セピア色した表紙の女性が作品を物語っている。
風に髪をなびかせ、大きなトランクであろうか、それに寄りかかりながら、大西洋航路に
身を任せている若き女性。顔はどの方角を向いているのだろうか。故郷アイルランドか、
新天地ニューヨークか。揺れ動く心理を表しているように想像できるが、顔の表情は読み
とれない。
時代は、主人公のデートで、ミュージカル映画『雨に唄えば』や『ニューヨーク美人』
が話題になっているので、1952年頃と思われる。アイルランドのエニスコーシーとニュー
ヨークのブルックリンを往復する女性の生活やみずみずしい内面を描写している物語。
複雑な乙女心の心理を味わえる。
主人公 アイリッシュ・レイシー、年齢は明記されていないが、姉ローズが三十歳、兄
三人がいるので二十歳前後であろう。父を亡くし母親と姉と生活をしている。独立心強く
、地元で就職先がないため、いずれは資格をとって事務職を、と考えている。
ブルックリンで宣教師をしているブラッド神父が、架け橋となり身元保証人となり、ア
イリッシュをブルックリンに招聘する。
そして、百貨店の店員をしながらブルックリン・カレッジで会計学を学ぶようになる。
一方、アイルランド人ばかりの下宿屋の家主や同居人、教会の教区活動、ダンスパーティ
ー参加で、人間関係に悩み、気を遣い、翻弄されながらも成長していく。
特に、アイリッシュの視点で、人種差別(黒人女性がナイロンストッキングを買う場面)
、仕事上(掃除婦、配管工)への人格差別などを、それとなく繊細に描いている。
また、結婚の約束をしてしまうトニーがイタリア移民の子であるため、周囲から「イタリ
ア男」との交際の仕方をアドバイスされたり、海水浴のデートのため何回も水着を試着す
る場面は面白い。
ただ、彼女は、想像力が豊かで、相手のことを深く思いやる性格であるため、閉ざされ
た世界(地域、職場、下宿など)で窮屈で息苦しい思いをする。
ボーイフレンドについて、ブルックリンの配管工トニーと故郷エニスコーシーの裕福な
家の息子ジムから求婚され、トニーとすでに簡易結婚式を挙げているにも関わらず、両者
にいい顔をしたいがために揺れ動く彼女の心理を詳細に描写している。どちらが夢で現実
か分からなくなってしまう。複雑で迷いに迷う心が読者の胸にストレートに響いてくる。
自分がアイリッシュの立場になれば、トニーかジムか、どちらを選択するだろうか。
ブルックリン生活の詳細を母親、姉に頻繁に手紙で知らせているが、トニーについては
最後の土壇場まで、母親だけに云わなかった、その心は何だろうか。
アイリッシュを中心とした、エニスコーシーとブルックリン生活の青春物語である。
教区のパーティーでアイルランド人が歌う「もしお前がわたしのものになったら、おおわ
がこころの宝よ」に彼女の将来を祈ろう。残念ながら、映画『ニューヨーク美人』のよう
なエンディングにはならなかったが。
訳者は栩木伸明である。簡潔で淡々とした文体表現のコルム・トビーン作品『マリアが
語り遺したこと』の聖母マリヤ、本作品のアイリッシュ、両女性の精緻な心理の襞を、読
者に解りやすく伝えてくれる名訳である。

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ブルックリン (エクス・リブリス) 単行本 – 2012/6/2
ジョイス、マクガハン、トレヴァーの系譜を継ぐ、アイルランド文学の至宝!
舞台はアイルランドの田舎町エニスコーシーと、ニューヨークのブルックリン、時代は1951年ごろから2年間あまり。主人公アイリーシュはエニスコーシーに母と姉とともに暮らす若い娘。女学校を出て、才気はあるが、地元ではろくな職もないので、神父のあっせんでブルックリンに移住する。そしてアイリッシュ・コミュニティの若い娘たちが住む下宿屋に暮らし、デパートの店員となる。しかしホームシックに悩み、簿記の資格をとるため夜学に通い、週末にはダンスホールに行く。そこでイタリア移民の若者トニーと恋に落ちるが、思わぬ事情でアイルランドに帰国する。ブルックリンへ戻るつもりでいたが、地元でハンサムなジムと再会する……。当時の社会と文化の細部を鮮やかに再現し、巧みな会話と心理描写が冴えわたる傑作長編。
舞台はアイルランドの田舎町エニスコーシーと、ニューヨークのブルックリン、時代は1951年ごろから2年間あまり。主人公アイリーシュはエニスコーシーに母と姉とともに暮らす若い娘。女学校を出て、才気はあるが、地元ではろくな職もないので、神父のあっせんでブルックリンに移住する。そしてアイリッシュ・コミュニティの若い娘たちが住む下宿屋に暮らし、デパートの店員となる。しかしホームシックに悩み、簿記の資格をとるため夜学に通い、週末にはダンスホールに行く。そこでイタリア移民の若者トニーと恋に落ちるが、思わぬ事情でアイルランドに帰国する。ブルックリンへ戻るつもりでいたが、地元でハンサムなジムと再会する……。当時の社会と文化の細部を鮮やかに再現し、巧みな会話と心理描写が冴えわたる傑作長編。
- 本の長さ340ページ
- 言語日本語
- 出版社白水社
- 発売日2012/6/2
- ISBN-10456009022X
- ISBN-13978-4560090220
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商品の説明
出版社からのコメント
「セットの最後の曲がはじまった。アイリーシュは、この曲が今まで聞いた中で格段にロマンチックだと思った。トニーが体を近づけてきた。アイリーシュは静かに、徐々に迫ってくる相手の重みと力を受け止め、相手に自分の力と重みを返した。ダンスが終わる頃には、お互い同士が相手に巻きつくような姿勢で踊っていた。」(本文より)
「読者はページを繰るうちに、アイルランド人特有と思っていた心理の機微が、日本人の伝統的な心性ときわめて似通っていることに気づくだろう。」(「訳者あとがき」より)
「読者はページを繰るうちに、アイルランド人特有と思っていた心理の機微が、日本人の伝統的な心性ときわめて似通っていることに気づくだろう。」(「訳者あとがき」より)
著者について
コルム・トビーン Colm Tóibín
1955年、アイルランド南東部ウェックスフォード州のエニスコーシー生まれ。ユニバーシティ・カレッジ・ダブリンで歴史と英文学を学び、卒業直後、バルセロナへ渡って英語学校でしばらく教える。その後南米へ渡り、アルゼンチンなどで暮らす。この間、ジャーナリストとして活動し、早い時期から自分が同性愛者であることを公にしている。80年代後半に最初の小説The Southを書き、1990年に出版する。二作目The Heather Blazing(1992)(『ヒース燃ゆ』松籟社)はアンコール賞を受賞、小説家ヘンリー・ジェイムズの晩年を描いた第5作The Master(2004)は、ブッカー賞最終候補になったほか、IMPACダブリン文学賞、ロサンゼルス・タイムズ・ノベル・オブ・ザ・イヤーなどを受賞する。『ブルックリン』は小説第6作で、2009年のコスタ小説賞を受賞するなど、大絶賛されている。
1955年、アイルランド南東部ウェックスフォード州のエニスコーシー生まれ。ユニバーシティ・カレッジ・ダブリンで歴史と英文学を学び、卒業直後、バルセロナへ渡って英語学校でしばらく教える。その後南米へ渡り、アルゼンチンなどで暮らす。この間、ジャーナリストとして活動し、早い時期から自分が同性愛者であることを公にしている。80年代後半に最初の小説The Southを書き、1990年に出版する。二作目The Heather Blazing(1992)(『ヒース燃ゆ』松籟社)はアンコール賞を受賞、小説家ヘンリー・ジェイムズの晩年を描いた第5作The Master(2004)は、ブッカー賞最終候補になったほか、IMPACダブリン文学賞、ロサンゼルス・タイムズ・ノベル・オブ・ザ・イヤーなどを受賞する。『ブルックリン』は小説第6作で、2009年のコスタ小説賞を受賞するなど、大絶賛されている。
登録情報
- 出版社 : 白水社 (2012/6/2)
- 発売日 : 2012/6/2
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 340ページ
- ISBN-10 : 456009022X
- ISBN-13 : 978-4560090220
- Amazon 売れ筋ランキング: - 844,128位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2016年8月20日に日本でレビュー済み
映画を見た後で読んだせいか、読書中、映画のエイリシュ(小説ではアイリーシュ)達が脳内で映像を再現してくれました(笑)。
アイルランドからブルックリンへ渡ったアイリーシュは、礼儀正しく生真面目で努力家。浮ついたところのない頭の良い若い女性です。ホームシックになったり辛い出来事があったりはしますが、挫折という程のものはない順調な生活振りです。
けれど故郷に戻って懐かしい人々に暖かく迎えられ、裕福な名家出身のジムと互いに魅かれ合い周りからはすっかり恋人同士と思われるような中、帰郷前に秘密の結婚をしたトニーとブルックリンはアイリーシュの中から遠くに霞んでしまい、トニーは夢の中の住人、もうその夢から覚めたのだと思ってしまいます。
とはいえブルックリンへ戻れば、生まれ育った町、一時帰郷したアイルランドも、きっと夢の様に遠く思えてしまうのではないでしょうか。どちらに身を置いても、必ず他方を懐かしく、またうとましくも思ったりするのでしょう。
最後、母親にトニーとの結婚を告げる場面で、「もし結婚してなかったとしても、アメリカへ戻らなくちゃならなかったと思うかい?」と尋ねずにはいられない母親に「わからない」と答えるアイリーシュ。2人の会話と母親との(実質的な)別れの場面は本当に胸蓋がるものでした。おまけに既婚であることを隠しジムと交際していた彼女は不実といえるので、1人残される母親は確実に周りの心無い噂や嘲笑に晒されることになるでしょう・・・とつい要らぬ心配までしてしまいました。
本作はアイリーシュの生活や心の動きが無駄のない読みやすい文章で綴られており、日常からかけ離れた大きな事件はないものの、エニスコーシーやブルックリンでの様子が丁寧に書いてあり興味深く面白く読めました。地味だけど決して湿っぽくなく、そのくせひたひたと胸に迫ってくる物語です。
映画も小説を裏切らない良い作品なので、こちらもお勧めします。
アイルランドからブルックリンへ渡ったアイリーシュは、礼儀正しく生真面目で努力家。浮ついたところのない頭の良い若い女性です。ホームシックになったり辛い出来事があったりはしますが、挫折という程のものはない順調な生活振りです。
けれど故郷に戻って懐かしい人々に暖かく迎えられ、裕福な名家出身のジムと互いに魅かれ合い周りからはすっかり恋人同士と思われるような中、帰郷前に秘密の結婚をしたトニーとブルックリンはアイリーシュの中から遠くに霞んでしまい、トニーは夢の中の住人、もうその夢から覚めたのだと思ってしまいます。
とはいえブルックリンへ戻れば、生まれ育った町、一時帰郷したアイルランドも、きっと夢の様に遠く思えてしまうのではないでしょうか。どちらに身を置いても、必ず他方を懐かしく、またうとましくも思ったりするのでしょう。
最後、母親にトニーとの結婚を告げる場面で、「もし結婚してなかったとしても、アメリカへ戻らなくちゃならなかったと思うかい?」と尋ねずにはいられない母親に「わからない」と答えるアイリーシュ。2人の会話と母親との(実質的な)別れの場面は本当に胸蓋がるものでした。おまけに既婚であることを隠しジムと交際していた彼女は不実といえるので、1人残される母親は確実に周りの心無い噂や嘲笑に晒されることになるでしょう・・・とつい要らぬ心配までしてしまいました。
本作はアイリーシュの生活や心の動きが無駄のない読みやすい文章で綴られており、日常からかけ離れた大きな事件はないものの、エニスコーシーやブルックリンでの様子が丁寧に書いてあり興味深く面白く読めました。地味だけど決して湿っぽくなく、そのくせひたひたと胸に迫ってくる物語です。
映画も小説を裏切らない良い作品なので、こちらもお勧めします。
2017年8月17日に日本でレビュー済み
前後のつながりが矛盾するのでそういう作者の狙いなのかと思って確認すると、訳文の日本語ががこなれていないだけ、という箇所がいくつかあった。(登場人物AとBはいとこなのだが、Aの母とBがいとこであるように読めてしまう等)
ただしこれは訳者の誤訳というわけではなく、編集者のチェックが甘いのではないかと思いました。
ただしこれは訳者の誤訳というわけではなく、編集者のチェックが甘いのではないかと思いました。