終わりと始まり 2.0

著者 :
  • 朝日新聞出版
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  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784022515445

作品紹介・あらすじ

【文学/日本文学評論随筆その他】災害体験の資産化、植民地としての沖縄、トランプ大統領と「事実」……困難を抱える人びとの話に耳を傾け続け、日本の危機、戦争のできる国への変貌を憂える。縦横無尽な作家の身体と心がとらえた、朝日新聞好評連載中の名コラム59。

感想・レビュー・書評

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  • 30年以上続いた朝日新聞の月イチコラム加藤周一「夕陽妄語」の跡を継いだのは、池澤夏樹だった。その第二弾。加藤周一については、私は人生をかけて登らなければならない山だと思ってる。池澤夏樹については尊敬すべき先輩という認識だ(←迷惑千万だろうけど)。この連載も、早いもので、もう10年以上経った。

    今回、池澤夏樹はいろんな場面で怒っている。第一弾は半分ぐらいが文化の話題だったのだけど、第二弾は8割が時事問題になった。むべなるかな、と思う。

    以下、彼の言を要約して、時にそのままメモする。()内は新聞発表年と月。←を附して私の感想も述べる。

    ・自民党の憲法草案には民主国家として克服したはずの問題がゾンビーのようにうごめいている。ゾンビーと名付ければ退治もできる。(13.05)
    ←いい考え。この春、私は官邸を「伏魔殿」と呼んだが、それだと手出しができない。それよりも「ゾンビー内閣」と呼べば、「退治の対象」になるじゃないか。

    ・古代の日本人は罪は汚れとなし禊(みそぎ)によって洗い流せるとした。しかし恥は洗い流せない。福島第一の崩壊は東電にとって究極の恥だったはずだ。東電も自民党も恬然として恥じることを知らない。(13.08)

    ・もうしばらく社会主義者でいることにしよう。(13.11)
    ←へぇ社会主義者だったんだ!知らなかった。

    ・憲法解釈についての安倍政権のやりかたは明らかにオフサイドだ。それどころか彼らは衆に恃(たの)んでゴールポストを担いで動かしている。そんなサッカーがあるか!(14.07)

    ・ロンドンの「不服従のオブジェクト」に刺激をもらい、池澤夏樹は、バンクシー並みにステンシルを装着して国会前の路上に落書きをすることを夢想する。もちろん(軽犯罪法)違法だ。しかし、「アート」でもある。「若い人よ、動け、闘え、笑わせろ」(14.09)

    ・←私が池澤夏樹を青くさいとおもうのは、112pの、例えば「(左から改憲する提案として)米軍基地否定の条文を実現すれば、押し付け憲法論を払拭できる」と主張するところである。彼は一方で辺野古ではなく馬毛島に嘉手納基地を移設しろとも本気で言っている。加藤周一は、もう少し常識を持っていたのだが。(15.04)

    ・2015年6月の段階で、池澤夏樹は安保法案の動きに対して、砂川判決で司法は安保に対して口出ししなくなったので司法は機能しない、立法府も小選挙区制で政治にウンザリした国民が投票率を下げ、全国民の24%の票を集めた自民党が絶対多数になり、議員は党の方針に逆らえない者ばかりと、機能しなくなった。今の日本は行政府の独裁だと喝破する。しかし、さすがに憲法学者が3人とも意義を唱えた。果たして強行採決を阻めるか、と結ぶ。「死にかけの三権分立」(15.07)
    ← 結果は知っての通り。事態はそこから変わらないどころか、更に酷くなっている。嘘と隠微と誤魔化しの行政府。

    ・「安保関連法が成立した。(略)9月半ば、国会議事堂前のデモの中に身をおいて、みなの勇壮活発でどこか悲壮なシュプレヒコールに伍しているうちに、自分たちは日本国憲法から追放されて難民になるのだと覚った」(15.10)←加藤周一と違い、この人は行動する。行動する知識人は危うい、けれども信頼に足る。

    ・「馬語手帖 ウマと話そう」「はしっこに、馬といる」(河田桟 カディブックス)馬と人間の関係ではなく、ウマとヒトの関係を描く。「河田さんは絶対に言わないが、これは愛ではないか」因みにカディとは、与那国の言葉で風のことだそうだ。(16.01)

    ・2011年、ぼくたちは震災を機に希望を持った。復旧に向けて連帯感は強かったし、経済原理の独裁からのがれられるかと思った。5年たってみれば、「アラブの春」と一緒で一時の幻想「災害ユートピア」にすぎなかったように思われる。(16.02)
    ←私たちは、コロナ禍の後にも、同じ想いをするのだろうか。

    ・「日本文学全集」を作って不思議に思ったのは、奈良時代から平安時代まであんなにたくさんいた女性の歌人や作家がある時期から急に姿を消したことだ。(略)分水嶺は応仁の乱だった。(略)憲法が変わっても今もガラスの天井がある。唯一の例外は文学だ。芥川賞を例にとると、ここ5年の受賞者は男性が6名、女性が7名。(略)文学はこの方面で社会を牽引し、古代に回帰させている。(17.01)

    ・イラク戦争について、ブッシュは任期の最後に「大統領の職にあった中で、最大の痛恨事はイラクの情報の誤りだった」と言った。実際は情報ではなく判断の誤りだ。それでも彼は反省したからまだまし。開戦の日に「アメリカの武力行使を理解し、支持します」という声明を出した小泉元首相はこの件について今もって何も言っていない。外務省もこれに触れない。日本の官僚は過去を検証せず、責任を取らず、文書を公開せず、重大な局面で記録さえ残さない。あるいはこっそり破棄する。(17.04)
    ←言わずも無だが、今の政府は正にコレ。

    ・ビッグデータの主体は、自身にも自分の正体はわかっていない。生まれたばかりの怪物だから。(略)コンピュータとネットワークに騎乗したホモ・サピエンスは何か別のモノに変身しつつ逸走している。手の中にたづなはない。ただしがみつくばかり。(17.05)

    ・2017年10月末、池澤夏樹はマダガスカル行きを止める。ペストが発生したためである。23日までに1912名の患者が出て124名が死亡した。実は2015年彼は南スーダンにも取材旅行に行くつもりだったが、内戦が激化してやめた。ホントは自衛隊も撤退すべき酷い状態だったのは2年後に判明する。そしてこのように書く。
    「2011年の3月11日、福島第一原子力発電所が津波で崩壊し、大量の放射性物質が大気中と海中に放出された。日本にいた多くの外国人が退避し、訪日を予定していた人たちはそれを取りやめた。危険という意味では、状況は今のマダガスカルやしばらく前の南スーダンと変わらない。日本がどう思っていたかはともかく、外からみればあれはそういう事態だったのだ」(17.11)
    ←日本人は井の中の蛙だとよく言われる。国際的感覚がない。しかし、コロナ禍の中でこの文章を読めば、2011年のあの時「外人は大袈裟だ」と感じた私たちの感覚が、実は的外れだったことが「実感として」掴めるのではないか。

  • 1カ月単位でテーマを選んで情報集したうえでのコラム、朝日新聞掲載をまとめた本。ギリシャ、東京、沖縄、フランス、札幌と移住し、世界的視野からの創作と評論活動を行っている。
    数十年前に講演会聴講、語り口が優しかった印象 内容は覚えていないのが残念
    コラム全ての主張に同意できるわけではないが、新しい知見や今後の在り方について貴重な情報が得られたので参考にしたい

    覚書
    船橋洋一『原発敗戦』より引用
    絶対安全神話に見られるリスクのタブー視化
    縦割り、たこつぼ、縄張り争い
    権限と責任を明確にしない 指揮命令系統を作れない
    明確な優先順位を定めない「非決定の構図」と「両論併記」
    (原発安全神話の独り歩き、2014.4)
    天皇の責務は第一に神道の祭祀であり、その次が和歌などの文化継承だった。国家の統治ではない。だからこそ、権力闘争の場から微妙な距離をおいて、百代を超えるとされる皇族が維持されたのだろう。今上と皇后は、自分たちは日本国憲法が決める範囲内で、徹底して弱者の傍らに身を置く、と行動を通じて表明しておられる。お二人に実権はない。いかなる行政的な指示もださない。もちろん病気が治るわけでもない。しかしこれほど自覚的で明快な思想の表現者
    (弱者の傍らに身を置く、2014.8)
    辺野古に基地を造らせないと沖縄県民が言っても、アメリカが造ると言えば日本政府には反論の権限がない。ドイツにならって原発を廃止しようと思っても、日米原子力協定のもとではその権限は日本にはない。
    国家の最高法規は憲法であり、その下に他国との間で交わされる条約があり、さらに下に法律・条例がある。他者が関わるから条約は尊重される。
    では憲法はというと、アメリカがらみの課題について最高裁は「統治行為論」という詭弁によって責任を放棄してしまった。事実上、日米安保条約は日本国憲法の上位にある。行政の頂点には日米合同委員会がある。つまりこの国はおよそ主権国家の体をなしていない。そういう事態が六十年以上続いてきた。
    (主権回復のために、2015.4)
    与那国馬 はしっこに、馬といる 馬語手帖 ウマと話そう 河田桟(2016.1)
    蒼いのは熊本地震で壊れた家々の屋根を覆うブルーシートだった。路上の視点からは見えない被害の実態を上から見て、これほど多いのかと戦慄
    生き延びたと思った。朝焼けはとても美しかった。
    世間のありかたを人は数字で理解しようとする。だが人にとって体験とはいつだって主観的なものだ。未来に向かって役に立つのは、ひたすら怖かったという主観の声の方だ。(2016.6)
    普天間基地の周囲には小中学校と高校、大学あわせて18校。日に平均80回、軍用地が離着陸。最近ではその三分の一がオスプレイ。
    鹿児島県の馬毛島、北海道の苫東、実はどちらもアメリカが提案したのを即座に日本政府が潰したらしい。なにがなんでも基地は沖縄という姿勢が透けて見える。アメリカ軍属による女性殺害に講義するために六万五千人が集まった県民大会。
    騒音や犯罪、事故の危険など基地の問題を訴えれば訴えるほど、そんな危ないものは御免だと本土の人は言う。では沖縄はどうすればいいのだ?(2016.7)
    日本の小説では主人公の男性はもっぱら姓で呼ばれ、女性の方は名で呼ばれる。瞬間的にそうなっている。
    フィンランドの外交官の半分が女性。日本の場合は外交官の中で女性はわずか5.3%、韓国では外交官試験合格者の七割が女性。
    奈良時代から平安時代まであんなにたくさんいた女性の歌人や作家がある時期から急に姿を消した 『万葉集』から『源氏物語』や『枕草子』へ、女性は大いに活躍。紀貫之などそれにあやかりたくて『土佐日記』を女性になって書いたほど。
    (ガラスの天井、2017.1)
    元沖縄県知事大田昌秀が残した「平和の礎」の意味 沖縄人も本土人もアメリカ人も朝鮮台湾の出身者も、ともかくあの時期にあの島で戦闘で亡くなった人たちすべての名を調べ上げて記す。名前の追及の努力はずっと続いている。(火に包まれた世界で、2017.7)

  • 池澤さんの怒りが詰まったエッセイ集。
    とても明快な文章で、思考がよく伝わる。
    全てに同意というわけではないが、多くのことは近い感情を持っているので、自分の思考も再確認できた。
    今、何が終わって何が始まるんだろうなぁ…。

  • 池澤夏樹さんが、朝日新聞に2013年〜2017年に月1回掲載されたコラムをまとめた本です。
    1つ1つがどれも、心に訴える内容でしたが、原発問題と沖縄の米軍基地問題、難民問題が特に考えさせられました。

  • 改めて読み返すとこの本の中で池澤夏樹は実に巧みにこちらを挑発する。いや、もちろん下品にこちらを煽ったりそそのかしたりするのではないが、それでいて彼の意見は「御高説」に留まるものではなくこちらにもヴィヴィッドに「おかしいと思わないか」と問いかけてくる、「活きた」ものであることが印象的に感じられた。初読の時に感じた何でも安倍政権やトランプ政権をディスる方向性に抱いたかすかな違和感/疑問は変わらない。でも、池澤夏樹は独善に閉じこもりワンパターンな意見を押し付ける論者ではないことが確認され、それが清々しく思われる

  • 2013年4月から2017年12月までのコラム集だが、いろんな事件や話題があったことを思い出しながら読んだ.コラムをまとめることは、その時点での事象を総合的に概括することになるので、非常な労力を必要とすると感じた.世界各地に実際に居住した経験で、個々の事象を見ている視点が良い.旅行者の見方とはかなり違うと感じた.

  • 三回忌の後で
    憲法をどう論じようか
    ホモ・エックスとの共生
    伊勢神宮というシステム
    名誉ある敗北
    快適な都市の設計
    希望の設計と未来図
    社会主義を捨てるか
    高千穂の夜神楽
    ギリシャの不幸と財政ゲーム〔ほか〕

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著者プロフィール

1945年生まれ。作家・詩人。88年『スティル・ライフ』で芥川賞、93年『マシアス・ギリの失脚』で谷崎潤一郎賞、2010年「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集」で毎日出版文化賞、11年朝日賞、ほか多数受賞。他の著書に『カデナ』『砂浜に坐り込んだ船』『キトラ・ボックス』など。

「2020年 『【一括購入特典つき】池澤夏樹=個人編集 日本文学全集【全30巻】』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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