「革新自治体」
それは、一体何だったのだろうか?
この本は、政治学者の岡田一郎さんが、革新自治体の誕生とその消滅の軌跡を、膨大な文献を基にしながら辿るものであるが、私が特に凄いと思ったのは、これらの革新自治体が、社会党の動向と、住民の気分の変化によって誕生・消滅したことを明確に示していた点である。
特に、これらの革新自治体は、当時の2大政党の1つであった社会党が公害問題の解決や、福祉の充実などといった、自民党政治+高度経済成長による社会の歪みの解消を都市部の住民に訴えることで次々と誕生していった。
ところが、その後の高度経済成長の終焉によって、税収が伸び悩むと、これらの目玉政策が思うように進められなくなっていった。
それで、革新自治体の首長(ただし、彼らはB層政治家だったわけではない)たちは、住民との対話によって政策の見直しなどに対する理解を得ようとしたのだが、結果的にはそれが全く意味を成さなかった(もっとも、社会党は1955年の結党当初から、いわゆるB層と呼ばれる自らの行動に責任を取らない層や、気分だけで物事を決めてしまう層を主な支持基盤としていたため、少しでも目玉政策が行き詰まると、住民が全く聞く耳を持たなくなってしまうのはある意味で当然のことでもあったのだが・・・)。
また、1970年代以降に自民党が「公害なき社会の実現」などのスローガンを掲げると、社会党は自民党との明確な対立軸を見出すことが難しくなっていった。
また、同時期に社会党よりもはるかに強力な反・自民勢力である、共産党が勢力を拡大すると、さらなる党の衰退を恐れた社会党は、公明党や、民社党といった、中道・反共政党との選挙協力の道を模索するようになった。
これらの結果、1980年代以降に「自民党+社会党+公明党+民社党の相乗り候補VS共産党推薦の候補」という構図が主流になると、革新自治体は次々と、共産党を除く「オール与党」の自治体に置き換わるようになった。同時に、全国各地で投票率が低下の一途を辿るようになった。
これら一連の流れを、著者の岡田さんは思い込みを徹底的に排しながら述べていると言える。
ただ、現在では「革新自治体」という表現自体が、死語に近いものになっている(同時に、社会党+共産党の推薦する首長が行った政策の中身について、詳しく知っている人が絶滅危惧種に近くなっている)感じがあるが、いずれにしろ、これらの「革新自治体」の誕生・消滅について詳しく学ぶことは、自民党や、公明党などが地方選挙における反共攻撃でよく使うような、「左翼が政権を取る(共産党が支持・推薦する人が首長に当選する)と財政が悪化してしまう」というイメージが本当なのか、正しく理解することでもある。
だから、この本は多くの有権者に読まれるべきだと思う。

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革新自治体 - 熱狂と挫折に何を学ぶか (中公新書 2385) 新書 – 2016/7/20
岡田 一郎
(著)
一九六〇~七〇年代に蜷川虎三、美濃部亮吉、黒田了一、飛鳥田一雄など個性的な首長を各地で擁し、脚光を浴びた革新自治体。
だが、現在では、「巨額の財政赤字をもたらした」というレッテルのみで語られがちだ。
本書は、革新自治体の台頭の背景から政治的取り組みまでを詳述し、その功罪も描く。
国政とも深く関係して躍進し、そして消えていった地方の“左翼政権"は何を残したのか。
現在の国政や地方自治を再考する試み。
だが、現在では、「巨額の財政赤字をもたらした」というレッテルのみで語られがちだ。
本書は、革新自治体の台頭の背景から政治的取り組みまでを詳述し、その功罪も描く。
国政とも深く関係して躍進し、そして消えていった地方の“左翼政権"は何を残したのか。
現在の国政や地方自治を再考する試み。
- 本の長さ211ページ
- 言語日本語
- 出版社中央公論新社
- 発売日2016/7/20
- ISBN-104121023854
- ISBN-13978-4121023858
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登録情報
- 出版社 : 中央公論新社 (2016/7/20)
- 発売日 : 2016/7/20
- 言語 : 日本語
- 新書 : 211ページ
- ISBN-10 : 4121023854
- ISBN-13 : 978-4121023858
- Amazon 売れ筋ランキング: - 340,979位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 1,494位中公新書
- カスタマーレビュー:
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2016年10月1日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2016年7月28日に日本でレビュー済み
日本社会党史を専門にする著者が、1960年代から70年代後半にかけてのいわゆる「革新自治体」の興亡を追った本。
読んでみると、「革新自治体」の支持者に浮動票や保守的な層が多かったこと、運営には保守派議員、政府などの協力が必要だったこと、公明民社といった中道政党がキャスティングボードを握っていたことが浮きぼりになる。
そして社会党は足元の組織を固めることができない上に日本共産党とも対立する。
こんな事情は今もあまり変わらないかな?
評者としてはイデオロギー的な政策面についての記載があんまりない、東京都立川市(阿部行蔵市長)、ちょっと時代はずれるが北海道名寄市(桜庭康喜市長)、広島市(秋葉忠利市長)、東京都世田谷区(保坂展人区長)などの例を載せていなかったので星一つ減らしたが、ページ数のわりに内容は充実しており、定説とされていたことへの反論もあるので、読んでおいて損はない本だと思う。
読み終えてから、あとがきから読めばもっと違った印象を受けるかもしれないかなと思った。
著者の他の作品である「 日本社会党―その組織と衰亡の歴史 」も読んでおくと、本書の理解がより進むと思われる。
読んでみると、「革新自治体」の支持者に浮動票や保守的な層が多かったこと、運営には保守派議員、政府などの協力が必要だったこと、公明民社といった中道政党がキャスティングボードを握っていたことが浮きぼりになる。
そして社会党は足元の組織を固めることができない上に日本共産党とも対立する。
こんな事情は今もあまり変わらないかな?
評者としてはイデオロギー的な政策面についての記載があんまりない、東京都立川市(阿部行蔵市長)、ちょっと時代はずれるが北海道名寄市(桜庭康喜市長)、広島市(秋葉忠利市長)、東京都世田谷区(保坂展人区長)などの例を載せていなかったので星一つ減らしたが、ページ数のわりに内容は充実しており、定説とされていたことへの反論もあるので、読んでおいて損はない本だと思う。
読み終えてから、あとがきから読めばもっと違った印象を受けるかもしれないかなと思った。
著者の他の作品である「 日本社会党―その組織と衰亡の歴史 」も読んでおくと、本書の理解がより進むと思われる。
2017年6月6日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
三度目の共産都政と言われる今、その行く末を占うために読むべき本
2017年8月20日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
比較的客観的な記述で好感はもてる。革新政党のだらしのなさが改めて思い知らされる。「何を学ぶか?」の答えが直接かかれているわけではないが。読者それぞれが考えるべきことなのだと思う。
2016年8月23日に日本でレビュー済み
6~70年代、地方自治体の長に次々と革新系の人間がえらばれる「革新自治体の時代」があった。
そのような革新自治体はなぜ生まれ、そしてなぜ消えていったのか。
本書は、著者が日本社会党研究者ということもあり、社会党や共産党、公明党といった中央の動向を軸にして革新自治体の盛衰を論じている。
60年代の高度経済成長期には、社会党も地元にコンビナートを誘致するのを声高に訴えたが、公害問題が生じ、さらに生活インフラの整備の遅れが目立ち始めると、そうした点を争点に訴える革新首長が次々と当選していく時代が来る。
革新自治体の始まりの時期には議論があるが、長らく1963年とされていたのは横浜市長飛鳥田の広報によるところが多く、美濃部当選の1967年とするのが妥当とする功刀の研究を引いている。
70年代に入ると、大阪の黒田等が当選して本格的な革新自治体の時代に入る。
中央の動きとしては、社会党・共産党の共闘は地方では目立つが、中道の民社党、公明党とどう連携するかというのがなかなか難しかった。
社公民連携の模索もいろいろと行われているが、公明と共産は折り合いが悪く、野党連合は実現できない状況であった。
そして時代が進むと、内紛が起きる社会党は見限られて、自民党が中道への歩み寄りを見せて連立を組み始めると、革新側は自民党らが推す候補に保革相乗りするという状況になり、革新自治体の時代はここに終焉する。
本書である種浮き彫りになるのは、当の社会党のいい加減さである。
中野好夫が行き当たりばったりの候補者選びと選挙が終わったら候補者使い捨てを痛烈に批判する話や、美濃部もが「いちばん困るのは社会党」ともらし、都市政策の案もなければ議会工作もできない社会党や共産党を批判しているエピソードは印象的である。
横浜で長らく頑張ってきた飛鳥田は、党に引き上げられると結局党利党略の中で指導力を発揮できずに消えて行ってしまう。
党の話を軸にしているので、中央ー地方の革新自治体の流れは分かりやすい。
一方で、そういう話でくくりにくい京都の蜷川の話は最初だけであまり紙面は割かれず、また個々の自治体の深掘りは東京の美濃部以外ではあまり行われていないようにも思える。
地域の面も見えるとなおよかったように思うが、革新自治体と革新政党の時代を振り返るうえで本書はまとまった著作だと思う。
そのような革新自治体はなぜ生まれ、そしてなぜ消えていったのか。
本書は、著者が日本社会党研究者ということもあり、社会党や共産党、公明党といった中央の動向を軸にして革新自治体の盛衰を論じている。
60年代の高度経済成長期には、社会党も地元にコンビナートを誘致するのを声高に訴えたが、公害問題が生じ、さらに生活インフラの整備の遅れが目立ち始めると、そうした点を争点に訴える革新首長が次々と当選していく時代が来る。
革新自治体の始まりの時期には議論があるが、長らく1963年とされていたのは横浜市長飛鳥田の広報によるところが多く、美濃部当選の1967年とするのが妥当とする功刀の研究を引いている。
70年代に入ると、大阪の黒田等が当選して本格的な革新自治体の時代に入る。
中央の動きとしては、社会党・共産党の共闘は地方では目立つが、中道の民社党、公明党とどう連携するかというのがなかなか難しかった。
社公民連携の模索もいろいろと行われているが、公明と共産は折り合いが悪く、野党連合は実現できない状況であった。
そして時代が進むと、内紛が起きる社会党は見限られて、自民党が中道への歩み寄りを見せて連立を組み始めると、革新側は自民党らが推す候補に保革相乗りするという状況になり、革新自治体の時代はここに終焉する。
本書である種浮き彫りになるのは、当の社会党のいい加減さである。
中野好夫が行き当たりばったりの候補者選びと選挙が終わったら候補者使い捨てを痛烈に批判する話や、美濃部もが「いちばん困るのは社会党」ともらし、都市政策の案もなければ議会工作もできない社会党や共産党を批判しているエピソードは印象的である。
横浜で長らく頑張ってきた飛鳥田は、党に引き上げられると結局党利党略の中で指導力を発揮できずに消えて行ってしまう。
党の話を軸にしているので、中央ー地方の革新自治体の流れは分かりやすい。
一方で、そういう話でくくりにくい京都の蜷川の話は最初だけであまり紙面は割かれず、また個々の自治体の深掘りは東京の美濃部以外ではあまり行われていないようにも思える。
地域の面も見えるとなおよかったように思うが、革新自治体と革新政党の時代を振り返るうえで本書はまとまった著作だと思う。
2016年10月17日に日本でレビュー済み
高度成長期、各地で生まれた社共首長の歴史を書いている。だが、陰の主役は日本社会党であり、右派の重鎮・江田三郎だ。革新市長は50年代から増え始め、最盛期の75年には全国に139あった。革新自治体は公害や福祉など、自民党では解決できない住民問題の解決を期待され、ある程度実現した。著者は革新自治体のそうした意義を評価しつつも、地方での成功を国政奪取につなげられなかった社会党を批判している。余談だが、あとがきの末尾に著者の思いが凝縮されており、ぜひ読んでほしい。著者自身もまた、生命を張るほどの激しいイデオロギーに翻弄された一人であった事実に気づく。
社会党は55年の左右合同後も、深刻な路線対立が続いていた。左派は共産党との連携・社会主義の実現を求め、右派は民社・公明といった中道左派と連携を求めていたものの、77年に民公に太いパイプを持っていた江田が離党したことから、両党と社会党の関係は急速に疎遠になった。一方で、70年代末に経済が低迷したことから、経済重視と国からの支援を強調する自民と、それに連携した民公に東京、京都、沖縄など続々と取り返されることになった。北海道や神奈川など自社相乗りも増え、革新自治体は国政に影響を与えるほどの勢力ではなくなった。
地方の首長は当選者が一人であり、野党が結束して有権者の関心が高い「福祉拡充」「公害反対」を掲げた候補を支援すれば当選しやすい。候補は野党第一党の社会党から出すことが多かった。社会党はこれを「自党への支持が増えているもの」と見誤った。だが実際は、革新・中道票は組織政党に流れ、浮動票の多い社会党の国政選得票率は戦後下がり続けていた。社会党が政権を取れなかったのは、左派が革新自治体の増加を「社会主義の時代」と誤信してさらに左旋回し、民公の中道勢力を保守へ逃がしてしまったからではないか、と著者は問い、自民党に対抗し政権を取る政党となるためには、「江田を軸にして中道を取り込んだ社公民路線しかなかったのではないか」と評している。
野党転落後、相変わらず迷走を続ける民進党が参考にするべき本かもしれない。民進党と社会党の現状はシンクロしている。中道政党と合併する一方、共産党の提携を模索している。左右対立は激しく、旧社会左派である官公労から、9条改正を主張するタカ派まで抱え党内運営は難しい。だが、共産と組めば左に寄りすぎ、マスである中道票を自民へやってしまう。「中道左派で踏ん張らないと社民と同じ末路になるのでは」と本書を読んで感じた。太田薫、飛鳥田一雄、美濃部亮吉など、高度成長期なおっさんの顔写真から充ち満ちて漂う昭和感がなんとも……
社会党は55年の左右合同後も、深刻な路線対立が続いていた。左派は共産党との連携・社会主義の実現を求め、右派は民社・公明といった中道左派と連携を求めていたものの、77年に民公に太いパイプを持っていた江田が離党したことから、両党と社会党の関係は急速に疎遠になった。一方で、70年代末に経済が低迷したことから、経済重視と国からの支援を強調する自民と、それに連携した民公に東京、京都、沖縄など続々と取り返されることになった。北海道や神奈川など自社相乗りも増え、革新自治体は国政に影響を与えるほどの勢力ではなくなった。
地方の首長は当選者が一人であり、野党が結束して有権者の関心が高い「福祉拡充」「公害反対」を掲げた候補を支援すれば当選しやすい。候補は野党第一党の社会党から出すことが多かった。社会党はこれを「自党への支持が増えているもの」と見誤った。だが実際は、革新・中道票は組織政党に流れ、浮動票の多い社会党の国政選得票率は戦後下がり続けていた。社会党が政権を取れなかったのは、左派が革新自治体の増加を「社会主義の時代」と誤信してさらに左旋回し、民公の中道勢力を保守へ逃がしてしまったからではないか、と著者は問い、自民党に対抗し政権を取る政党となるためには、「江田を軸にして中道を取り込んだ社公民路線しかなかったのではないか」と評している。
野党転落後、相変わらず迷走を続ける民進党が参考にするべき本かもしれない。民進党と社会党の現状はシンクロしている。中道政党と合併する一方、共産党の提携を模索している。左右対立は激しく、旧社会左派である官公労から、9条改正を主張するタカ派まで抱え党内運営は難しい。だが、共産と組めば左に寄りすぎ、マスである中道票を自民へやってしまう。「中道左派で踏ん張らないと社民と同じ末路になるのでは」と本書を読んで感じた。太田薫、飛鳥田一雄、美濃部亮吉など、高度成長期なおっさんの顔写真から充ち満ちて漂う昭和感がなんとも……
2016年11月11日に日本でレビュー済み
今では、地方自治体の首長選挙は相乗りというのが当たり前のようですが、昔はそうではなかったんだということがこの本を読んでよくわかりました。また革新自治体が大きく注目されるようになってきた京都の蜷川さん、横浜の飛鳥田さん、東京の美濃部さん、大阪の黒田さんたちが登場以前にも革新系の首長が存在していた。その人たちは、大都市の首長ではなく、地方の小規模な街の首長であった。しかも、大都市での革新首長が登場する以前のほうが革新系の首長が多かったということ。そのことはこの本を読んでしりました。
現在のような首長選挙が与野党相乗りということが、昔は当たり前ではなかったのです。革新系だからよかったとか、革新系だからダメな首長だったというひとくくりにした評論にはなっていません。功罪を織り交ぜての評価をきちんとしています。
しかし、革新系の首長はそのうちに衰退していきます。その原因は自治省との対立と旧社会党の体たらくがあったとしています。自治省のここまでやるかという革新系首長に対するネガティブなキャンペーン。それにまとまることができない、社会党。それに革新系政党の団結。もったいないよね。
それでも、この革新系首長は非常に人気が高かった。特に女性の人気が高かったというのは意外な発見でした。でも、文章が硬いのというか少し読みにくところが難点かな。でも勉強になりました。
現在のような首長選挙が与野党相乗りということが、昔は当たり前ではなかったのです。革新系だからよかったとか、革新系だからダメな首長だったというひとくくりにした評論にはなっていません。功罪を織り交ぜての評価をきちんとしています。
しかし、革新系の首長はそのうちに衰退していきます。その原因は自治省との対立と旧社会党の体たらくがあったとしています。自治省のここまでやるかという革新系首長に対するネガティブなキャンペーン。それにまとまることができない、社会党。それに革新系政党の団結。もったいないよね。
それでも、この革新系首長は非常に人気が高かった。特に女性の人気が高かったというのは意外な発見でした。でも、文章が硬いのというか少し読みにくところが難点かな。でも勉強になりました。
2016年9月23日に日本でレビュー済み
革新首長も、石原、橋下も全く同じ期待によって生まれ、そして消えていったというのが著者の主張だ。
日本の政治では、統治する側もされる側も無責任な行動が蔓延している。
名君などどこにもいないことを直視し、我々はもっと現実主義者になる必要がある。
日本の政治では、統治する側もされる側も無責任な行動が蔓延している。
名君などどこにもいないことを直視し、我々はもっと現実主義者になる必要がある。