この落語シリーズも4作目になり、いよいよ脂がのってきました。
最初はミステリにつけるタレのように落語があり、馬春師匠が安楽椅子ならぬ車椅子探偵をつとめるという変わり味がご愛敬だったのですが、だんだんミステリが落語と別のものではなくなり、落語界自体が舞台となり、その中での人間模様を、落語で絵解き、改変、動かしてゆく、という大わざに発展しました。
視点人物亮子の夫は、二つ目の噺家 福の助。最初は師匠のところに謎解きのお伺いをたてにいき、師匠も脳血栓の後遺症で、文字盤をたどたどしくさしてヒントを出す、という程度だったのですが、福の助がだんだん芸達者になり、奥さんにあれこれと落語の蘊蓄、講釈を垂れ、TPOに合わせて自分でサゲを工夫したりと、師匠に劣らぬ知恵者ぶりを発揮するようになるとともに、偏屈な師匠はその上を行ってついに高座に復帰、おかみさん、弟子たち、他の師匠たちとのドラマも深みを増し、噺家という生き方を鮮やかに見せてくれ、いやがうえでも盛り上がります。
ミステリだったシリーズが、芸道小説に化けるとともに、落語という「語る芸」が、現実そのものを動かしたり、書き換えたりする大きな力を発揮し、まさに「物語」の本質を見せてくれるような境地に達してきたと思います。
この巻では、師匠の高座復帰という感動的な筋のまわりに、いろいろな謎や思惑が絡み、最後のどんでん返しには、思わず拍手、やんや、やんや、と声をかけたくなりました。
リハビリの仕上げにと秘境温泉にゆく師匠のおともをつとめる主人公夫妻、しかしカムバックの独演会の当日までに二転三転する事件、そして、お客様を巻き込んでの落語界の「意趣返し」は、まさに最高の大ネタでした。これをミステリの極致と言おうして何と言おう。
なおタイトルの噺は、「上野のお山、陰間の幽霊、示現流」で即席に噺を作るという趣向で、作者はついに自らこの噺を作ってしまいました。実際に高座にかかったようです。
落語とはただ「噺を語る」ことではなく「騙る」ことであり、「作る」ことであり、客席とともに生き物のように動いてゆく。それを教えてもらいました。
高座上で噺を改変しながら、福の助が謎を解き明かし、客席の該当者が青ざめる、そんな超絶的な瞬間が何度か登場します。語るとは、まさに解き明かすこと、物事に決定的な意味を与える行為かもしれません。Q.E.D.。
このシリーズで、誰もが落語の(そして落語家の)魅力にとりつかれるはずです。
後書きを読むと、作者は何とこの巻で終止符を打とうとしていたそうなのですが、福島に在住しており震災にあったことで、このシリーズをがんばって続けてゆくことにした由、本当に嬉しく、応援していきたいと思います。
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三題噺 示現流幽霊 (神田紅梅亭寄席物帳) (創元推理文庫) 文庫 – 2014/5/12
愛川 晶
(著)
馬春師匠復帰の独演会の演目は誰にも内容のわからない謎の噺?! 独演会の成功はなるのか。落語を演じて謎を解く! シリーズ大団円、本格落語ミステリ節目の一冊いよいよ登場!
- 本の長さ397ページ
- 言語日本語
- 出版社東京創元社
- 発売日2014/5/12
- ISBN-104488410154
- ISBN-13978-4488410155
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登録情報
- 出版社 : 東京創元社 (2014/5/12)
- 発売日 : 2014/5/12
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 397ページ
- ISBN-10 : 4488410154
- ISBN-13 : 978-4488410155
- Amazon 売れ筋ランキング: - 332,425位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 1,253位創元推理文庫
- - 1,967位ミステリー・サスペンス・ハードボイルド (本)
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2011年8月20日に日本でレビュー済み
落語が好きなひとには、面白いのかもしれない。
私は「笑点」くらいしか見ないから、あんまり落語は得意じゃない。
でも、著者の作品は好きだから、手にとってみた。
ネットでの評判も、結構良いみたいだからね。
でも、これは私の琴線には触れなかった。
なんていうんだろうか、「日常の謎」系?
でも、同じ「日常の謎」だったら北村作品や倉知作品のほうが、相性が良い。
落語を扱った作品なら、大倉作品だって面白く読んだ。
何故か?
本作で提示されている謎が、私にはまったく解決したいという興味がわかないからだ。
おそらく著者には、落語を知らない、興味のない、という人にも面白い、分かる作品にしようという意図は十分にあったと思う。
それは、よく分かる。
しかし、その謎が、とにかく強烈に引きつけられるものではない、というのが正直なところであり、それは落語を知っているかいないかには関係ないものである。
これは単に、個人的な好き嫌いの問題である。
だから、本作を絶賛する人がいるのもまた事実だし、ミステリとしての出来はけっして悪いものではない。
でも、ミステリは謎に惹かれる、引きつけられるというのが魅力なのだから、私には本作は今ひとつだった。
著者の他の作品は「化身」から根津愛ものまで楽しく読んではいるのだが・・・
ただし、本シリーズは最初の「道具屋〜」から読んでいるわけではない。
本書が最初というのが、今回の読後感になっている原因かもしれない。
機会があったら、本シリーズの他の作品も読んでみよう。
なんといっても、嫌いな作家ではないんだから。
私は「笑点」くらいしか見ないから、あんまり落語は得意じゃない。
でも、著者の作品は好きだから、手にとってみた。
ネットでの評判も、結構良いみたいだからね。
でも、これは私の琴線には触れなかった。
なんていうんだろうか、「日常の謎」系?
でも、同じ「日常の謎」だったら北村作品や倉知作品のほうが、相性が良い。
落語を扱った作品なら、大倉作品だって面白く読んだ。
何故か?
本作で提示されている謎が、私にはまったく解決したいという興味がわかないからだ。
おそらく著者には、落語を知らない、興味のない、という人にも面白い、分かる作品にしようという意図は十分にあったと思う。
それは、よく分かる。
しかし、その謎が、とにかく強烈に引きつけられるものではない、というのが正直なところであり、それは落語を知っているかいないかには関係ないものである。
これは単に、個人的な好き嫌いの問題である。
だから、本作を絶賛する人がいるのもまた事実だし、ミステリとしての出来はけっして悪いものではない。
でも、ミステリは謎に惹かれる、引きつけられるというのが魅力なのだから、私には本作は今ひとつだった。
著者の他の作品は「化身」から根津愛ものまで楽しく読んではいるのだが・・・
ただし、本シリーズは最初の「道具屋〜」から読んでいるわけではない。
本書が最初というのが、今回の読後感になっている原因かもしれない。
機会があったら、本シリーズの他の作品も読んでみよう。
なんといっても、嫌いな作家ではないんだから。
2015年7月8日に日本でレビュー済み
「神田紅梅亭寄席物帳」シリーズの第4弾で、「多賀谷」「三題噺 示現流幽霊」「鍋屋敷の怪」の3中篇に、前日譚「特別編(過去)」が合わせて収められている。
いずれもミステリとしてはイマイチ。「犯罪」や「犯人」にはガッカリさせられるし、トリックというか仕掛けにもキレがない。
ただ、落語を扱った小説としてはなかなかよくできていると思う。ストーリーに巧みに落語的要素が練り込まれ、くすくずりもよく効いている。それぞれの結末も、納得させられたり、笑わされたり、ほろりとさせられたり。
満足感が残る。
いずれもミステリとしてはイマイチ。「犯罪」や「犯人」にはガッカリさせられるし、トリックというか仕掛けにもキレがない。
ただ、落語を扱った小説としてはなかなかよくできていると思う。ストーリーに巧みに落語的要素が練り込まれ、くすくずりもよく効いている。それぞれの結末も、納得させられたり、笑わされたり、ほろりとさせられたり。
満足感が残る。