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料理と利他 (MSLive!Books) 単行本(ソフトカバー) – 2020/12/15
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購入オプションとあわせ買い
「自然−作る人−食べる人」という関係のあいだに、利他がはたらく。
コロナの影響下で家にいる時間が長くなり、みなが向き合うことになったのは、料理という人類の根本的な営みのひとつだった。「ポストコロナ」という言葉のもと、世界の劇的な変化が語られがちな中、私たちが見つめ直し、変えられるのは、日常の中にあることから、ではないか。
ベストセラー『一汁一菜でよいという提案』等の著書や料理番組で活躍する料理研究家の土井善晴と、『中村屋のボーズ』等の著書がある政治学者であり、最近は「利他」を主要なテーマの一つに研究をしている中島岳志。
異色の組み合わせの二人が、家庭料理、民藝、地球環境、直観、自然に沿うこと…等々、縦横無尽に語らい、ステイホーム期間に圧倒的支持を受けたオンライン対談「一汁一菜と利他」を、ライブの興奮そのままに完全再現!
【イベント参加者の声】
・視野が一万倍くらい広がりました。
・日常を生きること料理して食べることが利他と地続きだなんて驚きです。
・コロナの自粛期間中は、食品の買い出しと食事作りと後片付け、献立や何を買っておくべきかを考えるのがとても大変で、食事周りのことに時間を奪われているみたいで嫌になっていたけれど、おかげさまで気持ちをリセットすることができました。
・本当に素晴らしい時間でした。まるで和食をいただいたような感覚になりました。一汁一菜と仏教が重なるとは思いもしませんでした。
MSLive! Booksシリーズ創刊第1弾! !
【MSLive! Booksとは】?
ミシマ社が2020年5月にスタートしたオンラインイベント、「MSLive! 」。 「MSLive ! Books」は、オンラインイベントのライブ感をそのまま詰め込んだ書籍シリーズです。イベントに参加くださった方々から、イベントの内容を活字化したものを販売してほしいというリクエストをたくさんいただき、実現することになりました。
コロナの影響下で家にいる時間が長くなり、みなが向き合うことになったのは、料理という人類の根本的な営みのひとつだった。「ポストコロナ」という言葉のもと、世界の劇的な変化が語られがちな中、私たちが見つめ直し、変えられるのは、日常の中にあることから、ではないか。
ベストセラー『一汁一菜でよいという提案』等の著書や料理番組で活躍する料理研究家の土井善晴と、『中村屋のボーズ』等の著書がある政治学者であり、最近は「利他」を主要なテーマの一つに研究をしている中島岳志。
異色の組み合わせの二人が、家庭料理、民藝、地球環境、直観、自然に沿うこと…等々、縦横無尽に語らい、ステイホーム期間に圧倒的支持を受けたオンライン対談「一汁一菜と利他」を、ライブの興奮そのままに完全再現!
【イベント参加者の声】
・視野が一万倍くらい広がりました。
・日常を生きること料理して食べることが利他と地続きだなんて驚きです。
・コロナの自粛期間中は、食品の買い出しと食事作りと後片付け、献立や何を買っておくべきかを考えるのがとても大変で、食事周りのことに時間を奪われているみたいで嫌になっていたけれど、おかげさまで気持ちをリセットすることができました。
・本当に素晴らしい時間でした。まるで和食をいただいたような感覚になりました。一汁一菜と仏教が重なるとは思いもしませんでした。
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【MSLive! Booksとは】?
ミシマ社が2020年5月にスタートしたオンラインイベント、「MSLive! 」。 「MSLive ! Books」は、オンラインイベントのライブ感をそのまま詰め込んだ書籍シリーズです。イベントに参加くださった方々から、イベントの内容を活字化したものを販売してほしいというリクエストをたくさんいただき、実現することになりました。
- 本の長さ160ページ
- 言語日本語
- 出版社ミシマ社
- 発売日2020/12/15
- 寸法18.8 x 12.8 x 1.4 cm
- ISBN-104909394451
- ISBN-13978-4909394453
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商品の説明
著者について
土井善晴(どい・よしはる)
料理研究家。1957年、大阪生まれ。フランス料理や日本料理を学んだ後、土井勝料理学校講師を経て、1992年に「おいしいもの研究所」を設立。十文字学園女子大学招聘教授、東京大学先端科学研究センター客員研究員。NHK「きょうの料理」、テレビ朝日「おかずのクッキング」の講師を各30年務めている。著書に『一汁一菜でよいという提案』『おいしいもののまわり』『土井善晴の素材のレシピ』などがある。
中島岳志(なかじま・たけし)
1975年大阪生まれ。大阪外国語大学卒業。京都大学大学院博士課程修了。北海道大学大学院准教授を経て、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。専攻は南アジア地域研究、近代日本政治思想。2005年、『中村屋のボース』で大佛次郎論壇賞、アジア・太平洋賞大賞受賞。著書に『パール判事』『朝日平吾の鬱屈』『保守のヒント』『秋葉原事件』『「リベラル保守」宣言』『血盟団事件』『岩波茂雄』『アジア主義』『下中彌三郎』『保守と立憲』『親鸞と日本主義』『保守と大東亜戦争』、共著に『現代の超克』などがある。
料理研究家。1957年、大阪生まれ。フランス料理や日本料理を学んだ後、土井勝料理学校講師を経て、1992年に「おいしいもの研究所」を設立。十文字学園女子大学招聘教授、東京大学先端科学研究センター客員研究員。NHK「きょうの料理」、テレビ朝日「おかずのクッキング」の講師を各30年務めている。著書に『一汁一菜でよいという提案』『おいしいもののまわり』『土井善晴の素材のレシピ』などがある。
中島岳志(なかじま・たけし)
1975年大阪生まれ。大阪外国語大学卒業。京都大学大学院博士課程修了。北海道大学大学院准教授を経て、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。専攻は南アジア地域研究、近代日本政治思想。2005年、『中村屋のボース』で大佛次郎論壇賞、アジア・太平洋賞大賞受賞。著書に『パール判事』『朝日平吾の鬱屈』『保守のヒント』『秋葉原事件』『「リベラル保守」宣言』『血盟団事件』『岩波茂雄』『アジア主義』『下中彌三郎』『保守と立憲』『親鸞と日本主義』『保守と大東亜戦争』、共著に『現代の超克』などがある。
登録情報
- 出版社 : ミシマ社 (2020/12/15)
- 発売日 : 2020/12/15
- 言語 : 日本語
- 単行本(ソフトカバー) : 160ページ
- ISBN-10 : 4909394451
- ISBN-13 : 978-4909394453
- 寸法 : 18.8 x 12.8 x 1.4 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 21,917位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 6,081位人文・思想 (本)
- カスタマーレビュー:
著者について
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2022年12月4日に日本でレビュー済み
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タイトルに惹かれて読みました。お料理をするのがもっと楽しくなりました
2021年6月18日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
文明開化以降かあるいは戦後の食生活改善運動や学校給食の「メニュー主義」の影響か、家庭の日常の食事が背負わされた重圧、その多くは女性や主婦が背負わされた歴史が長かったのであろうが、その重圧を「ええ加減でよい」と自然との関係を踏まえ解消する料理研究家の土井善晴さんの役割を、政治学者中島岳志さんがリードする対話の中から土井善晴さんが絶妙に受け答えし、絵解きとなった一冊です。
「はじめに」で中島岳志さんが、本書が生まれるまでのプロセスを解き明かしているが、コロナ禍の直撃を受ける中、人の出会いがつながり、本書のもとになるZoomでの対話が誕生するのであるが、お二人の出会いを準備した天の差配に感謝した。
「はじめに」で中島岳志さんが、本書が生まれるまでのプロセスを解き明かしているが、コロナ禍の直撃を受ける中、人の出会いがつながり、本書のもとになるZoomでの対話が誕生するのであるが、お二人の出会いを準備した天の差配に感謝した。
2023年9月6日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
この本は、面白い。
2021年6月26日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
料理は民藝ですね。岡潔にしびれました。もう一度、大事なところを読み落としていないか、ゆっくり読み直します。
2024年2月11日に日本でレビュー済み
土井善晴さんは料理番組で知っている。私が料理をはじめた頃に読んだ本は、お父さんの土井勝さんの『日本のおかず500選』だった。
親の仕事を子供が継いでいく場合、子供なりにその道に進む後付再構築を必要とする。土井善晴さんはそれを、河井寛次郎さんや濱田庄司さんの民藝に見つけた。民藝とは、芸術的にものではなく、手仕事によって生み出された日常づかいの雑器に美を見出そうとする運動だが、家庭料理もそれと同じだ。毎日食材という自然に向き合い、じかに触れながら、家庭を思って料理する。そういう日々の暮らしを真面目に営み、結果として美しいもの(暮らし)がおのずと生まれてくる。
この土井善晴さんの家庭料理に対する考え方に対し、東京工業大学の中島岳志さんは、河井寛次郎さんや濱田庄司さんが東京工業大学(当時は東京高等工業学校)の出身者で、日本の工業と民藝が同じスタートラインではじまっていること、民藝を言語化した柳宗悦が浄土教の世界だったこと、などを紹介する。
浄土教とは阿弥陀仏の本願という阿弥陀仏の力がやってきて、他力というものが現されるとする。だから民藝というものの中に本当の美しさが現れる。家庭料理もそれと同じだという。
基本的に美味しいものを作ろうということは、和食では考えない。美味しいものはもともと美味しいから、美味しいものを美味しく食べる。そのために下ごしらえを重要視する。まさに他力の世界だ。
親鸞の言葉を弟子の唯円がまとめた『歎異抄』には、2つの慈悲があるとある。一つは「聖道の慈悲」。人間であるので、困った人がいれば助けたいとか、いいことをしようとか、そういうある種の「計らい」の中に現れてくる慈悲だ。
もう一つの慈悲は、利他と言い換えてもいいが、「浄土の慈悲」で、これは阿弥陀仏からやってくる力によってなされる慈悲を指す。
「聖道の慈悲」は尊いものだが、その中には自力が残っている。浄土的な発想からすると、それこそが苦しみのもととなり、作為性に人間が囚われてしまう。それに対し「浄土の慈悲」には、彼方からやってくる他力に押されて何かを行うことだ。自分自身がいい人になろうとか、いいことをしようとか、そういう問題意識ではない。
土井善晴さんは、料理においての利他は、つくる人と食べる人の間にあるという。料理を食べる人の健康を思って料理する。食べる人の姿から戻される利他を受け取る。利他を人間の創造だと考える場合には、それを表現者と顧客の関係として考えていることになる。
芸術と民藝、三つ星レストランの料理と家庭料理という関係から浄土教の聖道の慈悲と浄土の慈悲、自力と他力の関係への論点が広がっていくため、非常にわかりやすく、他力(慈悲)を理解することができる。
私は最近、『糸川英夫のイノベーション』という本を出版した。糸川英夫という人物は、今まではロケット開発で華々しく語られることが多かったが、彼の人生を「生まれてから死ぬまで」というスパンで引いて考えると、イノベーションを生み出す法則が見えてくる。これはロケット開発だけでなく、普通の会社員の仕事や、起業家でも活かすことができる。つまり、宇宙科学者や工学者という華々しい世界だけでなく、民藝のような、家庭料理のような普段の生活の中でこそ活かせることに意味があると考えたのだ。そういう意味で、『糸川英夫のイノベーション』は、糸川英夫という死者との対話から生まれたものだ。
親の仕事を子供が継いでいく場合、子供なりにその道に進む後付再構築を必要とする。土井善晴さんはそれを、河井寛次郎さんや濱田庄司さんの民藝に見つけた。民藝とは、芸術的にものではなく、手仕事によって生み出された日常づかいの雑器に美を見出そうとする運動だが、家庭料理もそれと同じだ。毎日食材という自然に向き合い、じかに触れながら、家庭を思って料理する。そういう日々の暮らしを真面目に営み、結果として美しいもの(暮らし)がおのずと生まれてくる。
この土井善晴さんの家庭料理に対する考え方に対し、東京工業大学の中島岳志さんは、河井寛次郎さんや濱田庄司さんが東京工業大学(当時は東京高等工業学校)の出身者で、日本の工業と民藝が同じスタートラインではじまっていること、民藝を言語化した柳宗悦が浄土教の世界だったこと、などを紹介する。
浄土教とは阿弥陀仏の本願という阿弥陀仏の力がやってきて、他力というものが現されるとする。だから民藝というものの中に本当の美しさが現れる。家庭料理もそれと同じだという。
基本的に美味しいものを作ろうということは、和食では考えない。美味しいものはもともと美味しいから、美味しいものを美味しく食べる。そのために下ごしらえを重要視する。まさに他力の世界だ。
親鸞の言葉を弟子の唯円がまとめた『歎異抄』には、2つの慈悲があるとある。一つは「聖道の慈悲」。人間であるので、困った人がいれば助けたいとか、いいことをしようとか、そういうある種の「計らい」の中に現れてくる慈悲だ。
もう一つの慈悲は、利他と言い換えてもいいが、「浄土の慈悲」で、これは阿弥陀仏からやってくる力によってなされる慈悲を指す。
「聖道の慈悲」は尊いものだが、その中には自力が残っている。浄土的な発想からすると、それこそが苦しみのもととなり、作為性に人間が囚われてしまう。それに対し「浄土の慈悲」には、彼方からやってくる他力に押されて何かを行うことだ。自分自身がいい人になろうとか、いいことをしようとか、そういう問題意識ではない。
土井善晴さんは、料理においての利他は、つくる人と食べる人の間にあるという。料理を食べる人の健康を思って料理する。食べる人の姿から戻される利他を受け取る。利他を人間の創造だと考える場合には、それを表現者と顧客の関係として考えていることになる。
芸術と民藝、三つ星レストランの料理と家庭料理という関係から浄土教の聖道の慈悲と浄土の慈悲、自力と他力の関係への論点が広がっていくため、非常にわかりやすく、他力(慈悲)を理解することができる。
私は最近、『糸川英夫のイノベーション』という本を出版した。糸川英夫という人物は、今まではロケット開発で華々しく語られることが多かったが、彼の人生を「生まれてから死ぬまで」というスパンで引いて考えると、イノベーションを生み出す法則が見えてくる。これはロケット開発だけでなく、普通の会社員の仕事や、起業家でも活かすことができる。つまり、宇宙科学者や工学者という華々しい世界だけでなく、民藝のような、家庭料理のような普段の生活の中でこそ活かせることに意味があると考えたのだ。そういう意味で、『糸川英夫のイノベーション』は、糸川英夫という死者との対話から生まれたものだ。
2023年8月20日に日本でレビュー済み
おうちで夕飯担当だったので、ハヤシライスを作りました。ハヤシライスは好物でたまに作っていたのですが、何故か今まではしょっぱい出来になってしまっていました。今回もしょっぱいといやだな、と思って恐る恐る食べました。・・・とてもおいしかったです!これこれ、この味。
料理だってサイエンスだ!再現性が大事だ!というわけで、うまくいった原因を探りたいのですが、さっぱりわかりません。火加減なのか、煮込み時間なのか、ルーなのか、、でも、こういう「計らわないで」うまくいくのも、料理のおもしろさかなと思います。
整体(理学療法も)は原因を探って、意図を持って施術して、結果を確認して、施術の再現性を上げて、ということが大事です。ですが料理と同じように、計らわないでうまくいくというのも、もちろんあります。おれがなんとか良くしよう(おいしく作ろう)という気持ちは、ときとして勘違いや傲慢、余計を生むかもしれません。「勝手においしくなる」土井善晴先生の教えのように「勝手に良くなる」も、見ていけたら気づけていけたら、と思います。
手当て整体 気楽に屋(KIRAKUNIYA)
料理だってサイエンスだ!再現性が大事だ!というわけで、うまくいった原因を探りたいのですが、さっぱりわかりません。火加減なのか、煮込み時間なのか、ルーなのか、、でも、こういう「計らわないで」うまくいくのも、料理のおもしろさかなと思います。
整体(理学療法も)は原因を探って、意図を持って施術して、結果を確認して、施術の再現性を上げて、ということが大事です。ですが料理と同じように、計らわないでうまくいくというのも、もちろんあります。おれがなんとか良くしよう(おいしく作ろう)という気持ちは、ときとして勘違いや傲慢、余計を生むかもしれません。「勝手においしくなる」土井善晴先生の教えのように「勝手に良くなる」も、見ていけたら気づけていけたら、と思います。
手当て整体 気楽に屋(KIRAKUNIYA)
2021年10月24日に日本でレビュー済み
この本は料理研究家の土井善晴さんと政治学者の中島岳志さんがミシマ社で開催した二回のオンラインイベントを記録したもので、1回目を〈料理から考えるコロナ時代の生き方〉、2回目を〈自然に沿う料理〉とし、それぞれ質疑応答を含めて編集してあります。
いうなれば、土井さんの料理論に対して中島さんがコロナ禍において重要なキーワードとする〈利他〉のまなざしで読み解く奥深い哲学書ともいえましょう。おもえば、これほど分かりやすく軽妙なかけあい漫才のような哲学書にはめったにお目にかかれるものではありませんが、この本はそれほど奥深い本のように思えてきます。
つまり、料理すること自体が自然と人の関係を考える切実なおこないと考えれば、それはきわめて当たり前のことであり人はそのように生きてきた歴史と文化があったはずで、普段はなかなかそのことに気づかなかっただけかもしれません。
この本を読んでいると、料理をすることと生きることが一体化しているようで、実際に料理してみたくなってくるから不思議です。コロナ禍であればなおさらのこと仕事としてではなく、料理するという方法で今まで知らなかった自然を知りたくなってくるという感じです。
家庭料理において土井さんは無自覚にハードルを上げるのではなく、『一汁一菜でよいという提案』をすすめていますがその奥深い思想にはとてつもない広がりがありそうです。それを中島さんが〈利他〉の切り口で分かりやすく学問的に解析しているところが絶妙です。
ヨーロッパで西洋料理を学んだ土井さんがこのような家庭料理の極意にたどり着いたきっかけを河井寛次郎の焼き物との出会いにあったと言っています。思想家柳宗悦や河井寛次郎、濱田庄司らがとなえた民藝運動に大きなヒントがあったということです。このことはまさしく利他の理念を具体的に体現する理想的な思想ではないか。つまり、人知を超えた現れ、すなわち用のものとして使われることで成立する民藝の焼き物にこそ美藝に優越する本質的な美しさがあるということなのだ。土井さんはここに日本の食文化を考えるヒントを得たのかもしれません。
お二人のオンライン対話(掛け合い)を紹介しましょう。
中島 柳宗悦は、『南無阿弥陀仏』という本も書いています。いわゆる浄土教、日本でいうと浄土宗とか浄土真宗とか、柳宗悦の場合は一編の時宗に強く惹かれているのですが、ここには、自力と他力という考え方があります。彼らがなぜ民藝というものに価値を見出したのかというと、芸術家というのものは美しいものをつくろうという強い自力やはからいをもってなにかを制作していると。(p26)
土井 そうなんです。実は日本料理というものも、たとえばここにお料理をぽんと置きますでしょ。お料理を置いたら、盛り付けが終わったら、そこに人間が残ったらいけないんです。人間は消えてなくならないといけない。はからいを作為と考えると、作為というつくり手の自我が残っていたら、気持ち悪くて食べられないとおもいませんか?(p28)
と、こんな具合で意気のあった心地いい対話が繰り広げられていくのです。
土井 人間にとって大切な真善美を「きれい」という言葉一言で表します。「きれい」は、お料理の健全性を保つとても大切なものです。(略)「きれい」「汚い」はまさしく日本人の倫理観そのものです。そこがあるから、「外に出たらあかん」と言われるもの、なんとなく自分で判断していても大丈夫なんちゃうかという、ええ加減なんですけどね、実は真善美という基準をちゃんともっているんです。そういう意味で、日本人のええ加減なところが、すごく大事なんですよ。(p56)
中島 吉野作造が、普通選挙を導入してみんなが選挙に行くべきだと主張したのですが、そうすると彼はいろいろと批判されるんですけれども、吉野がどう言ったかというと、堂々と、「そりゃ政策判断できないでしょう。しかし、辻説法している政治家を三分間ずっと見ていたら、この政治家がどういう政治家か判断できます」と。つまり顔で判断しろって言っているんですね。(p57)
このように利他の可能性を見事なまでに家庭料理のあり方に見出した料理研究家土井善晴さんの思想にふれた中島さんの感動が手にとるように伝わってきます。
第二回目では実際に土井さんが里芋を使ったハレとケの二種類の料理をつくりながらアシスタント中島岳志との掛け合い料理でその思想と日本の奥深い食文化の歴史をあらわにしていきます。
対話がはずんでいく中で、中島さんは土井先生のことを大きな器のようだと言っています。つまり、土井先生は自分のつくった料理としてその自力を主張するのではなく、料理と食材(自然)の中間体とでもいえる器のようで、利他のあり方そのものを見事に体現されているとイメージされたのかもしれません。だから、この本は〈利他〉のまなざしで読み解く奥深い哲学書と言い換えることもできるのではないでしょうか。
「能ある鷹は爪を隠す」ということわざがあるように土井善晴という人ただものではありません。謂わば、爪を隠した料理人、奥深い刺激的な言葉がポンポンとびだす知の巨人でもあります。これはもう絶対に一汁一菜の哲学書、『一汁一菜でよいという提案』を読まない訳にはいきませんな。
いうなれば、土井さんの料理論に対して中島さんがコロナ禍において重要なキーワードとする〈利他〉のまなざしで読み解く奥深い哲学書ともいえましょう。おもえば、これほど分かりやすく軽妙なかけあい漫才のような哲学書にはめったにお目にかかれるものではありませんが、この本はそれほど奥深い本のように思えてきます。
つまり、料理すること自体が自然と人の関係を考える切実なおこないと考えれば、それはきわめて当たり前のことであり人はそのように生きてきた歴史と文化があったはずで、普段はなかなかそのことに気づかなかっただけかもしれません。
この本を読んでいると、料理をすることと生きることが一体化しているようで、実際に料理してみたくなってくるから不思議です。コロナ禍であればなおさらのこと仕事としてではなく、料理するという方法で今まで知らなかった自然を知りたくなってくるという感じです。
家庭料理において土井さんは無自覚にハードルを上げるのではなく、『一汁一菜でよいという提案』をすすめていますがその奥深い思想にはとてつもない広がりがありそうです。それを中島さんが〈利他〉の切り口で分かりやすく学問的に解析しているところが絶妙です。
ヨーロッパで西洋料理を学んだ土井さんがこのような家庭料理の極意にたどり着いたきっかけを河井寛次郎の焼き物との出会いにあったと言っています。思想家柳宗悦や河井寛次郎、濱田庄司らがとなえた民藝運動に大きなヒントがあったということです。このことはまさしく利他の理念を具体的に体現する理想的な思想ではないか。つまり、人知を超えた現れ、すなわち用のものとして使われることで成立する民藝の焼き物にこそ美藝に優越する本質的な美しさがあるということなのだ。土井さんはここに日本の食文化を考えるヒントを得たのかもしれません。
お二人のオンライン対話(掛け合い)を紹介しましょう。
中島 柳宗悦は、『南無阿弥陀仏』という本も書いています。いわゆる浄土教、日本でいうと浄土宗とか浄土真宗とか、柳宗悦の場合は一編の時宗に強く惹かれているのですが、ここには、自力と他力という考え方があります。彼らがなぜ民藝というものに価値を見出したのかというと、芸術家というのものは美しいものをつくろうという強い自力やはからいをもってなにかを制作していると。(p26)
土井 そうなんです。実は日本料理というものも、たとえばここにお料理をぽんと置きますでしょ。お料理を置いたら、盛り付けが終わったら、そこに人間が残ったらいけないんです。人間は消えてなくならないといけない。はからいを作為と考えると、作為というつくり手の自我が残っていたら、気持ち悪くて食べられないとおもいませんか?(p28)
と、こんな具合で意気のあった心地いい対話が繰り広げられていくのです。
土井 人間にとって大切な真善美を「きれい」という言葉一言で表します。「きれい」は、お料理の健全性を保つとても大切なものです。(略)「きれい」「汚い」はまさしく日本人の倫理観そのものです。そこがあるから、「外に出たらあかん」と言われるもの、なんとなく自分で判断していても大丈夫なんちゃうかという、ええ加減なんですけどね、実は真善美という基準をちゃんともっているんです。そういう意味で、日本人のええ加減なところが、すごく大事なんですよ。(p56)
中島 吉野作造が、普通選挙を導入してみんなが選挙に行くべきだと主張したのですが、そうすると彼はいろいろと批判されるんですけれども、吉野がどう言ったかというと、堂々と、「そりゃ政策判断できないでしょう。しかし、辻説法している政治家を三分間ずっと見ていたら、この政治家がどういう政治家か判断できます」と。つまり顔で判断しろって言っているんですね。(p57)
このように利他の可能性を見事なまでに家庭料理のあり方に見出した料理研究家土井善晴さんの思想にふれた中島さんの感動が手にとるように伝わってきます。
第二回目では実際に土井さんが里芋を使ったハレとケの二種類の料理をつくりながらアシスタント中島岳志との掛け合い料理でその思想と日本の奥深い食文化の歴史をあらわにしていきます。
対話がはずんでいく中で、中島さんは土井先生のことを大きな器のようだと言っています。つまり、土井先生は自分のつくった料理としてその自力を主張するのではなく、料理と食材(自然)の中間体とでもいえる器のようで、利他のあり方そのものを見事に体現されているとイメージされたのかもしれません。だから、この本は〈利他〉のまなざしで読み解く奥深い哲学書と言い換えることもできるのではないでしょうか。
「能ある鷹は爪を隠す」ということわざがあるように土井善晴という人ただものではありません。謂わば、爪を隠した料理人、奥深い刺激的な言葉がポンポンとびだす知の巨人でもあります。これはもう絶対に一汁一菜の哲学書、『一汁一菜でよいという提案』を読まない訳にはいきませんな。
2021年4月26日に日本でレビュー済み
共著者の中島さんが土井さんについて「ケータイ大喜利でネタになっていること」から話を始めた瞬間、「あ、この本は面白いな」と直感した。
すべて読み終えて、予想通りの読後感。「料理がここまで哲学になるなんて」という驚きと、日々の食べること、作ることに関する景色が一変するような新しい視点とが同時に得られる名対談です。
日本料理がいい、西洋料理が悪い、ではなく、「そもそも思想が違う」ことをさまざまな例で説く箇所は特に面白い。
西洋では「混ぜる」だが日本では「あえる」。素材を足していって味を積み上げるのが西洋で、素材の中から味を彫り出すのが日本。ううむ……どんな哲学書よりも西洋と日本の違いを明確に表している気がする。
ちなみに冒頭の疑問である「なぜ土井さんのケータイ大喜利の発言が面白いのか」も、本書の土井さんのキャラクターから見えてくる。
しっかり一本筋が通っていながら、柔軟。だから、「マヨネーズかけたらたいていうまくなるんですよ」なんて発言が「そんなこと言うわけないけど、土井さんなら言うかも」となって面白いのだろう。
そして、その魅力を引き出す中島さんも見事です。
すべて読み終えて、予想通りの読後感。「料理がここまで哲学になるなんて」という驚きと、日々の食べること、作ることに関する景色が一変するような新しい視点とが同時に得られる名対談です。
日本料理がいい、西洋料理が悪い、ではなく、「そもそも思想が違う」ことをさまざまな例で説く箇所は特に面白い。
西洋では「混ぜる」だが日本では「あえる」。素材を足していって味を積み上げるのが西洋で、素材の中から味を彫り出すのが日本。ううむ……どんな哲学書よりも西洋と日本の違いを明確に表している気がする。
ちなみに冒頭の疑問である「なぜ土井さんのケータイ大喜利の発言が面白いのか」も、本書の土井さんのキャラクターから見えてくる。
しっかり一本筋が通っていながら、柔軟。だから、「マヨネーズかけたらたいていうまくなるんですよ」なんて発言が「そんなこと言うわけないけど、土井さんなら言うかも」となって面白いのだろう。
そして、その魅力を引き出す中島さんも見事です。