2013年は、川瀬巴水(1883-1957)の、生誕130年記念で、東京や千葉で展覧会が催される。
著者は、会場の一つの、大田区立郷土博物館の学芸員の方のようだ。
現在入手できる、巴水の原画による版画集としては、カタログ・レゾネ「Kawase Hasui」(ISBN-10: 9074822460)を除けば、本書と、2009年に出版された「川瀬巴水 木版画集」(ISBN-10: 4872422031) の2冊ということになるだろう。
そこで、独断と偏見を交えて、データ的な観点から、両者を比較しつつ、本書を紹介してみたい。(ただし、データの誤記は、ご容赦願いたい。)
(1)本書と「木版画集」の、両者ともに良い点:
◆700以上の作品が知られているらしいが、「木版画集」には288点、本書も(小品も含めると)約300点を収録しており、ともに4割ほどの作品数をカバーしている。
(※注) 本書に対するアマゾンの“内容紹介”には、「図版約370点」とあるが、スナップ写真を入れても、その数には全く到達しない。
おそらく、作品数ではなく、タテ4センチにも満たない<“順序摺”34工程 x 2 = 68>を、“68点”と数えているものと思われる。
◆画質や色のクオリティについては、両者ともに特に問題なく、色もきれいだ。
ただ、両者の優劣を決めるのは難しい。
なぜなら、同じ絵、同じ掲載サイズであっても、すでに原版画の段階で1枚1枚異なるはずであり、そういう“エディション”に関する情報は、両者とも掲載されていない。
ただ、あえて言えば、「木版画集」の方が、どぎつい感じはあるけれども、紙質や解像度は、少し良いと思う。
◆ともに、1ページサイズに近い絵が、2割以上あって、絵の細部がよく伝わる。
この割合が、多いか少ないかは感じ方次第だが、紙数の制約の中で、健闘している印象を受ける。
ただ、本書の方が、大きな絵は、やや目立つ感じだ。
◆ともに巻末に、きちんと年譜が載せられている。
(2)本書の特徴:
◆最大の特徴は、“シリーズもの”の作品は少ないが、その代わりとして、“シリーズもの”以外の作品が充実していることだ。
それら約190点の中には、数多くの風景画の“単独”作品がある。
しかし、それだけでなく、量的には多くないが、例えば三菱から依頼された非売品や、扇絵・カレンダー・ポスターなどもある。
風景画以外にも、花鳥画がいくつかあり、また、「人形畫集」20点のほか、1〜2点だが役者絵・美人画・子供絵・舞台絵・戦争画がある。
ただし、肉筆画はないようだ。
「木版画集」が、ほぼ通常の風景画のみであるのに対して、本書にはバリエーションがあって、川瀬巴水の全貌により近づくことができると言えるだろう。
◆一方、いわゆる“シリーズもの”からは、109点が抜粋されている。
処女作の「塩原連作」(1/3)から始めて、「旅みやげ 第一集」(5/16)、「東京十二題」(8/12)、「東京十二ヶ月」(3/5)、「旅みやげ 第二集」(13/28)、「日本風景選集」(16/36)、「旅みやげ 第三集」(9/26)、「東京二十景」(9/20)、「新日本八景」(2/0)、「東海道風景選集」(7/26)、「日本風景集 [東日本編]」(12/24)、「日本風景集 [関西(実際は、西日本)編]」(11/24)、「新東京百景」(3/6)、「朝鮮八景」(7/8)、「続 朝鮮風景」(3/6)と続く。
(※注) 上記の括弧()内の数字は、<本書の掲載点数/「木版画集」の掲載点数> を示している。
◆第1章(40ページ)が大正期の初期作品、第2章(94ページ)が関東大震災後の作品の数々、第3章(59ページ)が朝鮮旅行から第2次大戦後、という流れになっており、作品の配列は、制作年代が基本になっている。
そのため、巴水の作品と生涯を、重ねて見やすいメリットはある。
ただ、絵の内容がめまぐるしく移り変わるので、少し目が回りそうだ。
そのほか、本書だけの、「木版画集」の方にはない特徴としては、以下の点が挙げられる。
◆解説やコラムが、充実している。
そのため、川瀬巴水の生涯と作品を、初めて知ろうとする人には、とても親切だ。
ただ欲を言えば、短い図版解説は、もっとあっても良かったと思う。
◆摺りの過程(“順序摺”)を、<若狭 久出の濱>という作品を例にとって、紹介したページがある。
(「木版画集」の方にも、“順序摺”解説はあるが、概要にとどまる。)
34段階にも及ぶ製作工程を、1つ1つ再現しており、とても素晴らしい。
グラデーションや深みを出す苦労や、色の置き方の順番が、理解できる。
◆第2次大戦後の作品も、数多く掲載され、ページ数にして約1/5、作品数にして全体の約1/4を占める。
(大戦でダメージを受けた渡邊版画店が、関東大震災後と同じように、“確実に売れる作品で経営を立て直す”べく、名所絵のような、“分かりやすいものに方向転換”して、制作された作品が多いという。)
◆比較的安価である。また、薄いので(1.8 cm)、手にとって見やすい。
◆欠点としては、掲載作品の一覧表も索引も無いので、本全体の概要がつかめず、作品を探すのも大変だ。
作品のバリエーションが豊かで、配列がテーマ別でないだけに、状況は余計に深刻だ。
同じ著者の「高橋松亭の世界」(ISBN-10: 4336047847) においても、一覧表や索引がなく、理解に苦しむ。
一方、2009年に出版された「木版画集」の方は、“シリーズもの”を軸にして本を構成し(収録数 288点中、240点)、シリーズ内の作品は、(おそらく)抜粋せずに、全点を掲載していることが特徴だ。
そのため、本書のように目移りすることなく、あたかも巴水の旅を追体験するかのように、落ち着いて作品を鑑賞できる。
また、全国・東京・朝鮮半島のマップがあって、巴水の取材旅行が視覚的につかめるほか、「川瀬巴水 創作板画解説」(1921年)の貴重なドキュメントが、そのまま掲載されている。
結局、両書ともに長所があって、優劣つけがたい。
仮に両方そろえると、本書と「木版画集」の重複は約130点なので、全700作品以上のうち、約450点をカバーできる。
重複している絵の場合でも、色が微妙に違っていたり、片方では小さくても、もう片方では1ページサイズで大きく見ることができる、といった可能性もある。
いずれにせよ、本書は、“シリーズもの”だけでなく、単独作品や多様な作品群にも重点を置き、かつ、戦後の作品も多数掲載した作品集ということになると思う。
めまぐるしく絵が移り変わるものの、丁寧な解説付きで、巴水の画業を、幅広く世に紹介した画集である。
(※)ちなみに、書店販売はしていないが、本書の著者が執筆されている、「川瀬巴水 -生誕130年記念-」展図録(大田区立郷土博物館発行、2013年)は、300ページに及ぶ、本書と内容的に重なる部分が多い本である。
通常の版画(「新日本八景」からの7作品を含む) が約300作品で、一つの作品に対して、別摺りや試摺りといった“エディション”による違いを、豊富に紹介している。
そのほか、絵はがき・カレンダーなどに加え、本書にある人形画・役者絵などを含めた、約120点が掲載されており、バリエーションは本書を凌ぐ。
さらに、約270点に及ぶ、写生帖や水彩の下絵が、ところ狭しと版画と並べて掲載されており、制作のようすまで垣間見ることができる。
制作年代だけでなく、版元にも着目して配列されており、また、「川瀬巴水木版画集 (1979年) 」などの参考文献からの引用豊富な、“年譜”も読み応えがある。
ただし、多くが1/4ページサイズで大きな絵は少なく、本書のような“本格的画集”というよりは、いわば図録の体裁をとった、熱烈な愛好者向けの“資料集”と言えよう。

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川瀬巴水作品集 大型本 – 2013/4/19
清水 久夫
(著)
■各地の四季折々の美しい自然を描いた代表作をはじめ、図版約370点収録しています。大判でじっくり鑑賞できます。
■生誕130年を記念して、大正〜昭和の風景版画の第一人者であり「旅情詩人」「昭和の広重」と呼ばれる川瀬巴水の約40年にわたる画業を紹介します。
■とくに美麗な印刷で、叙情あふれる繊細な色調を可能な限り忠実に再現しています。巴水独特の闇のディテールが良く出ており、なおかつ深い奥行きまで味わえる、他の類のない画集です。
■生誕130年を記念して、大正〜昭和の風景版画の第一人者であり「旅情詩人」「昭和の広重」と呼ばれる川瀬巴水の約40年にわたる画業を紹介します。
■とくに美麗な印刷で、叙情あふれる繊細な色調を可能な限り忠実に再現しています。巴水独特の闇のディテールが良く出ており、なおかつ深い奥行きまで味わえる、他の類のない画集です。
- 本の長さ200ページ
- 言語日本語
- 出版社東京美術
- 発売日2013/4/19
- 寸法29.7 x 2 x 21 cm
- ISBN-104808709694
- ISBN-13978-4808709693
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商品の説明
出版社からのコメント
2013年刊行の本書に、巴水の精巧な版画技術を拡大画面で楽しめる迫力の巻頭グラビア「巴水と旅」を増補した巴水入門の決定版「川瀬巴水作品集 増補改訂版」(本体価3200円+税)を2019年7月に刊行いたしました。 同書では、傑作の誉れ高い《東京二十景》全20点を掲載、巴水の主要な作品はほぼ網羅し、全掲載作品の索引(英訳タイトル付)も追加、さらに多くの方に楽しんでいただけます。
著者について
1979年から大田区立郷土博物館学芸員として、「川瀬巴水展」(2013年)等に携わる。主な著書に『こころにしみるなつかしい日本の風景 近代の浮世絵師・高橋松亭の世界』(国書刊行会)、『別冊太陽 川瀬巴水決定版 日本の面影を旅する』(2017年、平凡社)などがある。
登録情報
- 出版社 : 東京美術 (2013/4/19)
- 発売日 : 2013/4/19
- 言語 : 日本語
- 大型本 : 200ページ
- ISBN-10 : 4808709694
- ISBN-13 : 978-4808709693
- 寸法 : 29.7 x 2 x 21 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 508,207位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 509位日本人画家の本
- - 72,073位ノンフィクション (本)
- カスタマーレビュー:
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トップレビュー
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2013年10月27日に日本でレビュー済み
2018年12月6日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
はて?? 何故??と言うのが個人的な感想である。
決して内容が悪いとは言ってはいない。
そもそも風景画のなかで彼は一般的に有名ではない、北斎・歌麿なら分からない気もすりるが・・・。
内容は完全版で全てが入っているので気になった方は購入してみるのも良いのではないでしょうか。
最期に彼の名前を「かわせはすい」です。
まさか、ここまできて読めないと言うことは無いと思いますが念のために。
決して内容が悪いとは言ってはいない。
そもそも風景画のなかで彼は一般的に有名ではない、北斎・歌麿なら分からない気もすりるが・・・。
内容は完全版で全てが入っているので気になった方は購入してみるのも良いのではないでしょうか。
最期に彼の名前を「かわせはすい」です。
まさか、ここまできて読めないと言うことは無いと思いますが念のために。
2018年12月4日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
以前、見た絵が実は版画と知ってから
とても驚き、興味がありました。
実際に見てみたいけれど
人混みの中で見るのは・・・
以前、他の画家で平日なのに混み
「鑑賞」出来ず辟易した経験があります。
作品集の中に今は失われた風景に出会え
懐かしさを感じています。
とても綺麗で手にとって見ているだけで
静かな時間が流れるような気がします。
とても驚き、興味がありました。
実際に見てみたいけれど
人混みの中で見るのは・・・
以前、他の画家で平日なのに混み
「鑑賞」出来ず辟易した経験があります。
作品集の中に今は失われた風景に出会え
懐かしさを感じています。
とても綺麗で手にとって見ているだけで
静かな時間が流れるような気がします。
2019年1月31日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
鑑定の番組で 作者を知りました
何回見ても飽きません 30回前後の版刷りには 感嘆します
何回見ても飽きません 30回前後の版刷りには 感嘆します
2019年1月28日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
印刷の質がとてもよく、微妙なグラデーション具合もよく表現されている。
なにより、妙な編集をせず、ひたすら年代順に並べてあるところや、紹介文の絶妙な入れ具合が素晴らしい。
数種類の本が出版されているが、この本を選んで正解だった。
気のせいかもしれないが、この本、なんかいい匂いがする?
なにより、妙な編集をせず、ひたすら年代順に並べてあるところや、紹介文の絶妙な入れ具合が素晴らしい。
数種類の本が出版されているが、この本を選んで正解だった。
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2018年12月22日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
かなりの作品は網羅されていますので、巴水のことがわかると思います。もっと知りたければ、他の資料や本を参照されると、より理解できます。
2019年1月26日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
残念なことに、掛け合わせのフルカラー印刷は原理的に強い色が出せません。
空などの明るい色、赤色全般、夜景の深い青などは元の作品に比べてくすんでいるのではないでしょうか。
ネットに上がっている画像の方がパンチがあるというか。
今の時代ならデジタルで出してもいいのかなとも思います。
収録されている作品の数々は素晴しく、これだけの点数がこの値段で閲覧できることには有り難みを感じます。
空などの明るい色、赤色全般、夜景の深い青などは元の作品に比べてくすんでいるのではないでしょうか。
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今の時代ならデジタルで出してもいいのかなとも思います。
収録されている作品の数々は素晴しく、これだけの点数がこの値段で閲覧できることには有り難みを感じます。
2018年12月24日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
藝大出の絵の先生からこれを進められました。
構図が計算されたようにリズムを刻んで構成されています。
版画ですがその点他の作品にも参考になるのではないでしょうか。
構図が計算されたようにリズムを刻んで構成されています。
版画ですがその点他の作品にも参考になるのではないでしょうか。
他の国からのトップレビュー

IMHO Tep
5つ星のうち5.0
Add Some Beauty to your Coffee Table
2020年1月17日にアメリカ合衆国でレビュー済みAmazonで購入
Beautifully produced collection of some amazing art prints— this is the kind of book you can get lost in for hours.