世の中にはノウハウ本、紹介本が溢れている。短時間であることを理解し、世の中をうまく渡っていく。確かにそういった本も必要だと思う。しかし、自分の人生を考えて、悔いのない人生をどうやって生きていくのかを考える場合、ノウハウ本はまず役に立たない。また、特定の宗教や哲学の専門家が書いた名著も、もちろん読む価値はあるものの、ガイドブックという意味では違うと思う。一生をかけて自分の哲学というか人生観を築いていくことは、悔いのない人生を送る上で極めて重要だ。それは、その人の身体や成育史と密接に関わる極めて個人的なものであるべきだ。
この本は、その意味で必要な思想や哲学が実に分かりやすく、こなれた形で書かれている。それは著者の生のこころの遍歴から来るもので、それ故に説得力がある。唯識論については、なかなか難しい仏教のお話で、私も一時興味を持ちどうしたら理解できるかと、ある人から某書物を紹介していただき読んだ経験があった。が、それ以上に分かりやすく簡潔に書かれていた。そして、唯識論が楽しい会話の中で宮沢賢治の哲学や、他力、自力の問題から一神教との関係に及ぶのは鮮やかで驚きであった。唯物論や科学の問題についても、最新のDNAの話題なども取り込み分かりやすく楽しかった。ビズネスパーソンであれば誰でも興味を持つ孔子の思想は当然としても、ごく一部でファンがいる王陽明の思想まで紹介されているのも驚きであった。プラトンからキリスト教神学のはなしも分かりやすく、さらにそうした思想が、実際面では敵対するというより、互いに補うような多面性をもっていることも分かりやすく書かれている。ふと思い出したが、宗教学が唯物論的なアプローチで成り立っているというようなものだ。
この小説の後半は、以上の主な思想が付せんになり、具体的な個人(ハルナ）のこころの成長というか、個人的な宗教体験な話になっていく。今の世の中ではオカルトや極端な事件もあり、神秘的なことに対する抵抗感が強いが、伝統宗教であるカトリックのスペイン巡礼の話など、健全ですんなりと理解できる内容であった。最後のほうの記述、世界の窓は開かれているというフレーズは私にとって宝となった。
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