- Amazon.co.jp ・本 (358ページ)
- / ISBN・EAN: 9784000614382
作品紹介・あらすじ
ゼロ金利、量的緩和、インフレ目標、政府との共同声明、異次元緩和——。異例の金融政策の背後で、いかなる議論や駆け引きが行われていたのか。日銀法改正から菅政権発足まで。日銀に密かに眠るオーラルヒストリーを基に、悲願の「独立性」を追い求めて後退戦を余儀なくされてきた新日銀歴代総裁の苦闘の歴史を白日の下に晒す。
感想・レビュー・書評
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日銀が政治に翻弄されてきた歴史を臨場感豊かに描いていて、一気に読めた。面白い。日銀に同情する一方、数々の失敗にも関わらず、組織の中の主流派の方々が何の責任も負わずに、順調に出世の階段を登っていっているのには違和感を覚えた。変な組織なんだろうな。
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日銀を通して四半世紀の金融状況、ゼロ金利、量的緩和、リーマンショック、東日本大震災、欧州債務危機、インフレ目標、異次元緩和などのドキュメント本です。ドラマチックでした。
印象に残った文章
⒈ 我が国で最も高いと言われている総裁の給与、年収、総裁が5133万円、副総裁が3714万円、ちなみに内閣総理大臣が4488万円・・・
⒉ 肖像画は一千数百円と聞きました。
⒊ 「異次元緩和」「黒田バズーカ」の異名が広がっていく。 -
◎信州大学附属図書館OPACのリンクはこちら:
https://www-lib.shinshu-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BC04340064 -
バブル以降の日銀総裁と政策過程を描き出している。組織の独立性の担保と有効な金融政策というものの間で日銀がいかに翻弄されてきたかがよくわかる。
政策とは、一つだけやればいいものではないという竹中平蔵さんのお言葉はまさに箴言である。 -
読みやすい。
日銀の現状がよく分かる。
植田新総裁の今後の采配に期待
黒田日銀を支えた雨宮さんが後継総裁になるべきだったのでは? -
『Nスタ』4月28日放送
摂南大学図書館OPACへ⇒
https://opac2.lib.setsunan.ac.jp/webopac/BB50224376 -
バブル崩壊後の日銀金融政策の足取りをまとめた一冊。植田日銀が実施予定の振り返りの参考になる一冊
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本書はさすがドキュメントと名打つだけあって、わかりやすく読みやすいてす。
1996年以降の、5人の日銀総裁のそれぞれの活動と日本経済の軌跡を追って紹介しているのですが、現在の黒田日銀の異次元緩和に至るまでの、金融政策の変転が詳細に紹介されていて、すこぶる興味深い読み物に仕上がっています。
まず松下総裁時代(1996~1998年)です。
1997年の北海道拓殖銀行破綻と山一證券の破綻は、小生はリアルタイムに経験していましたが、当時何が起きているのかは、会社が破綻したという表面しかわかりませんでした。
社長が記者会見で大泣きしながら「社員は悪くありません」と叫んでいたのを思い起こします。
本書では、その時の関係者の動きも、実にリアルに紹介されています。当時の日銀、大蔵省、自民党の政治家が、それぞれの利害と見識を賭し動いていたのですが、当然当時は誰にも知られることはありませんでした。
その間の詳細な動きをドキュメントとして描いた後に、本書は「カミソリの刃を渡るような危機を、日本は何とかしのぎ切った」と最後に書いています。
一般国民は、何も知らされていなかったのだなと驚くとともに、社会において金融システムという目に見えない構造が持つ重要性を改めて知らされました。
次に速水総裁時代(1998~2003年)です。
当時、大蔵省での接待汚職事件が夜を騒がせる中で、日銀の接待もやり玉にあがられたことが書かれています。ただ当時日銀では、銀行関係者との接待は禁止されていず、むしろ推奨される空気があったことは初めて知りました。
しかし、この世間の雰囲気は日銀の金融政策を進めるうえで微妙な影響があったのでしょうか。権威の失墜は免れなかったのでしょう。
1999年に「デフレ懸念が払拭されるまでゼロ金利を継続する」と追い込まれます。政治と世の中は、金融緩和・ゼロ金利が景気上昇へとつながると信じていて、日銀はそうは考えていないことが本書で詳細につづられています。
速水総裁は敬虔なクリスチャンで、総裁室の奥の小部屋には「恐れるな、私はあなたと共にいる」との聖句が書かれた掛け軸があったそうです。政治との関係の決断には、人間としての背景があったのでしょうか。
次は福井総裁時代(2003~2008年)です。
福井総裁は「思い切った量的緩和でデフレ脱却を果たし、5年の任期中に元の姿に戻すこと」をひそかに誓っていたとされています。
ところが量的緩和の解除に首相官邸が立ちはだかります。とりわけ強硬に反対したのは官房長官の安倍晋三だったとあります。
その時期に福井総裁が村上ファンドに出資していたという問題が爆発します。それを押し切って福井総裁は「ゼロ金利を脱し、コールレートの0.25%上げに踏み切り」ます。
その直後に発表されたCPI(物価指数)上昇率が、5年に一度の基準改定により大幅に下方修正されたのです。「CPIショック」です。
自民党からは「3月の量的緩和は誤りだった」との声が渦巻きます。お金をどんどん刷ればいいとするリフレ論者からは「早期に出口に向かった結果、再びデフレに陥った」と日銀を批判します。
金融緩和は景気を浮揚するのか。現在のあと知恵では、効果は少ないといえるかもしれないが、当時は誰もそのようには考えませんでした。日銀内の専門家以外では。
次は白川総裁時代(2008~2013)です。
福田内閣時代で衆参ねじれが起こったのがこの時代です。リーマンショックが世界を襲った時期でもあります。
総裁の椅子が政治の混迷で空席となる異常事態となりました。戦後初めての事態です。白川副総裁が総裁代行となり、その後やっと総裁に指名されました。
この「一連の騒動は、高度な専門性と独立性が求められる中央銀行の人事に「むき出しの政治」を持ち込む前例となった」と本書は記しています。
政治家の日銀と金融政策の介入に遠慮がなくって来たということでしょう。
民主党政権の下でデフレとの闘いが続きます。2010年には菅首相の所信表明演説の後に「コールレートを0~0.1%に引き下げる実質ゼロ金利の導入」がされます。
そして、東日本大震災です。復興を理由としてリフレ派が決起します。「デフレ、円高という貨幣的症状が出ているのですから、金融拡張が当たり前の処方箋です」と、白川総裁が大学3年時に指導教員だった浜田教授が主張します。その主張が誤りだったことの証明に、その後10年かかります。
最後は、現在の黒田総裁(2013~ )です。
「黒田バズーカ」の出発です。異次元の金融緩和として、「短期決戦」を目指して思い切った金融緩和を進めました。
始まってから1年は、まずまずの成果を上げたと関係者は考えていたといいます。
「これは後で判明したことだが、景気は既に前年11月に底を打ち、安倍内閣発足時には穏やかな景気回復が始まっていた」と書かれています。運がよかったんですね。
そして「黒田バズーカ第二弾」と「マイナス金利導入」です。不利益を被る金融界との不協和音などが描かれています。
そして長期戦となることによる「副作用」の拡大です。日銀は専門的な知見から様々な手法を提示していますが、事態を制御出来ているようには、本書からはみえませんでした。
「金融政策がこうも難解複雑になったのは、2%達成まで緩和を続けざるを得ない苦しい事情と、緩和の副作用をこれ以上放置できない現実論との狭間で、妥協のパッケージを積み上げてきたからである」とあります。
黒田総裁は、2019年11月の国会報告の場で「確かに私どもの判断が楽観的すぎた(中略)政策として間違っていたとは思わないが、予想していたよりも、根強い家計、企業の賃金、物価感というのがそう簡単に転換してこなかったということが一つあるのかなというふうに思っております。これは私どもとしての反省でございます」と述べたといいます。
本書は、経済の専門家でなくとも読んである程度の概略がわかる良い本だと思いました。
経済は複雑で難しく、しかも評価のタイムスケールが長いものですから、なかなかその時点の政策が正しいかどうかの判断がつきません。
しかし、本書はそれを、世の中の流れと象徴的な経済事象を紹介することによって、わかりやすく進めています。良い本だと思いました。 -
ジャーナリズムの本格派右腕ともいうべき著者のスタイルには毎度唸らされてしまう。
この作品は政治と経済がいかに影響しあっているのかを、失われた30年を反面教師として、日銀というファクターを通して学ぶことが出来る一冊。
特に誰が、という訳ではないが、責任を取らない政治屋には腹が立つのを通り越して呆れてしまう。