破果

  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (278ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000615761

作品紹介・あらすじ

稼業ひとすじ45年。かつて名を馳せた腕利きの女殺し屋・爪角(チョガク)も老いからは逃れられず、ある日致命的なミスを犯してしまう。守るべきものはつくらない、を信条にハードな現場を生き抜いてきた彼女が心身の揺らぎを受け入れるとき、人生最後の死闘がはじまる。韓国文学史上最高の「キラー小説」、待望の日本上陸!

感想・レビュー・書評

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  • 人生の終焉が見えつつある高齢の女殺し屋の運命… 力の衰えと意地の間で揺れ動く心情はいかに #破果

    ■あらすじ
    主人公、爪角(チョガク)は、女性で高齢ながらも殺し屋として生活を送っていた。徐々に老化の衰えが見えてくる彼女だったが、いつも殺し屋の信条や心得は忘れずにいた。
    ある日、彼女は殺しの依頼でミスをしてしまい、重症を負ってしまう。殺し屋御用達の病院に駆け込み、馴染みの闇医者に治療を行ってもらうつもりだったが、治療をしてくれたのは若く穢れのない医者であった。
    彼との出会いで、人生の終焉に近い殺し屋の運命はどうなっていくのか…

    ■きっと読みたくなるレビュー
    人ひとりの人生、まるごとずっしり体験できる作品。いやぁ…痺れました。

    殺し屋の犯罪小説よくありますが、エンタメに寄せたり、ハードボイルドに決めたり、家族の絆ものが多いです。しかし本作は殺し屋ひとりの背景から、葛藤や心の機微をつぶさに綴っていく、人を描いていく物語です。

    今まではできていたことができなくなる、避けられない老い。自分とは価値観が違う殺し屋仲間との確執。何十年も守ってきた自分へのルールが揺れ動き、徐々に崩壊しつつある自分を憂いでゆく。読めば読むほどジワジワと負の情動が侵食していくんです。

    とにかく本書の読みどころは、主人公の爪角の心情描写です。
    どんな卑劣な職業であっても、愛らしいものや可憐なものには心がときめいてしまう。張り詰めた緊張感のある生活、自らの運命や約束。現実に戻ってきた時の悲しさたるやなんと切ないことか…

    また小道具の描写も非常に文芸的でイイんですよね。
    美しさと残酷さを象徴としたネイルや、熟れ過ぎた桃と自身の対比描写。我々が望む希望と現実の差が、いかに無情なものか。いつまでも春の桜のように咲いていたいものです。

    個人的な好みとしては、もう少しエンタメに寄せてくれると楽しみやすかったのですが、人の描き方やメッセージ性としては一級品でしたね。心に刺さる、めっちゃ素敵な作品でした。

    ■きっと共感できる書評
    人生いろいろな経験したり、職業についたり、人間関係を築いたり、年齢を重ねていくと、つい忘れてしまうことがある。理由は経済的な問題だったり、憎しみや辛さだったりする。

    しかし自分が大切だと思っていることは、やはり守っていくべきだと思う。
    いや、守っていくべきだと思っていること自体に価値があって、それが自分自身を強くしてくれる。決して老いは弱っていくことではなく、人格をさらに磨いていくことだと信じたいです。

  • 65歳の爪角(チョガク)は、平凡な老女かと思いきや実は45年のキャリアを持つベテランの殺し屋である。
    電車のなかから始まるターゲットを狙った行動を目の当たりにすることから始まる物語。

    だが老いを感じていた矢先にミスを犯し、たまたま秘密を共有することになった医者との出会い以降、少しずつ歯車が狂い始める。

    身体がいうことをきかなくなっただけではなく、心までもがいうことをきかなくなる自分に気づく。
    よろめく老人の姿を追い、手を貸してしまう自分に…。
    ターゲットを苦しめずに殺す方法に…。
    殺し屋になる前の自分を思い出したり、とうの昔に捨てたはずの恋慕に近い感情までもが蘇る。

    そんな爪角に敵意を剥き出しにするトゥは、彼女を挑発し最後には死闘を繰り広げることになり…。


    もともと殺し屋の素質があったのだろうかもしれないが、このような生き方しかできなかった彼女の人生に凄さや重みを感じながらも死ぬまで殺し屋なのか…と思わずにはいられない。

    印象を残すような身なりをせずに生きてきた彼女が、最後にネイルアートをした爪に一瞬だけでも輝き消えていくものに笑顔を見せたことが、少しだけわかる気がした。




  • このミス2024の海外編で韓国版ノワールとのことで興味津々。早速読んでみました。
    65歳の殺し屋女性、業界歴45年のベテランも老いには勝てず。体だけでなく心もいうことをきかなくなってきて・・・
    仕事のミス、老いの生活、
    ラスト、因縁のある若い殺し屋との闘いもヨカッタ!
    韓国の翻訳小説は初めてだったが、とても良い作品に巡り会うことができました~



  • 韓国の女性の小説家ってすごいなと思うことが続いている。
    出生率が日本より低いことから、家父長制とそれによる分断が、日本よりキツいのだろうなと、推測されるのですが、「自由を奪われている人は、自由を謳歌している人より余程、世の仕組みについて明確に知ることができる」と丸山眞男先生もおしゃっる通り、抑圧された韓国の女性作家の小説からは。鋭い人間観察と深い人生観がバシバシ感じられます。

    老境に入った女性が子どもを守るという設定は、映画の「グロリア」を思わせる。「グロリア」もメチャクチャいい映画だけど、この小説の主役「爪角」は「グロリア」よりも年齢はるかに上の65歳!なのに若い男に惚れちゃうし、急に気弱になって今までの信念を忘れちゃうし。プロとしては、ダメになっちゃったおばあちゃんなのですよ。
    その設定が新鮮!確かに男ではそういう設定はあったのだけど、女では今までなかったですね。

    エンターテイメント性を持ったノワール小説なのだけど、文学の香りが濃厚にする。
    最強ではないでしょうか?

  • 最近話題の韓国文学。
    主人公は年老いた殺し屋の女性で、何者かに狙われる彼女の戦いを描いたもの。いわゆるノアール小説ということになるのだろう。
    そこそこのページ数だが、テンポがよいのでするする読める。主人公の描き方も上手く、結末はどうなるのか、ドキドキはらはらした。
    しかしそれ以外の部分で雑だなぁと思うところも多々あり。
    読後感がよかったのが救い。

  • 65歳のベテラン女性殺し屋が主人公。とは言っても、”見かけに反してめちゃくちゃ強い”みたいな展開ではなく(そういうのも好きだけど)、加齢による体力、判断力の低下を自覚し、仕事の限界も感じる姿がリアル。
    死の入口を感じながら、変化した自分の体や意識や周囲の状況を嘆くわけでもなく、ただ受け止め淡々と現状を処理していく。かっこいい。

    あとがきによると、著者はあえて読みにくく書いているそうだけど、そんなことはなく、抑えた文章の連なりは読んでて心地良い。
    ストーリーも淡々と進むのだけど、その中で主人公の経歴、周囲の思惑が徐々に明らかになってどんどん面白くなり、一気に読んでしまった。

    私も年齢を重ねて、体力・知力の低下をよく感じるし、他人からの扱いに蔑みを感じることが増えた。爪角を心に留めていきたい。

  • 65歳の爪角(チョガク)は、一見普通の老婆だが実はいまだ現役のプロの殺し屋。しかし加齢とともに肉体や判断力の衰えを感じている。ある任務遂行時にターゲットの反撃にあい負傷した爪角は、エージェントと契約している医師のもとへむかうが、そこにいたのは事情を知らない別の若い医者カンだった。だが彼は爪角に何も聞かず傷の手当てをしてくれ、その後も誰かにそれを漏らした様子はない。一方で、同じエージェントに所属する30代の殺し屋の男トゥは、やたらと爪角に絡み、任務の妨害までしてくるように。実はトゥは爪角と関わったある過去があり…。

    65歳女性の殺し屋という設定に惹かれて読み始めた韓国女性作家によるノワール小説。クールで非情な殺し屋として孤独に生きてきた爪角のキャラクターがシンプルにカッコいい。

    貧乏子沢山の家から口減らしのために親戚に下働きに出され、そこではからずも起こってしまったトラブルにより追い出された少女時代の爪角を拾い、殺し屋の技術を仕込んだのは裏社会で生きるリュウという男。リュウは既婚者だったため、爪角はリュウへの淡い想いを押し殺して仕事のパートナーに徹していたが、仕事柄恨みを買うことも多いリュウの妻子は、何者かに殺害されてしまう。以来、リュウと爪角は、失うのが怖いほど大切なものは作らないと誓い合い仕事に打ち込んできた。だがそのリュウも、何者かの報復にあって、爪角を庇い命を落とす。以来、爪角は、自分のお腹の子の父親でさえ殺せと言われれば殺すようなハードな人生を送ってきた。

    しかしそんな爪角が肉体の老いとともに心も揺れはじめ、なんと30歳近く年下のカン医師に惹かれてしまう。カン医師は妻を亡くしてから幼稚園に通う娘を祖父母に預けて一緒に育てている。実家は昔ながらの商店街の果物屋。爪角は最初は万一の時に備えてカン医師の弱みを握ろうと家族に探りを入れに行くが、この家族に平凡な幸福の夢を重ね合わせるように。あれほど失いたくないほど大切なものを作らず生きてきた爪角が、65歳にして弱点を持ってしまった。

    そしてこれに目をつけたのが、なにかと爪角に絡んでくる同業者の男トゥ。実はトゥは、子供の頃に父親を自宅で殺し屋に殺害されており、逃走する殺し屋を目撃していた。それが爪角だったのだ。しかし爪角のほうでは、大勢の被害者の一人のことなど覚えていない。このトゥという男、最初はいちいち絡んで来たり仕事の邪魔をしたりしてただの面倒くさくて嫌な奴なのだけど、爪角がカンに惹かれていることを察してからは、さらにエスカレート、最終的にはカンの幼い娘を誘拐して爪角に挑戦状を送り付けてくる。

    最大の山場はもちろんこの爪角とトゥの殺し屋対決。爪角はカン医師の家族を守るために命がけで戦う。殺すためではなく守るための戦い。トゥは、最初は単純に復讐のために爪角に近づいたのかと思いきや、その心理はもっと複雑。彼は親の仇にも関わらず爪角に一種の憧れを抱いているように思われ(もはや初恋と言っても過言ではないかも)、同じ職業についてしまったのも潜在的な爪角への恋慕ゆえかと思った。だから爪角がクールで非情な殺し屋でいるうちは、彼はちょっかいをかけるだけで復讐までは考えていない。しかしそんな憧れの爪角が息子のような年齢のカン医師に恋し、ただの平凡な女に成り下がった(と彼が感じた)ことで、裏切られたように感じたのだろう。そう思うとちょっと切なかった。

    ラストは意外にもハッピーエンドというと語弊があるかもしれないが、爪角自身が幸福そうでホッとした。なのでノワール小説のわりに後味は悪くない。フェミニズム的に読むならば、社会的弱者とされる女性+老人=老婆という本来最弱の存在であるはずの爪角が実は最強の殺し屋、という痛快さがありました。

  • ずっと殺し屋をやっている65歳の女性、爪角(チョガク)が自らの身体の衰えなどが原因で少しずつ生き方・考え方が変容していく時に、同じ殺し屋「防疫」グループの一人、トゥから絡まれるようになる。実はその30前半のトゥとは因縁あり、トゥは爪角が自分を思い出せないことに苛立っている。
    爪角の生き方が格好いいのと、殺人などのアクションシーンが読みごたえありです。そういうのが好みの人は当たりの本だと思います。不幸な生い立ちの爪角の人生でリョウに拾われて、成長しながらリョウを慕う気持ちと相反する仕事の内容。立て続けに起こる不幸。更に老いてから失敗した仕事で負った怪我を治療してくれたカン博士(医者)への思慕。その辺が話を展開させながら織り混ぜられて語られます。
    殺人を普通にやってるお話なので、高校からかなぁ。性的な描写少しです(リョウに拾われる事件あたり)。

  • 老いた女性の殺し屋が主人公。殺し屋稼業なのでひっそりと目立たない生活をしているが、加齢の為にその生活や生き方に変化が起きている。
    ヒタヒタと押し寄せる老いの恐怖が、まさに敵対者を暗示するかの様。翻訳が素晴らしくて高齢者への固定観念を払拭し淡々と描いているのが好感が持てた。最後らへん「もう錠剤、のみこめるのかい」が切なかったし、最後のネイルのシーンまで無駄なく味わい深かった。

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著者プロフィール

慶煕大学国語国文学科卒業。2008年、長編小説『ウィザード・ベーカリー』でチャンビ青少年文学賞を受賞し、作家活動を始める。ほかに長編小説『一さじの時間』『えら』『破果』『バード・ストライク』、短編集に『それが私だけではないことを』(今日の作家賞、ファン・スンウォン新進文学賞受賞)、『赤い靴党』『ただ一つの文章』など。邦訳に「ハルピュイアと祭りの夜」(『ヒョンナムオッパヘ』白水社)がある。
リアリズム小説、SF、ファンタジーなど、ジャンルを超越した多彩な作品を発表し続けている。

「2019年 『四隣人の食卓』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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