
無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
原発難民 放射能雲の下で何が起きたのか (PHP新書) 新書 – 2012/10/16
烏賀陽 弘道
(著)
被曝は「人災」だった。誤解、偏見、差別、対立、いじめ……絆を引き裂かれた苦しみは続いている。
「地元に帰らず、ホテルに住めていいねえ」「東電からいっぱいもらっているんでしょう?」「放射能が移るから近寄るな! 」――何気ないひと言や所作に原発被災者たちは疑心暗鬼となり、神経をすり減らす。誤解や偏見は差別やいじめへと発展する。そのストレスは計り知れない。
「避難すべき人が避難できずに被曝した」「必要のない人に避難を強制した」。福島第一原発事故で、政府は二重の誤りを犯した。ある人は「被曝」というかたちで犠牲になり、ある人は「避難」というかたちで家や仕事を奪われた。
「真実を知ってほしい」。絆を引き裂かれた住民の心は、いまだに苦しみの渦中で喘いでいる。
「3・11」以後、南相馬市、飯舘村、双葉町など原発事故被災地はもとより、山形県、埼玉県、群馬県といった避難先を取材しつづけたジャーナリストが緊急報告。
「地元に帰らず、ホテルに住めていいねえ」「東電からいっぱいもらっているんでしょう?」「放射能が移るから近寄るな! 」――何気ないひと言や所作に原発被災者たちは疑心暗鬼となり、神経をすり減らす。誤解や偏見は差別やいじめへと発展する。そのストレスは計り知れない。
「避難すべき人が避難できずに被曝した」「必要のない人に避難を強制した」。福島第一原発事故で、政府は二重の誤りを犯した。ある人は「被曝」というかたちで犠牲になり、ある人は「避難」というかたちで家や仕事を奪われた。
「真実を知ってほしい」。絆を引き裂かれた住民の心は、いまだに苦しみの渦中で喘いでいる。
「3・11」以後、南相馬市、飯舘村、双葉町など原発事故被災地はもとより、山形県、埼玉県、群馬県といった避難先を取材しつづけたジャーナリストが緊急報告。
- 本の長さ224ページ
- 言語日本語
- 出版社PHP研究所
- 発売日2012/10/16
- ISBN-104569804179
- ISBN-13978-4569804170
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
登録情報
- 出版社 : PHP研究所 (2012/10/16)
- 発売日 : 2012/10/16
- 言語 : 日本語
- 新書 : 224ページ
- ISBN-10 : 4569804179
- ISBN-13 : 978-4569804170
- Amazon 売れ筋ランキング: - 809,374位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。

うがや・ひろみち
1963年1月京都市生まれ。
1986年、京都大学経済学部を卒業し朝日新聞社に入社。名古屋本社社会部などを経て1991年からニュース週刊誌「アエラ」編集部員。
1992~94年に米国コロンビア大学国際公共政策大学院に自費留学し、軍事・安全保障論で修士号を取得。
1998~99年にアエラ記者としてニューヨークに駐在。
2003年に早期定退職。
以後フリーランスの報道記者・写真家として活動している。
http://ugaya.org/
https://note.mu/ugaya
Facebook: https://www.facebook.com/hiromichiugaya
Twitter: @hirougaya
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2015年6月5日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
福島で何がおこったのか。何がおきつつあるのか。私が知りたかったことが書いてありました。今、何がおこっているのかを正しく知ることから新たなことは始まりません。資料として十分な価値がある本です。
2012年12月13日に日本でレビュー済み
「この国は事実上の戦時下にあります。福島原発から放出される放射性物質は日割り換算でおおよそ小型原発1個分に相当し、連日にわたり国民は空爆にさらされているに等しいわけです。関東はすでに高濃度汚染地域が点在し、首都の存続すら危ぶまれる状況になりながらも、太平洋戦争末期に倣い厳重な報道管制がしかれ、「戦況」である放射性物質の飛散状況は完全に隠蔽されています」(響堂雪乃『 独りファシズム 』2011/06/27から)
本書は、朝日新聞記者等を経て、フリージャーナリスト(及び写真家)となった烏賀陽弘道(ウガヤ・ヒロミチ)さんの2011年3月11日に起こった「原発災害によって住民が受けた被害を、住民の視点から報告し、記録すること」(p.6)を主目的としたルポルタージュである。そして、スリーマイル島(1979年)、チェルノブイリ(1986年)に次ぐ、私に言わせれば人類史上最大かつ最悪の東電福島第一原子力発電所の甚大事故から、「如何なる『教訓』を学ぶべきか」を扇情的にならず、極めて冷静客観的な筆致でレポートしている。実際、烏賀陽さんは「万一のときには何が起きるのか。市民が必要な事実を知り、そのうえで、原発を維持するのか、やめるのかを決める。それが民主主義社会における「インフォームド・コンセント」(十分に知らされたうえでの合意)の原則です。そうした判断材料の一つに、本書がなってほしい」(p.9)と述べている。そういった意味で、原発事故は何をもたらしたのか…肝胆を砕かねばならない。
日がな一日ツイートしているナニワ生まれの極右政党の代表代行は、衆院選が公示された12月4日、誕生間もない新党が公約した「卒原発」を念頭に置いて「『10年後に原発ゼロ!』と叫ぶのは、『10年後に火星に行くぞ!』と叫ぶのと同じレベル」と批判したそうだ(12/4付共同通信)。それを一字一句変えずに、2022年12月31日までに国内17基の原発の全廃を決定した ドイツのメルケル首相 や連邦議会議員などに直接伝えてみてはどうだろうか?“大親分”の意向もあって、急に“現実的”となった素振りだが、政治家(政党)が方向性、大局観を示さずに、一体誰が国策を進めるのか…?ここで思い起こしてみよう。衆院解散前、政党の党首クラスで、果断な決定を下したドイツを実際に訪れて意見交換し、「ただちに原発稼働ゼロ」という政策を打ち出した政治家を…。小沢一郎さん唯一人ではなかったか…。「フクシマの民を忘れるな!」「原発をゼロに!」が日本国民“共通の思い”とならねばならない。
Amazonで購入
「この国は事実上の戦時下にあります。福島原発から放出される放射性物質は日割り換算でおおよそ小型原発1個分に相当し、連日にわたり国民は空爆にさらされているに等しいわけです。関東はすでに高濃度汚染地域が点在し、首都の存続すら危ぶまれる状況になりながらも、太平洋戦争末期に倣い厳重な報道管制がしかれ、「戦況」である放射性物質の飛散状況は完全に隠蔽されています」(響堂雪乃『 独りファシズム 』2011/06/27から)
本書は、朝日新聞記者等を経て、フリージャーナリスト(及び写真家)となった烏賀陽弘道(ウガヤ・ヒロミチ)さんの2011年3月11日に起こった「原発災害によって住民が受けた被害を、住民の視点から報告し、記録すること」(p.6)を主目的としたルポルタージュである。そして、スリーマイル島(1979年)、チェルノブイリ(1986年)に次ぐ、私に言わせれば人類史上最大かつ最悪の東電福島第一原子力発電所の甚大事故から、「如何なる『教訓』を学ぶべきか」を扇情的にならず、極めて冷静客観的な筆致でレポートしている。実際、烏賀陽さんは「万一のときには何が起きるのか。市民が必要な事実を知り、そのうえで、原発を維持するのか、やめるのかを決める。それが民主主義社会における「インフォームド・コンセント」(十分に知らされたうえでの合意)の原則です。そうした判断材料の一つに、本書がなってほしい」(p.9)と述べている。そういった意味で、原発事故は何をもたらしたのか…肝胆を砕かねばならない。
日がな一日ツイートしているナニワ生まれの極右政党の代表代行は、衆院選が公示された12月4日、誕生間もない新党が公約した「卒原発」を念頭に置いて「『10年後に原発ゼロ!』と叫ぶのは、『10年後に火星に行くぞ!』と叫ぶのと同じレベル」と批判したそうだ(12/4付共同通信)。それを一字一句変えずに、2022年12月31日までに国内17基の原発の全廃を決定した ドイツのメルケル首相 や連邦議会議員などに直接伝えてみてはどうだろうか?“大親分”の意向もあって、急に“現実的”となった素振りだが、政治家(政党)が方向性、大局観を示さずに、一体誰が国策を進めるのか…?ここで思い起こしてみよう。衆院解散前、政党の党首クラスで、果断な決定を下したドイツを実際に訪れて意見交換し、「ただちに原発稼働ゼロ」という政策を打ち出した政治家を…。小沢一郎さん唯一人ではなかったか…。「フクシマの民を忘れるな!」「原発をゼロに!」が日本国民“共通の思い”とならねばならない。
2014年2月2日に日本でレビュー済み
当事者が不作為であったり、無能力であったりして、被爆する必要のない多くの住民が被曝してしまった事実を丹念に記述した好著。
SPEEDIの情報が無視されたり、PBSが使われなかったり、海外の人々が分かっていることが地元の人々に伝えられなかった事実は「人災」の名に値する。
いま、再稼働が論議され、地元住民の避難計画が立てられているかどうかが論点になっているが、当事者たちの責任意識があまりにもずさんでそのことだけをとっても運転の資格がないと思わせる。
SPEEDIの情報が無視されたり、PBSが使われなかったり、海外の人々が分かっていることが地元の人々に伝えられなかった事実は「人災」の名に値する。
いま、再稼働が論議され、地元住民の避難計画が立てられているかどうかが論点になっているが、当事者たちの責任意識があまりにもずさんでそのことだけをとっても運転の資格がないと思わせる。
2013年2月7日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
読みながら著者のFBやツイッターをチェックすると危機感(臨場感)を益々感じます。何時何処何がどうなった?知りたいなら読むべき
2012年10月17日に日本でレビュー済み
2011年3月11日の福島第一原子力発電所事故から早くも1年7ケ月が経過した。
東京都内で大地震の被害にあっただけの私にしてみると、その年月がすごく早いと感じるとともに、
かなり時間が経った、とも感じる、というアンビバレントな感覚を抱いている、というが正直なところであろうか。
その間には、ロンドン・オリンピックが華やかに開催され、また、つい先日には、京都大学の山中伸弥教授がノーベル生理学・医学賞を受賞し、マスコミや世間はノーベル賞フィーバーとなった。
そして、あの大きな事故についての記憶は、世間、特に、私の住む大都会、東京などでは少しずつ忘れ去られようとしているように感じるのである。
あまり他人事のように書くのは避けようと思う。
しかし、私自身、あの「フクシマ」について、それほど真剣に考えたことがなかった。
実際、あの事故以来、復興のために幾ばくかの寄付をしたことはあったが、「フクシマ」の現場を実際に見たことはなかった。それは、私のような単なる一般人が現地を訪れることに、かなり迷惑になるのではないか、或いは、深い考えを持たない私のような者の訪問が「フクシマ」の人々を逆に勇気づけるよりも傷つけるのでないか、と考えて、被災地訪問についてひどい躊躇があったというのが正直なところである。
さて、本書は、フリージャーナリスト兼カメラマンの烏賀陽弘道氏が、3.11の事故後に、「フクシマ」の被災地及び被災地から避難した人々をこまめに訪れて、インタビューした記録である。
著者の烏賀陽氏は、「はじめに」でこのように述べる。
本書では、日本の中央で盛んに論じられ、また、ツイッター等でも論争が絶えることのない、「脱原発」、「反原発」、「原発推進」というような原発の是非を問うことはしない、また、これも、専門の科学者や学者で事故後論争が引き続いている、放射能の被による住民の健康への影響等についても言及しない、と。
そのためか、烏賀陽氏の筆致には、政府や東京電力の対応のまずさに対する怒りは感じるが、激烈ではない、とても理性的であり、穏やかである。
しかし、逆に、そのような筆致の方が、相手に怒りを露わにした筆致よりも心に響くものである。
特に、読んでいて考えがえさせるのは、被災地「フクシマ」から山形などに避難した人々(これらの人々を烏賀陽氏は、「原発難民」と呼ぶ)が放射能の被爆という事実によって差別かと思われる対応を受けていることである。
そして、フクシマ取材の最中からずっと疑問に思っていた、「なぜ、原発事故が起きたのか。」と
「なぜ、住民を避難させることが出来なかったのか。」という問いを別々に考えることに気づく。
そんな時、松野元さんという四国電力で「原子力ムラ」にいた人が書いた『原子力防災-原子力リスクすべてと正しく向き合うために』(創英社/三省堂書店)という本にめぐり合う。それをAmazonで入手して読んだ、烏賀陽氏は驚く。この本には、原発災害に関わる「あらゆるシナリオ」が書かれていた。読んだ烏賀陽氏は、考えた。これは、「フクシマ」の事故後に刊行された書籍であろう、と。
しかし、しれは、違っていた。書籍の奥付を見ると、2007年1月とあった。
「何故だ!」と烏賀陽氏は考えた、に違いない。
居ても立ってもいられない(これは、私の想像である)烏賀陽j氏は、この著者に連絡をして、はるばる四国まで会いに行き、上記の自分の疑問に関わる質問をする。
烏賀陽氏による松野氏へのインタビューの内容については、本書の内容に譲ることとする。
それは、書いてしまうのがもったいない、ということもあるのであるが、私自身は、特に。このインタビューが本書のハイライトのような気がしてしまっているからである。
読みたいご仁は、必ず、リアル書店か、Amazonで購入し、読んでほしい。
ここまで長々とたわいもないことを書き連ねてきてしまった。
本書を語弊があるかもしれぬが、大変興味深く読むことができた、と思う。あの忘れかけている事故についてのリマインダーである。あの事故の記憶が歴史になるとしたら、参照される「記録」となるかもしれない。
東京都内で大地震の被害にあっただけの私にしてみると、その年月がすごく早いと感じるとともに、
かなり時間が経った、とも感じる、というアンビバレントな感覚を抱いている、というが正直なところであろうか。
その間には、ロンドン・オリンピックが華やかに開催され、また、つい先日には、京都大学の山中伸弥教授がノーベル生理学・医学賞を受賞し、マスコミや世間はノーベル賞フィーバーとなった。
そして、あの大きな事故についての記憶は、世間、特に、私の住む大都会、東京などでは少しずつ忘れ去られようとしているように感じるのである。
あまり他人事のように書くのは避けようと思う。
しかし、私自身、あの「フクシマ」について、それほど真剣に考えたことがなかった。
実際、あの事故以来、復興のために幾ばくかの寄付をしたことはあったが、「フクシマ」の現場を実際に見たことはなかった。それは、私のような単なる一般人が現地を訪れることに、かなり迷惑になるのではないか、或いは、深い考えを持たない私のような者の訪問が「フクシマ」の人々を逆に勇気づけるよりも傷つけるのでないか、と考えて、被災地訪問についてひどい躊躇があったというのが正直なところである。
さて、本書は、フリージャーナリスト兼カメラマンの烏賀陽弘道氏が、3.11の事故後に、「フクシマ」の被災地及び被災地から避難した人々をこまめに訪れて、インタビューした記録である。
著者の烏賀陽氏は、「はじめに」でこのように述べる。
本書では、日本の中央で盛んに論じられ、また、ツイッター等でも論争が絶えることのない、「脱原発」、「反原発」、「原発推進」というような原発の是非を問うことはしない、また、これも、専門の科学者や学者で事故後論争が引き続いている、放射能の被による住民の健康への影響等についても言及しない、と。
そのためか、烏賀陽氏の筆致には、政府や東京電力の対応のまずさに対する怒りは感じるが、激烈ではない、とても理性的であり、穏やかである。
しかし、逆に、そのような筆致の方が、相手に怒りを露わにした筆致よりも心に響くものである。
特に、読んでいて考えがえさせるのは、被災地「フクシマ」から山形などに避難した人々(これらの人々を烏賀陽氏は、「原発難民」と呼ぶ)が放射能の被爆という事実によって差別かと思われる対応を受けていることである。
そして、フクシマ取材の最中からずっと疑問に思っていた、「なぜ、原発事故が起きたのか。」と
「なぜ、住民を避難させることが出来なかったのか。」という問いを別々に考えることに気づく。
そんな時、松野元さんという四国電力で「原子力ムラ」にいた人が書いた『原子力防災-原子力リスクすべてと正しく向き合うために』(創英社/三省堂書店)という本にめぐり合う。それをAmazonで入手して読んだ、烏賀陽氏は驚く。この本には、原発災害に関わる「あらゆるシナリオ」が書かれていた。読んだ烏賀陽氏は、考えた。これは、「フクシマ」の事故後に刊行された書籍であろう、と。
しかし、しれは、違っていた。書籍の奥付を見ると、2007年1月とあった。
「何故だ!」と烏賀陽氏は考えた、に違いない。
居ても立ってもいられない(これは、私の想像である)烏賀陽j氏は、この著者に連絡をして、はるばる四国まで会いに行き、上記の自分の疑問に関わる質問をする。
烏賀陽氏による松野氏へのインタビューの内容については、本書の内容に譲ることとする。
それは、書いてしまうのがもったいない、ということもあるのであるが、私自身は、特に。このインタビューが本書のハイライトのような気がしてしまっているからである。
読みたいご仁は、必ず、リアル書店か、Amazonで購入し、読んでほしい。
ここまで長々とたわいもないことを書き連ねてきてしまった。
本書を語弊があるかもしれぬが、大変興味深く読むことができた、と思う。あの忘れかけている事故についてのリマインダーである。あの事故の記憶が歴史になるとしたら、参照される「記録」となるかもしれない。
2017年10月4日に日本でレビュー済み
肝心な日本人(特に現場近くの方々)に届いてないって一体どうなっているのか?遠いから関係無いとかではなく。それぞれがこの本を読んで学ぶことが大切だと思いました。
2012年10月25日に日本でレビュー済み
タイトルの「原発難民」は刺激的ですが、世界のものさしで見ると東京電力原発事故で住まいを追われた人々はIDP(Internally Displaced People / Person)=国内難民、と呼ばれる事になってしまったのです。東京電力と政府のせいで。
あとがきによりますと、本書に収録した原稿の多くはインターネットのニュースサイト「JBPress」に初出であったものだそうですが、改めてまとめて読むと何故あの時、人々の無用な被爆を避ける行動を政府や東京電力が取らなかったのか?、という怒りが甦ってきておさまりません。
多くのメディアで語られている通り確かに地震と津波は天災ですが、その後の原発の処置と避難指示を出さなかった事による被爆被害は人災です。 原子力防災―原子力リスクすべてと正しく向き合うために の著者、松野元氏が語る第4章の内容は衝撃的です。
この人災を生み出した人間の責任を追及しない限り、警戒区域に今も眠り、家族が再会を希望している人々の魂が浮かばれません。
絶対に許さない。
あとがきによりますと、本書に収録した原稿の多くはインターネットのニュースサイト「JBPress」に初出であったものだそうですが、改めてまとめて読むと何故あの時、人々の無用な被爆を避ける行動を政府や東京電力が取らなかったのか?、という怒りが甦ってきておさまりません。
多くのメディアで語られている通り確かに地震と津波は天災ですが、その後の原発の処置と避難指示を出さなかった事による被爆被害は人災です。 原子力防災―原子力リスクすべてと正しく向き合うために の著者、松野元氏が語る第4章の内容は衝撃的です。
この人災を生み出した人間の責任を追及しない限り、警戒区域に今も眠り、家族が再会を希望している人々の魂が浮かばれません。
絶対に許さない。