全文を通して印象的だった点を3点。
①どこの国の政府も人質には優先順位があり、払ってもよい金額を決めている。それに対してあるNGOの対応は、A)人間の命に値段はつけない。B)武力を使用した救出を極力避ける。C)誘拐を平和解決するために地元住民との関係作りを大切にする。
②人質となった活動家と一緒に働いたこともある人物の話。「あの身代金があったら、どれだけのことができたか、考えてみてほしい。学校だって、病院だって、建てることができたはずだ。だが結局、人道支援組織はみなまとめてイラクを離れなければならなかった。学校や病院に投じられるはずだったお金は、イラクの犯罪者たちの懐に入ってしまった。」
③紛争地帯に住んでいる経験の浅い活動家たちを知る人の話。「人道支援活動家になるのは、善意があればいいというものではない。人道支援はタフな仕事だ。大学で勉強し、専門的な訓練を受け、経験を積まなければならない。ある日決意して中東に行けばなれる、というものではないのだ」
この本は池上彰さんの解説にもある通り解決策の提起はなされていません。私自身、この残酷な現実に対して明確な回答を見つけようがありません。
ただ言えることは、どこかに解決策があると信じて日々注意深く生きていくことでしょうか。将来自分の一人息子がこのような人道支援活動をしたいと言った場合、正直言って「やめて欲しい」ですが、本人の意思がかたい場合、この「人質の経済学」を読ませて自分の頭で最終どうするかを考えさせることでしょうか。

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人質の経済学 単行本 – 2016/12/28
◆トランプ後の世界に必読の一冊◆
「恐ろしい本。
人間が、単なる商品として取引される実態を克明に描く」
解説:池上彰(ジャーナリスト・名城大学教授)
交渉人、誘拐専門の警備会社、囚われた人質、難民らによって明らかになる事実。
・一番金払いが良いのはイタリア政府。
それゆえここ15年ほどの間に大量のイタリア人が誘拐されている
・助けたければ誘拐直後の48時間以内に交渉せよ
・武力による救出の3回に1回は失敗に終わり、人質または救出部隊に死者が出る
・10年前、200万ドル払えばイラクで人質は解放された。
今日ではシリアでの誘拐で1000万ドル以上支払う
・誘拐された外国人は出身国によって、助かる人質と助からない人質に分けられる
・誘拐組織は難民たちの密入国斡旋に手を拡げ、
毎週数万人をヨーロッパの海岸に運び、毎月一億ドル近い利益を上げている
【目次】
■はじめに 誘拐がジハーディスト組織を育てた
二〇〇四年イラクで誘拐された欧米人は二〇〇万ドルの身代金で解放された。
しかし今日ではシリアでの誘拐で一〇〇〇万ドル以上を払うこともある。本書
は、誘拐によりいかにジハーディスト組織が成立し、伸長していったかを描く
■序章 スウェーデンの偽イラク人
二〇〇六年スウェーデンの大学街で、私は「イラク」人に話しかけられた。そ
のイントネーションから彼が「イラク」からの難民ではないこと、北アフリカ
のどこかから来たことはすぐわかった。その男は、誘拐をビジネスにしていた
■第1章 すべての始まり9・11 愛国者法
愛国者法の成立で、金融機関はドル取引を米国政府に報告することになった。
コロンビアの麻薬組織は、ドル決済にかわりユーロ決済を選択。イタリアの犯
罪組織と接触し、ギニアビサウからサハラ砂漠を越え欧州へ入るルートを開拓
■第2章 誘拐は金になる
麻薬密輸ルートはやがて、生身の人間を運ぶようになる。北アフリカでの誘拐
でも、二〇〇四年からイラクで始まった誘拐でも、政府が金を払った。そして
イタリアと日本の政府が支払った身代金は将来の誘拐を助長する結果を生んだ
■第3章 人間密輸へ
サハラ縦断ルートでは誘拐の多発で観光客が途絶えた。そこでジハーディスト
組織が目をつけたのが人間の密輸だ。リビアの海岸からイタリアへボートで渡
るルートが一人一~二〇〇〇ドル。誘拐よりも儲けが多く、容易なビジネスだ
■第4章 海賊に投資する人々
一年で一〇〇〇人を超す誘拐を繰り返すソマリア海賊は、投資する人々がいて
初めて船を出せる。誘拐が成功すれば、出資者に利益の七五%が還元される。
海賊の取り分は残りの二五%だけだ。ソマ
「恐ろしい本。
人間が、単なる商品として取引される実態を克明に描く」
解説:池上彰(ジャーナリスト・名城大学教授)
交渉人、誘拐専門の警備会社、囚われた人質、難民らによって明らかになる事実。
・一番金払いが良いのはイタリア政府。
それゆえここ15年ほどの間に大量のイタリア人が誘拐されている
・助けたければ誘拐直後の48時間以内に交渉せよ
・武力による救出の3回に1回は失敗に終わり、人質または救出部隊に死者が出る
・10年前、200万ドル払えばイラクで人質は解放された。
今日ではシリアでの誘拐で1000万ドル以上支払う
・誘拐された外国人は出身国によって、助かる人質と助からない人質に分けられる
・誘拐組織は難民たちの密入国斡旋に手を拡げ、
毎週数万人をヨーロッパの海岸に運び、毎月一億ドル近い利益を上げている
【目次】
■はじめに 誘拐がジハーディスト組織を育てた
二〇〇四年イラクで誘拐された欧米人は二〇〇万ドルの身代金で解放された。
しかし今日ではシリアでの誘拐で一〇〇〇万ドル以上を払うこともある。本書
は、誘拐によりいかにジハーディスト組織が成立し、伸長していったかを描く
■序章 スウェーデンの偽イラク人
二〇〇六年スウェーデンの大学街で、私は「イラク」人に話しかけられた。そ
のイントネーションから彼が「イラク」からの難民ではないこと、北アフリカ
のどこかから来たことはすぐわかった。その男は、誘拐をビジネスにしていた
■第1章 すべての始まり9・11 愛国者法
愛国者法の成立で、金融機関はドル取引を米国政府に報告することになった。
コロンビアの麻薬組織は、ドル決済にかわりユーロ決済を選択。イタリアの犯
罪組織と接触し、ギニアビサウからサハラ砂漠を越え欧州へ入るルートを開拓
■第2章 誘拐は金になる
麻薬密輸ルートはやがて、生身の人間を運ぶようになる。北アフリカでの誘拐
でも、二〇〇四年からイラクで始まった誘拐でも、政府が金を払った。そして
イタリアと日本の政府が支払った身代金は将来の誘拐を助長する結果を生んだ
■第3章 人間密輸へ
サハラ縦断ルートでは誘拐の多発で観光客が途絶えた。そこでジハーディスト
組織が目をつけたのが人間の密輸だ。リビアの海岸からイタリアへボートで渡
るルートが一人一~二〇〇〇ドル。誘拐よりも儲けが多く、容易なビジネスだ
■第4章 海賊に投資する人々
一年で一〇〇〇人を超す誘拐を繰り返すソマリア海賊は、投資する人々がいて
初めて船を出せる。誘拐が成功すれば、出資者に利益の七五%が還元される。
海賊の取り分は残りの二五%だけだ。ソマ
- 本の長さ312ページ
- 言語日本語
- 出版社文藝春秋
- 発売日2016/12/28
- 寸法13.7 x 2.5 x 19.5 cm
- ISBN-104163905804
- ISBN-13978-4163905808
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登録情報
- 出版社 : 文藝春秋 (2016/12/28)
- 発売日 : 2016/12/28
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 312ページ
- ISBN-10 : 4163905804
- ISBN-13 : 978-4163905808
- 寸法 : 13.7 x 2.5 x 19.5 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 388,140位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 38位中近東の地理・地域研究
- - 1,567位国際政治情勢
- - 2,687位経済学・経済事情
- カスタマーレビュー:
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2017年1月8日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
人質がどのように過激派集団の資金源になっているかがよく説明されています。同じ仕組みがシリアからの難民輸送に応用されている仕組みも。
中東に落ち着きや平和が来るのはいつになるのでしょうか。
亡くなった後藤さんと湯川さんについては本当にどうにかなったのではと悔やまれます。。。
中東に落ち着きや平和が来るのはいつになるのでしょうか。
亡くなった後藤さんと湯川さんについては本当にどうにかなったのではと悔やまれます。。。
2017年6月18日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
おもてなしの国日本では、こんなことを想像したり、身近に感じる人は少ないと思います。中東での出来事に日本が関わることはできない。あまりにも日本人は中東の歴史と現状を理解していない。日本は中東で手を汚していないから和平への手伝いが出来ると言う先生方がいらっしゃるがこの本を読んだら、善良な日本人が中東に行って平和を唱えたとしても、行ってるそばから人質になって殺されるか莫大な身代金を払うことになるだろう。中東にはいかないこと。行くならイタリア国籍を取ることをお勧めします。
2017年1月6日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
経済学と言っているが、人質の体験を物語風に書いている。人質ビジネスが、理解できた。
2017年2月7日に日本でレビュー済み
本書は、経済学の書である。
経済とは何かが、具体的に述べられている。
今日、わたしたちが恐れる世界最大の深刻な問題は経済行為によるものだ、と言う。
すなわち、中東から世界に拡大するテロとの戦いは、経済活動なのである。
ヨーロッパの難民問題も、同様である。
それらは、決して文明や宗教の対立、さらには政治問題でもないのである。
それらは、誰が経済的利益を得ることができるか、という経済的な争い、あるいは商取引なのである。
単純化は慎むべきだが、いわゆる先進国と途上国との経済的利益をめぐっての闘争とも言えそうである。
テロ組織による誘拐事件も、ヨーロッパ諸国への数百万人の難民流入も、経済活動なのである。
株式会社のような犯罪組織が先進国の人間を誘拐して各国の政府と交渉し、数百億円以上もの身代金を得ている。
また、犯罪組織は、生命の危機に瀕している難民から法外な料金を徴収して、中東やアフリカからヨーロッパへ難民を輸送している。
さらに、それらの犯罪としての経済活動にぶら下がって、合法あるいは非合法に利益を得ているビジネスマンも多い。
わたしたちは、現実を直視しなければならない。
なぜ、このような世界をつくってしまったのか、と問うべきである。
これからどのように対処すべきなのか、とも問わなければならない。
ヨーロッパの各国が難民の受け入れを阻止しても、問題は解決しないのではないか。
アメリカやロシアが空爆を続けても、問題は解決しないのではないか。
難民や犯罪組織の戦闘員を生むことのないように、世界全体が経済的に豊かになることが求められているのではないか。
日本は、何をすべきか。
どのような貢献が可能なのか。
この世界に生きる一人の人間として、誰もが考えるべきである。
経済とは何かが、具体的に述べられている。
今日、わたしたちが恐れる世界最大の深刻な問題は経済行為によるものだ、と言う。
すなわち、中東から世界に拡大するテロとの戦いは、経済活動なのである。
ヨーロッパの難民問題も、同様である。
それらは、決して文明や宗教の対立、さらには政治問題でもないのである。
それらは、誰が経済的利益を得ることができるか、という経済的な争い、あるいは商取引なのである。
単純化は慎むべきだが、いわゆる先進国と途上国との経済的利益をめぐっての闘争とも言えそうである。
テロ組織による誘拐事件も、ヨーロッパ諸国への数百万人の難民流入も、経済活動なのである。
株式会社のような犯罪組織が先進国の人間を誘拐して各国の政府と交渉し、数百億円以上もの身代金を得ている。
また、犯罪組織は、生命の危機に瀕している難民から法外な料金を徴収して、中東やアフリカからヨーロッパへ難民を輸送している。
さらに、それらの犯罪としての経済活動にぶら下がって、合法あるいは非合法に利益を得ているビジネスマンも多い。
わたしたちは、現実を直視しなければならない。
なぜ、このような世界をつくってしまったのか、と問うべきである。
これからどのように対処すべきなのか、とも問わなければならない。
ヨーロッパの各国が難民の受け入れを阻止しても、問題は解決しないのではないか。
アメリカやロシアが空爆を続けても、問題は解決しないのではないか。
難民や犯罪組織の戦闘員を生むことのないように、世界全体が経済的に豊かになることが求められているのではないか。
日本は、何をすべきか。
どのような貢献が可能なのか。
この世界に生きる一人の人間として、誰もが考えるべきである。
2019年1月19日に日本でレビュー済み
◾️イスラム国って?
IS国。
そう聞いてイメージするのはどんな像だろうか。
テロリストが勝手に作った国。残虐の限りをつくす人々。ぼくを含む多くの日本人の認識はそんなところだろうと思う。
Wikipedia曰く、
ーーーーー
ISIL(別名:IS、ISIS、ダーイシュ〈仏:Daish〉) - イラクとシリアを中心にテロリズム活動などを行うイスラム過激派組織(自称を訳すと「イスラム国」)。歴史上、最も残虐な手法によるテロを展開しているとされる。他の国家からは、独立した国家として承認されていない。世界各国は、ISILによる相次ぐテロ実行を受けて、鎮圧に向けた作戦行動を展開している。
ーーーーー
とのこと。なるほど。
しかし本書を読むと、このイスラム国に対するイメージはずいぶん様変わりする。
彼らは暴力を適切に使いながら、世界各国に対して事実上、確固たる地位を築いている。それもかなりしたたかに。戦略的に。
粗野で粗暴な砂漠のテロリスト、といった認識を彼らに対して抱いている限り、彼らとの戦いには決して勝利することはできないと痛感させられる書だ。いやむしろ、かつてのインドシナ半島で行われた泥沼の戦争がそうであったように、世界各国は彼らとの戦いをいかにして終結させるか、が課題なのかもしれない。もはや彼らを地上から根絶させることは不可能であり、彼らとの共存をいかにして実現するかを模索すべきではないか、とすら思わされる。さもなくば、いつかまたどこかの国の首都の超高層ビルが旅客機によって破壊されるかもしれず、EU共同体すら解体させられてしまうのではないか、と危惧されるからだ。
◾️IS国の成り立ち
本書で語られているIS国成立までの流れをごく大雑把にまとめると、以下のようになる。
・9.11後、アメリカは愛国者法と呼ばれる法律を制定させた。これはテロリストの資金源を断つため、国際的資金洗浄ネットワークを壊滅に追い込むための法だ。
・それを受けて南米からの麻薬販売ネットワークは、サハラ砂漠経由での流通を余儀なくされた。
・サハラ砂漠近隣の地下組織は、サハラ砂漠にモノと金の流通ルートを確立し、そこに中東のジハーディスト(イスラム過激派のテロ実行者)が目をつけた
・ジハーディスト達はそこに観光にやってくる西洋市民を誘拐し、西洋国家から身代金をせしめることに成功した
・やがてそれはサハラ近隣の『崩壊寸前の国家』からソマリアなどのアラビア海に面した国での海賊行為に飛び火
・西洋市民を誘拐~西洋国家から身代金を搾取という『ビジネスモデル』は最終的には中東のシリアのアルカイダの主要な収入源となった
・西洋国家から身代金を奪う一方で、いわゆる「アラブの春」を端緒として内戦の激化した地中海沿岸の中東諸国の難民を闇ルートで欧州に運ぶというビジネスも確立された。
・聖戦を戦うジハーディストのなかで、この地下ビジネスにうま味を得た一群は、むしろ聖戦より実入りの良いこちらに本腰を入れ、莫大な資金を稼いでいる。
・それら地下ビジネスで得られた収入は、最終的にIS国の立国資金となり、砂漠の地にこれまでと全く異なる成り立ちの『国家』が形成された。
◾️彼らのやり方
すさまじい話だ。
IS国ではこの人質ビジネスを効果的に運営するため、いくつかの戦略が取られているという。
例えば中東情勢にあまり関わりを持ってこなかった極東の島国の総理大臣が、それに関して勇んだ発言をすると、戒めとして確保していた日本人人質を殺す。
あるいは逆に、捉えた北欧の人質に対し、相手国家が身代金を渋ると、相手国のマスコミを言葉巧みにおびき寄せ、情報をリークし、相手国の国内世論を操作して人質解放を焚きつけ、その結果として当初より遥かに高額の身代金を払わせることに成功したり。
彼らが闇ルートで送り込む難民によって、EUの政治と経済は混迷を深めてゆく。難民保護と社会へのアダプテーションは、EU各国にとって悩ましい課題であり、また政府予算を吸い取られる元凶になっている。かといって人道的観点から無下に難民を拒否することは出来ない。気づけばEUの盟主たるイギリスは、国民投票によりそこからの離脱を決めた。
その原因の全てがIS国にあるわけではない。
しかし欧州の混乱の原因の確実な一部は、砂漠の民が意図的に作り出しているものだ。
◾️我々が対峙する相手
卑近な例でいえば、『いじめ』はもやは『集団暴行』や『殺人未遂』と呼ぶべきでないか、という意見がある。いじめ、と呼んでいる限りは子どもたちのじゃれあいと、問題が矮小化されつづけるからだ。
同じように、『テロリスト国家』という認識もその言葉から見直すべき時が来ているのかもしれない。
我々が対峙しているのは、単なる砂漠の残虐集団などではないのだ。宣戦布告なく戦争を始め、国連加盟などものともせず、我が道を突き進んで行く新しい形の勢力。それも狂信的な宗教家ですらなく、巧みな戦略家であり、国境という枠組みに縛られない広大な地下組織。それが我々が対峙している相手だ。
そういうことに目をみひらかせてくれた本書は、単行本一冊の重み以上のエビデンス(証拠)とケース(事例)の紹介によって、仮説でない、事実としてのIS国の成り立ちを教えてくれる。
20世紀とは全く異なる質の、混迷の時代に入ったのだと、本書を読めば分かる。
恐ろしい書であった。
IS国。
そう聞いてイメージするのはどんな像だろうか。
テロリストが勝手に作った国。残虐の限りをつくす人々。ぼくを含む多くの日本人の認識はそんなところだろうと思う。
Wikipedia曰く、
ーーーーー
ISIL(別名:IS、ISIS、ダーイシュ〈仏:Daish〉) - イラクとシリアを中心にテロリズム活動などを行うイスラム過激派組織(自称を訳すと「イスラム国」)。歴史上、最も残虐な手法によるテロを展開しているとされる。他の国家からは、独立した国家として承認されていない。世界各国は、ISILによる相次ぐテロ実行を受けて、鎮圧に向けた作戦行動を展開している。
ーーーーー
とのこと。なるほど。
しかし本書を読むと、このイスラム国に対するイメージはずいぶん様変わりする。
彼らは暴力を適切に使いながら、世界各国に対して事実上、確固たる地位を築いている。それもかなりしたたかに。戦略的に。
粗野で粗暴な砂漠のテロリスト、といった認識を彼らに対して抱いている限り、彼らとの戦いには決して勝利することはできないと痛感させられる書だ。いやむしろ、かつてのインドシナ半島で行われた泥沼の戦争がそうであったように、世界各国は彼らとの戦いをいかにして終結させるか、が課題なのかもしれない。もはや彼らを地上から根絶させることは不可能であり、彼らとの共存をいかにして実現するかを模索すべきではないか、とすら思わされる。さもなくば、いつかまたどこかの国の首都の超高層ビルが旅客機によって破壊されるかもしれず、EU共同体すら解体させられてしまうのではないか、と危惧されるからだ。
◾️IS国の成り立ち
本書で語られているIS国成立までの流れをごく大雑把にまとめると、以下のようになる。
・9.11後、アメリカは愛国者法と呼ばれる法律を制定させた。これはテロリストの資金源を断つため、国際的資金洗浄ネットワークを壊滅に追い込むための法だ。
・それを受けて南米からの麻薬販売ネットワークは、サハラ砂漠経由での流通を余儀なくされた。
・サハラ砂漠近隣の地下組織は、サハラ砂漠にモノと金の流通ルートを確立し、そこに中東のジハーディスト(イスラム過激派のテロ実行者)が目をつけた
・ジハーディスト達はそこに観光にやってくる西洋市民を誘拐し、西洋国家から身代金をせしめることに成功した
・やがてそれはサハラ近隣の『崩壊寸前の国家』からソマリアなどのアラビア海に面した国での海賊行為に飛び火
・西洋市民を誘拐~西洋国家から身代金を搾取という『ビジネスモデル』は最終的には中東のシリアのアルカイダの主要な収入源となった
・西洋国家から身代金を奪う一方で、いわゆる「アラブの春」を端緒として内戦の激化した地中海沿岸の中東諸国の難民を闇ルートで欧州に運ぶというビジネスも確立された。
・聖戦を戦うジハーディストのなかで、この地下ビジネスにうま味を得た一群は、むしろ聖戦より実入りの良いこちらに本腰を入れ、莫大な資金を稼いでいる。
・それら地下ビジネスで得られた収入は、最終的にIS国の立国資金となり、砂漠の地にこれまでと全く異なる成り立ちの『国家』が形成された。
◾️彼らのやり方
すさまじい話だ。
IS国ではこの人質ビジネスを効果的に運営するため、いくつかの戦略が取られているという。
例えば中東情勢にあまり関わりを持ってこなかった極東の島国の総理大臣が、それに関して勇んだ発言をすると、戒めとして確保していた日本人人質を殺す。
あるいは逆に、捉えた北欧の人質に対し、相手国家が身代金を渋ると、相手国のマスコミを言葉巧みにおびき寄せ、情報をリークし、相手国の国内世論を操作して人質解放を焚きつけ、その結果として当初より遥かに高額の身代金を払わせることに成功したり。
彼らが闇ルートで送り込む難民によって、EUの政治と経済は混迷を深めてゆく。難民保護と社会へのアダプテーションは、EU各国にとって悩ましい課題であり、また政府予算を吸い取られる元凶になっている。かといって人道的観点から無下に難民を拒否することは出来ない。気づけばEUの盟主たるイギリスは、国民投票によりそこからの離脱を決めた。
その原因の全てがIS国にあるわけではない。
しかし欧州の混乱の原因の確実な一部は、砂漠の民が意図的に作り出しているものだ。
◾️我々が対峙する相手
卑近な例でいえば、『いじめ』はもやは『集団暴行』や『殺人未遂』と呼ぶべきでないか、という意見がある。いじめ、と呼んでいる限りは子どもたちのじゃれあいと、問題が矮小化されつづけるからだ。
同じように、『テロリスト国家』という認識もその言葉から見直すべき時が来ているのかもしれない。
我々が対峙しているのは、単なる砂漠の残虐集団などではないのだ。宣戦布告なく戦争を始め、国連加盟などものともせず、我が道を突き進んで行く新しい形の勢力。それも狂信的な宗教家ですらなく、巧みな戦略家であり、国境という枠組みに縛られない広大な地下組織。それが我々が対峙している相手だ。
そういうことに目をみひらかせてくれた本書は、単行本一冊の重み以上のエビデンス(証拠)とケース(事例)の紹介によって、仮説でない、事実としてのIS国の成り立ちを教えてくれる。
20世紀とは全く異なる質の、混迷の時代に入ったのだと、本書を読めば分かる。
恐ろしい書であった。