けものたちは故郷をめざす (岩波文庫)

著者 :
  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (320ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003121412

作品紹介・あらすじ

満州に育った日本人少年・久木久三は、1945年8月、満州国崩壊の混乱の中、まだ見ぬ故郷・日本をめざす。荒野からの逃走は、極限下での人間の存在を問う実験的小説であり、サスペンスに満ちた冒険譚でもある。故郷、国家…何物にも拘束されない自由とは何か。人間のあり方を描き出す安部文学の初期代表作(解説=リービ英雄)。

感想・レビュー・書評

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  • 満州で日本人の両親から生まれ育った少年。ソ連軍の参戦・敗戦・中国内部の対立。満州国は崩壊していく。少年は、混乱の中、日本人の集団から取り残される。
    少年は、不自由ではあるが、ソヴィエト人に匿われて生活していた。しかし、日本を目指して、一人で逃避を決意する。果てしない雪原、飢え、人への不信感。人間の尊厳を放棄するほどの過酷な逃走に終わりが見えない。
    敗戦後、満州からの引き揚げ体験を描く引揚文学とされているが、最後まで読めば引揚のルポ的作品ではない事がわかる。少年は、もはや何を目指すかさえも見失う。共に雪原を南下する正体不明の男に裏切られて騙されても離れられない。反抗と服従。依存と共存。「砂の女」との共通点かと思う。
    日本へ、日本人になるため、自由を得るため、そして生存するため、けものとなる。

    新潮文庫の登録がないのー。もう、読まれないのかなあ。

  • 既読だったが、「安部公房 岩波文庫初収録」という理由だけで買った一冊。(尚、購入後、自宅本棚に1994年7月 21刷の新潮文庫版があるのを確認した)

    当時どんな感想を持ったのか覚えていればよかったのだけれど、あいにくワタシのメモリーは極小でほとんど覚えていない。(…ということを考えると、いかに拙文であっても本を読むたびにこうして記録を残しておくことの意味はやっぱりあるよな、と独りごちた。)

    さて、本題。
    満洲国に住む少年・久木久三が、まだ見ぬ祖国・日本を目指す。進む道は中国大陸の荒野。時は、満洲国が消滅し、毛沢東・八路軍、蒋介石・国民軍、そしてソ連軍の三者がどこのものでもなくなった土地に入り乱れていた真っ只中。
    この状況の下、正体の知れない道連れと共に道なき道を進む久三の苦悩が痛く、辛い。冒険譚と言えば冒険譚。それも、かなり過酷な。
    でも、読み進めるにつれ、冒険譚という思いは徐々に薄くなり、替わって久三のアイデンティティに思いを寄せるようになってゆく。自分が暮らし育った地は(満洲国という名の)日本であったのに、ある時突然そうでなくなった。かと言って、そこがどこか別の国になったのかと言うと、それも否。『アイデンティティが人を殺す』(アミン・マアルーフ)では、帰属先は国家でも民族でも構わないという主張がされていたが、久三はその帰属先を完全に失った。自分は一体何者なのか?という思いが焦りになり、そして“けもの”になる。最後の3行は壮絶。悲痛な余韻。

  • 満州で生まれ育った久木久三。敗戦後、故郷・日本を目指して南へと逃走する。棄民の息苦しさとまだ見ぬ望郷の念を抱え、寒さと飢えのなか荒野を彷徨う不条理。それを乗り越えても、さらなる不条理が作動する。であるがゆえに最後の台詞がいつまでも胸に残る。

    「…ちくしょう、まるで同じところを、ぐるぐるまわっているみたいだな……いくら行っても、一歩も荒野から抜けだせない……もしかすると、日本なんて、どこにもないのかもしれないな……おれが歩くと、荒野も一緒に歩きだす。」

    不条理の先にあったものは、社会性を剥ぎ取られた、理性を失った獣のような人間の姿だった。まとめると救いのないあらすじだが、それでも物語の運びはスリリングで、頁をめくる手が止まらなかった。小説としても抜群におもしろい。安部公房の長編のなかで最高傑作の誉れが高い理由もよく分かる。

  • ヤマザキマリさんの本の中で、自分の人生を変えた本、として紹介してあったので、読んでみた。

    満州国で生まれ育ち、敗戦とともに国家に置き去りにされ、両親に死なれた日本人少年が、1945年の満洲国消滅から、1949年の中華人民共和国建国の間の、無政府状態の1948年に、ソ連の拠点を脱出して日本に(ほぼ)到着するまでの冒険譚。

    島国日本とは全く異なる圧倒的な風景に加えて、国家不在の人間社会における相互不信と裏切りの連鎖で、終わり方もこんなだとは露とも思わす、衝撃的だった。

    極限状態においては、ひとはけものに戻る。

  • 第二次大戦終戦直後の満州を舞台にした物語。
    主人公である久木久三少年が、まだ見ぬ日本の地に帰るべく旅をするが、冒険譚のようなワクワクストーリーではない。他の安部公房作品にあるような幻想的要素は鳴りを潜めていて、ひたすらリアルで厳しい。
    同胞である日本人や日本軍を頼ることができず、頼る先がアレクサンドロフ中尉や記者の汪というのが何とも皮肉。
    かわり映えのしない荒涼とした風景の猫写や、徐々に衰え狂いながらも、なお故郷を目指す者たちの描写が凄まじい。
    家族を失い故郷に帰るあてを無くした者の行きつく先は、剥き出しの獣ということなのかと感じた。

  • 世間的によく知られている作品群よりも前に書かれた小説だそうで、作風もだいぶ異なります。あのシュールさはありません。
    ですが、これも深く考えさせられる小説であることは間違いないです。
    旧満州国で生まれ育った少年が、終戦と共にソ連の支配から脱出し日本を目指す、過酷な道行を書いたものです。
    この小説のテーマは、主人公が踏んだことすらない「故郷」に何を求め、何から逃げ出したのか?というところに尽きると思います。そこそこ親切だったソ連将校たちとの生活から、日本人のいる場所や、内地を目指す彼。しかし、一つの社会を脱しても、また別の社会に帰属する以上、そこには人間が寄り合うことで避けて通れない制約がつきまとうものです。そのことが、人間の生命の灯火が皆無の荒野を抜けて辿り着いた先で、明白に対比される。
    加えて、主人公は同行者から名前を騙られたり(そもそも逃避行中は人間がほぼいないので名前に意味がない)、日本人社会からも拒否されたりします。故郷とは?アイデンティティとは?帰属するとは?…と、かなり考えさせられます。戦争がこんな状況を現実にしてしまうということも恐ろしいです。

  • 高は最後の力をふりしぼって、まっすぐ立ちつづけていた。
    まっすぐに立つことこそ、人間の尊厳の度合いだというのが、日頃の彼の信念だったのである。
    たぶんそれはぜんぜんの間違いではなかっただろう。
    彼は直立しているつもりで、実はおかしいほどぐらぐら揺れ続けていた。

  • 日本を知らない満州生まれの日本人の少年が、両親を失い、戦後日本を目指す。日本の敗走で誰の土地でもなくなった場所で、国府軍、八路軍、そしてロシアが相対する様子は、現代の地域紛争に”代入”しても十分に理解でき、緊張感が伝わる。

    でも何より、少年が一人の男と共に町を目指して延々と歩く、荒漠とした風景の描写が震えるほど恐ろしい。もちろん、島国の日本で生まれた戦争を知らない私が読むからだろうが、何もない、人がいない、飢えと低温と狼の恐怖と闘いながら、人がいる場所を目指す、という行程は悪夢だ。

  • 913-A
    文庫

  • 圧倒的な描写力で、最初のページから読む者は一気に中国大陸の広大な荒野へと投げ込まれる。
    最初から最後まで、少年の行動を駆動している「日本」への思い入れが心に引っかかる。故国とはそれほどまでの憧れを生ぜしめるものなのか。どうしてそんなにも故国を目指すのか。やっと、その故国に踏み入れたとき、憧れの故国にの人間たちはいかなる仕打ちをもって少年の思いに応じたのか。重い読後感が残る。

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著者プロフィール

安部公房
大正十三(一九二四)年、東京に生まれる。少年期を旧満州の奉天(現在の藩陽)で過ごす。昭和二十三(一九四八)年、東京大学医学部卒業。同二十六年『壁』で芥川賞受賞。『砂の女』で読売文学賞、戯曲『友達』で谷崎賞受賞。その他の主著に『燃えつきた地図』『内なる辺境』『箱男』『方舟さくら丸』など。平成五(一九九三)年没。

「2019年 『内なる辺境/都市への回路』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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