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傷を愛せるか 単行本 – 2010/1/1
宮地 尚子
(著)
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- 本の長さ174ページ
- 言語日本語
- 出版社大月書店
- 発売日2010/1/1
- 寸法13.8 x 1.7 x 19.8 cm
- ISBN-104272420127
- ISBN-13978-4272420124
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登録情報
- 出版社 : 大月書店 (2010/1/1)
- 発売日 : 2010/1/1
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 174ページ
- ISBN-10 : 4272420127
- ISBN-13 : 978-4272420124
- 寸法 : 13.8 x 1.7 x 19.8 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 384,410位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2011年1月22日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
この著者の本を読むのははじめてなので、著者の専門であるトラウマを負った患者についての
他の本は読んでいないが、これは著者自身の物語であり、専門家としての「立ち位置」を
語った本であると思う。
なので、専門的な臨床における話題を期待している人には物足りないかもしれない。
だが、公的に認められた職業であれ、公的には認められていない職業であれ、
傷を負った人たちと関わり、その距離感や付き合い方、自分自身の立ち位置に
悩む多くの人にとっては、希望を感じられる内容であると思う。
本著の中に出てくるように、表題を含めて、著者が天童荒太作「包帯クラブ」に強い
感銘を受けていることがわかる。
人間である限り、すべてのリスクを回避して生きていくことは難しい。
時には自分や愛する人たちに「傷を負ってしまうこと」が起こってしまう。
その時、どうすればその傷は癒えるのだろう・・・。
予言の言葉、約束の言葉、弱さを抱えたまま強くある可能性、ソウルファミリー、
そして「幸せを心から祈ってくれる」誰か・・・。
今、日本では急速にスピリチュアルブームが起こっている。
それほどまでに、多くの人が不安を抱えて生きている。
特定の宗教や教祖のためのポイント稼ぎではなく、天国や極楽に行くための
自己利益のためでもなく、
ただ純粋に誰かが「祈ってくれること」。
たったそれだけで人は何かを得ることができる。
時に傷を負った人たちのブラックホールに飲み込まれそうになりながら、
それでも自分の「立ち位置」をしっかりと持ち、そして「祈り続けること」。
小さな勇気をもらえたように思う。
他の本は読んでいないが、これは著者自身の物語であり、専門家としての「立ち位置」を
語った本であると思う。
なので、専門的な臨床における話題を期待している人には物足りないかもしれない。
だが、公的に認められた職業であれ、公的には認められていない職業であれ、
傷を負った人たちと関わり、その距離感や付き合い方、自分自身の立ち位置に
悩む多くの人にとっては、希望を感じられる内容であると思う。
本著の中に出てくるように、表題を含めて、著者が天童荒太作「包帯クラブ」に強い
感銘を受けていることがわかる。
人間である限り、すべてのリスクを回避して生きていくことは難しい。
時には自分や愛する人たちに「傷を負ってしまうこと」が起こってしまう。
その時、どうすればその傷は癒えるのだろう・・・。
予言の言葉、約束の言葉、弱さを抱えたまま強くある可能性、ソウルファミリー、
そして「幸せを心から祈ってくれる」誰か・・・。
今、日本では急速にスピリチュアルブームが起こっている。
それほどまでに、多くの人が不安を抱えて生きている。
特定の宗教や教祖のためのポイント稼ぎではなく、天国や極楽に行くための
自己利益のためでもなく、
ただ純粋に誰かが「祈ってくれること」。
たったそれだけで人は何かを得ることができる。
時に傷を負った人たちのブラックホールに飲み込まれそうになりながら、
それでも自分の「立ち位置」をしっかりと持ち、そして「祈り続けること」。
小さな勇気をもらえたように思う。
2010年6月18日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
著者の作品は、数冊読んでいるがどれもが一味違う内容で、時に驚くような表現でトラウマ患者の精神状態を形容する。本書も冒頭の章と終わり近くに、ぐぐっと引き込まれるような文章を綴っているが、もっと読みたいと思うところでパタッと終わってしまっている。中盤あたりはやや退屈なエッセイ風な内容であくびが出てしまう。著者はこのタイトルで本を出し、全体的にどういうコンセプトで一冊の本として描きたかったのか、このタイトルとは裏腹に全体構成の薄さにやや残念な気持ちが残ってしまう。しかし、やはり一つ一つの表現には珠玉級のものが煌くように散在し、それだけにそれをもっと深めてほしかったという消化不良の気持ちが残る。
2014年5月12日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
トラウマからの回復に向けて、自助努力を続ける当事者にとっては、とても支えになる本。信田さよ子氏の『傷つく人、傷つける人』と併せて読むと、より理解が深まります。
日本の精神医学界に、宮地先生のようなドクターが増えてくれれば、もっと多くの患者が救われると思います。
日本の精神医学界に、宮地先生のようなドクターが増えてくれれば、もっと多くの患者が救われると思います。
2015年2月7日に日本でレビュー済み
医療人類学を専門とする精神科医によるエッセイ集。傷を抱えながら生きるということについて、学術論文ではこぼれおちてしまうようなものを、すくい取ってみよう、それが本書を貫く基調音である。
傷を愛せるか。弱さを抱えたまま生きていられるか。傷や弱さを否認することなく、隠そうともせず、強い「鎧」を重ねて己を防御するのでもなく、ありのままの傷や弱さを受け入れたまま強くあることはできるか。そんな静かな問いが聞こえる。
著者の目は、特に声をあげにくい人たちや小さくされている人たちに注がれている。著者のフルブライト奨学金での在外研究テーマは、「男性の性被害と社会政策」だった。驚く人がいるかもしれないが、女性だけでなく、男性の性被害者もいる。しかし、「男らしさ」にまつわる社会の神話ゆえに語り出すことはとても困難だ。
書名と同名の文章で、ある学会に参加した折、イラク戦争に参加した米兵のPTSD研究が紹介されていたことを述べるくだりで、こう指摘している。「イラクの人たちのPTSDについては調査どころか、言及さえされない」と。「ただひたすら主流から離れ、マイナーな分野を選び、マージナルな方向へマージナルな方向へと研究を進め」る歩みをしてきたからこそ、獲得できた視座である(p,67)。
どのエッセイにも著者の迷いやためらいがある。あることを書くと、その次のエッセイで、「こう書くといやみだろうか」とか「こういう批判が来るかもしれない」と書く。自分の主張に固執する頑迷さではなく、柔軟さだ。多くの声が輻輳している。
一読し、深く、慰められた。傷を負っていることを隠そうとしなくていい、弱さを抱えたままの強さもある、そんな穏やかな語りかけが聞こえる。
エッセイとは、事実を書くことで、不可視の世界を描くことである。傷ついた人の内にあって、容易に言葉にならない思いに形を与えてくれている。読むことが、癒しの体験であることを思い出させてくれる稀有な本である。装丁もとても良い。
「傷がそこにあることを認め、受け入れ、傷のまわりをそっとなぞること。身体全体をいたわること。ひきつれや瘢痕を抱え、包むこと。さらなる傷を負わないよう、手当てをし、好奇の目からは隠し、それでも恥じないこと。傷とともにその後を生きつづけること。傷を愛せないわたしを、あなたを、愛してみたい。傷を愛せないあなたを、わたしを、愛してみたい」、最後に著者はそう記す。
本を完成するのは読者である。読まれ続けることによって、本書はより豊かになっていく。
傷を愛せるか。弱さを抱えたまま生きていられるか。傷や弱さを否認することなく、隠そうともせず、強い「鎧」を重ねて己を防御するのでもなく、ありのままの傷や弱さを受け入れたまま強くあることはできるか。そんな静かな問いが聞こえる。
著者の目は、特に声をあげにくい人たちや小さくされている人たちに注がれている。著者のフルブライト奨学金での在外研究テーマは、「男性の性被害と社会政策」だった。驚く人がいるかもしれないが、女性だけでなく、男性の性被害者もいる。しかし、「男らしさ」にまつわる社会の神話ゆえに語り出すことはとても困難だ。
書名と同名の文章で、ある学会に参加した折、イラク戦争に参加した米兵のPTSD研究が紹介されていたことを述べるくだりで、こう指摘している。「イラクの人たちのPTSDについては調査どころか、言及さえされない」と。「ただひたすら主流から離れ、マイナーな分野を選び、マージナルな方向へマージナルな方向へと研究を進め」る歩みをしてきたからこそ、獲得できた視座である(p,67)。
どのエッセイにも著者の迷いやためらいがある。あることを書くと、その次のエッセイで、「こう書くといやみだろうか」とか「こういう批判が来るかもしれない」と書く。自分の主張に固執する頑迷さではなく、柔軟さだ。多くの声が輻輳している。
一読し、深く、慰められた。傷を負っていることを隠そうとしなくていい、弱さを抱えたままの強さもある、そんな穏やかな語りかけが聞こえる。
エッセイとは、事実を書くことで、不可視の世界を描くことである。傷ついた人の内にあって、容易に言葉にならない思いに形を与えてくれている。読むことが、癒しの体験であることを思い出させてくれる稀有な本である。装丁もとても良い。
「傷がそこにあることを認め、受け入れ、傷のまわりをそっとなぞること。身体全体をいたわること。ひきつれや瘢痕を抱え、包むこと。さらなる傷を負わないよう、手当てをし、好奇の目からは隠し、それでも恥じないこと。傷とともにその後を生きつづけること。傷を愛せないわたしを、あなたを、愛してみたい。傷を愛せないあなたを、わたしを、愛してみたい」、最後に著者はそう記す。
本を完成するのは読者である。読まれ続けることによって、本書はより豊かになっていく。
2010年2月11日に日本でレビュー済み
「物語は、傷口の縁をなぞり、ただその周囲を語ってまわることしかできない。言葉は痛みの生々しさをほのめかすものの、傷はまさに身体のものとしてあり、その屈辱と不安と喪失感を言葉は決してとらえることができない」
表題と同じ「傷を愛せるか」と題されたエセーの冒頭にA.W.フランクの『傷ついた物語の語り手』からのエピグラフが置かれている。この文章を空間的なイメージにふくらませたものが、(トラウマを爆心地ととらえ、その被害者、支援者、研究者などの関係を海に浮かぶカルデラのような孤島モデルを使い整理した)前著『環状島』を構想する上での一つのアイデアの源泉であり、DVや性暴力を受けた被害者のトラウマ治療の現場に立ち続ける著者の実感なのだろう。
著者の幼いお嬢さんが階段から転げ落ちたとき、「どのように落ちていったかをきちんと見ておくことが、その後どのように対処すればいいのかを考えるのにいちばん役立つ」と考え、落ちていく姿を見つめていたという。
複雑な事象を、目を凝らして正確に観察し記述する力、視覚イメージを言語化する能力が優れているからこそ、『環状島』を描き出すことができたのだと思うし、エセーにもその特徴があらわれている。本書のところどころに織り込まれた著者撮影の写真にも、海、空、光、影の空間を切り取る感受性と美的センスが垣間見える。
映画、アート、旅の体験、人の話、さまざまな刺激が熟成し、エセーとして多彩で濃厚で、抒情的な実を結ぶ。その視点を定めているのは『環状島』で医療と研究に携わっているという事実なのだが、等身大で語られているので堅苦しさはない。少女漫画の世界にはまってしまう夢見がちな文学少女のような一面もあれば、まじめな話をしていても、すきあらば笑いをとらないと気が済まないサービス精神も持ち合わせている。もちろん、医師としての科学的素養に基づく寺田虎彦を思わせるエセーは興味深いし、アメリカ留学によって自己変革を遂げた、世界に目を向ける開放性と国際的な人的ネットワークから発想されるアイデアと専門分野に閉じこもらない柔軟な思考は貴重だ。
言葉に言い表せないような深い傷を負った人々に医療者として向き合うとき、爆心地に立ったときと同じように、足がすくみ、目を覆いたくなるだろうと容易に想像がつく。見て見ぬふりをすることも、その場から立ち去ることもできる。だが、「泡盛の瓶」を読むと、著者はトラウマ治療に呼ばれている(あるいは、使命としてトラウマ治療にあたらなければならない)人なのだろうと思う。
困難な仕事に向うとき、「祈り」の力に著者は着目する。「だれかが自分のために祈ってくれるということ」が患者だけでなく治療者をも支えるし、治療にあたっても「幸せになれる」と真剣に願い、言葉にして被害者と共有しあうことで力を得る。「一人で見る夢はただの夢、一緒に見る夢は現実になる」という引用されたオノ・ヨーコの言葉がぴたりとはまる。
では、傷を愛せるか?本書を手に考えると、ピンチにマウンドに立った投手や追い込まれたテニスプレーヤーのような気持になってくる。
傷そのものを愛することは難しい。だが、負傷した人に寄り添い、見守り、愛することはできる。そう祈りながら、がんばれ自分!できるぞ自分!と自らを奮い立たせて、爆心地へ救護に向かう著者の姿を思い浮かべた。
表題と同じ「傷を愛せるか」と題されたエセーの冒頭にA.W.フランクの『傷ついた物語の語り手』からのエピグラフが置かれている。この文章を空間的なイメージにふくらませたものが、(トラウマを爆心地ととらえ、その被害者、支援者、研究者などの関係を海に浮かぶカルデラのような孤島モデルを使い整理した)前著『環状島』を構想する上での一つのアイデアの源泉であり、DVや性暴力を受けた被害者のトラウマ治療の現場に立ち続ける著者の実感なのだろう。
著者の幼いお嬢さんが階段から転げ落ちたとき、「どのように落ちていったかをきちんと見ておくことが、その後どのように対処すればいいのかを考えるのにいちばん役立つ」と考え、落ちていく姿を見つめていたという。
複雑な事象を、目を凝らして正確に観察し記述する力、視覚イメージを言語化する能力が優れているからこそ、『環状島』を描き出すことができたのだと思うし、エセーにもその特徴があらわれている。本書のところどころに織り込まれた著者撮影の写真にも、海、空、光、影の空間を切り取る感受性と美的センスが垣間見える。
映画、アート、旅の体験、人の話、さまざまな刺激が熟成し、エセーとして多彩で濃厚で、抒情的な実を結ぶ。その視点を定めているのは『環状島』で医療と研究に携わっているという事実なのだが、等身大で語られているので堅苦しさはない。少女漫画の世界にはまってしまう夢見がちな文学少女のような一面もあれば、まじめな話をしていても、すきあらば笑いをとらないと気が済まないサービス精神も持ち合わせている。もちろん、医師としての科学的素養に基づく寺田虎彦を思わせるエセーは興味深いし、アメリカ留学によって自己変革を遂げた、世界に目を向ける開放性と国際的な人的ネットワークから発想されるアイデアと専門分野に閉じこもらない柔軟な思考は貴重だ。
言葉に言い表せないような深い傷を負った人々に医療者として向き合うとき、爆心地に立ったときと同じように、足がすくみ、目を覆いたくなるだろうと容易に想像がつく。見て見ぬふりをすることも、その場から立ち去ることもできる。だが、「泡盛の瓶」を読むと、著者はトラウマ治療に呼ばれている(あるいは、使命としてトラウマ治療にあたらなければならない)人なのだろうと思う。
困難な仕事に向うとき、「祈り」の力に著者は着目する。「だれかが自分のために祈ってくれるということ」が患者だけでなく治療者をも支えるし、治療にあたっても「幸せになれる」と真剣に願い、言葉にして被害者と共有しあうことで力を得る。「一人で見る夢はただの夢、一緒に見る夢は現実になる」という引用されたオノ・ヨーコの言葉がぴたりとはまる。
では、傷を愛せるか?本書を手に考えると、ピンチにマウンドに立った投手や追い込まれたテニスプレーヤーのような気持になってくる。
傷そのものを愛することは難しい。だが、負傷した人に寄り添い、見守り、愛することはできる。そう祈りながら、がんばれ自分!できるぞ自分!と自らを奮い立たせて、爆心地へ救護に向かう著者の姿を思い浮かべた。
2014年5月29日に日本でレビュー済み
戦争への考察に向け、中盤で男の強制された「強さ」が傷を深める、その無自覚な社会と個への洞察が輝いてくる。