ドイツ統一後、東ドイツ史の本はいろいろ出ていると思うが、本書は初めての新書版東ドイツ通史のようである。
東ドイツは正式名称はドイツ民主共和国(1949年建国)、面積は西ドイツの半分、人口は西ドイツの四分の一、首都はベルリンの東半分にあった。
ドイツ統一後は、ソ連の衛星国家、社会主義統一党独裁国家、秘密警察(シュタージ)による監視国家、抑圧国家、ドーピング国家等の悪いイメージで塗りつぶされ、今日も続いている。
一方、統一後三十年経っても、失業率、所得水準の東西格差は残存し、東側では「オスタルギー」(東ドイツ時代へのノスタルジー)も広がっている。
消滅した国ゆえに、ほぼすべての史料が公開されており、約40年間安定した社会が続いた原因として、東ドイツ社会内部の自立性を評価する研究が進み、また、ソ連の圧力と西ドイツの繁栄に挟まれた中で、社会主義統一党の指導者たちの主体的な行動の評価研究も進み、イメージは変わりつつある。
本書はそういう新しい東ドイツ史研究を取り入れて書かれた待望の新書本である。
東ドイツの四十年間に、どのような事実があったのかを、上から目線でなく、それぞれの時代背景に即して明らかにしていくというのが趣旨である。
本書では、これまで日本であまり詳しく論じられなかった1960年代以降(つまり、第3章以後)を丁寧に記述し、新しい見方を提示するように努めたとする。
概要
東ドイツの最高政治指導者は1971年までウルブリヒト、1971年から1989年までホーネッカー。
序章 東ドイツを知る意味
第1章 新しいドイツの模索ー胎動1945-1949
本章は東ドイツ前史である。
第2章 冷戦と過去の重荷を背負ってー建国1949ー1961
第3章 ウルブリヒトと「奇跡の経済」ー安定1961ー1972
第4章 ホーネッカーの「後見社会国家」ー繁栄から危機へ1971-1980
第5章 労働者と農民の国の終焉ー崩壊1981-1990
終章 統一後の矛盾との対峙。
私的感想
〇大変面白かった。魅力的な本である。
〇本書は、決して切れ味鋭い本ではない。リアルタイムの歴史の各場面で、ソ連の動き、社会主義統一党の動き、生活する国民の動き、西ドイツの動きと、それらの関連、共存、または対立を描いていくため、一直線のすっきりした叙述にならず、ジグザグジグザグ進んで行く感がある。しかし、このすっきりしない感がこの本の魅力と思う。
〇また、著者は社会主義統一党指導部のとった政治経済対外政策を評価しつつ批判する、批判しつつ評価する(どちらかというと批判の方が多いかな。ただし、抑圧という批判は少ない)。決して、全否定や全肯定はしない。よく言えばバランス感覚であり、悪くいえば、すっきりしないが、このすっきりしない感が東ドイツという国にフィットしている。
〇個人的に東ドイツの自己矛盾、すっきりしない感をまとめてみよう。
一、当初から、対外的にも対内的にも、「ドイツ統一」と「東ドイツという国の自立、及び豊かな東ドイツ国の建設」という矛盾した二つの目標を主張しなければならなかった。
二、ベルリンの壁という人工的なもので国民の移動移住脱出の自由を奪うことによって、初めて実質的に独立でき、存続を保障されることになった。
三、指導部と国民の努力により、1960年代に奇跡の経済発展を遂げ、1970年代前半には、産業発展と豊かさの点で、社会主義国の中で先頭に立つ国となったのに、常に西ドイツと比較され、国民の満足度は低かった。
四、国民の資産、購買力は増えたのに、市場の低価格商品は不足がちであった。
五、シュタージによる監視システムを敷く一方で、請願制度を整えて、その中で国民が自己の利益を主張し、政治批判の意見を述べることを認めた。国民は監視システムを意識しながらも、請願の中で体制をヨイショするような意見は述べなかった。
六、長い間東ドイツ主導または東西ドイツ対等のドイツ統一を主張してきたのに、最後の段階で、宿敵西ドイツになすすべもなく吸収され、貴重な国有財産を詐欺同然の価格で買いたたかれてしまった。
〇本書の中では、第3章の2,計画と指導の新経済システム、3,東ドイツ社会の豊かさ、第4章の1,経済・社会政策の統合、2,東ドイツの黄金時代?が特に興味深かった。つまり、著者の描き出す豊かな東ドイツ社会に新鮮な衝撃を受けた。(むろん、著者は様々な批判を付してはいるが)
〇しかし、何といっても、終章が名文である。一部引用させていただく。
「ドイツ統一をめぐる外交交渉では、人びとの自己決定の意思表示がドイツ統一を承認するかどうかの鍵を握った。・・・西側の政治家は、実現の可能性が乏しい経済的な豊かさを約束した。・・統一当初、旧西ドイツの社会保障や不足することのない消費生活は肯定的に受け入れられた。・・しかし、二〇〇〇年代に入り、この社会保障制度が、新自由主義の波の中で動揺し、危機に陥る。その時、旧東側の人びとは、旧西ドイツ由来の社会国家が金銭的な保障はしつつも、東ドイツ時代には存在していた非公式な共助の仕組みを消滅させたと気づいた。統一ドイツ、すなわち旧西ドイツの制度が社会的なつながりを切断したのだ。・・さらに、信託会社が国有財産を民営化する際、利益を得たのは、旧西ドイツ側の企業である。やはり東側の人びとから見れば、不公平ないしは詐欺にも該当する不法ともいえる売却実態があった。・・」
私的結論
〇東ドイツ社会内部の自立性を評価する研究と、社会主義統一党の指導者たちの主体的な行動の評価研究が進み、日本に紹介されることを期待したい。
〇東ドイツ出身の監督が、東ドイツ視点で、東ドイツ時代を描いた劇映画を見たい。
〇長文失礼した。
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物語 東ドイツの歴史-分断国家の挑戦と挫折 (中公新書 2615) 新書 – 2020/10/20
河合 信晴
(著)
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一九四五年五月のベルリン陥落後、ドイツは英米仏ソの四ヵ国に分割占領された。四九年に東西に国家が樹立、九〇年に統一を果たすまで分断は続く。本書は、社会主義陣営に属し、米ソ対立の最前線にあった東ドイツの軌跡を追う。政治史を中心に、経済、外交、人びとの日常を丹念に描き出す。非人道的な独裁政治や秘密警察による監視という負のイメージで語られがちな実態に迫り、その像を一新する。
- 本の長さ292ページ
- 言語日本語
- 出版社中央公論新社
- 発売日2020/10/20
- 寸法11 x 1.2 x 17.3 cm
- ISBN-104121026152
- ISBN-13978-4121026156
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商品の説明
著者について
河合信晴
1976年静岡県生まれ.99年成蹊大学法学部政治学科卒業.2011年ドイツ連邦共和国ロストック大学歴史学研究所博士課程現代史専攻修了.成蹊大学非常勤講師などを経て,広島大学大学院人間社会科学研究科准教授.
1976年静岡県生まれ.99年成蹊大学法学部政治学科卒業.2011年ドイツ連邦共和国ロストック大学歴史学研究所博士課程現代史専攻修了.成蹊大学非常勤講師などを経て,広島大学大学院人間社会科学研究科准教授.
登録情報
- 出版社 : 中央公論新社 (2020/10/20)
- 発売日 : 2020/10/20
- 言語 : 日本語
- 新書 : 292ページ
- ISBN-10 : 4121026152
- ISBN-13 : 978-4121026156
- 寸法 : 11 x 1.2 x 17.3 cm
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2020年11月11日に日本でレビュー済み
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2023年4月9日に日本でレビュー済み
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東ドイツの歴史について非常に詳しく書かれており、この国の全体像を掴むのにとても良い。コラムのシュタージの話や請願の話も興味深い。監視社会で何も言えない、怖い国家というイメージがある反面、国民は政府に物申すことができたし、政治と無関係でいられなかったという話が印象に残った。
2021年1月20日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
「東ドイツ」が無くなって、はや三十年になります。
否定的にばかり捉えられる「東ドイツ」ですが、この本は、批判的な視野は持ちつつ、一方的な全面否定に立っていない点で、「東ドイツ」がどういう存在だったのか、そして、現在の統一ドイツを考えるうえで、欠かせない1冊といえます。
否定的にばかり捉えられる「東ドイツ」ですが、この本は、批判的な視野は持ちつつ、一方的な全面否定に立っていない点で、「東ドイツ」がどういう存在だったのか、そして、現在の統一ドイツを考えるうえで、欠かせない1冊といえます。
2021年2月7日に日本でレビュー済み
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東ドイツに興味のある人にはとても参考になる本です
政治家が多く登場いますが 一般民衆の暮らしや連帯の様子が描かれていると
もっとよかったと思います
私の東ドイツの友人も壁崩壊の時にはデモに参加していました
政治家が多く登場いますが 一般民衆の暮らしや連帯の様子が描かれていると
もっとよかったと思います
私の東ドイツの友人も壁崩壊の時にはデモに参加していました
2021年1月28日に日本でレビュー済み
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社会主義国家としては優等生だった東ドイツの物語です。分断国家の宿命として、西ドイツに「追いつき、追い越せ」のスローガンを掲げたものの、ソ連監視下で社会主義的政策のくびきを嵌めたままでは、勝ち目の無い競争だったと言うことでしょうか。
又、西側からの借款によって、東側としてはマシな国民生活を維持していたけれど、その誕生から終焉に至るまで、西側へ移住・脱出しようとする国民の流れが絶えることは無かった・・ラジオ・テレビ、西側家族との交流等で知った「豊かで自由な西側」への羨望・渇望を止めることは出来なかったということでしょうか。
近隣の分断国家(北側)が、情報や人的交流の統制・遮断に懸命なのは、こういう理由かと思い至りました。
又、西側からの借款によって、東側としてはマシな国民生活を維持していたけれど、その誕生から終焉に至るまで、西側へ移住・脱出しようとする国民の流れが絶えることは無かった・・ラジオ・テレビ、西側家族との交流等で知った「豊かで自由な西側」への羨望・渇望を止めることは出来なかったということでしょうか。
近隣の分断国家(北側)が、情報や人的交流の統制・遮断に懸命なのは、こういう理由かと思い至りました。
2021年1月30日に日本でレビュー済み
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余り知られる事のなかった東ドイツの実情がリアルに描かれた良い資料です。
2020年12月2日に日本でレビュー済み
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西側からの視点ではなく、当事者からの歴史は面白い
2021年5月6日に日本でレビュー済み
いったい日本の現代の読者の誰が、「東ドイツ市民が独裁体制を平和裡に打倒したという結末、大団円を期待」して本書を手にとるだろうか?
この体制は、いかがわしさを本質的にまとったグロテスクな体制であった。現在だけではない、存在していた当時からからそうだった。ただただ当時の観察者を驚かせたのは、崩壊時のあまりもの「脆さ」だけ。
著者は、国家社会主義体制を悪や抑圧体制という見るわかり易い図式にしたがって、白黒はっきりさせる記述はしなかったとあとがきで述べている。これは、問題だ。新書は学術書ではないのだ。
新書という、もはやこの体制の存在すら知らない読者を対象とする媒体で、まずこの体制の本質的な「悪」という視点を明確にせずに、ドライで平板な叙述や後知恵に基づく現代的な視点(環境問題や女性の社会参加)からの分析をすることにどの程度の意味があるのだろう。これはソヴィエト学(sovietlogy)がソヴィエト体制崩壊の直前に陥っていた頽廃的な状況にかなり酷似する。当時の政治学や社会学の分析道具を無批判に用い、そこに西側の体制との類似点を見出そうとしたのだ。
だいぶ最初から厳しいコメントをつけてしまった。
ただ注意して読めば、本書のメッセージはかなり厳しいものである。一言でいうと、「政治的、経済的に滅びるべく運命づけられていた体制」の矛盾とその姿が、淡々と正確に様々な側面から分析されている。けっして社会主義統一党の政治指導の巧拙が、どうにかできるような問題ではなかった。
もともと存在理由がない体制、それが東ドイツなのだ。64ページの「東ドイツから西ドイツへの逃亡者」の表を見ていただきたい。実はこれがすべてといっても過言ではない。40年間で累計約700万人。自由選挙のないシステムの下で、700万という人々の足によって、NOを突き付けられた体制なのだ。こんな体制にはひとかけらの正統性すらない。
ただ、敗戦直後の国際環境が生み出した冷戦体制、いつものグロテスクな建前(共産主義社会)と硬軟の暴力(stasi)の組み合わせ、そして被治者の側の惰性のみが、このようなグロテスクな体制の存続を「奇跡的」にも可能にしたのだ。
敵対者である当の西ドイツをメルクマールとし、体制存続の鍵となるソ連の援助が先細りになる中で、最終的には、西ドイツからの金銭的な援助に依存する中で、かろうじて生きながらえた矛盾の極致ともいうべき体制、これこそが東ドイツなのだ。
欺瞞と矛盾の下で、本来は存続しえないはずの「40年間の休暇」をすごしたのち、「おとぎ話」の世界から現実の世界に戻らされた体制といったらいいだろう。そして今残るのはただのostologieという「思い出」だけというのも納得がいく。
終章で語られる著者の思いはいかにもだ。なぜ日本の学者は外国の、それも今回のケースでは、過去の滅びるべくして滅びた体制に、以下のようなnostalgicな思いを感じとるのだろう?僕には理解不能だ。ちょっと長くなるが、引用してみる。
「2000年代に入り....この社会保障制度が、新自由主義の波の中で動揺し、危機に陥る。その時、旧東側の人々は、旧西ドイツ以来の社会国家が金銭的な保障はしつつ、東ドイツ時代には存在していた非公式な共助の仕組みを消滅させたときずいた。統一ドイツ、すなわち旧西ドイツの制度が社会的なつながりを切断したのだ。それに対して、「不足の経済」で機能不全に陥りがちだった体制の方が社会の連帯を強化することに貢献していた。」
「旧東側の人々は金銭的な保障の網の目が破れて初めて、東ドイツ時代の人と人のつながりがどれだけ大きいものだったを再確認し、改めて喪失感を抱かざるを得なかった。」
ところで、同じ時期(1989年)に体制への根本的な挑戦を受けた中国共産党や北朝鮮、この二つは未だに存在し続けている。
この体制は、いかがわしさを本質的にまとったグロテスクな体制であった。現在だけではない、存在していた当時からからそうだった。ただただ当時の観察者を驚かせたのは、崩壊時のあまりもの「脆さ」だけ。
著者は、国家社会主義体制を悪や抑圧体制という見るわかり易い図式にしたがって、白黒はっきりさせる記述はしなかったとあとがきで述べている。これは、問題だ。新書は学術書ではないのだ。
新書という、もはやこの体制の存在すら知らない読者を対象とする媒体で、まずこの体制の本質的な「悪」という視点を明確にせずに、ドライで平板な叙述や後知恵に基づく現代的な視点(環境問題や女性の社会参加)からの分析をすることにどの程度の意味があるのだろう。これはソヴィエト学(sovietlogy)がソヴィエト体制崩壊の直前に陥っていた頽廃的な状況にかなり酷似する。当時の政治学や社会学の分析道具を無批判に用い、そこに西側の体制との類似点を見出そうとしたのだ。
だいぶ最初から厳しいコメントをつけてしまった。
ただ注意して読めば、本書のメッセージはかなり厳しいものである。一言でいうと、「政治的、経済的に滅びるべく運命づけられていた体制」の矛盾とその姿が、淡々と正確に様々な側面から分析されている。けっして社会主義統一党の政治指導の巧拙が、どうにかできるような問題ではなかった。
もともと存在理由がない体制、それが東ドイツなのだ。64ページの「東ドイツから西ドイツへの逃亡者」の表を見ていただきたい。実はこれがすべてといっても過言ではない。40年間で累計約700万人。自由選挙のないシステムの下で、700万という人々の足によって、NOを突き付けられた体制なのだ。こんな体制にはひとかけらの正統性すらない。
ただ、敗戦直後の国際環境が生み出した冷戦体制、いつものグロテスクな建前(共産主義社会)と硬軟の暴力(stasi)の組み合わせ、そして被治者の側の惰性のみが、このようなグロテスクな体制の存続を「奇跡的」にも可能にしたのだ。
敵対者である当の西ドイツをメルクマールとし、体制存続の鍵となるソ連の援助が先細りになる中で、最終的には、西ドイツからの金銭的な援助に依存する中で、かろうじて生きながらえた矛盾の極致ともいうべき体制、これこそが東ドイツなのだ。
欺瞞と矛盾の下で、本来は存続しえないはずの「40年間の休暇」をすごしたのち、「おとぎ話」の世界から現実の世界に戻らされた体制といったらいいだろう。そして今残るのはただのostologieという「思い出」だけというのも納得がいく。
終章で語られる著者の思いはいかにもだ。なぜ日本の学者は外国の、それも今回のケースでは、過去の滅びるべくして滅びた体制に、以下のようなnostalgicな思いを感じとるのだろう?僕には理解不能だ。ちょっと長くなるが、引用してみる。
「2000年代に入り....この社会保障制度が、新自由主義の波の中で動揺し、危機に陥る。その時、旧東側の人々は、旧西ドイツ以来の社会国家が金銭的な保障はしつつ、東ドイツ時代には存在していた非公式な共助の仕組みを消滅させたときずいた。統一ドイツ、すなわち旧西ドイツの制度が社会的なつながりを切断したのだ。それに対して、「不足の経済」で機能不全に陥りがちだった体制の方が社会の連帯を強化することに貢献していた。」
「旧東側の人々は金銭的な保障の網の目が破れて初めて、東ドイツ時代の人と人のつながりがどれだけ大きいものだったを再確認し、改めて喪失感を抱かざるを得なかった。」
ところで、同じ時期(1989年)に体制への根本的な挑戦を受けた中国共産党や北朝鮮、この二つは未だに存在し続けている。