歌行燈 (岩波文庫)

著者 :
  • 岩波書店
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感想 : 13
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  • Amazon.co.jp ・本 (160ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003600283

感想・レビュー・書評

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  • なんなんだこのカッコよさは。。
    他に類を見ない研ぎ澄まされた文章に
    ただただ圧倒される。
    泉鏡花はもはや自立した
    一つのジャンルという感覚になる。


    物語は、
    「東海道中〜」の弥次喜多ごっこをしながら
    旅をする老人2人と、
    饂飩屋に訪れた流しの歌い手、
    A面B面のふたつのストーリーで
    のらりくらりと始まる。

    出だしは私には読みづらい。
    110年前の文章という以上に、
    主語と述語が数珠つなぎのように連なってゆく
    独特の文体がそうさせるのであろうか。
    要所要所の描写の美しさに
    ハッとさせられながらも、
    人物や出来事を正確につかむのにも
    ちょっと苦労する。
    出だしというか中盤くらいまでは、
    やや根気で読み進む。

    しかし、物語も後半に差し掛かってくると、
    次第にA、B両面の物語は交錯し、加速し、
    ちょうど歌舞伎や大相撲の、次第に早くなる
    拍子木の音を聞いているように、
    目まぐるしく交代のリズムを速めながら、
    最後の一点に向かって収束していく。
    そして、ついに両者が重なったその一点で、
    ピタリと物語が幕を引く。

    その間の描写の、比類のない美しさと緊張感、
    弛みなく最後の一点へと上り詰めていくリズム感。

    もはや電車を降りても読むのを止められず、
    吸い込まれるように一気に読み終えた。
    後には只々ため息がでるばかりである。

    「高野聖」も最後まで完璧な筆さばきの
    見事さが忘れられないが、
    この作品も同じような凄みを堪能できる。
    全部で99ページと短いし、大満足で、
    誰かにお勧めしたい一冊。

  • 黙って読むというよりは声に出して読みたい作品だ。ただやっぱり註釈のページとパタパタしながら読み進めたので、本の薄さの割に時間がかかった。

    自然主義真っ盛りの明治中期にまったくそぐわない戯作的な味わいでありつつ、2ヶ所で展開されていた話がひとつに交わるカタルシスが組み込まれているのだから、やはり技巧的な明治の作家の仕事だ。

  • 日本語がうつくしく、描写も目に浮かぶようだけれど、解説を読まなければ理解が追いつかないところもあった。
    桑名の湊屋に泊まる二人の老爺の前で芸妓が舞う話と、饂飩屋で門附が按摩を殺したことを白状する話との、二つの糸を端からたどると実は一本の糸だったというような。門附が按摩を殺した理由を語る場面、お三重が辛い過去を語る場面は、ぐっと引き込まれた。『東海道中膝栗毛』の引用も多々あり、物語のベースになっているので、そちらも読んでみたい。

    主要登場人物
    ▷恩地源三郎
    月の影には相応しい、真黒な外套の、痩せた身体に些と広すぎるを緩く着て、焦茶色の中折帽、真新しいはさて可いが、馴れない天窓に山を立てて、鍔をしっくりと耳へ被さるばかり深く嵌めた、あまつさえ、風に取られまいための留紐を、ぶらりと皺びた頬へ下げた工合が、時世なれば、道中、笠も載せられず、と断念めた風に見える。年配六十二、三の、気ばかり若い弥次郎兵衛。さまで重荷ではないそうで、唐草模様の天鵞絨の革鞄に信玄袋を引搦めて、這個を片手。片手に蝙蝠傘を支え・・・

    ▷辺見秀やがて七十なるべし。臘虎皮の鍔なし古帽子を、白い眉尖深々と被って、鼠の羅紗の道行着た、股引を太く白足袋の雪駄穿。色褪せた鬱金の風呂敷、真中を紐で結えた包を、西行背負に胸で結んで、これも信玄袋を手に一つ。片手に杖は支いたけれども、足腰はしゃんとした、人柄の可いお爺様

    ▷恩地喜多八
    目鼻立ちのきりりとした、細面の、瞼に窶は見えるけれども、目の清らかな、眉の濃い、二十八、九の人柄な兄哥

    ▷お三重
    襟足白く冷たそうに、水紅色の羽二重の、無地の長襦袢の肩が辷って、寒げに脊筋の抜けるまで、嫋やかに、打しおれた、残んの嫁菜花の薄紫、浅葱のように目に淡い、藤色縮緬の二枚着で、姿の寂しい、二十ばかりの若い芸者

  •  泉鏡花は『外科室』を読んで甚く加盟を受けて以来。
     これは読み辛さが気になってしまった。最後の源次郎と喜多八が謡うシーンとその後に予想される展開はぐっとくるものがあるし、芸へのこだわりは素敵なんだけど、その芸の中身はよく分からんかった。ストーリーよりも雰囲気、な話だと思うので、これは致命的。私のこの時代や能楽に関する教養がないのが悪いんだけど、それでも正直メ本当にチャクチャ読み辛い。
     映像で観てみようかと思ったけど、流石に動画配信サイトでは対象になっていないみたいだ。うむむ。

  • 洒落ていて、意気で、文化の下地があって。歌を歌うように聞くように、酔いしれながら読み進めた。また、背景にあるだろう知らない深みを想起させられて、しんみりするとともにどきどきして。岩波文庫で集めはじめた、分け入りはじめた鏡花世界が、九冊目にしてまた、さぁっ、と新しい景色を開いてくれた感じがとてもうれしい。知らない部分のほうがまだまだきっと圧倒的に多いけれど、少ないながらも読んだなかから感じている、鏡花の著作に通ずる一本の線のようなものがあって。それが背中を走る喜びと言ったら! 悲劇におけるカタルシス、のようなものなのかもしれない。いや、舞台といったほうが適切か? いずれにしても魅力的。全集にもそろそろ手を伸ばしたいけれど、こちらの文庫本も、二解説とともに末永く持ち歩きたい一冊である。

  • 『東海道中膝栗毛』になぞらえながら旅をする愉快な老人ふたり。ふたりの乗った人力車は旅芸人の横を通り過ぎる。その旅芸人は酒をあおりながら告白する。
    「私はね…お仲間の按摩を一人殺しているんだ。」
    一方、近くの宿に泊まった老人ふたりは、座敷に呼んだ芸妓の身の上話に耳を傾ける。

    『膝栗毛』を引用した軽妙な出だしから一転、月明かりと町の行燈のもと、旅芸人と芸妓の語りが交錯する。文章も美しくリズミカルで、鏡花ならではの耽美的な作品。自然主義全盛の時代にありながら、自らの作風を貫いた泉鏡花の代表作。

  • そこはかとなく暗くてじめじめした社会と世相を背景にこれまた陰湿な物語が二つ進行していく映像を見ているかのような錯覚を伴いながら恐る恐るページをめくるというちょっと不可思議な読書体験を味わえる作品。しかも鏡花の磨きかけたかのような文体にますます雰囲気が冷気を帯びていくような感じもまたをかし。
    ーーーーー
    「私はね……お仲間の按摩を一人殺しているんだ」。月冴えわたる桑名の夜、流しの若き旅芸人が酒をあおりつ語り始めたのは、芸への驕りが招いたある出来事。同刻、近くの旅宿では、二人の老客が薄幸な芸妓の身の上話に耳を傾ける。揺らめく町の行燈。交錯する二つの場の語り。それらが混然と融合した時、新たな世界が立ち現れる。

  • 「傍に柔かな髪の房りした島田の鬢を重そうに差俯向く……襟足白く冷たそうに、水紅色の羽二重の、無地の長襦袢の肩が辷って、寒げに脊筋の抜けるまで、嫋やかに、打悄れた、残んの嫁菜花の薄紫、浅葱のように目に淡い、藤色縮緬の二枚着で、姿の寂しい、二十ばかりの若い」芸者

    修飾語!



    一回めはとりあえずもう意味がわからないまま読み切った。二回めでびっくりするくらい飲み込めた。そしてこれが代表作の一つと言われているのも納得できた。ただ、やっぱり難しい。特に今作は能と『東海道中膝栗毛』が話の骨子に深く組み込まれていて、どちらにも知識を持ち合わせぬ者はそれだけで気後れがする。実際読んでみると、別に能も膝栗毛も知らないが筋はわかる。わかるが、知っていると恐らくもっと深く味わえるのかなとも思う。

  • 東海道中膝栗毛のオマージュがそこかしこにあって、元ネタが分かるとかなり楽しいです。
    泉鏡花独特の、そのまま舞台にできそうなあの雰囲気は、唯一無二だと思います。

    外科室が際立った美しさとしたら、私の中で歌行燈はちょっとエンタメでした。
    どちらも良いです。

  • 幻想的な情景描写で、読んでうっとりする大好きな作品。文語体ならではのリズム感も心地よく、泉鏡花の美しい句を日本語で読めるのは日本人の贅沢。

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著者プロフィール

1873(明治6)年〜1939(昭和14)年)、小説家。石川県金沢市下新町出身。
15歳のとき、尾崎紅葉『二人比丘尼色懺悔』に衝撃を受け、17歳で師事。
1893年、京都日出新聞にてデビュー作『冠弥左衛門』を連載。
1894年、父が逝去したことで経済的援助がなくなり、文筆一本で生計を立てる決意をし、『予備兵』『義血侠血』などを執筆。1895年に『夜行巡査』と『外科室』を発表。
脚気を患いながらも精力的に執筆を続け、小説『高野聖』(1900年)、『草迷宮』(1908年)、『由縁の女』(1919年)や戯曲『夜叉ヶ池』(1913年)、『天守物語』(1917年)など、数々の名作を残す。1939年9月、癌性肺腫瘍のため逝去。

「2023年 『処方秘箋  泉 鏡花 幻妖美譚傑作集』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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