老乱 (朝日文庫)

著者 :
  • 朝日新聞出版
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感想 : 46
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  • Amazon.co.jp ・本 (376ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022649430

感想・レビュー・書評

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  • 引用文献のページに、早いものは2007年から2016年くらいまでの、朝日、読売、毎日各紙などに掲載された、「認知症」に関する記事が列記されており、それらの記事が本文の各章でテーマ設定的に引用されている。徘徊や火の不始末、車の事故などである。

    また、「参考」のページには、「父の日記」太田順一著、他一冊が記載されている。

    この参考の「父の日記」が気になったので調べてみると、これは写真家太田順一さんの、「干潟」の写真と太田さんの「父の日記」を組み合わせた写真集のようで、その大田さんの父の日記には、認知症になっていく自身の苦しみなどが綴られていたようだ。

    干潟に残る生物(例えば貝)の動いた跡の写真と、父の生きた証跡である日記から、命というものをイメージした作品のようで、こちらも興味深い内容ではある。

    本書の著者は医師であり、高齢者を対象とした在宅訪問診療に従事していた経歴がある。おそらく「認知症」に関する事件や事故に大きな関心を持ちながら医療に従事されていたときに、この太田順一さんの写真集に出会い、本書執筆の発想が生まれたのではないかと想像する。

    本書は、妻を亡くし一人暮らしをしている高齢の父を、近くで見守る息子夫婦の家族の物語である。

    徐々に認知症が進んでいく父は、自身の能力衰退を自分でも感じ、それに苦悩し、また自分なりに戦いながら、日課としている日記にその事実を記していくが、次第に日々の自分のことが分からなくなっていき、書くべきことも分からなくなっていく。

    一方、認知症がどんどん進展していく父親の、いわゆる問題行動に巻き込まれていく夫婦の介護の苦悩、不安の模様がリアルに小説化されている。

    父親を主人公としてみることもできるし、父を介護する息子夫婦を主人公としてみることもできる。その見方で、いずれ高齢となり、認知症となってしまう可能性を秘めた自分のこととして読むこともできるし、現在高齢の親をもつ家族の現実的な将来像として読むこともできるだろう。

    実際の認知症の症状を知る医師が、実際にあった事故や事件からヒントを得て構成したストーリであるだけに、非常にリアルで、読者は自分にも起こりうるドキドキ、ハラハラ、そして不安や苦悩に飲み込まれていく。

    しかしながら、認知症を治す薬は現状ない。

    本書の中で、認知症家族に向けたセミナーを行う医師に、こう語らせている。

    「さあ、ここなんです。認知症介護のいちばんの問題は、いいですか。介護がうまくいかない最大の原因は、ご家族が認知症を治したいと思うことなんです。」

    治らない認知症を、治したいと思うことが、介護がうまくいかない原因であると。治したいと思うのは介護する側の都合であって、本人の都合でないと。

    介護の視点を、「介護側」の都合の視点から、「本人」の視点へ転換することを助言している。難しいことではあるが、それがよいのだというのが医師である著者の主張なのだと思う。

    これから団塊の世代が後期高齢者の年代となり、この現実は急増することが予測され、現実を知るヒントとか心構えになる書であると思う。

    自分自身の一番の感想としては、やはり「認知症にならない人生を送りたい」ということだ。本人も家族も辛いのだから。

  • 久坂部羊『老乱』朝日文庫。

    認知症小説という新しいジャンルの作品。老い衰えていく老人と、老人の介護負担に崩壊しそうな家族双方の心情や葛藤が生々しく描かれていて、恐ろしくなる。社会保障が充実していない我が国では歳は取りたくないものだ。

    日本はますます老齢化が加速しているにも関わらず、国の社会保障体制は年々手薄になっていく。そのツケは結局のところ、これからの若者たちへ重くのしかかる。何のために消費税率を引き上げ、介護保険など様々な名目で給料から大金をさっ引いているのだろうか。

    そのうち70歳を越えたら税金取られるぞ。税金払えないなら、さっさと死ぬとか言われたりして。なまねこ。なまねこ。

    本体価格680円
    ★★★★

  • 超高齢社会の日本にあって、他人事とは思えない、まさに身につまされる認知症小説。
    介護する側からの小説は今までもあったろうが、認知症本人の気持ちを描いた(しかも本人が日記で自分自身を語る)作品は、おそらく初めてではないか。
    認知症を患っている本人の心の中など、周りの者には理解することができない。患者の心の中を描き出すこの小説は、現役医者ならではのなせる技だろう。
    認知症の患者が引き起こす実際の事件を報じた新聞記事等。それに類する、この小説の主人公の行跡、彼に対する家族(特に嫁)の関わりと、話が進んでゆく。
    次第に深刻になる認知症、途方に暮れる患者家族の悩み。イヤミスもかくあらんかの展開に、読む手も止まりがちか。
    そんな現状を打開するため、家族は認知症専門のクリニックの医師のセミナーに参加する。
    「認知症本体の『中核症状』は治すことはできないが、『周辺症状』はコントロールできます」
    「介護がうまくいかない最大の原因は、ご家族が認知症を治したいと思うことなんです」
    「認知症の人にも感情はあります。優しくしてもらうと、喜びます。・・・認知症を治そうと思わず、受け入れることです」
    間違った介護ばかりだったと思いいたった家族は、徐々に対応が変わって行く。
    最後はホッと。

  • 介護する側とされる側、双方の視点で構成されており、介護する側から見ると認知症患者の言動は不可解なものだが、患者本人からすれば全ての言動に意味や理由が在るというところ非常にリアルです。
    親の介護問題発生する世代にとって参考になる事例が書かれていると思います。
    そして最後の元気だった父を思い出す件には、感動します。
     作者の久坂部先生の、医師として高齢者施設にも勤めた経験を生かされたおり、皆さまお勧めの本です。

  • 私も母の認知症の介護経験があるので、すごく共感するところがあった。私も主人公と同じで先のことを心配しすぎて本人の気持ちになかなか寄り添うことができなかった。ありきたりだが、もう少し早くこの小説に出会えていれば、母との最期の時間をもう少し穏やかに過ごせたのではないだろうか。
    認知症本人の気持ちや介護職、医師側からの視点も書かれている。施設や精神科医療の現状は悲しいものだが現実だろう。私は介護には関わっていないが田舎の義父は認知症を患っているし、私自身も可能性はあるのだからこの学びを活かしていきたい。

  • 認知症の老人の話を、老人の側からの視点を加えて描いた作品。
    自分が中年の仲間入りをしてから、自分の将来を考えるようになり気になって購入。
    今までは介護する側だけの視点だったが、介護される側の視点から描いているのがすごく斬新。認知症と言ってもいろいろなことが理解できているので「ボケちゃってる」などと本人の前で言ったりするのは本人が傷つくというようなことも書かれている。確かに若い世代だと、認知症は遠い将来なのでなにげなく「おじいちゃんボケた」とか発言してしまう。同じように耳の遠い人に「どうせ聞こえないんだから」とか、精神に病気がある人に「どうせわからないんだから」といって悪口を言うのは、言われた方が傷つくということだろう。改めていろいろな場面で、相手の気持ちに立つことの大切さを思い知らされた。

  • 認知症で施設に入所している母が部屋で書き殴っていたメモと幸造の日記が重なる。
    アホだ、私はバカになった、死にたい、、、、

    認知症は本人が一番辛くて苦しいはず。自分が自分でなくなる恐怖と日々闘っているのだ。
    母も精神科に入院し、施設スタッフが介護しやすいようになって退院した。歩けていたのに目の前の母は車椅子で紙オムツで生気がなかった。それでも皆、母を取り囲んで「良くなりましたねー」と言う。まさにこの本に書かれていた通りの体験をした。
    自分で母を介護はできない私は、母を姥捨山に置いてきていると日々戒めている。

  • 他人事とは思えず、一気読み。
    母、70歳過ぎ、一人暮らし。
    本人はまだまだ元気と言ってはいるが、こればっかりは分からない。
    ただ私自身は漠然と、面倒見るのは無理だろうとは思っている。現実的に。
    決して突き放すつもりではないけど、これが現実。
    親戚や周りを見渡しても、認知症になった(なってる)人がいないので、正直どんな状況・気持ちなのかは分からず、ただ、今回こちらの本を読んで、知ってるのと知らないのとでは、だいぶ違うなと感じた。
    介護する側もされる側も、同じ人間なのだけど、
    感情とか寄り添う気持ちて、口では説明できない。
    難しいよねえ。

  • 怖いねえ。
    自分が、自分の家族がこうなるかもしれないのが怖い。
    介護する側とされる側の心境両方に頷く。
    逆アルジャーノンかもしれない。
    幸造はこれで幸せだったのか、はきっと誰もわからない。
    幸造自身ですらわからないかも。

  • 年老いた母にプレゼントしてしまった。1年以上前に読み終わり、感想を書こうと思ったらほぼ忘れている私は認知症だろうか。また読み直そう。

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著者プロフィール

医師・作家・大阪人間科学大学教授

「2016年 『とまどう男たち―死に方編』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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