脱「貧困」への政治 (岩波ブックレット NO. 754)

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  • Amazon.co.jp ・本 (63ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000094542

作品紹介・あらすじ

底が抜けてしまったかのような不安定さが続く日本社会。生きる基盤すら奪われてしまう状況がある一方で、現実を変革しようという新たな運動が胎動しつつある。ポスト新自由主義の時代に向けて、格差と貧困の現場で格闘する2人と、第一線の研究者3人による骨太の議論が、社会保障、運動、そして政治の本質を伝える。

感想・レビュー・書評

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  • 著者の筆頭に雨宮処凛(あまみや・かりん)さんが書かれているが、実際にはこの本は北海道大学大学院に属する研究機関が行った日本での貧困問題と格差に関する一連のシンポジウムを記録したもの。だから雨宮さんや湯浅誠さんを期待して本書を手に取ると肩透かしをくう。両氏はいわばゲスト。

    シンポジウムが北海道で行われたのは2008年12月。
    偶然と言おうか、リーマンショックが同年秋に起こり、非正規雇用者をはじめ仕事と生活を意図せず奪われるという問題が喫緊の課題として顕著になったタイミングと重なる。北海道では特に住む場所を失いホームレスとなった場合、厳しい冬は他の地域以上に深刻な問題である。そこで北大院で研究する政治学者がそれまでの蓄積を持ち寄り、課題にアプローチしたのが本書ということになる。

    仮に、派遣切りにあった人や雇い止めにあった人は「今までがんばってこなかったから」「人よりも要領が悪かったから」「コミュニケーション力が足りなかったから」などの個人の属性に原因があるのだろうか?
    でももしそうであれば、一番に職を失うべきなのは、そのような状態をみすみす到来させ、課題の解決に力を及ぼさなかった、本書に登場する政治学者の面々ではないのか?ではなぜそれらの「無能学者」たちが真っ先に失職しないのか?

    ―あえて極端な政治学者の例を出したけど、ドミノ倒しのような失職の現象は決して個人の属性に押し込められるものでないことを明らかにしたかったから。すなわち、たまたまパートタイマーであったり、派遣社員であった者が軒並み仕事を失うという現象は、彼ら彼女らが劣っているといった個人の属性だけに帰結させてはいけない。それは、もっと大きな「社会のしくみ」や「政策」によって、たまたま雇用上の弱い立場に置かれた人へしわ寄せされた結果と考える方が、筋が通る。
    もっと踏み込んで言えば、人は誰でも生まれながらにして「存在している」という事実だけで存在していてもいい。だから職を失うだけでなく、それが人としての存在を脅かすことになっているのであれば、雇用の問題だけでなく、より大きな視点から憲法でも保障する生存権として考えるべき問題だと改めて認識できた。

    でもそうは言っても、本書で中島岳志氏が派遣労働者の困窮の例として、秋葉原通り魔事件犯人をあげたのは正直なところ失望した。
    だって「派遣労働者が追いつめられて犯罪に走った」という展開は、「犯罪とか反社会行為に走るようなやつだから派遣労働者だった」と結びつけられてしまう恐れを感じるから。
    言うまでもないけど、派遣とか非正規労働とかに関係なく正社員でも金持ちでも通り魔を犯す可能性はあるし、犯罪の原因はもっと深い闇のなかにあるので労働問題のみをその点に収れんさせるべきでない。

    もう1つ、山口二郎氏が31才のフリーターが書いたという「希望は、戦争」という文章を挙げているのもしっくりしなかった。
    シンポジウムでは学界の先端となりうる“トガッた”見解を発表したいというモチベーションはわかる。だけど私たちが本当に問題にしたいのは、自分の周りに何気なく存在する自分と同じ属性の人が、一方で職を保ち生活を安定させ幸せな生活を送り、他方では同じ属性の者なのになぜかボタンをかけ違えて非正規労働者になったばかりに生活の困窮に追いつめられているという現実と解決策にある。
    いままさに困窮に達している圧倒的大多数の人は、人を刺したいとか戦争が起こってほしいとか、そういう大それた思考にはまったく至らず、ただ単に「普通の生活」をしたいっていうだけのはずだ。
    つまりそういう大多数の人の思考に軸足を置いて課題解決を考えないから、多くの政治学者が現場から乖離し空回り状態で終わってしまっているのでは?というネガティブ面も本書から気づかされた。

  • 内容が濃い。
    こんなに薄くて軽いのに!

  • 貧困とか自殺とか犯罪、問題は心の闇とかじゃなくて、構造的につくられてる格差にある。
    それがどうにもならないもんだと思われてるのが一番の問題。
    それを変えようとすることが政治のお仕事だし、人として生きてる価値じゃないの?
    歳をとっても、変えようとすることを恐れずにいたい。

    貧困問題の本質は、生きる居場所となる関係性が失われることにある。
    「無条件の生存の肯定」がスローガンだという運動、その通りだと思う。

  • 「保守主義というものは、人間の不完全性や限界を謙虚に見つめることからスタートし、極端な設計主義を批判すること」
    設計主義とは、共産主義のような未来社会を設計し、それに向けて社会革命を行うことでしょうか。
    「人間社会は永遠に不完全なまま推移する。・・思い出やノスタルジーにすがることが保守ではなく、常に状況の中で伝統を再定義し意思を持って引き受ける再帰性」
    三丁目の夕日的保守派がはびこっております。
    また、一足飛びに理想社会を求める実験=共産主義による大虐殺、ナチズムによる民族虐殺を引き起こしたのを忘れてはならないのではないかと。

  • 「これは人災である」という感覚を忘れないこと。
    現在、非正規雇用が増加の一途を辿り、生活が不安定化していることは、小泉改革で、人材派遣の規制緩和を推し進めた結果だ。制度を設計した者がいる。現状は、その者が意欲した結果だということ。
    裏返すと、政治によって、好転させることも可能性があるということだ。
    メッセージが力強く伝わってくる本。

  • 中畝さんの「二人展」を見にいったときに、うちにあるのに間違って買ってしまったからと中畝さんにもらった本。もらって帰った日に読んでしまった。北大でおこなわれた連続シンポ「どうする? 21世紀の日本の貧困と格差」の記録。

    コンパクトだが、密度が濃い。「連帯の基盤となるものは何か」の話が、これから、なお大切な視点になるやろうなと思った。

    「つきあってみたら、いい奴だった」という関係が個人的に結ばれていくのも大事なことだろうが、それだけでは連帯は広がらないと宮本太郎が話している。
    ▼…複雑な関係にある人たちが、どういう枠組みのなかで、みんなちゃんと自分の取り分を正当に得ることができるのかという、そういうフレームが出てこないと、連帯というのは定着しないのですよね。(p.58)

    続けて山口二郎がこう提案している。
    ▼…労働組合も働く人間のために一緒に闘うんだという原点に戻っていくことが重要です。そうすると、正規労働者の既得権集団だなんていう批判を自分でハネ返すことになるわけですよ。あと、部落解放同盟だって、人権擁護のスペシャリスト集団として、いままで培ったいろいろなノウハウを活かして、権利保護の闘いを指南してくれればいいのです。(p.59)

    私は保守主義者と名乗る中島岳志という人にもちょっと興味をもった。

  • 平和そうな日本で、個人の努力では、どうにもできない貧困もあるのだなあと。
    安売り合戦と低賃金。良くない組み合わせ。

  • ディスカッションのブックレット化。
    内容的にはあっさりしています、セーフティネットとか、プレカリアートとか。
    雨宮さんや山口さん、湯浅さんなんかは、最近積極的に発言しているので、
    そういう人たちの考えを大まかに知りたい人は読んでみていいかも。

  • 日本の貧困の現状とその背景を知るのに使えた。

  • 市立図書館

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著者プロフィール

1975 年北海道生まれ。作家・活動家。「反貧困ネットワーク」世話人。フリーターなどを経て2000 年、『生き地獄天国』( 太田出版/ちくま文庫) でデビュー。主な著書に『生きさせろ! 難民化する若者たち』( 太田出版/ちくま文庫)、『相模原事件・裁判傍聴記 「役に立ちたい」と「障害者ヘイト」のあいだ』( 太田出版)、『コロナ禍、貧困の記録 2020 年、この国の底が抜けた』( かもがわ出版) など多数。

「2022年 『手塚マンガで学ぶ 憲法・環境・共生 全3巻』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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