- Amazon.co.jp ・本 (248ページ)
- / ISBN・EAN: 9784022518149
作品紹介・あらすじ
日常に生起する感慨を描きながら、生命の動的平衡と利他性のつながりを表す。福岡ハカセの細やかな観察眼と美しい文章を堪能できるエッセイ集。朝日新聞連載「福岡伸一の動的平衡」待望の書籍化!「手渡されつつ、手渡す。これは利他性に他ならない。手渡されつつ、一瞬、自らの生命をともし、また他者に手渡す行為、すべての生命はこの流れの中にある。これが動的平衡である」「音でも、光でも、風でもよい。この世界のかすかな移ろいに気づけること。それはすべて新しい発見への扉となる」 (本文より)
感想・レビュー・書評
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理系に身を置きながら、文系の心でものに接する、福岡伸一さんの真骨頂の一冊。文系的センスで物事に当たりながら理系的洞察力で物事を見つめる。またの逆も真なり。その異なる分野を自由に往還できることが大切と・・。
例えば、コロナ禍も発生から約二年が経過してしまったが、一向に収束は見えてこない。いったんは減少傾向にあった感染者数は、変異株の出現とともに、再び世界的な増加傾向にある。明らかなことは、ウイルスを完全に撲滅したり、駆逐することはできない。自然は押せば押し返し、沈めようとすれば浮かび上がる。
だから、変異株の出現のたびに過剰反応するのではなく、結局のところ、ウイルスとの動的平衡をさぐるしかないと。つまりウイルスも自然の環の一つとして、宿主には激しいダメージを与えるよりも、できるだけ安定した状態で共存できる方向へと動く。つまり必然的に弱毒化し、致死率の低いものへと変化してしてはずだと。宿主である人間の側も変化する。そうすればやがてコロナも“新型”ではなく“普通”の常在ウイルスになる日がくる。
ほんと、そう願っていますな。
というように、いろんな提案、提議がされています。
気になった、表題だけ列挙しておきます。
・旨いも辛いも、かみ分ける(甘、塩、酸、苦、旨、辛)
・弱者の巧みな戦力(定足数が越えたら、一気に攻める)
・美の起源、生命と結びつく青(水の青、空気の青、青は特殊な色だ)
・科学の進歩。「愛」が支える。(昆虫、彗星、化石、アマンの活躍)
・博士号とかけて、足に裏についたご飯つぶ、ととく(とらないと気になるが、とっても食えない)
・「記憶ない」ことこそ記憶(単に二日酔い状態との告白に過ぎない)
・作ることは、壊すこと(伊勢神宮と法隆寺、どちらが生命的)
・生命とは、西田哲学の定義(合成と分解、酸化と還元、結合と切断)
・建築家がモテるのは(画家、音楽家、小説家、ああ身近に落語家が)
・須賀敦子、読まれ続ける秘密(ひらがな、穏やか、やさしく、端正な文体)
・夜生まれ、朝消えるもの(その答えもまた希望である)
・虫食い算、口口を埋めてみて(言葉の虫食い算)
・自然界の不思議、交差する所(南方熊楠のウガの標本)
・コップ一杯、海に注いだら(絶えず揺らぎながら循環している)
・世界のこのかすかな移ろいに気づく(音でも、光でも、風でもよい)詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
ご自分の専門外のことでも、熱心に探究する素晴らしい性格をお持ちの著者のエッセイ集だが、短い文章で確実に感動させてくれる.多彩な趣味をお持ちだが、フェルメールの件は小生も現物を見たので楽しめた.ただ、見方が非常に科学的で参ったなあ という感じだ.
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本当の気持ちは、失ってみてはじめて気づく事ができると言うけれど、失ってこそ得られるものって他にもある。
というか、われわれ動物の誕生からしてそうじゃないか。
植物や微生物が当たり前のように自前で作れる必須アミノ酸。
ヒトを含む動物は、なぜかその合成能力を失っちゃった。
必須であるが故に不要になる事は無い能力のはず。
ならば、なぜ無くしたの?
たまたま突然変異か何かで、能力を失った個体が誕生したのかも。
待ってても大事なものを生み出せないなら、動くしかない。
そんなこんなで自ら動くという能力を獲得し、動物が生まれたと。
こう考えると、致命的な欠損や障害と思われたものが、逆に新しい可能性の扉を開く原動力になっていることがわかる。
じゃあ、記憶はどうか?
記憶も「無くしちゃった」と気づくけど、なぜ「無くした」とわかるのか?
実は、記憶は物質ではなく、脳細胞と脳細胞の間にある。
シナプスで連結されてできた脳細胞の回路に、電気が通るたびに"生成"されるのが記憶なのだ。
前後の記憶があるからこそ認識できるのだとすると、「記憶にない」ことこそ記憶なのである。
「記憶は物質として保持されているのではなく、関係性として保持されているのである」
「記憶は脳の奥に仕舞われていた古いビデオテープではなく、たった今、瞬間的に作り直されるものである」
脳を構成する神経細胞は、瞬間瞬間に、絶えず更新され続けているのに、"同じ"記憶は保持される不思議。
ほんとに"同じ"なのか?
でもすべての生命現象は、絶え間のない分解と合成のバランスの上に成り立っている。
分解しながら合成すること、すなわち〝動的平衡〟。
これこそが生命を生命たらしめている作用なのだ。
つまり、作ることは壊すことと等価なのだとわかる。
ただ生命の流れを作り出すには、作る以上に壊すことが必要。
細胞は作ること以上に、壊すことに一生懸命。
どんなときでも壊すことだけはやめず、一心不乱に物質を分解している。
なぜか?
細胞は、自らを壊すことによって、内部に無秩序が広がることを回避しているためだ。
変わらないために、変わり続ける。
「つまり生命は壊すことによって時間をつくりだしている」
「作ることに壊すことがすでに含まれている。これが生命のあり方」
壊すことって、実は作ることよりも創造的なのだ。
もう一つの理由は過剰さ。
先回りして分解する事で、故障の芽を事前に摘むのと同じく、過剰に準備し環境に刈り取らせている。
ヒトの脳は生まれた後、神経細胞同士がさかんに連合して積極的にシナプス結合を形成する。
つまり脳は、たとえ後で使われなかったとしても、過剰なネットワークを作って待ち構えている。
だから幼い子供は、スポンジのように吸収できる。
この豊穣さや過剰さの脳の仕組みを考えるとき、コスパのいい生き方だとか、効率さ云々というが、いかに卑小な企みか痛感させられる。
それと絶え間のない分解と更新の流れを考えると、変化することがいかに重要かがわかる。
永遠に変わらないものなんて、死んでるのと同じ。
環境の変化を情報の更新と等価と考えれば、消えずに残り続ける情報に価値はない。
すべての生物は環境の変化を察知できるから、次の行為が引き起こされる。
生命は差異にこそ敏感で、変化は生きるための情報なのだ。
同じ匂いや音、味が続いていたらそれはもう情報ではないだろう。
情報は消えてこそ、情報となるのだ。
これも、失ってこそ得られるものの一つ。
欠損はマイナスではない。
なぜなら、それが新しい可能性の扉を開く原動力となるのだから。 -
朝日新聞連載ということもあって、一つ一つが短くまとまっていて、ちょっと読むのにとてもいい。文章が美しい。
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動的平衡の定義を知りたかった。
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福岡伸一さんのコラム、生物のあれこれや自然のこと、ふと思ったこと、アートのこと、色んな福岡さんの気付きが読めてとてもおもしろい。生物学に興味が湧いた。あらゆる物事に好奇心旺盛で、自分の好きなことを大事にする人なのだなと思う。
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福岡伸一さんの著作は、代表作の「生物と無生物のあいだ」をはじめとして結構読んでいます。本書も、いつもの図書館の新着本リストの中で見つけたので早速手に取ってみました。朝日新聞に連載されたエッセイの書籍化とのことです。
さまざまな日常が軽いタッチで綴られていますが、やはり福岡さんらしく“動的平衡”を定義とする「生命」がテーマとなっている小文が印象に残りますね。
ただ、新聞連載という制約から、正直なところ今ひとつ福岡さんらしいインパクトは感じられませんでした。ちょっと残念。 -
福岡先生の文章は素敵だ。