富嶽百景・走れメロス 他八篇 (岩波文庫)

著者 :
  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (238ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784003109014

作品紹介・あらすじ

太宰治が短篇の名手であることはひろく知られているが、ここに収めた作品は、いずれも様々な題材を、それぞれ素材にふさわしい手法で描いていて、その手腕の確かさを今さらのように思い起こさせる。命を賭した友情と信頼の美しさを力強いタッチで描いた「走れメロス」をはじめ、戦前の作品10篇を集めた。

感想・レビュー・書評

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  • 教科書にも載ってあるとても有名な作品をまだ
    読んでないことに気付き、急いで買いました。
    「走れメロス」をまだ読んでいなかったとは、かなり自分でも意外でした。冒頭の有名なフレーズが「メロスは激怒した。」から始まるのですが、妹の結婚式のために、3日間のあいだ、竹馬の友であるセリヌンティウスを人質にささげ、ひたすら
    走り続けるメロス、その疾走感と、セリヌンティウスとメロスの友情にも注目してほしい。
    今回一番私の中で、心に響いた作品が、「富嶽百景」で、太宰治が、山梨県にある御坂峠の茶屋にて、執筆活動中の出来事を描いているのですが、その茶屋で出会う人々との交流がとても微笑ましくて、闇の太宰治がここで払拭されている印象がありました。最初富士山の形があまり気に入らないようなことが描いてあったのですが、その風景に触れていって、太宰の中で何か変わったのか、そこも注目ポイントです。茶屋の娘との交流がとても良かったです。

  • 富士山について書かれたものが読みたく、未読だった「富嶽百景」目当てにこちらを。
    他にも未読のものが結構あり、カラーも様々で面白かった。
    何度読んでも「駆込み訴え」の迫力はすごいな。

  • 表題作の他、女生徒、ロマネスク、東京八景など10作の短編集。
    太宰の短編はどれも好きだけど、特に印象的なものをメモ。
    『富嶽百景』…最初は富士の一辺倒な姿を横目で見るような様子だった主人公は、茶屋の人々や彼を訪ねてきた人々との交流を通して少しづつ富士の様々な表情に触れ、心を許し始める。富士はそこにあるだけでいい。
    『走れメロス』…学生の時に初めてこの作品を読んだ時はメロス身勝手、という身も蓋もない感想だったけれど、年を重ねてこの直球の友情ストーリーが沁みるようになった。
    『女生徒』…思春期特有の揺れを表現する秀逸さ。この危なっかしい様がまた魅力。
    井伏鱒二のあとがき…太宰とのエピソード。不思議と愛を感じる。

    読む度に違う印象や感想を持たせてくれる作品。何度も読み返したい。

  • 駆け込み訴えの話や東京八景など、状況による人の感情の揺れが激しく描かれていた。どうしようもなく追い詰められていく中での逃げる弱さ、その弱さにも立ち向かえないやるせなさ、誰もが大なり小なり持ったことのある情動が描かれていて、不快な部分もありつつ共感もできる不思議な感覚だった。

  •  この短編集は太宰治の戦前に書いた短編を集めたもののようですが、東京八景と井伏鱒二の解説を読むとこの当時の太宰治の生き方がよくわかります。富嶽百景を描いた時の状況がわかって面白い。
     太宰治の本は、彼がどんな精神状態でどんな生活をしながら描いたものであるか分かると、より面白く読めます。

  • 二十年以上前に読んでいたのだが、なんだか無性にもういちど「富嶽百景」を読みたくなって本書を手にとった。ふと再読の思いが募る作品というのは、私には稀である。自分にとって「富嶽百景」がfavoriteであることに気づいた。
    再読。ユーモアがあり、爽やかな明るさに包まれていて、読んでいてハッピーな心持になった。

    この文庫は全10編を収めている。「女生徒」や「きりぎりす」などもあり(いずれも女性の告白体小説)、初めて太宰に触れる人には、親しみやすいセレクションのはず。

    あとがきは、井伏鱒二氏の筆。心憎い。(ご承知のように『富嶽百景』には井伏氏との師弟関係も描かれている。)ここで井伏氏は、初めて太宰青年と出会った頃の思い出を書いている。太宰なる青年から手紙が届くのだが、返事を出さずに居たところ、強硬な内容の手紙が届いたという。
    「会ってくれなければ自殺するという意味のものであった。私は驚いて返事を出した。」とある。
    面白い。

  • 女学生、駆け込み訴えあたりはすごいと思う。

  • 戦前から戦後にかけて活躍した日本を代表する文豪の一人、太宰治の短編集。
    太宰治として作品を発表した最初期から、戦争が始まる前までに書かれた10篇が取り上げられていて、その中には、『富嶽百景』、『女生徒』、『走れメロス』と、読むべき名著が複数抑えられています。

    なお、この10篇の短編が発表されるまでに間に、太宰治は女性を変えて2度の心中騒動と一度の自殺未遂を起こします。
    また、私生活を川端康成に批判され第一回芥川賞を落選したり、鎮痛剤のパナピール中毒になったりと、周囲から見るとかなりお騒がせな時期でした。
    ただ、その後、井伏鱒二の紹介によりささやかな結婚式を行い、甲府に移り住んでからは安定し、名作を次々発表します。
    本作収録作品も、その頃に書かれた作品が多く収録されていて、氏の序盤からある意味で最盛を誇った時期までの作品を時系列で追うことができるため、とても良い作品集だと思いました。
    読みながら「この頃の太宰治は」と、巡らせてみるのも面白いと思います。

    各作品の感想は下記の通りです。

    ・魚服記 ...
    太宰治の最初期の作品。
    デビュー作の"列車"発表からほどなく本作も同人誌『海豹』に掲載されたので、ほぼデビュー作と言っていい作品だと思います。
    青森県にある"ぼんじゅ山脈"内にある、とある滝壺を舞台とした作品で、一見して意味が通らないが、密かなメッセージ性を感じる内容です。
    この滝壺の近くで営業をしている茶店の娘「スワ」が主人公で、彼女は山の中でのびのび育っていましたが、ある日、毎日変わりないように見える滝の流れは、実は日々異なっていることに気づきます。
    父に「なぜ生きているのか」と暴言を吐き、そして最後は、驚きの展開になります。
    検索すると、父子相姦を暗喩しているという意見が多かったですが、私はシンプルに、この娘が成長したのだろうなと思いました。
    デビュー作と思えないほど読みやすく、面白い作品です。

    ・ロマネスク ...
    1934年11月 同人誌『青い花』に掲載された作品。
    巻末の井伏鱒二氏の解説では、本作が尾崎一雄氏により取り上げられ、太宰治は文壇上で著名になった様子です。
    内容は3章に分かれていて、それぞれ主人公が異なり、各々の個性的な物語を繰り広げ、最後に三者が偶然出会って会合する話となります。
    仙術を身につけ女子にモテるためイケメンに変身しようとする"仙術太郎"、喧嘩の達人になる修行を極めるがその機会がないまま風格だけでのし上がってしまった"喧嘩治郎兵衛"、嘘の達人である生き方に嫌気が差した"うその三郎"が各章の主人公で、三名共に非常に個性的で、またついつい笑いが出てしまうほどユーモラスな作品でした。

    ・満願 ...
    『ロマネスク』という小説を書いている「私」が、友人の医者の元に遊びに行ったときにそこに通っていた患者の話。
    3ページほどの超短編ですが、太宰治自体をモデルにしたと思われる私が、夏の三島で出会った夫婦の念願が叶う様を描いた、すっきりとした物語となっています。
    作中、患者の男性は肺を悪くしていて、医者は女性に"もう少しの辛抱だ"と叱責します。
    ちょっと奇妙なのが、本作について調べてみると、念願叶うのは夫婦の性生活であるという意見が多いです。
    普通に難病から回復し、未来に光がさした夫婦の話と読んだのですが、何か、実は作者自身の解説などがあるのだろうか。

    ・富嶽百景 ...
    太宰治の代表作の一つ。
    井伏鱒二の滞在する御坂峠の天下茶屋に逗留した3ヶ月の経験を書いた随筆的小説で、そこからは風呂屋の壁画のようなわざとらしい富士山が見える。
    当初、気に入っていなかったそこから見える富士山だが、そこであった人々や経験から少しずつ富士山に対する思いが変わっていくという話です。
    読点の多い文章が少し気になりましたが、飾らない太宰治のそのままの気持ちが書かれているように感じました。
    本作の後、太宰治は名作を数々発表します。そのきっかけが書かれている、太宰治を読む上では必須の一作と思います。

    ・女生徒 ...
    井伏鱒二の紹介でお見合い結婚をした後、太宰治は"富嶽百景"を始め優れた短編を多く発表したのですが、本作もそのときに書かれた一作。
    太宰治の代表作として挙げられる内の一作で、本作は川端康成に激励され、文壇上のポジションを築きます。
    14歳の女学生が、朝目覚めてから就寝するまでの一日を、その女学生目線で描いた作品で、女学生の独白という形となっています。
    「有明淑」という女性読者が太宰治の元に送った日記が原作で、若い女性らしい軽い文体で綴られています。
    元の日記をかなり研究したのだろうなと思いました。
    文体もですが、内容も14歳という多感な年頃のコロコロ変わる心境の変化が良く表現されていて、朝の目覚めに感動したり、キュウリの青みに悲しさを感じたり、少し前まで憎々しく写っていた母の姿が、次の場面では愛しくてたまらなくなったりと、結構忙しいです。
    そんな、事件というほどの事件も無いけど、色々大変なある非凡な一日を描いた内容となっています。

    ・八十八夜 ...
    女生徒よりさらに4ヶ月後に発表された作品。
    若い頃は新しい作風を持っていて、反逆的だともてはやされていたが、妻子を持ち、お金のために通俗小説を書いている「笠井一」という男が主人公。
    俗化してしまった自分を奮い立たせるため、上諏訪に懇意の女将のいる旅館に訪れるが、という話。
    軽快でつい笑ってしまうような作品です。
    結果として、笠井さんの冒険は成ったのですが、ひどく情けないオチが楽しい作品でした。

    ・駈込み訴え ...
    イスカリオテのユダが、イエス・キリストに対する感情、彼の非道なところを訴える、独白形式の作品。
    『新約聖書』に書かれた物語が元になっていて、ユダがキリストの会計係だったこと、キリストがユダが裏切ることを知っていたこと、マリアがイエスに香油を浴びせたことなどが、ユダの視点で語られます。
    『新約聖書』と比較して読むと、ユダによる異なる目線では、"こう見えていた"可能性が提示されていておもしろかったです。
    本作は太宰治の口述を妻の美知子が筆記して作られたことでも有名で、「全文、蚕が糸を吐くように口述し、淀みもなく、言い直しもなかった」という証言があります。
    これだけの名作をスラスラと作り出せる、氏の非凡さが感じられる一作だと思います。

    ・走れメロス ...
    太宰治の代表作として、恐らく最も有名な作品と思います。
    テンポが良く、ストーリー展開が明快で印象に残りやすく、いろんな作品でパロディにされていることで一般常識レベルで多くに人に知られている作品です。
    原作はピタゴラス派の教団員デイモンとピシアスの、同教団の結束の強さを示す逸話で、走れメロス以前に鈴木三重吉が日本に紹介していたことも有名ですね。
    冒頭の「メロスは激怒した」から始まり、結びの"勇者は、ひどく赤面した"など、短編にも関わらず名シーンも多数あります。
    何度読んでも"色褪せない名作"と呼ぶにふさわしい名作だと思います。

    ・キリギリス ...
    『駈込み訴え』のように、主人公の独白形式で語られる作品です。
    主人公は、売れないが愛しい画家を夫に持つ女性です。
    彼女は、夫である「あなた」の描いた作品に感動し、周囲の反対を押し切って結婚を決意します。
    貧乏だが、そんな生活に満たされていたのですが、ある日、「あなた」の作品は、高い評価を受けて、たちまち流行画家になっていきます。
    生活は豊かになったが、変わってゆく夫に対する妻の心情の変化が画かれていて、切ないというよりも悲壮感が感じられる作品でした。

    ・東京八景 ...
    今年32歳の「わたし」の自伝的作品。
    主人公のモデルはもちろん太宰治本人で、フランス語を知らぬまま東京帝国大学文学部仏文学科に入学し、上京したH(小山初代)と同棲を始めたところからの日々を赤裸々に記載しています。
    共産主義運動を行い留置所に入り、小山初代に裏切られて心中未遂事件を行い、大学が卒業できないことを知っていたが仕送り目的で黙っており、卒業シーズン間近に来年こそは卒業するからと泣きつく、後に『人間失格』を執筆する太宰治の、非常にらしい姿があると思いました。
    ラストは、まだ未来への希望を感じさせます。
    過去の自分を自戒の意味を込めて書き記し、今の自分を見つめ直すような、とても前向きな作品だと思います。

  • 昭和13年の初秋、御坂峠の天下茶屋に赴き、以降、冬の訪れまでの2ヶ月間逗留する。その間宿の娘さんとの交流、太宰のファンと名乗る青年との会話、先輩作家 井伏鱒二との登山に、お見合いなど、いろんなシーンで富士山と関わり、その都度富士山は姿・表情を変える。遊女の一行を見かけた太宰は哀惜の情を抱く。その時の富士は敢然と見守ってくれる大親分のようだと例える。

    僕が最もグッときた一節は次である。
     
    十国峠から見た富士だけは、高かった。あれは、よかった。はじめ、雲のために、いただきが見えず、私は、その裾の勾配から判断して、たぶん、あそこあたりが、いただきであろうと、雲の一点にしるしをつけて、そのうちに、雲が切れて、見ると、ちがった。私が、あらかじめ印をつけておいたところより、その倍も高いところに、青い頂が、すっと見えた。

    富士山を擬人化し、富士にしてやられたと高らかに笑う。ネタ振りからサゲまでを実に闊達な筆致で綴る。何度も読み返してしまう。本書には10編の短編が収録されており、富士山よろしくいろんな貌の太宰が見られる。

  • 学校の国語の試験で、作家の意図は?という問題がよくありました。
    採点結果を見ると、どうしても納得できないことがよくありました。
    本当に、作家は、それを意図したのでしょうか?
    作家の意図は単純ではないのではないでしょうか?
    走れメロスは、分かりやすいかもしれないし、太宰らしくないかもしれない。
    作品ごとに別々に読むか、作家ごとまとめて読むかは、その人の好みです。
    ただ、複数作品まとめて搭載している本を買うかどうかは、迷うかもしれません。
    富嶽百景だけでも価値はあるし、走れメロスだけでも価値はあると思います。
    両方好きになる必要はないと思いますがいかがでしょうか。

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著者プロフィール

1909年〈明治42年〉6月19日-1948年〈昭和23年〉6月13日)は、日本の小説家。本名は津島 修治。1930年東京大学仏文科に入学、中退。
自殺未遂や薬物中毒を繰り返しながらも、戦前から戦後にかけて作品を次々に発表した。主な作品に「走れメロス」「お伽草子」「人間失格」がある。没落した華族の女性を主人公にした「斜陽」はベストセラーとなる。典型的な自己破滅型の私小説作家であった。1948年6月13日に愛人であった山崎富栄と玉川上水で入水自殺。

「2022年 『太宰治大活字本シリーズ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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