憲法は誰のもの?――自民党改憲案の検証 (岩波ブックレット)

著者 :
  • 岩波書店
4.14
  • (6)
  • (5)
  • (2)
  • (1)
  • (0)
本棚登録 : 55
感想 : 8
本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています
  • Amazon.co.jp ・本 (64ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784002708782

作品紹介・あらすじ

私たちの自由や人権を守るため、主権者が為政者を縛る道具として存在する最高法規、憲法。2012年4月に公表された自民党の改憲案は、そうした立憲主義の本質から逸脱し、平和主義や基本的人権の尊重、国民主権という現在の日本国憲法の原則を壊してしまう「壊憲」案にほかならないのではないか。立憲主義を見失った改憲論議は、危うい。

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/712597

  • 現政権が改憲で何を目指しているのかを知るために読んだ本書は、そもそも憲法とはどういうものか、人権とは何か、といった根本から説明した上で、自民党の草案について評価しており、コンパクトながらも論点がしっかり整理されている。

    憲法は、守るべき価値を定めて国家権力に守らせるためのもの。筆者は、法律と憲法では矢印の方向が逆だと説明する。人には誰にでも生きていく価値があって、それはみな同じである。立憲主義は、すべての人を個人として尊重することが究極の目標である。現行憲法99条では、公務員だけに憲法尊重擁護義務を課しており、国民には課していない。公権力を行使する側にいる公務員が人権を侵害することがないようにするためであり、国民はそれを守らせる側にある。ところが、自民党の憲法起草委員会の事務局長は、立憲主義について「学生時代の憲法講義では聞いたことがない」と発言している。

    constitutionに対応する「憲法」は、聖徳太子の十七条の憲法からとったもの。十七条の憲法は、仏教の根本である平和の考え方を取り入れ、力ではなく話し合いで物事を解決することを徹底している。立憲主義は西洋の借り物ではなく、日本の伝統としてあると筆者は主張する。

    現行憲法は、人権尊重主義、平和主義、国民主権主義を書き留めている。自民党の憲法改正草案は、天皇を国の元首に位置づけてその権威を利用し、国民主権を後退させ、人権を縮小して義務を拡大し、戦争を含めた国の権力行使を容易にすることを狙っていると著者は指摘する。自民党の政治家が自分たちの作りたい国家をつくるために、国民を支配する道具としての憲法に転換するものとも言う。

    草案の前文には、日本が長い歴史と固有の文化を持つことを記載しているが、文化や伝統、価値観や評価は個々人で異なるため、それを憲法に書いてしまうと国民の間に対立が生じ、国民統合の機能を果たさなくなる。憲法は、人種、民族、宗教からも中立であるべきである。愛国心や家族を大切にする倫理的・道徳的な心情も、内心から湧き出る自発的なものであり、憲法に書けばその通りに実現するものではなく、権力が国民に押し付けるものでもない。

    立憲主義は人権保障を主眼にするものだから、現行憲法では国民の義務は、納税、教育、勤労の3つにとどめている。しかし、草案では、国防義務、日の丸・君が代尊重義務、領土・資源確保義務、交易及び公の秩序服従義務、個人情報不当取得等禁止義務、家族助け合い義務、環境保全義務、地方自治負担分担義務、緊急事態指示服従義務、憲法尊重擁護義務と大幅に増えている。

    草案には、国防軍を創設すると書かれているが、これは自衛隊の名称変更にとどまらない。国家公務員に過ぎない自衛隊には国家公務員法が適用されるが、国防軍は一般市民に適用される法とは別の軍事法規が適用される。自衛隊は海外に派遣されたときも「できること」がリストアップされるのに対して、軍隊では「できないこと」に書かれたこと以外は何でもできる。海外でも自衛隊は正規の軍隊として扱われていない。自民党の想いはアメリカとの同盟関係を強固にすることにある。現行憲法9条でできないことをできるようにすれば、アメリカからの要請を断ることはできず、すべて応じることになるだろう。

    自民党は、憲法の発議要件を緩和し、他の条項を次々に変えていこうとしている。これは新憲法の制定を目指すものと言え、99条の憲法尊重擁護義務に違反し、政治的クーデターというべきものと主張する。

    年明けから衆参同日選がささやかれている。首相は否定するが、前回も直前まで否定していた。大きな争点がないにもかかわらず、政権延命という自己都合だけで解散するような人物だから、今回もするのだろう。大阪維新も国政に進出するだろうから、改憲派が3分の2以上を獲得する可能性は十分にある。国民投票が実施されるのは時間の問題だろう。

    「現憲法は押しつけられたもの」といったナショナリズムをあおりながら、アメリカとの「同盟」を強化することを目指しているのは矛盾しているようにしか思えない。「固有の文化や伝統」といった受け入れやすい言葉を使い、国際的には「自由と民主主義という共通の理念」などという言葉を用いながら、草案には、国民の主権や自由をはく奪し、義務を押し付け、国家の道具として利用しようとする意図が明らかに見える。権力を持つ者が自分たちの作りたい国家をつくるために、思想を押し付け、国民に義務を課し、憲法の発議要件をも変えようとする姿勢は、他人を尊重しようとしない自己中心的、独善的な精神さえ感じる。国民離れした2世、3世の政治家が多くを占めてしまう選挙制度に問題があるとも思ってしまう。

    確かに、現行憲法はGHQの支配下で制定されたものである。民主主義はアメリカから与えられたもので、日本人は他国のような国民主導の民主化の過程を経験していない。しかし、制定から70年近く一度も変えられることがなかったという事実は、現憲法が国民にとって大きな問題はないと言えるのではないだろうか。人間は誰もが生存本能を持つことを認め合うのであれば、人権を尊重することは普遍的な価値と言えるだろう。和を尊いものとする日本人の伝統的な価値観は、人権や民主主義の思想と相容れると思う。何より、先の大戦の惨禍という歴史によって、現行憲法が生まれたことを日本人は教訓とすべきだろう。世界のあちこちで戦争を起こすような国との同盟を強化することは、それこそ日本人の伝統とは相容れない。

  • うーん。わかりやすいし、60頁ほどなので、じっくり読んでも2〜3時間ほどで終わります。改正草案と現行憲法の対照表など読んでる時間がない人は、特にオススメです。

    私はこの年末年始にでも、じっくり対照表。自民が出している改正草案のQ&Aを読んでみたいと思うようになりました。

  • 「伊藤真」といえば、法曹界を志す者(あるいは志した者)であれば一度は耳にしたことがある名前だろう。弁護士であり、かの有名な「伊藤塾」の塾長である、あの「伊藤真」である。

    本書は、「立憲主義」の立場をとりながら、自民党の「日本国憲法改正草案」に対して、伊藤氏が多角的に批判を加えるものである。

    憲法は主権者である国民が、権力機構である政府に対して、その権力の及ぶ範囲を制限するものである。憲法は、法律とは違い、国民が権力の側に命令をするものである。権力とは、放っておけば暴走をするものであり、憲法は、その暴走する狂犬(ホッボズの比喩を引けば「リヴァイアサン=怪物」)をおさえこむためにつける鎖のようなもの。このような憲法の大原則は、法学素人の私でも知っている近代立憲主義の大原則である。少なくともこうしたことは、法学徒や司法試験を受験するものにとっては常識であるし、大学で「日本国憲法」を履修した者(教職課程では必修)も知っていなければならないものだろう。

    そうした「立憲主義」の「そもそも論」を展開しながら、「日本国憲法改正草案」を批判するところに好感をもてたし、批判の論拠も一貫して立憲主義に依拠しているため、筋が通っていて、また理に適っていてわかりやすい。司法試験講座の名講師だけあって、というよりさすが弁護士だけあって、解説も理路整然としている。この本を読んで自民党の「日本国憲法改正草案」がいかに「立憲主義」という憲法の大原則から逸れているものか、いかに「平和主義」や「人権尊重」の立場から遠のいたものであるかが理解できた。

    ここ10年ぐらい、憲法改正は政界、言論界などで何度も熱い議論が重ねられている。こういう時代的文脈の中にあって、いつ国民投票が行われてもおかしくない状況下なので、いざと言う時に自分の意志を明確に示せるよう、こういう話題についてはしっかりアンテナを張っていたい。(にしても、憲法起草委員会の事務局長で、東大法学部卒の某議員が「立憲主義」の原則に無知であることには驚いた。)

全8件中 1 - 8件を表示

著者プロフィール

弁護士

「2017年 『護憲派による「新九条」論争』 で使われていた紹介文から引用しています。」

伊藤真の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×