朝鮮と日本に生きる――済州島から猪飼野へ (岩波新書)

著者 :
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  • Amazon.co.jp ・本 (304ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784004315322

作品紹介・あらすじ

日本統治下の済州島で育った著者(一九二九〜)は、天皇を崇拝する典型的な皇国少年だった。一九四五年の「解放」を機に朝鮮人として目覚め、自主独立運動に飛びこむ。単独選挙に反対して起こった武装蜂起(四・三事件)の体験、来日後の猪飼野での生活など波乱万丈の半生を語る詩人の自伝的回想。『図書』連載に大幅加筆。

感想・レビュー・書評

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  • もう既に韓国に20回以上も渡り、主に歴史と平和の施設を巡って来た私なのに、島民の三万人以上も犠牲になったと云われる1948年の「四・三事件」については、今まで記念碑一つ、展示の一つも見たことがなかった。よって、名前だけは聞いていたが、そのほとんど全貌を、この著名な在日詩人によってここまで知らされることになるとは、読んで見るまで全く想像出来ていなかった。もっと緩やかな回想記を想像して読み始めたのである。

    私は、前々回の長い韓国旅行の終わり頃に、筏橋(ボルギョ)で、麗水・順天(ヨス・スンチョン)事件から始まり智異山ゲリラ抗争に取材した「太白山脈」の存在を知った。あの小説は「四・三事件」「麗水・順天事件」が潰された直後の1948年から始まる。日本で見ることもない骨肉相喰むどろどろとした闘いに圧倒され、私は小説ではない、歴史的な事実の展示を急遽探して麗水・順天を回った。そして虚しく帰った。

    この回想記には、当事者だけが語れる、圧倒的なリアリティある「証言」があった。私は小説「太白山脈」には誇張があるのではないかと、まだ疑っていたのだが、誇張はほとんどないことを確信した。8.15の直後に踊り狂うほどに喜びを爆発させた庶民、独立のために奔走する知識人、いち早く復活した共産党員、一時期鳴りを潜めた親日右翼は半年もせぬうちに親米右翼として復活する、米軍の思惑、ソ連の思惑、叩き上げの共産党員朴憲永と急進共産党員金日成との共同と決裂、裏切り、爆発する暴力の犠牲者たち、ホントに何万人もが数日の間に同族同士が殺しあってそれが歴史の闇に消えてゆく。「太白山脈」とほとんど同じことがその2年前の済州島で繰り広げられていたのである。

    戦前の日本共産党もそれを弾圧する側も、党員は特に自らの命を削る活動をしていたが、最後まで武器は持たなかったし、持てなかった。朝鮮共産党はしかし、武器を持ち、持たざるを得なかった。それが決定的だったのだろうか。わからない。そしてその違いが何処から来たのか、私は展開出来ない。しかし、その違いが圧倒的な大きな悲劇となって、朝鮮民族に大きな「恨(ハン)」を残していることは確かだろう。

    その一翼に戦前の日本軍国統治が影を落としてはいるが、さらに大きな影を落としているのは、米軍であり、親米の右翼たちだった。そのことの解明は、しかしこの新書の役割ではない。この新書で、私は「四・三事件」の詳細を知った。今度はせめてこの書を持ちて済州島を歩かねばならないと思った。

    この書の本題からは少し離れるが、1929年生まれの金少年が、いかにして皇国少年になったかの記述はとても興味深かった。それは、暴力によってよりもむしろ童謡や抒情歌と云われる歌や「日本語教育」によってなったという。

    人間が変わるというのはそのような過酷な暴圧や強制によってよりも、むしろもっとも心情的なごく日常次元のやさしい情感のなかで、そうあってはならない人がそうなってしまうのですね。(53p)

    詩人は言葉に敏感であると共にとても厳しい。蓋し、尊重す可きだろう。
    2015年6月8日読了

  • 済州島は「韓国のハワイ」とあります。ウイキで検索してみましたら景色がいいですね。

    韓国の高校生がその島へ修学旅行中、船の転覆事故(セウォル号沈没事故)にあい死者負傷者多数、日本でも大きなニュースになり知られるようになりました。

    朝鮮半島の先にある日本に近い小さな島、この書で知りましたが、戦前戦後を通して公式非公式「表裏取り混ぜて」、島民が日本にたくさん入国している縁があるということに、なるほどと思いました。

    東西冷戦下での国家成立に際して朝鮮半島が混乱、離れ島故の陰惨な闘争があり、虐殺事件が起こり、その中で作者が経験したことと、その後たどらなければならなかった波乱な人生の回想録です。

    常々、朝鮮半島が二つの国に別れなければならなかった経緯をたどる時、東と西に分かれて戦ったという単純なことではないとは思います。

    日本統治下、日本語で生育し自我に目覚めた時は日本の世界だったということ。そして18歳の時に日本の敗戦によって突然「解放」されてしまって戸惑う青年著者。この子供のころの記憶、詩人でもあるがゆえに切々と書いてある様子は読んでいて胸迫るもの。

    次第に朝鮮人としてアイデンティティを取り戻すも、東西冷戦下、本土(半島)から蔑視されている離れ島、島内は混乱状態になる悲劇。

    その辺の事情・事件が事細かく書かれているのですが、その様相はちょっと想像を絶するしつこい残虐さなので、人間の「ごう」について考え込まされます。

    闘争に巻き込まれ、官憲に追われた著者が済州島を脱出して日本に逃げてくる描写は不謹慎ながら映画のように迫力がありぐんぐん読ませ、しかし、その後大阪でいろいろ苦労しながらも人生をおくれたのはさいわいでした。

    幼いころの日本語教育、日本に逃げなければならなかったために日本に住み続ける葛藤。

    時の権力者の意向、政治によって国の方向性が決まるのは摂理。仕方がないこととはいえ、翻弄される個人。哀しみを覚えて読了しました。

  • イ・ジュンソプにしても、著者にしても、日本の植民地時代、四・三事件、国家樹立、朝鮮戦争、軍事政権下、民主化の流れに生涯が合わさって、振り返ることも辛いことだけれど、記し残す決意も伝わりました。済州島のことをさらに知りたくなりました。

  • 在日朝鮮人で詩人の著者による若き頃の半生記。日本の植民地から解放されてすぐの済州島で「四・三事件」について知ることができたら、また、アカとして追われる身ゆえに日本に逃避行し、以後日本で生きてきた文化人の目から見た当時の鶴橋・猪飼野あたりの様子を知ることができたらと思って読んでみた。
    主観的な視点で書いているので「四・三事件」の全容を知るには不向き。一個人がああいう惨禍のなかをどのように生き抜いたかといったことは何となくわかるけれど。鶴橋や猪飼野の様子についても、日本に来てからのことにあまりページが割かれていなくて消化不良な感じ。

  • 済州島で生を受け、朝鮮併合による皇国教育によって、皇国少年となっていた金時鐘少年は、日本の敗戦で180度変わってしまった世界に生きざるを得なかった。日本語からハングルへ、済州島弁を正しい韓国語にと。北と南の政治情勢から、島として離れていた済州島は全島あげて民主化を目指したが、それは米軍政と右翼勢力からは共産勢力とみなされ、4.3事件という惨劇が起こった。ようやく日本に逃れた筆者は、猪飼野で在日としての生活をはじめ、文化教宣、教員、詩人として生きてきた。今回筆者の回想記を読んで、済州島での出来事を初めて知った。隣国についてもっと知らなければいけないことが沢山あるのだろう。

  • こうして語られていない人生が多くある

  • これまで著者がこうしたものを書かなかった理由がよくわかる真正の自伝。戦争、革命、非合法活動、暴力、裏切り、テロ、殺戮、亡命、教育と、ありとあらゆる「政治的」な行動が続く。読みながら、もちろんいろいろなことを考えるけれど、目の前で自分の同士が殺され、その後、自分だけが生き残るという経験は、その後の人生に何を与えるのか、ということが最後まで気になった。

  •  固く心の奥底に沈めてきた記憶を初めて語った本。良心のうずき。「運命の紐」で生かされてきた。良心と運命の導きが精神的自由を引き寄せた。そのことが「在日を生きる」という自身の精神生活の指針を与えてくれた。その代わり、生活の苦労を強いられることになったが。

  • 詩人がどのように生まれたのか、その人生がいかに苛酷な時代を生きたのか、個人的な体験と歴史的な大状況を語って、胸打たれました。

  • 勉強になりました。

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著者プロフィール

1929年朝鮮・元山市生まれ。著書に「猪飼野詩集」「光州詩片」「原野の詩」(小熊秀雄賞第一回特別賞受賞)、評論集「『在日』のはざまで」(毎日出版文化賞受賞)他

「年 『草むらの時』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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