『生きる力』森田正馬の15の提言 (朝日選書)

著者 :
  • 朝日新聞出版
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感想 : 25
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  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022590985

作品紹介・あらすじ

【文学/随筆】西のフロイト、東の森田正馬。小説家として数々の受賞歴をもつ著者は、精神科医でもある。患者・普通人・自らも無理なく生きられる森田療法の15の言葉の神髄を読み解き、その生涯を見事に描き出す力作評論エッセイ。

感想・レビュー・書評

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  • 【星:3.5】
    メンタル的に弱っている時に、とある人に勧められて読んでみた。

    私はこれまで知らなかったのだが、精神症状療法に「森田療法」というのがあり、その森田療法のエッセンスを15個に分けて気軽に説明している。

    正直心に強く刺さるというのはなかったが、辛い状態も日常の中の一部分としてあるがままに受け入れて、考え込むのではなくとにかく行動し。今に全力を注ぐ、といったところであろうか?

    ひとつ面白いと思ったのが「平常心」の捉え方である。普通だったら「なにかあっても動じない心」とか何だろうけど、この本では逆に「何かあったらあたふたしてしまったりする」方が平常心だと説いている。
    そのうえで、あたふたする自分をあるがままに受けいれて、とにかくいつも通り目の前にあることをせよ、と。

    なるほどと言えばなるほどである。

  • 「あるがまま」の大切さを改めて認識できた。 
    不安はあるものとして、日々のやるべきことを淡々とこなしていこう。
    何かに行き詰まったときは沈思黙考ではなく、手足を動かして突破口を見つけよう。
    生きていく上で、心に留めておきたい考え方がいくつもあった。

  • 丸山さんからの勧めで読んだ。
    行動するうちに気分が晴れるとか、振り返れば確かにそうだったなあということが、精神療法として言語化されていて後ろ盾を得た気分。頭の片隅に置いておくと、迷いなくまっすぐすっきり生きていけそう。

  • 森田療法のエッセンスが凝縮されている、言わば森田療法のセルフヘルプ本といったところ。本書を読むと、悩んでいる人がいかに不毛な努力を続けてしまっているのかがよくわかるし、一つ一つの言葉にとても説得力がある。
    ビオンの記憶(知識)、欲望、理解は治療者に対してだけのものではなく、「なりきる」ことを妨げる要因であるという指摘は興味深い。

  • バイブルとなりそう。

  • 神経症に対する解決策を示してくれる良書。
    エッセイ形式なので読みやすかった。
    現在に焦点を合わせ為今すべき事に集中する。
    過去と未来を考えずに今この瞬間だけに意識を置く。
    難しいが実践していけば強迫性障害の症状も軽くなるのだろう。
    あるがままに生きる。この言葉の大切さを常に意識しながら生きていきたい。

  • 昔、アフリカの蹄を読んだ記憶があり、ふと手に取った。大人になって自分に余裕が出来たからなのか、未来の不安を過剰に考えてるなと。
    水のように、揺れる気持ちを客観的に受け取る。
    抗うのではなく、手放す。自分を見つめる客観視。そんなことを思う。

  • 森田正馬の考えと言葉を平明的確に解説する良書。掃木蓬生としての小説より面白かった。

  • 【66/10000】
    「生きる力 森田正馬の15の提言」帚木逢生
     
    小説じゃない帚木さん。
    葛藤と対峙する二つの方法、が好き。
     
    ・確かに、葛藤はこころよくはありません。
    これを減らそうとするには、二つの方法が考えられます。ひとつは、悟りの境地に立って、「生の欲望」を減らすやり方です。有名なのは、京都竜安寺の手水鉢に刻まれた「吾唯足知」です。この四文字は口を共有しているため、口を中央、において、上右下左につくりが配置されています。「我ただ足るを知る」です。
    欲を捨てて自足の境地に達すれば、もはや葛藤はありません。とはいっても、これは通常人には無理な話しです。悟りをひらいた人のみに可能なやり方です。
    葛藤を少なくするもうひとつの方法があります。「生の欲望」の強さに気がつきさえすればよいのです。これならたいていの人ができます。正馬はこの第二の方法を勧めます。
    「生の欲望」が強ければ強いほど、反面で恐怖も強くなります。勝ちたがりの人は、負けるのが惜しくなります。支配欲のある人は、支配されるのを嫌います。優秀よくのある人は劣等感に悩まされます。この相反する力が自分に働いているのに気がつくと、楽になります。拮抗作用を自覚したあとは、眼を「生の欲望」のほうに向け、ひたすらつき進めばいいのです。
     
    ***以下ブクログ**

  • ・悩んでいる頭でいくら考えても、名案は浮かびません。森田が諭したように「迷いのうちの是非は、是非ともに非なり」で、悩んでいる頭で絞り出した結論が正しいはずがありません。

    ・それでは、肝腎の心はどうすればいいのでしょうか。戦いのなかでも、平時の心と同じであり、心広く、緊張も弛緩もさせず、まっすぐにします。
    さらに重要なのが、「心を静かに揺るがせて、その揺るぎの瞬間にも揺るぎやまないようにする」、「静かなるときも、心は静かではないように」、「いかに早いときでも、心は早くないように」という点です。
    つまり、ゆったりと揺るがせて、どこか一点に集中させないようにするのです。
    波のない鏡のような水面ではなく、小さな波は立って、岸辺には波が寄せては引いているものの、全体としては穏やかな湖面といった境地を、武蔵は第一と考えます。

    ・住むのは一流ホテルで、広くて豪華、バーのカウンターも完備している部屋です。ルーフバルコニーにはプールもありルームサービスでシャンパンやワイン、どんな料理でも注文できます。おまけに、美女あるいは美男の召使がそばにはべっていて、夜もベッドをともにしてくれます。学生たちは、そんな夢のような生活を想像して顔を輝かせます。
    そこで教授は受講生たちに言います。享楽の限りを尽くせるホテルですけれど、ただひとつ条件があります。

    ・森田正馬がことあるごとに説いた「なりきる」とは、あとさきも考えず、その場と一体化する状態を意味します。
    恐れや怯え、恥ずかしさなど、源になっているのは、記憶と欲望と理解です。

    ・子供はよく自分と他の子供の境遇を比べます。A君は毎月の小遣いが二万円で、サッカーシューズも高価なのをはいている。おやつによばれていったら、とびきりおいしいアイスクリームと冷えたマンゴーが出た。ぼくも、あんなになりたい、と母親に訴えて困らせるかもしれません。
    そんなとき、一番効果のある母親の返事は、だったらA君のお家に行って、ぼくを子供にして下さいと頼みなさい、ひょっとしたら子供にしてもらえるかもしれないよ、です。
    子供にしてみれば、A君の生活がいくら羨ましくても、まさかそこの子供になれるなど、考えてはいません。また自分の母親から離れて、よその子になるなど、嫌でしょう。あくまでも自分の母親のもとで、A君のような生活がしたいだけなのです。
    となると、もう自分の現在の境遇に従い、生きていくしかありません。これが正馬が唱道した「自然服従」なのです。

    ・正岡子規にとって、脊椎カリエスでの仰臥生活と痛みは、まぎれもない自然でした。回避したり、拒絶できない境遇でした。服従以外の道はなかったのです。
    服従しないとしたら、絶望しかないでしょう。うちひしがれて、ひたすら我が身の不幸を嘆くだけです。

    「病床六尺、これが我世界である。しかもこの六尺の病床が余には広すぎるのである。僅かに手を延ばして畳に触れる事はあるが、蒲団の外へまで足を延ばして体をくつろぐ事もできない。」

    この境遇が、いかに不自由で、激痛を伴う生活であっても、子規は我が身を呪ったり嘆いたりはしません。全幅の服従を決め込んだのです。
    「その煩悶を免れる手段はもとより『現状の進行に任せる』よりほかないのである」と達観し、覚悟を決め、次のように言い切ります。

    「病気の境遇に処しては、病気を楽しむということにならなければ生きて居ても何の面白味もない。」

    この「自然服従」の境遇に達して、展望が開けます。
    「ガラス球に金魚を十ばかり入れて机の上に置いてある。余は痛みをこらえながら病床からつくづくと見て居る。痛いことも痛いが綺麗なことも綺麗じゃ」

    ・確かに、葛藤はこころよくはありません。これを減らそうとするには、二つの方法が考えられます。ひとつは、悟りの境地に立って、「生の欲望」を減らすやり方です。有名なのは、京都竜安寺の手水鉢に刻まれた「吾唯足知」です。この四文字は口を共有しているため、口を中央において、上右下左につくりが配置されています。「我ただ足るを知る」です。
    欲を捨てて自足の境地に達すれば、もはや葛藤はありません。とはいっても、これは通常人には無理な話しです。悟りをひらいた人のみに可能なやり方です。
    葛藤を少なくするもうひとつの方法があります。「生の欲望」の強さに気がつきさえすればよいのです。これならたいていの人ができます。正馬はこの第二の方法を勧めます。
    「生の欲望」が強ければ強いほど、反面で恐怖も強くなります。勝ちたがりの人は、負けるのが惜しくなります。支配欲のある人は、支配されるのを嫌います。優秀よくのある人は劣等感に悩まされます。この相反する力が自分に働いているのに気がつくと、楽になります。拮抗作用を自覚したあとは、眼を「生の欲望」のほうに向け、ひたすらつき進めばいいのです。

    ・しかし「生の欲望」と手考足思の立場からすれば、デカルトは間違っています。
    本当は、「我思うゆえに我なし」、です。逆にとらえれば、「我動くゆえに我あり」、なのです。

    ・抑留の理不尽さ残酷さ、厳寒の流刑地で死んでいた戦友たちを画家の眼で脳裏に刻みつけた香月が、鎮魂のために懸命に絵筆をふるったのです。母親から買ってもらい、抑留地でも使った絵具箱の蓋裏に執念で書きつけた十二文字、葬・月・憩・薬・飛・風・道・鋸・朝・陽・伐・雨を、題材にして、執念を画面にほとばしらせたのです。
    そんな香月にとって、故郷の三隅の地こそが<私の地球>であり、世界の中心でした。
    人の一生は、宇宙の時間に比すると、ほんの一瞬です。しかしその一瞬が一生であり、一生のわずかな一瞬一瞬が一生であるのも間違いありません。
    …生きつくす。死ぬとは、生きつくすの同義語です。石にかじりついても、人は生きなければならないのです。精神療法が全く存在しなかった時代に、西のフロイトと対峙するように、全く考え方の異なる療法を樹立した森田正馬も、「石に齧りついても、生きねばならぬ」と人に説きつつ、64年の人生を見事に生きつくしました。

    ・ピショー先生は、ヒポコンドリー基調(身体の変調を気にする気質)と精神交互作用(注意を病感に向ければ向けるほど病感は増大)、そして思想の矛盾(理想と現実の葛藤)の三つどもえで、神経質状態は否応なく重篤化していくという正馬の考え方に賛意を表しています。

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著者プロフィール

1947年、福岡県小郡市生まれ。東京大学文学部仏文科卒業後、TBSに勤務。退職後、九州大学医学部に学び、精神科医に。’93年に『三たびの海峡』(新潮社)で第14回吉川英治文学新人賞、’95年『閉鎖病棟』(新潮社)で第8回山本周五郎賞、’97年『逃亡』(新潮社)で第10回柴田錬三郎賞、’10年『水神』(新潮社)で第29回新田次郎文学賞、’11年『ソルハ』(あかね書房)で第60回小学館児童出版文化賞、12年『蠅の帝国』『蛍の航跡』(ともに新潮社)で第1回日本医療小説大賞、13年『日御子』(講談社)で第2回歴史時代作家クラブ賞作品賞、2018年『守教』(新潮社)で第52回吉川英治文学賞および第24回中山義秀文学賞を受賞。近著に『天に星 地に花』(集英社)、『悲素』(新潮社)、『受難』(KADOKAWA)など。

「2020年 『襲来 下』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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