私が子供時代を送った昭和20~30年代、東京・杉並の荻窪駅の北口には、闇市の雰囲気を色濃く残す「新興マーケット」があり、母の買い物によく付いていったものです。
『闇市』(マイク・モラスキー編、皓星社)は、闇市が登場する短篇小説集です。「闇市とは、戦中から戦後にかけて存在していた違法の市場である。とりわけ戦後の闇市は、食料から衣類や日用雑貨まで、日々の暮らしに必要なありとあらゆる物資が売り買いされる場所であった」。
収録されている11編とも興味深いのですが、とりわけ印象に残ったのは、平林たい子の『桜の下にて』、梅崎春生の『蜆』、中里恒子の『蝶々』――の3作品です。
『桜の下にて』では、戦後、ヒロインの「珠子は優秀な女学生であり、卒業してからも上級学校へ進学する心づもりでいるが、経済的な事情から、進学の夢を捨てざるを得ない。同じく優秀な同級生の井上さんがいきなり学校を中退し駅前の闇市の屋台を母親と一緒に営むことになる」。「『でも勇敢だわねえ』。『生きる為よ』。井上さんは冷静な口調でそう言った。それが何だか幾度も言い慣れた言葉のように聞えて、珠子は一寸淋しかった。たった十日の商売の間に、井上さんの気持の肌には、一と皮薄い皮が張ったような感じだった。深い物思いに囚えられながら珠子は戻って来た」。
『蜆』には、「(ドアがなくなってしまっている満員)電車から押し出される(善人で義侠心過剰な)おっさんの(車外への落下)死を身近に目撃する体験を経て、ふと悟ったかのごとく『一層のこと闇屋にでもなったろか』とつぶやく」男が登場します。
『蝶々』の「主人公の薩摩富久子は戦中、海軍長官の夫人だった」が、戦後、「闇市でやきとり屋の屋台を始める」。「闇市でやきとり屋の女将さんになったということで、ずいぶん落ちぶれてしまったと見なす人もいるが、本人はそのように考えていない。むしろ、長年の束縛から解放されたように感じる」のです。
闇市の雰囲気を知っている者には懐かしい一冊です。知らない人には、戦後の混乱期を実感するのに恰好な材料となるでしょう。
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闇市 (シリーズ紙礫) 単行本(ソフトカバー) – 2015/8/22
マイク・モラスキー
(編集)
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戦後の焼け跡に、非合法の市場 「闇市」ができてから70年。
食料、衣類、雑貨、生活に必要なものはなんでもあった闇市で、
人々はどのような日常を送り、敗戦後の混乱に満ちた時代を生き抜いたのか?
「闇市」をめぐる、はじめてのアンソロジー! !
マイク・モラスキー「はじめに」より
本書は皓星社から新たに刊行される『シリーズ 紙礫』の第1巻である。
戦争末期および終戦直後の闇市をめぐる短編小説集としては、初めての試みとなる。
収録されている11篇のうち8篇が1946年から49年の間に発表されているので、
本書は主として終戦直後に書かれた文学作品のアンソロジーだと見なしてよいだろう。
…… とりわけ終戦直後、闇物資なしでは生きていけなかったということは、
老若男女を問わず、誰もが何らかの形で闇市に頼っていたということでもある。
作家達ももちろん例外ではなく、闇市の風景が描かれている作品は少なくない。……
闇市を描いた本書の作品群はある種の窓のようなもので、その向こう側にある当時の日本社会を、
様々な角度から光で照らして見せてくれるのである。
目次
〈経済流通システム〉
「貨幣」 太宰治
「軍事法廷」 耕治人 ※全集未収録作品
「裸の捕虜」 鄭承博
〈新時代の象徴〉
「桜の下にて」 平林たい子
「にぎり飯」 永井荷風
「日月様」 坂口安吾
「浣腸とマリア」 野坂昭如
〈解放区〉
「訪問客」 織田作之助
「蜆(しじみ)」 梅崎春生
「野ざらし」 石川淳
「蝶々」 中里恒子
解説 マイク・モラスキー
食料、衣類、雑貨、生活に必要なものはなんでもあった闇市で、
人々はどのような日常を送り、敗戦後の混乱に満ちた時代を生き抜いたのか?
「闇市」をめぐる、はじめてのアンソロジー! !
マイク・モラスキー「はじめに」より
本書は皓星社から新たに刊行される『シリーズ 紙礫』の第1巻である。
戦争末期および終戦直後の闇市をめぐる短編小説集としては、初めての試みとなる。
収録されている11篇のうち8篇が1946年から49年の間に発表されているので、
本書は主として終戦直後に書かれた文学作品のアンソロジーだと見なしてよいだろう。
…… とりわけ終戦直後、闇物資なしでは生きていけなかったということは、
老若男女を問わず、誰もが何らかの形で闇市に頼っていたということでもある。
作家達ももちろん例外ではなく、闇市の風景が描かれている作品は少なくない。……
闇市を描いた本書の作品群はある種の窓のようなもので、その向こう側にある当時の日本社会を、
様々な角度から光で照らして見せてくれるのである。
目次
〈経済流通システム〉
「貨幣」 太宰治
「軍事法廷」 耕治人 ※全集未収録作品
「裸の捕虜」 鄭承博
〈新時代の象徴〉
「桜の下にて」 平林たい子
「にぎり飯」 永井荷風
「日月様」 坂口安吾
「浣腸とマリア」 野坂昭如
〈解放区〉
「訪問客」 織田作之助
「蜆(しじみ)」 梅崎春生
「野ざらし」 石川淳
「蝶々」 中里恒子
解説 マイク・モラスキー
- 本の長さ340ページ
- 言語日本語
- 出版社皓星社
- 発売日2015/8/22
- ISBN-104774406058
- ISBN-13978-4774406053
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商品の説明
出版社からのコメント
終戦直後を描いた文学作品のなかには、非合法の市場であった「闇市」の風景が描かれている作品が少なくありません。
しかしいままで、社会現象として注目されることはあっても、「闇市」に特化したアンソロジーはありませんでした。
本書では、文庫化されていない作品や全集未収録作品も収録されており、
全ての読者のかたにとって、未知の作品との出会いがあるような編纂になっています。
そして、マイク・モラスキーさんの読みごたえのある解説は、解説の枠をこえて、一つの「闇市文学試論」となっています。是非ご一読ください。
しかしいままで、社会現象として注目されることはあっても、「闇市」に特化したアンソロジーはありませんでした。
本書では、文庫化されていない作品や全集未収録作品も収録されており、
全ての読者のかたにとって、未知の作品との出会いがあるような編纂になっています。
そして、マイク・モラスキーさんの読みごたえのある解説は、解説の枠をこえて、一つの「闇市文学試論」となっています。是非ご一読ください。
著者について
マイク・モラスキー
1956年米国セントルイス市生まれ。1976年に初来日し、のべ20数年日本滞在。
2013年より早稲田大学国際学術院教授。日本語の著書に、『戦後日本のジャズ文化』『占領の記憶/記憶の占領』
『呑めば、都』『日本の居酒屋文化』など。
1956年米国セントルイス市生まれ。1976年に初来日し、のべ20数年日本滞在。
2013年より早稲田大学国際学術院教授。日本語の著書に、『戦後日本のジャズ文化』『占領の記憶/記憶の占領』
『呑めば、都』『日本の居酒屋文化』など。
登録情報
- 出版社 : 皓星社 (2015/8/22)
- 発売日 : 2015/8/22
- 言語 : 日本語
- 単行本(ソフトカバー) : 340ページ
- ISBN-10 : 4774406058
- ISBN-13 : 978-4774406053
- Amazon 売れ筋ランキング: - 355,771位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 96,438位文学・評論 (本)
- カスタマーレビュー:
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2016年1月30日に日本でレビュー済み
2018年8月23日に日本でレビュー済み
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底本は2015年、皓星社より。単行本のほうには収録リストが掲載されてますが、こちらにはないようなので、コピペを。
〈経済流通システム〉
「貨幣」 太宰治/「軍事法廷」 耕治人 ※全集未収録作品/「裸の捕虜」 鄭承博
〈新時代の象徴〉
「桜の下にて」 平林たい子/「にぎり飯」 永井荷風/「日月様」 坂口安吾/「浣腸とマリア」 野坂昭如
〈解放区〉
「訪問客」 織田作之助/「蜆(しじみ)」 梅崎春生/「野ざらし」 石川淳/「蝶々」 中里恒子
編者のモラスキーさんはセントルイス生まれ。はじめは「本土および沖縄の小説で、アメリカ占領時代がどう描かれ、記憶されたか」を研究していたそうですが、その後、戦後日本のジャズ文化や居酒屋文化へと手を広げ、『戦後日本のジャズ文化』(岩波現代文庫)は好著です。いまは早稲田で教鞭をとっておられるそうで、みごとな日本語をお書きになります。巻末の「解説」は、そのまま短い「闇市文学・試論」ですね。
編集方針として、①文学として読みごたえがある。②闇市の社会的な意義を考えるうえで好適である。③東京のみならず関西や地方の闇市が描かれたものも含む。など、8つの項目が上がっていますが、その中に、「なるべくふつうに入手しづらいもの」を選ぶという趣旨のものがあり、おかげで例えば石川淳でも、有名な「焼跡のイエス」じゃなく、「野ざらし」が読めるわけです。
新潮文庫といえば、「日本文学100年の名作」というすばらしいシリーズがあって、日本近代史の資料としても、名作集としても楽しめますが、私は、この本もまたその中の一冊と思って読みました。ほとんどが敗戦後まもなく発表されたものですが、50年代、60年代、70年代に発表されたものもある。どの作品からも、猥雑な熱気が伝わってきます。
〈経済流通システム〉
「貨幣」 太宰治/「軍事法廷」 耕治人 ※全集未収録作品/「裸の捕虜」 鄭承博
〈新時代の象徴〉
「桜の下にて」 平林たい子/「にぎり飯」 永井荷風/「日月様」 坂口安吾/「浣腸とマリア」 野坂昭如
〈解放区〉
「訪問客」 織田作之助/「蜆(しじみ)」 梅崎春生/「野ざらし」 石川淳/「蝶々」 中里恒子
編者のモラスキーさんはセントルイス生まれ。はじめは「本土および沖縄の小説で、アメリカ占領時代がどう描かれ、記憶されたか」を研究していたそうですが、その後、戦後日本のジャズ文化や居酒屋文化へと手を広げ、『戦後日本のジャズ文化』(岩波現代文庫)は好著です。いまは早稲田で教鞭をとっておられるそうで、みごとな日本語をお書きになります。巻末の「解説」は、そのまま短い「闇市文学・試論」ですね。
編集方針として、①文学として読みごたえがある。②闇市の社会的な意義を考えるうえで好適である。③東京のみならず関西や地方の闇市が描かれたものも含む。など、8つの項目が上がっていますが、その中に、「なるべくふつうに入手しづらいもの」を選ぶという趣旨のものがあり、おかげで例えば石川淳でも、有名な「焼跡のイエス」じゃなく、「野ざらし」が読めるわけです。
新潮文庫といえば、「日本文学100年の名作」というすばらしいシリーズがあって、日本近代史の資料としても、名作集としても楽しめますが、私は、この本もまたその中の一冊と思って読みました。ほとんどが敗戦後まもなく発表されたものですが、50年代、60年代、70年代に発表されたものもある。どの作品からも、猥雑な熱気が伝わってきます。