月の森に、カミよ眠れ (偕成社文庫 3243)

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  • 偕成社
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  • Amazon.co.jp ・本 (243ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784036524303

作品紹介・あらすじ

月の森の蛇ガミをひたすら愛し、一生を森で送ったホウズキノヒメ。その息子である蛇ガミのタヤタに愛されながらも、カミとの契りを素直に受けいれられない娘、キシメ。神と人、自然と文明との関わりあいを描く古代ファンタジー。小学上級から。

感想・レビュー・書評

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  • 私が書きたくてたまらなかったモノの一つを、上橋菜穂子は24年前に描いていたことが判った。

    あとがきで著者は次のように書いている。

    いまも日本は単一民族国家ではありませんが、日本の統一後というイメージが強い平安時代ころにも、日本には多様な民族が住んでいたようです。正史にはほとんど登場しない隼人を主人公にしたのは、漁労や焼き畑、狩猟採集の生活をしていた人々が、朝廷への服従を契機に異なる文化を知り、やがて稲作を受け入れ、強制的に国家に組み入れられていったことで、カミへの意識が変化していったのではないかと思い付き、その変化への葛藤を、3人の巫女に象徴させてえがきたいと思ったからです。(232p)

    この時代は班田収授法が実施されているので、奈良時代だろう。「朝廷」の軍事力は広く知られていて、昔多くのクニが共同して刃向かって多くの人々が血に沈んだことも伝えられている。九州の南が舞台のようだ。隼人族と伝えられている。主人公たちの風俗は、台湾原住民族の狩猟採集風俗を参考にしたのか、全身入墨を施している。九州縄文文化が稲作文化(弥生文化とは言いたくない)を受けいれる過程の「精神の葛藤」は、どの文献にも、どの考古学的遺物にも残っていない。小説として表したのをキチンと見たのも、これが初めてのような気がする。そもそも縄文文化の精神構造がどうだったかもわからないのだから、当然なのではある。

    初潮があった少女を7日間1人籠らせて「月のもののケガレ」を取り除く儀式は、明治時代まで各地で行われていた民俗である。その1番原初的な姿をこの小説は取り入れていて、人類学者としての著者の面目躍如たるところがある。また著者はその原初の姿に縄文的な人類と自然との関わりを観たのだろう。

    ここには、のちの「守り人シリーズ」に出てくるもう一つの世界(ユナーク)や、「獣の奏者」の闘蛇の姿も想起させる場面もあり、上橋菜穂子ののちの物語を語る上でも重要な作品になっている。

    戦後70年の高度成長期を経て、情報革命を経た日本社会は、おそらく縄文から弥生に移った時以上の急激な変革を体験してきたのではないかと、私は個人的に思っている。その時に、その変革の両方の立場に足を置いた主人公を描いて、大きな物語を紡(つむ)いだこの作品の役割は大きい。しかし、ずいぶん前の作品にもかかわらずこれは一般の文庫に入っていない。「守り人シリーズ」とは一線を画している。著者はこの作品を実験作品とみているのかもしれない。だとしたら、のちに本当に日本の古代を舞台にして大いなる物語が紡がれる最初の話になるのか、それともこのままにするのかはこれからだということだ。私は私で、「カミの意識の変化」という時代を舞台に、あたらしいエンタメを描きたい。
    2015年12月3日読了

  • 月の森の奥に住む蛇ガミと、そこで「掟」を守りながら生きる人々のお話。
    <カミンマ>と呼ばれる村の長の巫女でありカミと契りをかわす娘の昔語りと、神と人との決着を描いています。

    上橋さんの初期の作品なので、少々文章構成が拙かったり世界観はちょっと浅い感じはしますが(あくまでも他の上橋作品と比べて)、古の神話的伝説がベースにあるファンタジーは美しく切ないです。
    キシメの不安や焦りや揺れと、奥深い自然の描写がシンクロするようで、音も光も遮るようなうっそうとした森の中にいるような濃密な雰囲気でした。

    ここから<守り人>シリーズや、「獣の奏者」という傑作につながっていくのですね。
    和製ファンタジー、やっぱりいいなぁ。

  • 恋のなんたるかも分からない少女、キシメ。自分に課せられた巫女としての役目を全うしようとしつつ、右に左にと揺れ惑うカミへの想いを持てあます。自分の気持ちに素直になればムラは滅び、人間社会を選べばカミはいなくなる。
    いつまでも決めきれず、後ろ向きなキシメ。物語としては「思いきって!」と言いたくなるが、しかし本人の語りというていでカミことタヤタとの出会いや交流をみてくると、惹かれるのも、おそろしいのも、ごく自然なことだと感じる。

    現代でも人は山や森に憧れたり神聖視し、同時におそれてもいる。人の都合で動かぬもの、どうすればよいのか問うことは出来ないものだからだ。木を何本切ったら山は崩れるのか、何ヘクタール開墾すると森は枯れるのか。そんなことが分かれば助かるだろう。それを掟という形で伝えてくれるのがタヤタであり、その声を聞くことが出来るのがカミンマ(巫女)のキシメ。
    幼なじみでありながら、人と自然を繋ぐ"絆"でもあるふたり。ものの見方を共有できない、わかり合うことは出来ないふたりの対話は悲しいものにみえる。この物語のような遠い昔、わかり合えないことに絶望して袂を分かち、互いの声を聞けなくなってしまったから、現代のこの状況がある――のかもしれない。
    「しだいにまわりをけずり、人にとっては、考える気にもならぬほど長い時ののちに、その水におのが身をけずられて、崖はくずれさる」
    いつかどこかで木を切りすぎてしまった時、それ以上はいけないよ、と伝えてくれる存在はとうにいなかったのだ。

    何を選ぶか、何を捨てるか?選択の先は、選んだ後にしか分からない。
    ひとか、カミか。仲間か、恋しい人か。そんな究極の選択はそうないかもしれないが、何かを選ぶ時には自分の心の奥底を見つめ、捨てようとしているものと対峙することになる。その真剣さが、ファンタジー的であり、根源的でもあるなと思った。

  • 『獣の奏者』『精霊の守り人』シリーズの作者が1991年に手がけた物語です。
    あとがきによると、九州祖母山に伝わる『あかぎれ多弥太伝説』に惹かれ、オーストラリア先住民アボリジニと暮らしたことに影響を受けたそうです。
    しきたりなどの描写がリアルで、まるで実話のように感じました。
    大きな勢力が少数派の価値観を飲み込んでいくような事は現代日本でも日常的に続いおり、これは日本という狭い土地、湿り気を帯びた日本人が持つ性質なのだろうかと思い至り、少し怖くなりました。
    それでも逞しく生きていく人々の姿に心を動かされます。

  •  大ファンである上橋菜穂子さんの初期作品。テーマなどは上橋作品そのものなのだが、最新作の「香君」などと比較すると、色々と分かりにくい印象。 
     デビュー作の「精霊の木」でも感じたが、「書きたいこと」と「ページ数」が整合していないのだろう。「荒削りでもデビュー作が一番面白い」という話はよく聞くが、この作品は逆で「テーマや面白さを伝える筆力が執筆当時は十分ではなかった」のだろう。

  • ううん?
    設定、舞台はいいのに。
    キシメとナガタチの身の上話も入り込めないしラストも好きでないし。
    いつもの、ぐいぐい引き込む感じがなかった。
    タヤタの気持ちが強いけど、どうしてそんなに強いのかわかんなかったのも。
    でも、そこかしこで入る上橋さん独特の物の考えとかには惹かれる。

    けれど、実は、すごく安心している。
    あの上橋さんにもこうした時代があったのだ、と。
    ものすごく性格悪いけど、ちょっと安心した。

  • 古代日本ファンタジーという私の趣味にどストライクだったため、飛びついて購入した本。
    キシメ、タヤタ、ナガタチ、三人のそれぞれのことを思いながら読んでいたら、胸が締め付けられて仕方がなかった。
    掟は変わらずとも、変化し続ける世の中で、ムラのことを思いながらもタヤタのことも思って、二つの間で悩み揺れていたキシメのことを非難したくもなるけれど、私自身も多くのことに悩みながら揺れながら生きている人間であるからこそ、どうしても憎めなかった。彼女は多くの人と共通した部分を持っているのだと思う。
    あとは向き合えるか、向き合おうとせずに逃げるかのどちらかというだけで。
    自分は殺意を向けられていると分かりながらも、キシメを愛したタユタの最期を思うと、涙が止まらない。
    先日鎌倉の山奥まで登って、自然の緑に囲まれた細い自然の道をとぼとぼと歩いてきた。その時に、人のものではない偉大な何かを感じて、この本を読みながらあの時感じたのはこれだったのではないかと思った。
    今の私たちの生活もこういう失われていくものがあったからこそ、成り立っているのだろうと、別の視点から歴史の流れというものを感じさせてくれた作品だった。

    • 猫丸(nyancomaru)さん
      「偉大な何かを感じて」
      何かがあるんですね!そういったモノを感じてみたいな。。。
      「月の森に、カミよ眠れ」は表紙が気に入って購入したのですが...
      「偉大な何かを感じて」
      何かがあるんですね!そういったモノを感じてみたいな。。。
      「月の森に、カミよ眠れ」は表紙が気に入って購入したのですが、、、
      現在「守り人シリーズ」をチンタラ休みながら読んでいて、それが終わったら「月の森に、カミよ眠れ」を読み、続けて「獣の奏者」を、、、と思っています。なので、いつになるやら、、、
      2013/04/18
  • たつみや章の『月神の統べる森で』と混乱しちゃう。
    でも、縄文が舞台の『月神の~』とは違い、こちらは律令の世の中。
    それでも人はまだ神のそばで生きていた。

    九州の山間の小さな集落。
    男たちは狩りをして、女たちは稗や粟を作ったりどんぐりの粉で団子を作ったり。
    欲しいものは山が与えてくれる。
    神さまの場所さえ侵さなければ。

    しかし、時代は変わってしまった。
    男たちは朝貢(えだち)のため都で6年間暮らさなければならず、男手の足りない村は狩りをすることもままならず、どんなに工夫をしてもひもじさをこらえることはできなかった。
    そしてようやく帰ってきた男たちは、遅れた生活(全身の刺青、狩猟生活等)から抜け出すために、田んぼを作るという。
    神の力の源である沼のすぐわきに。

    神と人の間に生まれ、鬼とさげすんできた都人を見返そうと神殺しをするためにやって来たナガタチ。
    同じく神と人の間に生まれ、神の思いを体現するタヤタ。
    神と人との間で絆となるカミンマとなる予定の少女キシメは、タヤタを愛しながらも人として村を見捨てることもできないでいる。
    神が守るのは山であり、人ではないのだから。

    登場人物たちのほとんどが、自分のためではなく、みんなのためにどうしたらいいのかを考えている。
    立場によって、そだちによって、あるべき未来が違うため、どうしても意見を統一することはできない。
    神を殺すべきなのか、徐々に滅びていくべきなのか。

    結果を私たちは知っている。
    結局人は、神を殺したのだ。
    山全体の命ではなく、人間だけが生き抜いていけるように自然を変えた。

    ”〈掟〉をいちどやぶることは、崖からちょろちょろとふきだした、わき水のようなものだ。しだいにまわりをけずり、ひとにとっては、考える気にもならぬほど長い時ののちに、その水におのが身をけずられて、崖はくずれさる。”

    40年が過ぎ、少しずつ森が切り開かれ、掘り返されて、稲田が広がっていく。
    倉には沢山の米。
    しかし人々は飢えている。
    だってその米は〈租〉だから。
    朝廷に納めなければならないものだから。
    苦しさは変わらない。
    朝貢がなくなっただけ。

    直接話には出てこないけれど、朝廷の信じる神は、太陽の神で、女性神。
    朝廷に従うことになった民の土着の神は月の神で、男性神。
    そういう対立もきっとあったんだろうなあ、と思う。
    世界的には男性が太陽神の場合が多いけど、日本はアマテラスという女性神で、月は男性のツクヨミなのは、何か意味があるのだろうかと以前より思っていたけれど、命をはぐくむ女性が〈絆〉として神と人を繋ぐ存在になるために、神は男性なのかもしれない。

  • 守り人や獣の奏者に比べてしまうと短いし、広がりはないけどそれでも独特の世界観は堪能できる。

    九州の小さなムラが、稲作と昔ながらの掟に揺れる。カミと心を交わした1人の少女の葛藤が描かれる。

    文化の発展って葛藤の積み重ねだったのかな。

    なんか急いで読んでしまって、もったいない気がした。

  • 遠い国から新しい価値観が入ってくる時、本当にこうだったんじゃないか、見てきたんじゃないかと思う話だった。
    みんなが幸せな未来を願い、自分の正義のために行動するけど、結果得られるものは変化であり、必ずしも幸せな正解ではない…。

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著者プロフィール

作家、川村学園女子大学特任教授。1989年『精霊の木』でデビュー。著書に野間児童文芸新人賞、産経児童出版文化賞ニッポン放送賞を受賞した『精霊の守り人』をはじめとする「守り人」シリーズ、野間児童文芸賞を受賞した『狐笛のかなた』、「獣の奏者」シリーズなどがある。海外での評価も高く、2009年に英語版『精霊の守り人』で米国バチェルダー賞を受賞。14年には「小さなノーベル賞」ともいわれる国際アンデルセン賞〈作家賞〉を受賞。2015年『鹿の王』で本屋大賞、第四回日本医療小説大賞を受賞。

「2020年 『鹿の王 4』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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