出生前診断 出産ジャーナリストが見つめた現状と未来 (朝日新書)

著者 :
  • 朝日新聞出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022736123

作品紹介・あらすじ

【自然科学/医学薬学】妊婦の血液検査からダウン症などが99%の精度で見分けられる──。新しい技術の導入が進む「出生前診断」。検査を受けるか否か。結果をどう受けとめるか。晩産化も進む中、より確実な妊娠を願い、葛藤する女性たちの声と、産科医療の現場から課題を探る。

感想・レビュー・書評

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  • 近年マスコミを騒がせた「新型出生前診断」について、日本でただ一人という出産ジャーナリストである著者が、その豊富な知見と経験と人脈を生かし、緻密な取材で書き上げた「説明書」。まさしく、あまりにも何も知らされてこなかった私たち一般人へ向けて、平易かつ丁寧に「説明」してくれる、貴重な啓蒙の書となっている。
    内容については文句なし、ただ一人でも多くの人に読んでほしいと言う以外にはないが——正しく用いられれば間違いなくとても有用である出生前診断をめぐる状況がこんなにも混乱の極みにあるのは、畢竟妊娠が女性にしか起こらず、男性は知らん顔をして「女性だけの問題」にしてしまえるからなのだなあ、とつくづく思い知った。なにしろこの社会では、ピルにしろ、無痛分娩にしろ、女だけ(が困る)の問題は、解決が異常に遅くなるものだ。
    もっぱら診断そのものの是非とそれによって医師が被る社会的な糾弾についてのみ議論され、肝心の「子供に障碍があると確定したら」「その上での妊娠継続を望んだら」「月満ちて子供が生まれたら」「その子を育てていくためには」といった議論やそのための環境整備がほとんどなされていないのは、それらに直面するのがもっぱら女だけであるためとしか思えない。「検査で白黒つけたらそれで終わり」ではなく、どう考えても「本番」は、生まれてきてからであろうのに。
    提供(すら)されない情報のひとつに、「母親はこれまで築いてきたキャリアをあきらめなければならないのか」とあるに至っては、何をか言わんやだ。健常児を想定してさえ、多くの人が「育てていく費用が賄えないから…」とためらい、ために少子化がこんなに進行しているというのに、何をするにも健常児より手間・ひま・費用がかかることが明らかな障碍児の親に仕事を辞めさせてどうするのか。なのに、出産専門の女性ジャーナリストでさえこんなことを、しかも母親「だけ」がキャリアを捨てさせられるのを前提として書いてしまう、地獄としか呼びようのない社会状況。

    「女性への負担が非常に軽い検査だが、日本では負担が軽いほど問題だとする傾向が強いだけに、論争にはかなり激しいものがあった」
    「人口妊娠中絶を国が認めた理由は優生政策であり、人口爆発対策だった。妊娠、出産、子育てに人生の相当大きな部分を捧げる女性が自発的に選び取る行為としての中絶は、日本は認めていない」
    「このような福祉サービスがあることは、あまり知られていないため、「障害児出産=退職=家で子どもの看護するだけの人生になる」というイメージが社会に蔓延している」

    女に生まれて生きることの、本性的ではなく後から社会に理不尽に負わされるつらさをしみじみ感じ、絶望感がいや増した。

    2015/10/8〜10/9読了

  • 日本の出生前診断の70年代からの流れを追い、現状までを見渡す1冊。デリケートな問題を扱いながら、丁寧で冷静であり、著者の「良心」を感じさせる良書である。

    出生前診断とは、胎児の段階で、医学的な問題があるかどうか検査することを指す。
    本来は、できるだけ早い段階で疾患を発見し、出産後速やかに治療に移れるようにし、可能な場合は胎児治療を行うことを目的としてなされる検査である。
    だが、重篤な疾患が見つかった場合、妊娠の中断、すなわち中絶につながるケースは多い。

    検査そのものが抱える問題点としては、羊水検査の場合であれば、頻度は低くても流産などの合併症の危険性を伴うことが挙げられる。また、どのような検査でも、陽性でないのに陽性と判断される偽陽性、陰性でないのに陰性と判断される偽陰性はつきものである。いくつかの検査を重ねれば偽陽性も偽陰性も低下させていくことは可能だが、0にすることは難しい。

    不確定であっても陽性の検査結果を聞けば親は動揺する。ショックの中で、しかし、その検査が何を意味するのか、もしも診断を受けた疾患であったとしたら、その子を交えた生活はいったいどのようなものになるのか、情報が乏しい中で、あるいは自力で窓口を探し、あるいは途方に暮れることになりがちである。

    近年、高齢出産が増えているが、高齢になれば染色体異常の率はまず間違いなく上がる。
    不妊治療を受ける人も増える中、治療と出生前診断は背中合わせでもある。治療の成功率を上げようとすれば、胚の選別を行うことになるからだ。

    こうした問題に、日本における「優生保護法」の歴史が影を落とし、また、医師の言うことを絶対視する「パターナリズム」の問題も絡んでくる。個々の判断を尊重するよりも、全体の足並みを揃えようとする社会の「空気」も無視できない。

    医療の発展に伴い、選択肢が多様化していく中で、判断が困難なことは増えていく。現状では、実は、確率でしか語れないことは多いのだと思う。例えば癌のマーカー値がある程度高かったとする。放射線療法を選ぶか、切除するか、放置するか、選べと言われる。統計的に集計して、数値がどの程度の人がどのような経過をたどったかを記載することはできても、今、現実にどの治療法が自分にとって有効か、将来的に自分が「幸せ」かはわからない。そこはおそらく、患者個人についてどうかということは、医師であっても確実なことは言えない。だから患者が選ぶしかない、ということになる。

    一般的な医療における選択に加えて、さらに出生前診断の難しいところは、それが「自分」ではなく、まだ生まれぬ「胎児」対象である点だ。重篤な障害が見つかったとして、その命を選ぶのか、選ばないのか、「決めろ」、というのは非常に酷な選択である。産むと決めても産まないと決めても、いずれにしても親には大きな心の負担がかかる。さらに試験自体を受けるのか受けないのかということに関しても、「もし精度が高く、危険性も少ない検査があるのならば、受けない選択は正しい選択なのか」と批判する人が出てこないとも言えない。
    かつては見えなかったもの。しかし見えるようになってしまったもの。それをどうするか、社会はまだ、十分な準備は出来ていないのではないか。
    結果が出たら専門医のカウンセリングが受けられるようにし、同じ疾患の子を育てる親へのつながりを作る。費用の面でも、人材の面でも、ハードルは高いが、そうした努力を続けていかなければならないのだろう。

    日本ダウン症協会会長のスタンスが印象的である。協会は出生前診断の技術そのものには反対しない。但し、マススクリーニングのような形で検査を強いたり、ダウン症を初めとする染色体疾患を持つ子が生まれることを「不幸」と位置づけたり、逆に検査自体を受けさせないことには反対の立場を取る。すなわち、個々の夫婦の判断を尊重するという立場だ。

    初めに触れたように、出生前診断の究極の目的は「治療」であるという。バチカン教皇庁教理省の見解を著者は引く。
    【出生前診断は道徳的に正しいことか】
    もし出生前診断が胎芽と胎児の生命と完璧さを尊重したもので、ひとりの人として護り癒すことを目的としているのであれば、答えはイエスである

    現状では理想論に近くても、ここに込められた「祈り」は大切なものであると思う。
    医師に判断を任せるのではなく、もちろん診断試験を営利主義的に使用するのでなく、科学者のみに委ねるのでもなく、子の親に責任を押しつけすぎず、社会で共有すべき問題なのだと思う。
    鋭利すぎるハサミを手にしてしまった我々は、それを上手く使いこなすのか、それともそれによって傷つけられてしまうのか。覚悟を持ってあたっていくべきなのだろう。
    それにはまず、ハサミ自体の特性を社会全体が注視し、よくよく考えていくことが必要なのだと思う。

  • 「出生前診断は病気が見つかった赤ちゃんを出来るだけ早期に治療するためのものである」
    言われて見ればこれほど当たり前のことはないのに、恐ろしいことに「出生前診断は生まれてくる赤ちゃんに障害があるのかないのか判別し、産むのか産まないのか判断するための検査である」かのような認識をしてしまっていた自分に愕然としました。

    出生前診断に関するニュースとして一緒に取り上げられている話題が、人工妊娠中絶のパーセンテージであることがあまりにも多いためにそんな刷り込みが無意識にされていたことをまずは大変反省しました。

    特別支援教育に関わる友人と、知的障害者の兄弟がいる自分が先日この話題について熱く議論をしましたが、これはもう人の数だけ意見がありどれが正しいとも正しくないとも言えないことなのではないかと感じました。
    それほどデリケートであり難しい問題だと思うのです。
    それぞれの人生の中で、自分の生き方の問題や倫理観、家族のあり方などを考えて結論を出すしかないのだろうと思うのです。

    ちなみに友人も私も子供はなく、今後年齢的に子供を持つこともないでしょう。
    でも命の関わる問題は、見過ごせないと感じています。

    この件に関しては「医学の進歩がいらぬ苦しみを増やした」そう思っていたこともありますが、本来の目的からすればそれは全く本末転倒の意見であることが本書を読むことでわかりました。
    多分私のような認識や意見を持っていた人間に対して、著者の方は歯がゆい思いをされるでしょうね。
    けれども、そもそも出生前診断とは、何なのかから始まりどのようなことをするのか、ということを知らない人が実際は世の中の大部分なのではとも思います。

    医療と療育の連携、教育現場と療育の連携、福祉援助と療育の連携がうまく為されていない現状については、本書で述べられるまでもなく、何らかの状況で障害者と関わりのある人ならかなり実際に感じていることなのではないでしょうか。
    本書に出てこられたような、本当に必要な情報が欲しいお母さんたちにすぐに必要なものを届けられるような何らかの体制が全国で整えられることを願います。

    障害を持つ人が生きやすくなる世の中はそういう赤ちゃんが生まれてきても大丈夫、みんなで見守るよと言える世の中だと思います。
    そんな世の中に…なって行っているとは、今は正直思えないですね。

    あとがきから著者の方の強い思いが伝わりました。

  • 黎明期から最先端事情まで、取材で浮かび上がる出生前診断の「全容」−。晩産化と、産科医療も進むなかで、多くの女性たちが重い問いに対峙し、葛藤している。体験者の声、医療関係者の賛否両論に、出産ジャーナリストが迫る。【「TRC MARC」の商品解説】

    関西外大図書館OPACのURLはこちら↓
    https://opac1.kansaigaidai.ac.jp/iwjs0015opc/BB40225835

  • 感情、コスト、倫理、複数の要素が複雑に絡み合っている難しい問題だと思います。

    思い込みやネット上の不確かな情報に振り回されないためにも、妊娠を望んでいる方とそのパートナーは読んでおくべき本だと感じました。

  • [図書館]
    読了:2017/11/13

    p. 246 「妊娠したら皆さんは、検査を受けるか受けないかを選べるし、子どもを産むか産まないかも選べます。でも、他人に同じことを強要する権利があるとは思わないでください」

  • 女性なら教養として必読。
    自分メモ
    ダウン症だと判明したときに、今後どうしたらいいのかわからない。産院等ではサポートが足りない。
    事前にわかれば、療育や病院の備えができ、(出産前に判明し不安・悲しみ・悩んだ後となるので)幸せな出産となる。
    アメリカでは人種が多様で遺伝病や病気・血液型(RHマイナスは日本はレアだがアメリカでは20/1)も多種多様となるので、日本みたいに貧血=鉄欠乏症だと判断・投薬のようにならない(遺伝性の病気の初期症状の可能性があるので)RHマイナスが多く、妊娠時胎児がRH+による血液型不適合妊娠が発生頻度が高く「胎児輸血」の必要性がある。その診断のためにも出生前診断の医学が発達してきた歴史。そこから遺伝子情報が発見解明され、それがいつのまにか治療の為というよりも、胎児の障害の有無を見る為のものへ変化した。(また超音波検査でみられるNT(首の厚さ)によってダウン症の診断がつけられる発見をした(胎児医療の父)ことにより、超音波による診断も進化(ただ普通の医者でもみたくなくても見えてしまうので、不確かな計測でNTを所見されてしまうということが発生する=専門の超音波診断クリニックにて受診する必要有り)
    今は医者が施設・学校を越え結束し連絡をとって改革をすすめていっていくスタンスにかわりつつあるし、意見公募をしたりして閉鎖的ではなく広く説明会・意見(批判意見が寄せられそうな団体に意見を求めたり)を集めたりして急な見解・実施・導入等をせず、マスコミや周りと調子をあわせてやっていく風にしていくようになった。以前はそういうことをせずにやってきてたので、世間とのギャップが激しく苦労してきた。
    P140

  • 生まれて来るまで赤ちゃんの状態が分からないなんてのは、もう遥か
    昔の話になりつつある。出産前に性別どころか胎児が抱えているで
    あろう疾患までもが分かってしまう。

    命の選別につながるのではないかと視点で語られることの多い出生
    前診断を、その歴史から実際の検査方法、各診断にどんな議論が
    あったのかを、門外漢にも分かりやすく記している。

    女性の視点で書かれているので、実際に出生前診断を受けて、
    迷い、苦悩し、決断をした女性たちへのインタビューをまとめた
    箇所は妊娠・出産という大きな不安と期待に揺れる心に寄り
    添うように、著者の思いやりが感じ取れる。

    出生前診断でよく問題に上がるのがダウン症候群を持った子供の
    生まれる確率だろう。確かに陽性と診断され、人工妊娠中絶をして
    いる人もいるだろう。本書でも「陽性と診断されていたらどうしていた
    か?」との著者の問いに「夫婦ふたりでの生活を選ぶ」と答えている
    人もいる。

    だが、それは一部の人であってメディアはその一部がすべてのように
    報道していやしないか。

    問題は出生前診断の善悪ではなく、診断後に妊婦さんの心の
    ケアと生まれて来る赤ちゃんの治療方法なのではないだろうか。

    日本ではその問題がクリアになる前に診断だけが広まってしまって
    いるんだね。本書で紹介されているドイツの例では、妊婦さんの
    相談に乗る機関が整備されているようなのだもの。

    晩婚化が進み、初産の平均年齢も高くなっている日本の現状を
    考えればドイツのように妊婦さんが出産に備えて不安を軽減
    出来る機関が必要になると思う。日本でも僅かにそういった窓口
    があるようだが、絶対数が足りないんじゃないのかな。

    医学はこれからも進歩するだろう。そのうち、疾患を抱えた胎児を
    母胎内で治療できる技術も進むだろう。

    その時、妊婦さんやそのパートナーだけが悩みは不安を抱えるの
    ではなく、心のケアも出来る制度として確立していると理想的だね。

  • 備忘録として。

    診断には確定的診断と不確定診断がある。

    確定的検査
    ・羊水検査15週以降全国普及
    ・絨毛検査11〜15週

    不確定検査
    ・妊娠中期の母体血清マーカー検査15〜18週…陽性の的中率が低い、全国普及(クアトロ検査)
    ・妊娠初期精密な超音波検査11〜13週
    ・コンバインドテスト…海外で広く普及11〜13週
    ・妊娠中期の精密な超音波検査18〜23週
    ・新型出生前診断…10週〜実施要件に満たす人のみ検査可能 高い的中率

  • 490
    哲学の推薦図書

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著者プロフィール

妊娠・出産、不妊治療・新生児医療を取材してきた日本で唯一の出産ジャーナリスト。1959年、東京都生まれ。カメラマンとして活動した後、86年より出産関連の執筆活動を始める。国立大学法人東京医科歯科大学、聖路加国際大学大学院、日本赤十字社助産師学校非常勤講師も務める。著書に『未妊――「産む」と決められない』(NHK出版)、『卵子老化の真実』(文春新書)など多数。2016年に『出生前診断――出産ジャーナリストが見つめた現状と未来』(朝日新書)で科学ジャーナリスト賞を受賞。

「2016年 『不妊治療を考えたら読む本 科学でわかる「妊娠への近道」』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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