記者失格

著者 :
  • 朝日新聞出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (244ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784023318717

作品紹介・あらすじ

'「あさイチ」で人気を博したヤナギーは時に予定調和を破る発言で人々の心を揺さぶってきた。元は数々の事件・事故、戦場での取材に奔走した「伝説の記者」。そのまっすぐな姿勢の背景には何があり、何を考えてきたのか。半生を振り返る。'

感想・レビュー・書評

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  • 自身の仕事に振り返った作品。記者としてスタートした当時の思い、特に戦場記者としての思いには強いものを感じた。
    自分が彼の歳になって自分の半生を振り返ったときに、このように主張できるものが何もない生き方をしてきたことに、後悔とこれからの生き方を考えさせられる作品であった。

  •  紛争地帯の取材の本質は「はざま」を取材することにあると思っている。敵と味方に分かれて戦っている、そのはざまに置かれた人たち。戦場と日常のはざまで、もみくちゃにされている人たち。そう言った現実にこそ目を向けなければいけないのではないか。戦場と日常は明確に色分けできない。特に内戦ではどこまでが非戦闘地域で、どこから戦闘地域なのか、その境は判然としないことが多い。
     前線の村で生活している人々の姿を目の当たりにしたとき、厳しい状況に置かれると人間は嘘がつけない、そう実感した。きれいごとを言って自分の気持ちに嘘をついたら生きてはいけない。向き合っている現実が過酷であればあるほど、それを否定することができない。もしごまかしたら、死が待っているからだ。(pp.23-24)

    「何が起こっても、責任は私自身にあります。どうか日本の皆さんも、シリアの人たちに何も責任を負わせないでください」
    この言葉を、いわゆる「自己責任論」として受け取るのは間違っている。
     後藤くんは、自分はシリアの人たちに対して責任を負っていると考えていたはずだ。もっと言えば、イラクの人々や世界中の戦争で苦しんでいる人々に対して。
     後藤くんも、「はざま」で苦悶している弱い立場の人々の姿を伝えることで、戦争とは何かを伝えようとした。子どもやお年寄りなど、いちばん弱い立場に置かれている人たちにカメラを向け、掛け値なしの世界がそこにあることを伝えようとした。
     つまり、生を描こうとしていたのだ。
    「格好が悪いし、惨めかもしれない。あるいは見るに堪えないかもしれない。でもそうした現実に目を閉じず、真摯に向き合おうよ」
     後藤くんはそのことを、いまもなお身をもって伝えつづけている。そう、私は思う。(pp.43-44)

     おばあさんが漏らす、言葉にならない嗚咽のような声に、先輩は、うなずきながら、ひたすら耳を傾けた。そして、聞き取れた言葉をひたすらメモをする。その中で、幼い兄弟の最期の言葉を聞き出したのだ。
     矢継ぎ早に質問をぶつけることしか知らなかった私は、そんな取材の仕方もあるのか、と目から鱗の落ちる思いだった。悲しみや苦しみのさなかにいる人に寄り添って、こぼれる言葉をすくい取る。自然にその人の思いを聞かせてもらえるような場を作る。(p.79)

     取材とはニュースの素材を集めることだといわれるが、本質はその逆で、余分な情報をそぎ落しながら確認を積み重ね、ことの核心に迫る作業だと私は考えている。裏を取る。さらにその裏の裏を取る。取材相手に確認を取るとき、受け答えをした相手の表情や仕草はどんなものだったか。それはきわめて重要な判断材料となる。(p.99)

     How can I trust you?(どうやってお前を信じればいいのか)
    この一言が、激しい空爆以上に、戦場にいることを実感させた。(p.120)

     すっきりとした答えなんて出せないのが世の中。どんな人だって、思いもよらない現実や、ままならない感情に直面して、もがき苦しんでいる。現実を認められないなら、認められないままでも構わない。ただ、ほんの少しレッテルを貼ることを我慢して、虚心に相手を見たら、その人を尊重することもできるのではないだろうか。(p.150)

     昔、現場に出る記者は鉄砲玉みたいなタイプが多かった。しかも容易に連絡が取れなかったから、いくら東京が管理しようとしても、みんな丁々発止でやっていた。ところが通信事情がよくなるのに反比例して、現場の裁量が失われていったように思える。本当は現場にこそ大切な判断材料があるのにもかかわらず。(p.154)

     ジャーナリズムの元々の意味は日記であり、記録だ。記録するものは、事実でなければならない。その事実を一つひとつ積み重ねて、記録していくことがジャーナリズムの原点だ。それをしっかり踏まえてこそ、権力を監視するという役割も果たせるのだと思う。誰かの言い分が事実と齟齬を来たしているときには、相手が権力者であろうと誰であろうと、指摘すべきことは指摘し続けなければいけない。(p.164)

     伊江島で土地を追われた人たちも、出撃前夜のアメリカ兵たちも、どちらも沖縄の現実であったことは間違いない。しかしそれを「沖縄」とか「米軍」と、ひとことでくくってしまうとたちまち思考が停止してしまう。沖縄の歴史に深く刻まれた一つひとつの出来事の重さ、そしてその中を生き抜いてきた一人ひとりの思いが見えなくなってしまう。一つひとつの出来事、一人ひとりが見えなくなるということは、本質が見えなくなるということだ。本質というものは、そんなに簡単に近づいて掘り起こせるものではない。しかし、少しでもいいからそこに近付こうとすることが大切なのではないか。記者の仕事はその繰り返しなのだ。(pp.235-236)

  •  
    ── 柳澤 秀夫《記者失格 20200319 朝日新聞出版》
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/402331871X
     
     Yanagisawa, Hideo 19530927 福島 /元NHK解説委員/20190930 退職
    https://news.yahoo.co.jp/byline/mizushimahiroaki/20150202-00042730/
    ── 大下 容子《ワイド!スクランブル 20201015 テレビ朝日》
     
    https://www.tv-asahi.co.jp/scramble/cast/(20201015 0:37)
    …… この発言主はたしか公共放送出身。(有本 香)
    https://twitter.com/arimoto_kaori/status/1316583924072476674
     
    (20201015)
     

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