大学生が勝手に「先生」と呼ぶ、不思議な男の本名は? 不明です。
「先生」と同郷の親友の男の名前は、
「余所(よそ)々々しい」(7頁)頭文字を使うと、「K」(219頁)です。
「先生」は、親友の自殺の理由が自分にあったと告白し、自死を決意します。
「私」宛の遺書に、そう書きます。
主人公は、「私(わたくし)」(7頁)
「先生」の遺書の最後は、こういう言葉で終わります。
「私が死んだ後(あと)でも、妻が生きている以上は、あなた限りに打ち明けられた私の秘密として、凡てを腹の中にしまって置いて下さい」(327頁)
秘密が明かされない妻は、ほんとうに可哀そうです。
夫は妻への心遣いのつもりでしょうが、なにか引っ掛かります。
その心遣いこそ、明治時代の「こころ」だったのでしょうが・・・
本書『こころ』の後日談を考えてみました。
遺書を書いた後、妻宛の離縁状を家に残し、
「こっそり」(325頁)死ねる死に場所を探す旅に出たものの・・・
結局は、死にきれず、また東京に戻ってきてしまった、という後日談。
根拠は何もありません。格好の悪い後日談ですけれど。
同郷の親友「K」が埋まっている墓に近い、雑司ケ谷の古びた安アパートに一室を借り、
妻には全く連絡せずに、それから何十年も死ぬまでひっそりと名もなく生きた男が
あの「先生」だった、というストーリーもありうるのではないでしょうか。
映画の寅さんみたいな男の悲しい、情けない生涯を描く後日談を想像しました。
労働者諸君! 今日も一日ご苦労さん
定職を持たないでフラフラしている寅さんに、そう言われたくないです。
不可思議に思うのは、「私」と「先生」の「心持」です。
「こころ」は持ちよう、とよく言われますが、
この二人の「心持」には理解できないところがありました。
本書『こころ』には、
妻にさえ語るのをはばかられた不可思議な「先生」の過去の「心持」と、
その「先生」を慕う「私」の「心持」が物語全体にあふれています。
(7頁、16頁、28頁、29頁、31頁、43頁、87頁、123頁、286頁、293頁、313頁、320頁、324頁、326頁)
寡黙な男たちの「こころ」は読みにくいものです。ほとんど読めないと言っていいくらい。
以心伝心という言葉もあるくらい、こころは言葉にしなくても伝わることもあるというのに。
本書『こころ』は、死の二年前に四十七歳の夏目漱石が心血そそいだ作品です。
「先生」の「心臓を立ち割って、温かく流れる血潮を啜(すす)ろうとした」(173頁)
ドラキュラのような若き学生の「あなた」に、「先生」は「遺書」を書きます。
「遺書」を書いている「先生」は、過去の悲しい告白を言葉で詳しくつづります。
「恋は罪悪」(41頁、42頁)であること、そして
「私は今自分で自分の心臓を破って、その血をあなたの顔に浴せかけようとしているのです」(173頁)
ウワー。「先生」と「私」の血みどろの真剣な関係が本書には描かれているのです。
本書巻末の「年譜」を見ますと、
夏目漱石は「胃潰瘍で病臥」、「大内出血を起した後」(378頁)死去、とありました。
『こころ』のなかでは「自分で自分の心臓を破って、その血をあなたの顔に浴せかけ」る
などと勢いよく書いていますが、作者自身の病状はそんなことなどは到底無理な状況でした。
自死を決意した「先生(私)」は、「あなた(学生)」宛へ長い手紙を書きます。
「私の鼓動が泊まった時、あなたの胸に新しい命が宿る事が出来るなら満足です」(173頁)
文学的「こころ」のリレーのバトンタッチ。
夏目漱石の場合、こころは、脳ではなく、あくまでも鼓動する心臓に存在するようです。
さらに、新しい命が宿り、その鼓動が聞こえてくるのは、妻の子宮からではなく、
あくまでも「こころ」の中から、のようです。どこまでも自己の中に閉じこもっています。
本書『こころ』を読んでいて、肉体的感情が感じにくかったです。
上半身だけの AI アンドロイドのようなので。
下半身の肉体的感情とは、排泄の感覚や排泄困難の苦しみに悶える
下半身のことです。下半身の肉体の中にも、こころは存在するはずです。
寡黙で静かな作品です。
「先生」の「奥さんの名は静(しず)といった」(30頁)
「そうして K は永久に静なのです」(271頁)
妻にだけは見せないで、と遺書に書き残すことを「先生(私)」は忘れません。
「妻が己れの過去に対してもつ記憶を、なるべく純白にして置いて遣りたいのが私の唯一の希望なのです」(327頁)
うーん。
この腹黒い、ろくでもない世の中に、妻だけ純白にして置かれるのも、
妻にしてみれば寂しいのでは。
妻だって、いつまでも純白を望んでいないかも。
妻のほうが己れの過去に対して夫より暗い記憶を持っている場合だってあるのではないか。
夫と妻のこころの底からのバトルと妥協みたいなものは、本書にはありませんでした。
時代背景のせいかも。
読者の手元に届いた本書の奥付によれば、昭和27年に文庫本が発行されてから、
今年(令和5年)までの間に、なんと202刷、とのこと。
驚くほど多くの読者に長期間、読まれてきた本であることが分かります。
心(こころ)は、心臓の形から来た象形文字です。
精神の中心、感情の中心に存在するのが「こころ」です。
本書『こころ』には、《心》という漢字をタイトルにした本さえあります。
本書だって、タイトルは「こころ」という《ひらがな》ではあるものの、
本文中にたくさん出てくる《心》は全部,漢字でした。
例えば、
安心(75頁)、心配(71頁、112頁、117頁)、利己心(283頁)、良心(284頁、296頁、297頁、310頁)、自尊心(289頁、301頁)・・・ などなど。全部,漢字です。
「心のうちで」(111頁、114頁、117頁、120頁、316頁、144頁、173頁、316頁)
生ずる悲しみを、外から感じ取るのは非常にむずかしいことです。
それを言葉にして、心の外へ吐き出す《文学》にするのは、もっとむずかしいことでしょう。
「先生」の心の中に、
「Kの歩いた路を、Kと同じように辿(たど)っているのだという予覚が、折々風のように私の胸を横過(よこぎ)り始めた」(318頁)のです。
Kのこころが、「先生」のこころに移り、大学生の「私」のこころにも移っていくようです。
伝染病のように。
本書から、明治時代という時代のこころを少し感じ取れました。
江戸時代から明治時代にかけて、文学の世界にも大きな変化がありました。
日本語の文学の文体にも、著しい新しい改革がありました。
それにつれて、日本人の「こころ」も大きく変わったことでしょう。
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こころ 文庫 – 2009/7/7
- 本の長さ336ページ
- 言語日本語
- 出版社プランクトン
- 発売日2009/7/7
- ISBN-104904635051
- ISBN-13978-4904635056
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登録情報
- 出版社 : プランクトン (2009/7/7)
- 発売日 : 2009/7/7
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 336ページ
- ISBN-10 : 4904635051
- ISBN-13 : 978-4904635056
- カスタマーレビュー:
著者について
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(1867-1916)1867(慶応3)年、江戸牛込馬場下(現在の新宿区喜久井町)に生れる。
帝国大学英文科卒。松山中学、五高等で英語を教え、英国に留学した。留学中は極度の神経症に悩まされたという。帰国後、一高、東大で教鞭をとる。1905(明治38)年、『吾輩は猫である』を発表し大評判となる。
翌年には『坊っちゃん』『草枕』など次々と話題作を発表。1907年、東大を辞し、新聞社に入社して創作に専念。『三四郎』『それから』『行人』『こころ』等、日本文学史に輝く数々の傑作を著した。最後の大作『明暗』執筆中に胃潰瘍が悪化し永眠。享年50。
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2023年10月29日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2024年3月5日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
夏目漱石自体あまり読んだ事がなかったのですがたまたまKindleでみつけて試しに読んでみました。イメージ通りな作風で読んで良かった物のひとつになりました。
2024年2月26日に日本でレビュー済み
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夏目漱石の「こころ」の印象として、読む前は学校の教科書に出てきそうなまじめそうなつまらない小説、でした。家に他に本があったら読むことはなかった小説です。たまたま暇な時にkindleですぐ読めそうだったので読み始めました。
とてもハマりました。いろんなことを考えました。当時の時代背景、明治の人達の人間性、愛と嫉妬、男とそのいきざま、知性と裕福さ、等々
何が良くて何が悪いって話じゃないけど、色々考えさせられました。
個人的にはやっぱり先生はずるいぞ、と思いました。誰に対しても。
とてもハマりました。いろんなことを考えました。当時の時代背景、明治の人達の人間性、愛と嫉妬、男とそのいきざま、知性と裕福さ、等々
何が良くて何が悪いって話じゃないけど、色々考えさせられました。
個人的にはやっぱり先生はずるいぞ、と思いました。誰に対しても。
2024年3月31日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
『吾輩は猫である』が一番好きで『こころ』は漱石の小説で読んだことがなかったのですが、全体的には『吾輩は猫である』の方が好きだったので星3の総合評価です。本屋さんでのランキングトップ5のうちトップ1になっているので人気は出ているようですね。
2023年9月30日に日本でレビュー済み
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先生は真面目で優しい人なんだと思いました。
自殺されたのは残念です
自殺されたのは残念です
2023年9月22日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
高校生の時に読んで以来です言葉にならない程心に響きましまた。
2023年9月4日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
高校生の頃に現代文の授業で読んだ「こころ」
教科書には一部が抜粋されており、それがとても面白かった。
先生の独白のなかの人間味のある嫉妬心や愛する人からの侮蔑に対する恐怖、Kにたいしての思いや考察は2023年を生きる私にも深く共感できる心情だった。これが100年前にできた小説だというのだから尚更夏目漱石の凄さを思い知った。現代に生きる我々にもとても刺さるはかないとても人間らしい小説。
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先生の独白のなかの人間味のある嫉妬心や愛する人からの侮蔑に対する恐怖、Kにたいしての思いや考察は2023年を生きる私にも深く共感できる心情だった。これが100年前にできた小説だというのだから尚更夏目漱石の凄さを思い知った。現代に生きる我々にもとても刺さるはかないとても人間らしい小説。
他の国からのトップレビュー
Sarah M.
5つ星のうち5.0
Love it
2019年12月30日にアメリカ合衆国でレビュー済みAmazonで購入
Love this book, I had to read the English translation for a history class I took, decided to buy the original. It was a special edition I recieved (an anniversary edition?) And it's absolutely beautiful. If you can read Japanese I highly reccomend it
Sarah M.
2019年12月30日にアメリカ合衆国でレビュー済み
このレビューの画像
Jodie hammond
5つ星のうち4.0
Small
2019年3月15日にアメリカ合衆国でレビュー済みAmazonで購入
Very small book, fragile, but amazing!
Aurea Zamarripa
5つ星のうち5.0
Beauty beauty!!
2021年2月3日にアメリカ合衆国でレビュー済みAmazonで購入
I love this book, the texture and the size of the letters are really good. The pages are so nice and smell good xD haha love it.