アンドロイド制作、特に自分そっくりのジェミノイドで世界的に有名な工学者石黒浩氏が、アンドロイドとは何かにしぼってまとめた最新作です。瞠目の発見、気づきの連続で、初めて著者の本を読む人なら、ドラマ以上の面白さにページをめくる手が止まらないのではないでしょうか。
オーストリアのリンツのカフェにジェミノイドを置いて人々の反応を見た経験、同地でのアルスエレクトロニカセンターでの、メディアアート大会のもようなどから始まり、2章「ジェミノイドを作ってわかったこと」では、これまでの本に何度か出てきた内容ですが、ジェミノイドに自分の身体が移行する感覚、ジェミノイドを作ってみて自分に起こった内的変化などがきわめて率直に語られています。3章「人間らしさを作り出す」では、具体的なアンドロイド制作の方法が説明され、4章「人間以上のロボット、最低限の人間」ではロボット演劇の実験なども含め、人間が人間そっくりの存在に注ぐまなざしが冷静に観察されます。芸術になってゆく技術について、著者のいま現在のモチベーションも垣間見えます。
5章では「社会を変えるロボット・メディア」として、遠隔対話装置としてのロボットが人間同士をつなぐ新しい絆になる可能性が述べられます。いかにもロボット然としたロボットであっても、それを配置しておくことで、遠くからその部屋のようすを見ることができ、都合のよさそうなときに部屋の人間に話しかけることができる、あるいはメールを送ると、ロボットがしゃべってくれる、など、いわば携帯電話のもつコミュニケーションの敷居の低さを、人間的なぬくもりを加えたうえで拡大するものとして期待が持てます。
ここまでは従来の著者の本でもある程度述べられていましたので、総復習でもあり、同時に「ロボットが人間を照らし出す」という文脈に置き直すことによって、哲学、認知科学、心理学などさまざまな分野に広がる豊かさを確認させてくれます。
6章「私は人かロボットか」、7章「作ること生きること」8章「融け合う芸術と技術」では、いよいよ今後の著者の研究の展望が示されます。6章では、映画「サロゲート」に関わったことから将来のアンドロイドのありかたを探り、本人のボディがたとえば不調不具合であったとしても、サロゲート(分身アンドロイド)に遠隔操作で乗り移ることによって、社会的に仕事をすることができるなど、すでにSFではない可能性を見据えています。もちろん心理学的にも面白い問題であることは言うまでもありません。
7章、8章で著者は個人的に「私はなぜロボットを作るのか」を問いかけ、作るということは「人間とは何かを知る」、そして「知ったことを誰かに伝えたい」ことであるとし、そこに芸術への根源的志向を見いだします。「この私」は唯一無二の存在か、が現在の著者の問いであるように思われます。自分の研究は他のだれかがするかもしれず、「自分自身の価値を見いだすにはやはりみずからの研究を技術から芸術の域に押し上げるしかない」。日本は技術水準だけを追求するけれども、欧米では機能や芸術的デザインを重視し、長く愛されるものを作ろうとする。欧米諸国は芸術に多大の予算を注ぎこむが、日本にはその土壌がない、など、焦燥をこめての提言も痛切です。
そして自分はもっと芸術、情動を追求していきたい、と心境を吐露しつつ、しかし唯一の真理という科学の前提とのあいだでゆらぐ気持ちをも語っています。
著者の現在の心境、意見としてこの最終章はたいへん革新的に思われました。自分のスタンスを問い直し、優れた技術とは、再現性のある芸術でもあるのでは、と思いつきます。
従来型の、技術を越えた真の芸術は、どうしてもあいまいで広く理解されたり評価されたりしにくいので、普及のためには様式やスタイルにはめられてしまうこともある。
それを思うと、工学者として技術を作る著者は、自分のやっていることも芸術に踏み込むことでは、と気づきはじめます。
(この芸術という意味は、十九世紀のジャケ・ドロスやヴォーカンソンのようなオートマタ作家の作品をも念頭においているのかもしれません。あるいはダ・ヴィンチが、さまざまなからくり、たとえば機械仕掛けのライオンを造ったように、そうした新しい発明・発想がすなわち芸術でもある、というような。確実に人類の文明を前に進めるものでありながら、芸術でもある、そういう「技術」を目指したいのでは、と思います。)
押井守監督が『イノセンス』を撮ったときの著書『イノセンス・創作ノート』では「人はなぜ人形(みずからの似肖)を作るのか」がメインテーマだったことを思い出しました。
本書は人形をさらに越えて、アンドロイドを実地に作り出した著者が、人間の営みについて広く見渡した本で、哲学的にも豊かな実りをもたらすと思われます。認識や思考をシミュレートする人工知能研究とはまた角度が違い、身体や存在を扱うロボット研究には、人間性を知るさらに直接的な手がかりがあるような気もします。

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人と芸術とアンドロイド― 私はなぜロボットを作るのか 単行本 – 2012/9/3
石黒浩
(著)
自分自身にそっくりのアンドロイドである「ジェミノイド」。
劇作家・平田オリザ氏とタッグを組んだ「アンドロイド演劇」。
「最低限の人間」を追求したデザインに携帯電話の機能を組み込んだ「エルフォイド」。
誰にも真似できない奇抜な発想で、人間を人間たらしめている究極の要素に迫ろうとするロボット工学者・石黒浩。
肉体のもつ意味が薄れた現在、個人のアイデンティティはどこに見出せるのか。
皮膚を剥いだアンドロイドに強烈な不気味さが生まれるのはなぜなのか。
人類はなぜ、新しい技術を獲得するたびに人間型のロボットを構想してきたのか。
技術開発や芸術表現など、人間が取り組んできた創造的活動の源は何なのか。
技術の世界から哲学、さらには芸術の領域にまで足を踏み出そうとする石黒氏の、この数年の取り組みと思考のエッセンスをまとめた。現時点での集大成!
劇作家・平田オリザ氏とタッグを組んだ「アンドロイド演劇」。
「最低限の人間」を追求したデザインに携帯電話の機能を組み込んだ「エルフォイド」。
誰にも真似できない奇抜な発想で、人間を人間たらしめている究極の要素に迫ろうとするロボット工学者・石黒浩。
肉体のもつ意味が薄れた現在、個人のアイデンティティはどこに見出せるのか。
皮膚を剥いだアンドロイドに強烈な不気味さが生まれるのはなぜなのか。
人類はなぜ、新しい技術を獲得するたびに人間型のロボットを構想してきたのか。
技術開発や芸術表現など、人間が取り組んできた創造的活動の源は何なのか。
技術の世界から哲学、さらには芸術の領域にまで足を踏み出そうとする石黒氏の、この数年の取り組みと思考のエッセンスをまとめた。現時点での集大成!
- 本の長さ190ページ
- 言語日本語
- 出版社日本評論社
- 発売日2012/9/3
- ISBN-104535586241
- ISBN-13978-4535586246
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商品の説明
出版社からのコメント
各紙誌で続々紹介されています――朝日新聞(10月21日付)、日本経済新聞(10月10日付)、週刊朝日(10月26日号)、ロボコンマガジン11月号、他
著者について
石黒 浩
1963年、滋賀県生まれ。ロボット工学者。大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻教授、ATR社会メディア総合研究所石黒浩特別研究室室長。人間酷似型ロボット研究の第一人者。2007年、「世界の100人の生きている天才」(Synectics社)に選ばれる。人間国宝の落語家、桂米朝氏をモデルにした「米朝アンドロイド」も注目を集めた。
1963年、滋賀県生まれ。ロボット工学者。大阪大学大学院基礎工学研究科システム創成専攻教授、ATR社会メディア総合研究所石黒浩特別研究室室長。人間酷似型ロボット研究の第一人者。2007年、「世界の100人の生きている天才」(Synectics社)に選ばれる。人間国宝の落語家、桂米朝氏をモデルにした「米朝アンドロイド」も注目を集めた。
登録情報
- 出版社 : 日本評論社 (2012/9/3)
- 発売日 : 2012/9/3
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 190ページ
- ISBN-10 : 4535586241
- ISBN-13 : 978-4535586246
- Amazon 売れ筋ランキング: - 240,824位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 126位メカトロ・ロボット工学
- - 12,056位コンピュータ・IT (本)
- カスタマーレビュー:
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2012年9月22日に日本でレビュー済み
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2018年11月26日に日本でレビュー済み
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テレビ番組の中で石黒教授は学生達への講義の中で、「人間は生き残れない。ロボットだけが生き残る。」と言ったのがとても印象的で、面白そうな標題のこの本を読みました。
もともとは画家になりたかった石黒教授のアンドロイド研究は、「そもそも人間とは何か?」というテーマを鋭く掘り下げ、更に芸術的な発想に基づく高度な技術を生み出しています。
一方で、科学的な視点から芸術そのものが解析(定量化、定性化)されるのではないか、という私の期待は過剰であったのかもしれません。
もともとは画家になりたかった石黒教授のアンドロイド研究は、「そもそも人間とは何か?」というテーマを鋭く掘り下げ、更に芸術的な発想に基づく高度な技術を生み出しています。
一方で、科学的な視点から芸術そのものが解析(定量化、定性化)されるのではないか、という私の期待は過剰であったのかもしれません。
2015年3月12日に日本でレビュー済み
本書は前著である『どうすれば「人」を創れるか アンドロイドになった私』(新潮社、2011年4月)と内容がかなりかぶっている。本書の方がより概括的であるとともに、前著で中心だった「アンドロイド」の製作よりは、その存在に対する考察がより充実している。後半で示されるその考察の方向はタイトル通り、意外にも芸術に向かっている。
一見、逆方向の存在のように感じる「芸術」と「技術」であるが、本書にもあるようにルネサンス時代には両者は区別がなかった。著者はここに、「技術開発だけでは範囲が狭くて、伝えたいことが伝えられないもどかしさ」の解決方針を見出した。本書では「芸術の中で明確な評価の基準を持ち、誰でも再現できるものを技術という」という認識の基で、複数のモデルのアンドロイドの開発経験から、人間社会でのアンドロイドの役割や効果を考察している。その考察が、時に著者本人に帰って行き、悩んだり気分を害したりするところはなかなか皮肉であるが、著者の真面目で正直なところがよく現れていると思った。
終章で芸術の存在に対する危機感から、技術を学んだ果てに挑戦者として芸術に帰って行きたいというメッセージは、ジェミノイドではない著者本人の大きな魅力として映った。
どちらか一冊を読むのであれば、前著よりは本書の方が良いと思います。今後も研究の成果に応じて本書のような一般書を出してほしいです。
一見、逆方向の存在のように感じる「芸術」と「技術」であるが、本書にもあるようにルネサンス時代には両者は区別がなかった。著者はここに、「技術開発だけでは範囲が狭くて、伝えたいことが伝えられないもどかしさ」の解決方針を見出した。本書では「芸術の中で明確な評価の基準を持ち、誰でも再現できるものを技術という」という認識の基で、複数のモデルのアンドロイドの開発経験から、人間社会でのアンドロイドの役割や効果を考察している。その考察が、時に著者本人に帰って行き、悩んだり気分を害したりするところはなかなか皮肉であるが、著者の真面目で正直なところがよく現れていると思った。
終章で芸術の存在に対する危機感から、技術を学んだ果てに挑戦者として芸術に帰って行きたいというメッセージは、ジェミノイドではない著者本人の大きな魅力として映った。
どちらか一冊を読むのであれば、前著よりは本書の方が良いと思います。今後も研究の成果に応じて本書のような一般書を出してほしいです。
2012年11月30日に日本でレビュー済み
人間そっくりの外見を持つアンドロイドの開発を通して、技術と芸術の関係を問い直し、さらに人間の生きがいや存在意義とは何かといった哲学的な議論に踏み込んでいる。
筆者の主張通り、アンドロイドが次世代のメディアになるにはもう少し時間がかかるかもしれないが、人間の肉体の延長ないしは代替としてのアンドロイドのニーズの高さは容易に想像できる。
彼らを我々の社会に受け入れた時、いったい何が起こるのか。
今、iPS細胞の登場で生殖倫理が問われているように、社会に大きな問題を突きつけることになるのは間違いない。
それに備えて今からいろいろの方面から思索を深めておくことは重要であり、本書はそのための入門書として恰好である。
筆者の主張通り、アンドロイドが次世代のメディアになるにはもう少し時間がかかるかもしれないが、人間の肉体の延長ないしは代替としてのアンドロイドのニーズの高さは容易に想像できる。
彼らを我々の社会に受け入れた時、いったい何が起こるのか。
今、iPS細胞の登場で生殖倫理が問われているように、社会に大きな問題を突きつけることになるのは間違いない。
それに備えて今からいろいろの方面から思索を深めておくことは重要であり、本書はそのための入門書として恰好である。
2019年9月9日に日本でレビュー済み
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これからの社会を生きていく上での示唆をたくさんいただいた。
2012年11月21日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
これからの時代に訪れるだろう、本書の現実。
しかし、人がいるからこそ、アンドロイドの何たるかが 問われ大事になってくる。
それをこの書籍はおしえてくれる。
しかし、人がいるからこそ、アンドロイドの何たるかが 問われ大事になってくる。
それをこの書籍はおしえてくれる。
2014年3月19日に日本でレビュー済み
石黒教授が関わってきた、
人型アンドロイドを用いた研究内容が
横断的にまとめられた本。
人型のロボットを研究することは
人間そのものを研究することにほかならないと気づき、
その本質に近づこうとしていく過程がとてもおもしろい。
研究者でありながら、直感的に職人的に
新しい取り組みを続ける教授のスタイルは、
芸術家に近いのかもしれない。
娯楽を作ることを生業としている自分にとっても、
刺激になる本だった。
人型アンドロイドを用いた研究内容が
横断的にまとめられた本。
人型のロボットを研究することは
人間そのものを研究することにほかならないと気づき、
その本質に近づこうとしていく過程がとてもおもしろい。
研究者でありながら、直感的に職人的に
新しい取り組みを続ける教授のスタイルは、
芸術家に近いのかもしれない。
娯楽を作ることを生業としている自分にとっても、
刺激になる本だった。