十六夜〉。『ためらいの意をもたされている』という『十六夜の月』を背景に巧みに織り込みながら、しっとりとした夜の雰囲気感たっぷりに展開される好編でした。

    まさかの『安楽死事件』によって街の病院を追われ、離島の診療所に赴任した柿崎美和が主人公となる冒頭の〈十六夜〉に続く合計六つの短編が連作短編の形式をとるこの作品。全編を通して流れるしっとりとした、それでいて北国の透き通った空気感が一貫して感じられる桜木さんならではの世界観を堪能できる作品に仕上がっていると思います。そんな雰囲気感は〈十六夜〉の中で美和と昴の逢瀬を描く場面でも一貫しています。『背後から十六夜の月が船首を照らしている』という二人の初めての夜。船の上で『ゆりかごに似た揺れに身を任せながら海を見』る美和。『凪の海は鏡のように月と星を映している。どこまでが海なのか、どこからが空なのか、分からない』というその情景。『月が天頂に届きかけたころ、抱きかかえられ船室へ入った』美和は『引き締まった腰に両腕をまわした』という船内の二人。『床に敷いた毛布から、潮の匂いが立ちのぼる』中、『昴の欲望が美和の身体に満ちた。内側にある大きな空洞が埋まった』というその瞬間。『息苦しい快楽が背骨を駆け上がってくる。声が漏れる。上りつめた美和に強く体を沈めたあと、昴も低く咆哮した』というその瞬間。そして、『波が背を押し上げては引き戻す。船底に広がる世界へと、背中から沈んでゆく』という終局。該当シーンの一部をさてさて流で抜き出してご紹介しましたが、このしっとりとした空気感の中に、冷たい炎が燃え上がるような絶品の描写にぞくぞくさせられるこの逢瀬のシーン。これぞ、桜木さんを読む喜び!を感じさせてくれる絶品の描写だと思いました。

    そして、そんなこの作品では、『安楽死事件』を引き起こした美和、そして自らの肝臓の画像を見ながら冷静に『半年ってところですか』と診断する鈴音の二人を中心に、看護師の浦田寿美子、高校時代のクラスメイトで放射線技師の八木浩一など各短編ごとに主人公が交代しながら物語は進んでいきます。そんなこの作品は解説の北上次郎さんが書かれている通り『ここには、死ぬということ、生きるということ、愛するということ、友達とつながるということ、そのすべてがある』というように色々な要素が絡み合いながらしっとりとした作品世界が描かれていきます。そんな中でも読者の心に強く刻まれるのが『たくさんの死』と向き合う中での主人公たちの細やかな感情の動きを見る物語だと思います。『安楽死事件』で『これってもしかしたら殺人なんじゃありませんか』と問いただされた美和。鈴音の個人医院開業に前後して相次いで亡くなった鈴音の両親。そして内科医として自身を余命半年と診断する鈴音など。それぞれ、死への手助けを行った立場、不可抗力の死を見送った立場、そして近づく死と対峙する半年を送る立場と、それぞれ『死』というものにそれぞれの立場で対峙してきた主人公たちの姿が物語の軸を構成していきます。一方で、『死』には至らずとも、十二針を縫うことになった昴のキズの本当の理由、DVによって傷つけられた坂木詩緒の描写、そして八木浩一の鬱屈とした思いの顛末など、この作品には随分とマイナス感情に満たされた世界が描かれていることにも気づきます。しかし、そんな作品を読み終わった後に感じるのは、人と人とが温かく繋がっていく物語という全く別の感情に支配された世界でした。DV男から詩緒を必死に守る佐藤亮太、『ひたむきに生をまっとうすることに力を注ぐふたりを、後ろで支えるのが自分の役目だと信じ』て、看護師としての役割を果たす浦田寿美子、そして『わたしは、負ける賭けなんかしない』と全力を賭して鈴音の治療に邁進する美和、と美しく繋がっていくそれら主人公たちの姿は、『死』と対峙し、『死』というものを乗り越え、そして生きることにとことんこだわる人々の力強さを感じさせるものでした。

    そんなこの作品は最後の短編〈ワン・モア〉の結末で、えっ?と驚くような”ザ・ハッピー・エンド”を見る中に幕を下ろします。ブクログのレビューでもこのある意味での能天気さ、不自然さを指摘される方もいらっしゃいます。感想は人それぞれですから、もちろんそのような考え方に至るのも分かりますし、私も、えっ?という思いを一瞬なりとも抱いたのは事実です。しかし、読後、本を閉じてこの作品を思い返した時、この結末はこれで良かったのではないか、という結論に思い至りました。それは、この作品は、『死』というものと対峙することによって、逆に、生きること、愛すること、そして繋がること、その大切さとその喜びを謳った作品なのではないか、そのように感じたからです。『いい小説だ。静かで、力強い小説だ』とおっしゃる北上さん。そう、人が力強く生きていく、力強く繋がっていく、そんな未来を垣間見ることのできる喜び、それこそがこの作品の結末に描かれる光景の先にある物語のテーマなんだ、そう思いました。

    『安楽死事件』により『自分はもう、医者でも人でもないのだろう。ただのくらげ、と腹の中でつぶやいた』という主人公・美和が、一方で医者として友人に迫り来る『死』と正面から対峙していく姿が描かれるこの作品。主人公たちの人としての優しさと、人と人との繋がりの先に未来に続いていくそれぞれの道を垣間見るこの作品。しっとりと描かれるその作品世界の中に『死』と対峙することで見えてくる『生』の素晴らしさと喜びがふっと浮かび上がる絶品でした。

  • あと一つ手を伸ばし、幸せを掴もうとする人達の物語。
    北海道の日本海側、昼は空と海、夜は月と星しかない小さい島の診療所の医師美和。まっすぐで奔放な美和、安楽死事件をおこし、離島に飛ばされてきた。ここでも島の男性と逢瀬を重ね村人の知るところとなっている。
    連作短編で、友人医師鈴音、関わる人達と話は進む。
    個人的には、亮太と詩織の「おでん」が好みだった。亮太は真面目でいい人だが、女性には縁が無い。偶然目の前に詩織が転がり込んでくる。別れたのか、と思える終わりかた。が後半の連作で結ばれたことがわかる。良かった。
    全体に、思わぬ方向に明るく進んだ。暗さから明るさへイメージが逆転した感が強かった。
    余命宣告された、医師鈴音。別れた夫に「一緒に居てほしい(また住もう)」と懇願するところは、正直微妙な気分になった。自分だったら、と考える。

  • 読み始めはずーっと曇天。曇っていて今にも雨が降り出しそうで…そこから雲ひとつない青空に向かっていく、そんな連作だったように思う。

    医療に携わる人びとと、命。
    うまくいきそうでいかない、素直になれない、それでも前を向いて歩いていく。

    桜木紫乃さんの他の本も読んでみたいと思った。

  • 人間の生と死とそして性は繋がっている
    登場人物それぞれのドラマの中で綴られて繋がる
    後悔するような出来事があっても
    人はそこからもう一度歩き出すことができる
    人間は意外と強い生き物

  • 桜木紫乃って最初はそんなに好きじゃないと思ってたけど だんだん好きになるかも。この人って文章がうまいだけじゃなくて ひとの造形がうまいっていうか。これはこの人のなかでも1番のハッピーエンドって感じだけど そこが好き。

  • 桜木紫乃さんの本はこれで7冊目。
    これまで読んだ6冊の中では【蛇行する月】に☆5つをつけていて、そのレビューにも”この本が一番好み”とかいています。
    が~!
    訂正です。
    この【ワン・モア】が一番好きです。

    医師の柿崎美和は安楽死事件を起こしたため、離島に左遷される。
    高校時代から問題児の美和は離島でも、自分の生き方を変えようとせず、元競泳選手の昴と不倫関係になる。
    そんな美和のものに、高校時代からの同級生で医師の滝澤鈴音から「癌で余命宣告を受けている」との連絡が。
    離島から鈴音のもとに帰る美和。
    そんな二人を取り巻く人たち。
    それぞれが抱える人生。
    いろんなことがあって、いろんなことに傷つくけれど…

    来年はもっと桜木さんの本を読んでみよう!
    そう思わせてくれた一冊です。

  • そこに暮らす人たちの息遣いや脈が伝わってくるような余韻。
    描き過ぎない桜木さんの筆致により、光を当てられる繊細な機微と、読み手の想像を掻き立てる影の部分が相乗効果を醸し出す。とても豊かな読み心地。

    自らの感覚や感情を封印し、あたかも他の選択肢があり得ないという前提で「仕方がない」を常套句とする人物の陰鬱さを描かせたらナンバーワンの桜木さん。

    本作では、人を想い、他人(ひと)に想われる贅沢、充足感や体温や気配を互いに感じながら暮らす悦びが伝わる。

    短編連作で描かれるどの人物たちも自分の心の声に向き合いながら、躊躇い、不安に駆られ、逡巡し…という心の微細な行きつ戻りつの動きがとても丁寧に描かれる。それぞれが自らの選択に一歩踏み出す様に痺れる。

    善悪の線引きや処罰感情が厳しい最近の風潮のなかで、冒頭の『十六夜』は良かった。
    善い人、良いことばかりの賞賛は気持ち悪いもの。
    何事も単純で簡単ではないのだから、こういう作品を大事にしたい。

    作品の展開のための少し唐突な部分や登場人物は多少気になるものの全体としてその先の想像がとまらないこういう作品は好み。
    皆が一堂に会する最終編はなくてもよかったかな。

  • せつない話だけど読後感がいい

  • 美和、問題ありの医者の危ない恋から始まる物語。美和は自分の信念に基づき行動する。白い目で見られても後ろ指さされても自分が信じた道を歩く。大切なことは何かを分かっている。だからかっこいい。美和を中心にいろいろな人物が関わり合ってくる連作短編集。佐藤店長の話はどうなることかと。あと赤沢さんのけじめ。そして鈴音が捨て身で拓郎にぶつかっていった結果。どれも良かった。泣かされた。登場人物が全員集合する最終話。人生はまだまだ続く、問題もあるだろう。けれどなんとかなる。希望を捨てずに前に進めば。そんな気持ちになる一冊。

全69件中 1 - 10件を表示

著者プロフィール

一九六五年釧路市生まれ。
裁判所職員を経て、二〇〇二年『雪虫』で第82回オール読物新人賞受賞。
著書に『風葬』(文藝春秋)、『氷平原』(文藝春秋)、『凍原』(小学館)、『恋肌』(角川書店)がある。

「2010年 『北の作家 書下ろしアンソロジーvol.2 utage・宴』 で使われていた紹介文から引用しています。」

桜木紫乃の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×