からまる (角川文庫)

著者 :
  • KADOKAWA/角川書店
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感想 : 88
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  • Amazon.co.jp ・本 (288ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784041011720

作品紹介・あらすじ

生きる目的を見出せない公務員の男、自堕落な生活に悩む女子大生、そして、クラスで孤立する少年……。注目の島清恋愛文学賞作家が“いま”を生きる7人の男女を描いた、7つの連作集。

感想・レビュー・書評

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  • あなたは「からまる」ことが好きでしょうか?

    人の関係性の好みはそれぞれです。わちゃわちゃと集うことが好きな人もいれば、正反対の関係性を希望する方もいるでしょう。それらのどれに正解があるわけではありません。それぞれの人にとって自分が心地よいと思える距離感というものはどこまでいってもあるはずだからです。

    ここしばらく世界を襲ったコロナ禍。特にこの国ではそれによって人と人との関係性が一変するくらいの状況が生まれました。コロナ禍で集えないことを嘆く人がいる一方で、コロナ禍は大変だけど、人間関係だけ考えると、この状態が永続して欲しいと願っていた方もいると思います。世の中、何にでも功と罪はあるものですが、コロナ禍の功は、人間関係のあり方というものにさまざまな可能性があることがわかったことではないかと思います。

    さて、ここに『俺はやはり生々しいのは嫌だ。関係は薄い方が楽だ』と考える一人の男性が主人公となる物語があります。その男性は、『特に男女の関係は長引くと粘ってくる。余計なものがべたべた絡みだす』という中に女性との関係を続けています。この作品はそんな男性から繋がっていくさまざまな男と女の生き様を見る物語。世間は広いようでここまで狭いものなのかと驚くほどに人と人が繋がっていることを感じる物語。そしてそれは、それぞれの登場人物が悩める人生を送るその先に、人と人とが「からまる」ことの意味を感じる物語です。

    『野良猫みたいな女がいる。俺がベッドに転がっていると、時折するりと入ってくる』と、『綿埃の舞う床を』『滑るように歩いてくる』女を見るのは主人公の筒井武生(つつい たけお)。『いつも疲れているようだ』という女は『月に二、三回』部屋を訪れますが、『携帯の番号も、住んでいる場所も、知らない』という武生。『うちには蝸牛(かたつむり)がいるの』と突然言い出した女は、『光るのよ、暗闇で。蛍みたいに発光するの』、『もちろん日本にはいないわ』、『アフリカのジャングル』と説明します。『生理的嫌悪感』で『蝸牛が嫌いだ』という武生は、女の『蝸牛、嫌いなの?』という質問に『ああ』と返すと『じゃあ、私の部屋には来られないわね』と言われてしまいます。場面は変わり、『筒井くん、休み何していた?』と『係長が柔和な笑みで聞いて』きたことに『寝てましたね』と返す武生。『地方公務員』として『介護保険料の収納、還付係』で働く武生は、同じ異動のタイミングで同じ部署になった係長のことを『頼りになる上司』と信頼しています。そんな係長に『筒井くんもどうだい?渓流釣り』と誘われ『僕、やったことないですし』と返すと、『案外、はまるかもしれんよ』と言われました。そんな二人の会話の中『また、さぼってたんですか?』と『バイトの女の子が悪戯そうな目で』見ながら近づいてきて『他の役所から送られてきた封筒の束を押しつけられ』た武生。『ブーツにミニスカートという働く気のない格好をしているくせに』と、田村というその女の子に不満を覚える武生。しかし、田村が行ってしまった後、『田村さんちょっと筒井くんに気があるよね』と係長に言われた武生は『ご名答。それは何となく気付いている』と思います。場面は再度変わり、『しばらく女は来なかった』という時を過ごしていた武生は、『ある朝、目が覚めると隣で田村が寝てい』るのに気づきます。『悪い癖だ。酔うとすぐ連れ込んでしまう』と昨夜のことを思い出し『田村の顔や、胸の大きな身体、声や口』を思い浮かべます。そして、『まったく、どうかしている』と思い『天窓を開けて新鮮な空気を入れようと思い、立ちあがった』時、『玄関のドアが控えめに開く音が聞こえ』ました。そして『女がそうっとドアの隙間から頭を覗かせ』ます。『目を細めて笑』う女の『足に、コツンと田村のヒールが当た』ります。『動きを止めた』女は笑い、肩をすくめると『片手でごめんのポーズをすると』『静かに出て行っ』てしまいました。そんな女と田村、そして武生のそれからが描かれていきます…という最初の短編『まいまい』。なるほど、『まいまい』=『蝸牛(かたつむり)』をこんな風に物語に絡ませるのか、と作りの上手さを感じさせる好編でした。

    “もがき迷いながら’いま’を生きる7人の男女たちが一筋の光を求めて歩き出す―。視点が切り替わるごとに、それぞれが抱える苦悩や喜び悲しみが深まってくる。からまりあう男女を描いた、7つの連作集”と紹介されるこの作品。七つの短編がまるで蔦が絡まり合うように巧みに構成された連作短編集となっています。”蔦”という言葉を聞くと、千早さんには二つの短編がまさしく”蔦”が絡まり合うように展開する「眠りの庭」という傑作が思い浮かびます。連作短編を得意とされる作家さんは青山美智子さんなど多々いらっしゃいますが、短編間を結びつかせる上手さは千早さんが随一ではないかと思います。

    では、まずは七つの短編から特に気に入った三つの短編をご紹介しましょう。

    ・〈第三話 からまる〉: 『妻の寝ている部屋をそっと振り返』り、『クーラーボックスを肩に担ぐと外に出』るのは主人公の『私』。『釣りに行くことには多分気付いている』と『置き手紙』を『残さなかった』『私』は、電車に乗ると『いつからかほとんど質問をしなくなった』二人の関係を思います。『半年ほど前』『遅くに帰って』きた妻は『浮気をしていたの』と語りだし『もう何ヶ月も前に終わっている』が『伝えておかなくてはフェアじゃない』と言う妻。『取りあえずもう遅いから寝よう』と幕引きした『私』は、結局それ以上のことを訊く『機を逃してしま』いました。そして、電車を降り堤防へとやってきた『私』の前に一人の女子高生が現れます。

    ・〈第四話 あししげく〉: 『卵白のボウルの中に、卵黄』が落ちたのに舌打ちするのは主人公の『私』。手を入れ『卵黄』を取り出そうとした時『まだ十九歳だった』『十年以上も前のこと』を思い出す『私』。『なまあたたかい液体が、体の奥からゆっくりと零れでてきている』のを感じた『私』は慌ててコンビニで買った下着に取り替え『脱いだ下着にそっと鼻を近づけ』『精液の植物じみた青臭いにおい』を嗅ぎます。『確か名前は村上さん、四十代半ば』という男性に『そそぎ込』まれた体液。そして、下着を捨てた『私』は短大での授業の後、バイト先のスナックに向かいます。『妊娠したことを打ち明け』ると『勧めないね』と『ママ』に言われた『私』。

    ・〈第七話 ひかりを〉: 『土ぼこりと青草の匂いがする』診察室で、『大原さんとはじめて会った』時のことを思い出すのは主人公の『私』。『外来の終わった待合室』に『ぽつんと』座る大原に声をかけると『見舞いに』きたついでに『キリンレモン』を探していたことを説明します。『秋か冬には入院することになりそう』と大原のことをやがてよく知ることになる『私』は、『緊急呼び出しの多い』『循環器内科』で『病院とアパートの往復だけという無機質な毎日』を送っていました。『プライベートなど、ほぼ、ない』という生活を『もう五年も続けて、二十代最後の歳になった』という『私』は、『趣味や恋人すら持たない』今を思います。

    三つの短編を取り上げましたが、敢えて名前を出さずに『私』と記しています。これは、名前を出してしまうことで、これだけのあらすじでさえ、繋がりが見えてしまうためです。上記した通り、この作品は短編の絡まり具合がとても絶妙です。ある短編で名前が出なかった登場人物の名前を違う短編の会話の中で知ることになったり、まさかの繋がりで各短編の視点の主が繋がって行く様はぞくぞくするほどです。もちろん、途中で想像できてしまうものもありますが、そんな読者の予想の上を行く人物に視点が移る場合もあります。これから読まれる方には是非登場人物たちの繋がりの醍醐味を味わっていただきたいと思います。一つの短編中に、えっ!えっ!という位に他の複数の短編の視点の主が、そういう繋がりなの!と登場するなどなかなかに楽しませてくれます。書名の「からまる」の本来的な意味合いは異なりますが、この構成自体が、まさしく「からまる」だと思いました。

    そんなこの作品は、他にも読みどころ満載です。それこそが千早さんらしい絶妙な比喩表現の頻出です。これは凄いなあと感じた表現を一つご紹介します。

    『交差点で立ち尽くすあたしのまわりを、無表情の人の群れがどんどん行き交う』
    → 『それは銀色の魚たちに姿を変えた。魚たちはすごいスピードで泳ぐので、あたしはその中に閉じ込められてしまう』

    『人の群れ』を『魚』に比喩していくこの表現。そこに『閉じ込められてしまう』というまとめ方によって読者の頭の中に見事にそのイメージが浮かび上がります。このような表現の登場にも是非ご期待ください。

    また、この作品ではそれぞれの短編にさまざまな生物が登場し、その生物のイメージを物語に重ね合わせていくという極めて凝った作りがなされています。〈第二話 ゆらゆらと〉では、その短編タイトルそのままにイメージされる『クラゲ』の話題が登場します。『元はイソギンチャクみたいな生物で』『有性生殖をするために一部が離れて海を漂う』、それが『クラゲ』、という豆知識が自然な会話の中に語られる物語の主人公は『あたしは自分がクラゲに思える』と感じています。『趣味もなくて、取りたてて才能もなくて、夢も目標もなくて、ちゃんと大学までだしてもらったのにフリーターなんかしてふらふらしている』という『あたし』が視点の主となる物語は、『あたしはただ自分を認めて欲しかった。ちっぽけで寂しがりなあたしを肯定して欲しかったんだ』という思いの中に生きています。『ゆらゆらと』漂う『クラゲ』の生態を巧みに主人公に重ねて物語を展開していく千早さん。そんな物語は自分自身を否定するのではなく肯定する中にあたたかい結末を見せていきます。この短編同様、何かしらの生物を登場させていく他の短編もその重ね合わせ方の上手さと読後感の良さが共通しています。

    そして、最後の短編〈第七話 ひかりを〉で物語の繋がりの全容が読者の前に明らかになります。まさしく「からまる」という書名通りの結末、光が見えるその結末に、千早さんの連作短編の魅力を改めて感じました。

    『本当は傷つけ合ってもいいから、絡まり合わなきゃいけなかったのに、一人きりでこんがらがっていたのかもしれない』。

    七つの短編が人と人との絶妙な繋がりによって見事な連作短編を構成するこの作品。そこには、それぞれの短編で視点の主を務める男女七人それぞれの生き様が描かれていました。それぞれの主人公たちがお互いの人生に影響を与え合っていく様が連作短編としての奥深さを醸し出していくこの作品。そんな作品を彩る千早さんの鮮やかな比喩表現にも魅せられるこの作品。

    人は一人では生きてゆくことはできない、読後にそんな言葉を改めて思い浮かべた作品でした。

  • 全七編の連作短編です。静かで透明感ある筆致が千早さんらしいと思いました。それでいて人の心の動きを瑞々しく浮き彫りにしています。
    それぞれが個性的な登場人物なのだけれどどこか自分にもにている部分があってハッとさせられる。こんな思いをしたことがある、なんて思うのです。あたかも千早さん自身の体験のようにリアルに描かれています。
    例えば、死を間近に感じたときの感覚が甘美であったとか(子どものころマムシに咬まれて病院に向かう途中の家や道路全てがキラキラ輝き世界はこんなに美しいんだ…と思った。)、仕事は後悔がバームクーヘンのように積み重なってやっといろんなことに耐えられるんだろ?とかさらりと心に入り込んでくるのです。あぁ、自分にもそんな体験があったと。
    七編それぞれに人間の心の普遍性を感じさせるところがあってそれこそが本作品の魅力だと思います。
    今まで人は人、自分は自分と思ってきましたが、人間ってどうも似かよったところがあるんだなと思えました。どの編も折に触れて読み返したいです。静かなところで。きっと自分自身の心が掘り起こされていく気がします。
    医師や小学生、公務員、男性に女性いろいろな心の動きを垣間見ることができました。
    題名通り、それぞれの人生がどこかで絡まる(クロスオーバー)していて奥行きの広さを感じました。

  • 実にすばらしい。

    表紙の絵はまいまいの子だろうか。
    音を立てずにそっとやってきて、そっと去っていく、危うい関係からスタートする。
    男女の関係には体の関係は重要な意味を持つ。
    その時、何を感じてきたか。
    天窓から見える空、雨音。

    そう、空から感じるものがあるし、何より空はつながっている。どこまでも。

    失ってしまったのかもしれない、もう取り返しがつかないかもしれない、そういう危うさ。
    その危うさの方向が、「普段は自分の交友関係からはずれている、行きずりの誰か」(あとがきより)によって変えられていく。それが「からまる」なのだけれども。

    ひとは一人では生きていけない。
    行きずりの誰かであっても、その社会の中で生きている、そんなことを感じて読み終えた。

    +++

    えーっ、大麻だったんだ。。。(※本書とは関係ありません)

  • 絡まり合っている人間関係も、それぞれが悩みや葛藤を抱えつつも良い感じにするっと解けておさまるところに落ち着くので最後に、良かったねと言いたくなるお話でした。千早さんの本は毎回引き込まれます。

  • 全7話の連作短編集
    そのどれもがからみあっていて、タイトル通りにまさに『からまる』だった

    どの話も日常の中の絶望・堕落から希望が差し込む流れ。闇→光のような構成で読んでいてグッと締め付けられる苦しみから解放されていく感覚がとても良かった。

    日常生活の中で、張り巡らされる人間関係
    時に近く、時には遠く関係なさそうな人とも、もしかしたら生きるヒントや希望を与えてくれる存在がそこにあるのかもしれないですね
    絡み合う網の目のような人間関係も、悪くないのかもしれない

  • 映像が浮かんでくる...。目を閉じては脳内で描く...。これだけ混み入っていながらも最後は清々しい気持ちにさせてもらえました。大原さんが素敵です! こんな歳の取り方をしたいなぁ...。避けてきたことに向き合う力をくれる一冊でした。

  • からまりは、つながりでもある。

    「相手を想って避けたはずのことが、単に面倒事を避けるための沈黙や我慢になっている」
    「肝心な人に感情を向けなくては駄目だ。怒りで誤魔化すのじゃなくて、ちゃんと寂しいってことを伝えなきゃ駄目だ」

    うっかり1人で勝手にからまって身動きを取れなくなることもあるけど、どうせなら大切な人とからまりたい。

    「傷ついたということは、わずかでも期待していたということだ。先を望んでたということ。それが、恥ずかしかった」
    ここ、自分の経験を思い出して気持ちを拾ってもらえた気がした。

  • 『娯楽』★★★☆☆ 6
    【詩情】★★★★★ 15
    【整合】★★★★☆ 12
    『意外』★★★★☆ 8
    「人物」★★★★☆ 4
    「可読」★★★☆☆ 3
    「作家」★★★★☆ 4
    【尖鋭】★★★☆☆ 9
    『奥行』★★★★☆ 8
    『印象』★★★★★ 10

    《総合》79 B+

  • あとがきどおり、湿度のある作品だった。短編集の中で登場人物が少しずつ重なりながら物語が進んでいく。私は水族館の水槽を、角度を変えながら覗いてる気分だなと思った。

  • 読み手の読解レベルが試される作品だと思います。
    全編を通して各登場人物が繋がりのあることは理解できたのですが、この作品のテーマというものが薄ぼんやりしているかなと感じました。
    たぶん「愛」がテーマだとは思うのですが、その愛が意味するものを理解するには少し難しかったです。
    一度読むだけでは読み解けないと思ったので時間を置いてもう一度読みたいと思いました。

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著者プロフィール

1979年北海道生まれ。2008年『魚神』で小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。09年に同作で泉鏡花文学賞を、13年『あとかた』で島清恋愛文学賞、21年『透明な夜の香り』で渡辺淳一賞を受賞。他の著書に『からまる』『眠りの庭』『男ともだち』『クローゼット』『正しい女たち』『犬も食わない』(尾崎世界観と共著)『鳥籠の小娘』(絵・宇野亞喜良)、エッセイに『わるい食べもの』などがある。

「2021年 『ひきなみ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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