本書は、孤児同然に育てられたブリュノとミシェルの兄弟の物語であると同時に、
セックスを主題に、西洋文明の行き詰まりとその乗り越えを正面から取り扱った、
途方もなく巨大な構想の作品でもあって、まずそのスケールの大きさに驚嘆した。
本書で描かれるのは、二十世紀後半の西洋世界において、旧来の道徳や価値観が
完全に破壊され、個人の自由と若さとセックスだけが至上の価値とされるに至った結果、
ロックスターや映画俳優が神々の如き存在となり、セックス(の相手を得るという意味で)の
強者と弱者の間で絶望的な格差が生じたという、「もてない男」小谷野敦が常に訴え続けて
来たのとほとんど同じ事態と言える(笑)。
この状況下では、ブリュノのような「弱者」が置かれた境遇の惨めさに目を向けられることは
殆どないのだが、他方、たとえば村上春樹の作品においては、あたかもそのような事態など
存在しなかったかのように、つねに「強者」の恋愛だけが描かれ、主人公たちは孤独に苦しむ
ことはあっても、なぜかセックスの相手にだけは不自由することがない。
ただし本書の凄味は、単に格差や欺瞞を訴えるのにとどまらず、「強者」(母ジャニーヌ)も
「弱者」(兄ブリュノ)も、あるいはついにその埒外に留まり続ける人間(弟ミシェル)も、
いったん若さのピークを過ぎてしまえば、結局は老いと醜悪さから逃れられない以上、
支配的な価値観が変わらない限り、誰もが遅かれ早かれ苦しみと絶望に囚われたまま
死んでいくしかないという、ある意味当然ながら簡単には飲み下せない普遍的事実を、
あくまで乾いた即物的な筆致で描き切っている点にあると思う。
また、この事態の抜本的な解決策として、初めから死の萌芽を内包した有性生殖ではなく、
クローンによる新たな生殖方法が選び取られた結果、人類がついに克服できなかった
利己的な「愛」から自由な種が生まれ、どうやら本書の語り手にもなっているらしいという
SF的な結末には、正直驚かされた(半分呆れもした)。同時に、今後革新的な文学が生まれ
得るとしたら、そのひとつの潮流は、本書と同様に、科学-哲学的な主題を真正面から
取り上げるものになるのではないかという印象を持った。
正直なところ、ブリュノの「性的冒険」を事細かに描いた部分(ほとんど小谷野敦の私小説
のようだ・・)は、おそらく多くの読者と同様に、読むのがなかなかしんどかったのだが(笑)、
もしそこで引っかかってしまい、先にレビューを読んでいる読者がいたら、とにかくここを
我慢しさえすれば、そのかいはあったと言えるだけの読後感が得られると保証しよう(笑)。
また蛇足ながら、時代遅れとなったヒッピーやコミューンの老残の醜さが、「これでもか」と
言わんばかりのグロテスクさで強調されて描かれた部分は、桐野夏生が、白樺派に始まる
伝統あるコミューンの内幕を描いた、『ポリティコン』の元ネタになっているような気もした。
(ただしこちらは、そこまで成功した作品とは言い難いのも確かだが。)
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素粒子 (ちくま文庫 う 26-1) 文庫 – 2006/1/10
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- 本の長さ443ページ
- 言語日本語
- 出版社筑摩書房
- 発売日2006/1/10
- ISBN-104480421777
- ISBN-13978-4480421777
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登録情報
- 出版社 : 筑摩書房 (2006/1/10)
- 発売日 : 2006/1/10
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 443ページ
- ISBN-10 : 4480421777
- ISBN-13 : 978-4480421777
- Amazon 売れ筋ランキング: - 27,625位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 33位フランス文学 (本)
- - 79位ちくま文庫
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上位レビュー、対象国: 日本
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2014年12月10日に日本でレビュー済み
2019年12月7日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
導入部分からしばらくすっと入り込めない部分もあり、全体としてみると「地図と領土」の完成度には劣るかもしれませんが、それでも本書には、より野心的でセクシャルでかなり面白いパートが多々あり、再読すると読みにくかった前半のパートもすんなり頭に入るように思います。
たとえば、主人公ブリュノの祖父の遺体が入る棺の中で、遺体がどのように蟲たちによって分解されていくかを生物学的に懇切丁寧に描写していくのです。ほかにも人間が興奮したときの脳内物質の分泌や性行動発言のメカニズムなど、確信犯的に生物学的な描写を行っており、これが本書にコミカルな印象を醸し出しています。
異父兄弟である二人の男の物語である本書。
一人はノーベル賞の有力候補とめされる生物学者であるミシェル。彼は愛を知らない孤独な男
もう一人は性行動にとりつかれたように生きる作家のブリュノ。性に開放的なキャンプやヌーディストビーチで快楽を求めさまよう。
ブリュノのパートは一読で面白いのですが、ミシェルのパートは再読を要します。
というわけで、ウェルベックという作家のユニークさを改めて感じさせられた作品でした。
たとえば、主人公ブリュノの祖父の遺体が入る棺の中で、遺体がどのように蟲たちによって分解されていくかを生物学的に懇切丁寧に描写していくのです。ほかにも人間が興奮したときの脳内物質の分泌や性行動発言のメカニズムなど、確信犯的に生物学的な描写を行っており、これが本書にコミカルな印象を醸し出しています。
異父兄弟である二人の男の物語である本書。
一人はノーベル賞の有力候補とめされる生物学者であるミシェル。彼は愛を知らない孤独な男
もう一人は性行動にとりつかれたように生きる作家のブリュノ。性に開放的なキャンプやヌーディストビーチで快楽を求めさまよう。
ブリュノのパートは一読で面白いのですが、ミシェルのパートは再読を要します。
というわけで、ウェルベックという作家のユニークさを改めて感じさせられた作品でした。
2018年4月22日に日本でレビュー済み
衝撃的な読後感でした。
作者のウェルベックが本作を書いたのは1998年、つまり今からちょうど20年前ですが、描かれているのはまさしく「いま現在」です。
高度に発達し(過ぎ?)た資本主義社会=消費万能社会において、個人の欲望や願望がいかに経済活動に利用されているか。そして、それによって強者と弱者、勝者と敗者がいかに生産されているか・・・。
しかも、不均衡・不平等は経済面にとどまらず、性的不均衡(異性に恵まれる一握りの強者と異性に恵まれない多数の弱者)にまで及んでいるという、紛れもない事実。
女性にモテない高校教師プリュノと、モテるけど女性とはシニカルに一定の距離を置く孤高の天才科学者ミシェルという異父兄弟を中心にした物語は、それ自体非常に面白い。
13歳の美少年ダヴィッド・ディ・メオラを皮切りに、若い男たちとの情事にのめり込む、プリュノとミシェルの母親ジェーン。
すばらしい美貌に恵まれたにもかかわらず、40歳の若さで亡くなるまで幸福な恋愛とも女の幸せとも縁のなかったミシェルの幼なじみアナベル。
醜い少年プリュノに初めて愛の手ほどきをしてくれたが、数年後、異性に恵まれない孤独の中で投身自殺をとげざるを得なかったおデブの少女アニック。
ブリュノがすさまじい性的彷徨の果てにようやく巡り合った最愛の女性だったのに、持病の悪化から下半身不随になり、あげくの果てに自殺したクリスチャーヌ。
物語の後半、愛をもとめる努力の全てが、ことごとく悲劇的な結末を迎えざるを得ないという、登場人物たちの運命の悲惨さが、読者の胸をえぐります。振り返ってみれば、本作のちょうど真ん中あたり、容姿に恵まれなかった肥満の少女アニックが投身自殺したのが、後半の悲劇の最初でした。彼女は彼女なりに愛すべき点があるのですが・・・。
「素粒子」は硬派な現代文学という先入観があり、じっさい4月21日夜から読み始めてみて、かなり手ごわいぞと感じ、この分だと読み終わるのは多分ゴールデンウィークちゅうだろうと思いました。
ところが、醜い少年プリュノが天使のようなおデブ少女アニックに愛の手ほどきを受ける100ページあたりから勢いづき、性の解放を謳歌するクラブや集団の中におけるプリュノの破天荒にエロティックな性愛体験の数々や、前述の恋人喪失の悲劇が畳みかけるようにつづられた後半は一気読みで、けっきょく翌日(4月22日(日曜日))の夜には、全430ページを読み終わりました。
現代における愛の不毛を徹底的に描き切った、現代フランス文学の傑作だと思います。
作者のウェルベックが本作を書いたのは1998年、つまり今からちょうど20年前ですが、描かれているのはまさしく「いま現在」です。
高度に発達し(過ぎ?)た資本主義社会=消費万能社会において、個人の欲望や願望がいかに経済活動に利用されているか。そして、それによって強者と弱者、勝者と敗者がいかに生産されているか・・・。
しかも、不均衡・不平等は経済面にとどまらず、性的不均衡(異性に恵まれる一握りの強者と異性に恵まれない多数の弱者)にまで及んでいるという、紛れもない事実。
女性にモテない高校教師プリュノと、モテるけど女性とはシニカルに一定の距離を置く孤高の天才科学者ミシェルという異父兄弟を中心にした物語は、それ自体非常に面白い。
13歳の美少年ダヴィッド・ディ・メオラを皮切りに、若い男たちとの情事にのめり込む、プリュノとミシェルの母親ジェーン。
すばらしい美貌に恵まれたにもかかわらず、40歳の若さで亡くなるまで幸福な恋愛とも女の幸せとも縁のなかったミシェルの幼なじみアナベル。
醜い少年プリュノに初めて愛の手ほどきをしてくれたが、数年後、異性に恵まれない孤独の中で投身自殺をとげざるを得なかったおデブの少女アニック。
ブリュノがすさまじい性的彷徨の果てにようやく巡り合った最愛の女性だったのに、持病の悪化から下半身不随になり、あげくの果てに自殺したクリスチャーヌ。
物語の後半、愛をもとめる努力の全てが、ことごとく悲劇的な結末を迎えざるを得ないという、登場人物たちの運命の悲惨さが、読者の胸をえぐります。振り返ってみれば、本作のちょうど真ん中あたり、容姿に恵まれなかった肥満の少女アニックが投身自殺したのが、後半の悲劇の最初でした。彼女は彼女なりに愛すべき点があるのですが・・・。
「素粒子」は硬派な現代文学という先入観があり、じっさい4月21日夜から読み始めてみて、かなり手ごわいぞと感じ、この分だと読み終わるのは多分ゴールデンウィークちゅうだろうと思いました。
ところが、醜い少年プリュノが天使のようなおデブ少女アニックに愛の手ほどきを受ける100ページあたりから勢いづき、性の解放を謳歌するクラブや集団の中におけるプリュノの破天荒にエロティックな性愛体験の数々や、前述の恋人喪失の悲劇が畳みかけるようにつづられた後半は一気読みで、けっきょく翌日(4月22日(日曜日))の夜には、全430ページを読み終わりました。
現代における愛の不毛を徹底的に描き切った、現代フランス文学の傑作だと思います。
2018年9月22日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
宗教には、大きく二つの機能がある。ひとつは、集団的な歴史認識、つまり開闢から終末までの単線的歴史の提示と「現在」の位置付けであり、もうひとつは、実践的な倫理道徳の提示、すなわち婚姻や葬儀や公共的問題の決定などに関する儀礼や形式を示すことである。終末における個人の状況はいわば報酬であり、その為には倫理道徳の実践が要請される。このような構造は、契約とみなされる。アジア大陸北西部における一神教の普及は、実践的婚姻形態および抽象的概念である契約の共有をもたらしたと思われる。これらは、統合や普遍化が望まれる当該地にあって、政治的経済的安定に資すると考えられたのだろう。これには、当時の農業における生産量の不足と不安定とが、その背景にあるだろう。新大陸からもたらされたジャガイモとトウモロコシは、食糧供給を高めた。
武力と統治が密接に関連する時代および地域においては、武具の生産と流通であるとか報酬の分配方法とともに、婚姻形態は重要である。確立した婚姻形態による血縁の結束と発展は、前近代的軍事力に寄与し領土の拡張とその保護に資し、統治に影響を及ぼす。この時期において、男性優位になり女性の地位は低下する傾向にある。軍事政権と一神教との親和性を感じる。しかし、ミクロレベルでの共同体の、おもに衛生的管理は女性に委ねられ、また、生殖に関するリスクは女性が高く、このことから女性の知識や分析力や啓蒙への意識は、血縁共同体にとって有益であり、実利的経験主義的観点を軽んじることはできないだろう。
現代においても軍事力を前提とする安全保障政策は、政治的および経済的多国間関係に影響を及ぼすが、弁論や理論化が内政や外交に対し妥当性を持つと思われるが、静止的理論化よりも動的統計学的観点が今世紀において重要だと思われる。確率論や統計学は、現代的現実主義と関連し、マキアヴェッリのヴィルトゥとフォルトゥナとの関係を想起させる。(微積分学に象徴される近似値とともに)確率論と統計学は、一神教的・単線的・因果律的な歴史認識に対し、批判的吟味を促すものであり、21世紀的倫理観や歴史認識や人間観の変革や刷新をもたらすものだと考えられるが、そのようなパラダイム変換には50〜150年ほど要するだろう。
プラトン『国家』に述べられるように、死において、精神と身体とは同じ影響力を及ぼすものでない。死とは、身体的物理的変化によるものであり、精神は部分的間接的影響を与えるに過ぎない。身体は時空間上において排他性を有し、一方、精神は共有する。ここに、死の悲劇性が存すると思われる。身体と精神との共時的融和がなされないことにより、身体と精神との乖離が広がり、死の瞬間において悲劇は絶頂に達する。人類における生死は、物質的物理的な事柄である。また、既に『国家』では、最大の自由は最大の隷属をもたらす、と言っている。
仏文学史上では、サドとプルーストのハイブリッドと評せるものかもしれない。
孤独と苦しみこそが人生を生きるに値えさせ、自由と喜びは隷属を促すものだろう。前者は超越性と普遍性とを要請するが、後者と効率化が結びつけば死こそが希望となるだろう。
武力と統治が密接に関連する時代および地域においては、武具の生産と流通であるとか報酬の分配方法とともに、婚姻形態は重要である。確立した婚姻形態による血縁の結束と発展は、前近代的軍事力に寄与し領土の拡張とその保護に資し、統治に影響を及ぼす。この時期において、男性優位になり女性の地位は低下する傾向にある。軍事政権と一神教との親和性を感じる。しかし、ミクロレベルでの共同体の、おもに衛生的管理は女性に委ねられ、また、生殖に関するリスクは女性が高く、このことから女性の知識や分析力や啓蒙への意識は、血縁共同体にとって有益であり、実利的経験主義的観点を軽んじることはできないだろう。
現代においても軍事力を前提とする安全保障政策は、政治的および経済的多国間関係に影響を及ぼすが、弁論や理論化が内政や外交に対し妥当性を持つと思われるが、静止的理論化よりも動的統計学的観点が今世紀において重要だと思われる。確率論や統計学は、現代的現実主義と関連し、マキアヴェッリのヴィルトゥとフォルトゥナとの関係を想起させる。(微積分学に象徴される近似値とともに)確率論と統計学は、一神教的・単線的・因果律的な歴史認識に対し、批判的吟味を促すものであり、21世紀的倫理観や歴史認識や人間観の変革や刷新をもたらすものだと考えられるが、そのようなパラダイム変換には50〜150年ほど要するだろう。
プラトン『国家』に述べられるように、死において、精神と身体とは同じ影響力を及ぼすものでない。死とは、身体的物理的変化によるものであり、精神は部分的間接的影響を与えるに過ぎない。身体は時空間上において排他性を有し、一方、精神は共有する。ここに、死の悲劇性が存すると思われる。身体と精神との共時的融和がなされないことにより、身体と精神との乖離が広がり、死の瞬間において悲劇は絶頂に達する。人類における生死は、物質的物理的な事柄である。また、既に『国家』では、最大の自由は最大の隷属をもたらす、と言っている。
仏文学史上では、サドとプルーストのハイブリッドと評せるものかもしれない。
孤独と苦しみこそが人生を生きるに値えさせ、自由と喜びは隷属を促すものだろう。前者は超越性と普遍性とを要請するが、後者と効率化が結びつけば死こそが希望となるだろう。
2019年3月31日に日本でレビュー済み
10時間ほどで読めた。ラストの展開が驚いた。
パリのある兄弟をとりまくSF的展開に小松左京的な作品に仕上がっている。
童貞を拗らせた兄弟ブリュノとミシェル両者が恋愛弱者という立場から、結果どんな大人になったかというだけでなく、
文系のブリュノと理系のミシェルの対比も読み取れる。
最後は理系のミシェルの知識がブリュノの文系の知識より優位にたつ世界に行き着いてしまった。
文系的価値が失墜していると思える現代において、文学がどのような価値を見出すことができるのだろうか。
そのことについて考えさせられる作品とも言えるだろう。
パリのある兄弟をとりまくSF的展開に小松左京的な作品に仕上がっている。
童貞を拗らせた兄弟ブリュノとミシェル両者が恋愛弱者という立場から、結果どんな大人になったかというだけでなく、
文系のブリュノと理系のミシェルの対比も読み取れる。
最後は理系のミシェルの知識がブリュノの文系の知識より優位にたつ世界に行き着いてしまった。
文系的価値が失墜していると思える現代において、文学がどのような価値を見出すことができるのだろうか。
そのことについて考えさせられる作品とも言えるだろう。
2002年5月3日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
バロウズ、オースター、ウィル・セルフ、ピンチョン、エリクソン、カフカ・・・本を読んだあと、それを読む前と同じ人間であることが不可能な書物がある。ものを見る視点を変革され(興奮のうちに、或いは、不快感を伴って)、時には、熟慮の深みの奈落に落とされたりもする。
「素粒子」は、人間は老化や死へと突き進む不可逆の流れに乗っており、永劫に満たされないのだ、ということを執拗に証明しようとする。
その深い潮流のさざなみをサーフィンするが如く描かれる、ヒッピー世代=失敗した(何一つ実現できず、束の間の逃避場所の開拓しかしなかったネ)世代の遺物と、満たされないが故に屈折しながら肥大しまくった性欲と、なし崩し的情愛のごたまぜは、ひたすら排便的である。
我々は、ぐるりを脳の中身に取り囲まれ(唯脳論っす)、卑俗~ハイパー知的な欲求に突き動かされて脳の中身をそこらにぶちまけつつ、そして、生の舞台から消え去るのだ。
「素粒子」は、人間は老化や死へと突き進む不可逆の流れに乗っており、永劫に満たされないのだ、ということを執拗に証明しようとする。
その深い潮流のさざなみをサーフィンするが如く描かれる、ヒッピー世代=失敗した(何一つ実現できず、束の間の逃避場所の開拓しかしなかったネ)世代の遺物と、満たされないが故に屈折しながら肥大しまくった性欲と、なし崩し的情愛のごたまぜは、ひたすら排便的である。
我々は、ぐるりを脳の中身に取り囲まれ(唯脳論っす)、卑俗~ハイパー知的な欲求に突き動かされて脳の中身をそこらにぶちまけつつ、そして、生の舞台から消え去るのだ。