悲惨なのはアメリカインディアンやオーストラリアのアボリジニなど、自分の国をもたない少数民族の英語話者だ。彼らは自分たちの言語を捨てて英語を身につけた。それはそうせざるを得ない状況にあったからだが、同時にそうすれば経済的に成功できるという期待もあった。しかしそんな期待はほとんどの場合実現しなかった。自分たちの言語を失った少数民族はもはや自分たちの文化を取り戻すことはできず、かといって白人の世界でも二級市民あつかいで行き場のない根無し草になってしまう。 そして希望や自尊心を失い多くの社会問題を抱えることになる。そんな少数民族にはアルコール依存症が多い。アメリカ・インディアンの男性の死因の四件に一件以上が、飲酒による事故や自殺など、酒がらみだという調査結果がある。しかし日本人の多くはそんな現実を知らないし、関心を持たない。外国人といえば白人、英語話者といえば白人、アメリカ人といえば白人と思っているからだ。だから英語ができるようになった自分の姿をアメリカ・インディアンやアボリジニではなく、白人に重ねてイメージしてしまう。それは間違ったイメージだ。 我々は、英語ができるようになったらいいことがあると漠然と思い込んでいるが、そんな思い込みが幻想でしかないことに早く気づかなければならない。
「英語を学ぶのはアメリカやイギリスにとって使い勝手のいい優秀な奴隷になること。」
我々はそのことをはっきりと認識しなければならないのではないか?

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英語の害毒 (新潮新書) 新書 – 2015/6/17
永井 忠孝
(著)
会話重視、早期教育、公用語化――“英語信仰”が国を滅ぼす! 気鋭の言語学者がデータにもとづき徹底検証。「日本英語はアメリカ英語より通じやすい」「企業は新人に英語力を求めていない」等、意外な事実も満載の画期的考察。
- 本の長さ208ページ
- 言語日本語
- 出版社新潮社
- 発売日2015/6/17
- 寸法18.2 x 11.3 x 2 cm
- ISBN-104106106248
- ISBN-13978-4106106248
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登録情報
- 出版社 : 新潮社 (2015/6/17)
- 発売日 : 2015/6/17
- 言語 : 日本語
- 新書 : 208ページ
- ISBN-10 : 4106106248
- ISBN-13 : 978-4106106248
- 寸法 : 18.2 x 11.3 x 2 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 305,806位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 686位新潮新書
- カスタマーレビュー:
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2023年7月9日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2015年8月30日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
本書で重要な主張は、英語教育の早期化でバイリンガルが生まれやすくなるということは幻想に近く、あまり注目されていない母国語が中途半端になるリスクにも注意を払うべきである、ということです。
言語能力と一口に言っても、日常会話レベルの能力を規定する「会話言語能力」と、学術的な論点や法律や政治等の高度に抽象的な議論をする能力を規定する「学習言語能力」があり、その両方を2言語で持つ人を「プロフィシェント・バイリンガル」、一方の言語だけで学習言語能力まで身につけた人を「パーシャル・バイリンガル」、2言語ともに「会話言語能力」しか持たない人を「セミリンガル」であるとし、会話言語能力しかないのでは2言語を「ネイティブのような発音で」話せても、主体的な仕事はできず、学習言語能力を持つ人に従属的な仕事しかできなくなってしまうと主張します。
評者は小・中学校の頃に英語圏で暮らしており、英語と日本語の両方が中途半端になってしまって落ちこぼれていく友人を見ていて、英語教育の早期化はやるべきではないという考えです。
その肌感覚を言語学者の専門的な知見から論理的に整理して示してくれています。
セミリンガルになってしまう確率が5〜10%であると言うデータも紹介しており、2言語ともに問題を抱える子は大体1割弱くらいかな、という評者の肌感覚とも一致します。
この論点は、英語教育の早期化を議論するときにもっと多くの人に考えてもらいたいと思います。
尚、本書は全5章で構成されており、帯にある「奴隷への道」と言った主張は第3章の一部と第4章に集中しています。
第1章と第2章では、論理展開が明確で、引用も一次資料こそ少ないですが数値の引用が多く、さすがに専門家の意見だけあって説得力がある、と言った感じです。
一方で第4章では突然、(筆者も認めていますが)英米の陰謀説的でやや強引な論理展開が増え、引用も「私はこう思う。◯◯も××と言う書でこう主張している」と言った形式の引用が増え、やや客観性に乏しくなります。
また、TPPにも絡んでアメリカによる日本の英語化に対する被害者的な視点から陰謀論を展開しますが、特に東南アジアでは、英語化により日本もメリットを享受できるという視点が抜けています。
法律や司法手続きが英語で行われることは、確かに日本国内の話に関しては日本人にはデメリットの方が多いと思いますが、タイやマレーシア、ベトナムと言った、現地語が公用語の地域では、日本人や日本企業にとってもメリットの方が大きいと思います。
評者はベトナムで仕事をしていましたが、豪州系法律事務所等による法律文書の英訳を見る限り争えそうなケースでも、公式の英訳が無く、ベトナム語では「微妙な表現」になっているために、争うことを諦めてしまうことも何回かありました。
日本国外の英語化は日本にとってもメリットであり、この点も考えた上で日本の英語第2公用語化のデメリットと総合的に論じてもらえれば更に良かったという意味で、やや物足りなさも感じましたので、星は一つ減らしています。
このため、第2章までと第5章の結論には非常に良いと感じましたが、星を一つ減らしました。
英語教育の強化に賛成の人にも反対の人にも共に、重要な論点が示されている本です。
アメリカ英語を身につけようとする無意味さ、英語力が日本での仕事や日常生活にそれほど重要ではないこと、英語が未来永劫に重要であることはないと言った、英語教育の重要性を主張する根拠のうちで誤ったものを論理的に否定してくれているという意味でも、多くの人に読んでもらいたいと思える本です。
言語能力と一口に言っても、日常会話レベルの能力を規定する「会話言語能力」と、学術的な論点や法律や政治等の高度に抽象的な議論をする能力を規定する「学習言語能力」があり、その両方を2言語で持つ人を「プロフィシェント・バイリンガル」、一方の言語だけで学習言語能力まで身につけた人を「パーシャル・バイリンガル」、2言語ともに「会話言語能力」しか持たない人を「セミリンガル」であるとし、会話言語能力しかないのでは2言語を「ネイティブのような発音で」話せても、主体的な仕事はできず、学習言語能力を持つ人に従属的な仕事しかできなくなってしまうと主張します。
評者は小・中学校の頃に英語圏で暮らしており、英語と日本語の両方が中途半端になってしまって落ちこぼれていく友人を見ていて、英語教育の早期化はやるべきではないという考えです。
その肌感覚を言語学者の専門的な知見から論理的に整理して示してくれています。
セミリンガルになってしまう確率が5〜10%であると言うデータも紹介しており、2言語ともに問題を抱える子は大体1割弱くらいかな、という評者の肌感覚とも一致します。
この論点は、英語教育の早期化を議論するときにもっと多くの人に考えてもらいたいと思います。
尚、本書は全5章で構成されており、帯にある「奴隷への道」と言った主張は第3章の一部と第4章に集中しています。
第1章と第2章では、論理展開が明確で、引用も一次資料こそ少ないですが数値の引用が多く、さすがに専門家の意見だけあって説得力がある、と言った感じです。
一方で第4章では突然、(筆者も認めていますが)英米の陰謀説的でやや強引な論理展開が増え、引用も「私はこう思う。◯◯も××と言う書でこう主張している」と言った形式の引用が増え、やや客観性に乏しくなります。
また、TPPにも絡んでアメリカによる日本の英語化に対する被害者的な視点から陰謀論を展開しますが、特に東南アジアでは、英語化により日本もメリットを享受できるという視点が抜けています。
法律や司法手続きが英語で行われることは、確かに日本国内の話に関しては日本人にはデメリットの方が多いと思いますが、タイやマレーシア、ベトナムと言った、現地語が公用語の地域では、日本人や日本企業にとってもメリットの方が大きいと思います。
評者はベトナムで仕事をしていましたが、豪州系法律事務所等による法律文書の英訳を見る限り争えそうなケースでも、公式の英訳が無く、ベトナム語では「微妙な表現」になっているために、争うことを諦めてしまうことも何回かありました。
日本国外の英語化は日本にとってもメリットであり、この点も考えた上で日本の英語第2公用語化のデメリットと総合的に論じてもらえれば更に良かったという意味で、やや物足りなさも感じましたので、星は一つ減らしています。
このため、第2章までと第5章の結論には非常に良いと感じましたが、星を一つ減らしました。
英語教育の強化に賛成の人にも反対の人にも共に、重要な論点が示されている本です。
アメリカ英語を身につけようとする無意味さ、英語力が日本での仕事や日常生活にそれほど重要ではないこと、英語が未来永劫に重要であることはないと言った、英語教育の重要性を主張する根拠のうちで誤ったものを論理的に否定してくれているという意味でも、多くの人に読んでもらいたいと思える本です。
2023年7月2日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
英語普及を目指す方々に反発を買うことを承知のタイトル!?
英語の専門家として研究に携わる筆者の”警告”として、英語苦手な私にとっては
興味をそそるものだったので、珍しく一気に読めてしまいました。
戦後の日本の英語教育に、『英語圏』の策略が垣間見れることの指摘は目からうろこでした。
英語の専門家として研究に携わる筆者の”警告”として、英語苦手な私にとっては
興味をそそるものだったので、珍しく一気に読めてしまいました。
戦後の日本の英語教育に、『英語圏』の策略が垣間見れることの指摘は目からうろこでした。
2016年1月12日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
とても読みやすかったです。改めて、日本語の大切さと英語の必要を考えさせられました。
2015年8月1日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
この手の話題にあまり詳しくない人は、例えば水村美苗、日本語が亡びる時 などと合わせて読むことを薦める。
また例によってアマゾンが推奨するリビューの書き方などは無視する。まあ大人しくアマゾンが推奨するわかり易いリビュー(つまり本が売れる
可能性が高まるもの)を書いている人たちは、彼らの営業に加担する政治的な意味について無頓着であれば危険であろう。アホな日本人英語教師と同じになりかねない。 オレもアマゾンは普段使っているが、便利だから、他より安いからであって、本当は本などはどこで買ってもいいのだが、ある意味、ここに書き込みをする為にアマゾンから買ったようなもんだ。買っていないのに書き込むのはフェアではないと思うからね。
本書の内容は、社会言語学系の本を適当にでも読んでいる人には至極あたり前のことしか書いていない。むしろこの方面に問題意識がある
人なら飲み屋で議論しているようなレベルの内容である。言葉も平易で、小学校や中学校の教師や、中学生でも高校生でも、もちろん学力が
低い大学生にも読めるだろう。 そこにこの本の価値はあるだろう。
ここで、はっきり言っておく。全国の(自称・他称)教育関係者に。特に高校大学レベルの教師に、特に英語の教師に。
この本の内容に賛成であれ反対であれ、この本を教材に学生とのディスカッションをファシリテート出来なければ、
もうすぐ諸君の(実質的な)存在価値はなくなるだろう(まあ雇用対策として仕事はある続けるだろうが)。オレが親なら、
能力の低い人間の教師より、クラウドにつながって日々賢くなっていくPepper君にでも教師になって欲しいね。
特に単なる知識の伝達や、英会話や英作文などの簡単なスキルはね。Pepper君でもすぐにできるようになるだろう。
学習の対象者なりの深いリフレクションへと導いて行く機能がなければ、わざわざ人間である必要もないと思うけどね。
言語の政治的な側面に無頓着な、ほとんど全ての英語教師は、善意であるがゆえに非常に罪が重いと常々感じている。
もっとも政治的な側面が英語教師の育成にあたっては巧妙に排除されているんだろうね。だから善意が一層強まる。むしろ
ある程度英語の出来る英語教師(日本では例えば英検1級位だと英語教師では英語ができる方なのかな?)の方が、
出来るがゆえに政治的な側面には気が付きやすくはなっていると思うが。でこのある程度出来ないと政治的な側面の話がピン
とこない、という事実がなかなか厄介なんだね。ある程度、白人相手に砂をかむような思いを経ないとね。それも英語が一見
不自由なく使えるレベルになってからね。
これを書いている2015年8月現在、東京都現代美術館において、「ここは誰の場所?」という企画展が開催されている。その中に
会田誠氏の部屋があり、現在新聞等で話題になっている「檄文」の後ろで、日本の総理大臣に扮した会田氏が国連のようなところで
演説しているビデオが大きなスクリーンに流されている(そこでは会田氏演ずる日本国の現総理大臣が英語でスピーチをしている。
被征服者の日本人が、征服者の言語である英語でスピーチすることは、総理大臣にすれば幼稚園生なみに落としめられる感じがして、
(それはまっとうな感覚だ)演説しながらフラストレーションが高まって行く。あとは行ってからのお楽しみ)。
学校関係者はこの「英語の弊害」の本を熟読し、現代美術館に行って、会田氏のビデオを良く見てみることを薦める。少なくとも
教育者としての良心が少しでも自分の中に残っていると思うなら、そしてそれを何とか刺激したいと思っているなら、体制の中に
あって、それでも何とか日々の仕事で変革の小さな種をひそかに学生や子供に植えたいと思っているなら、夏休みを全部つぶしても
行く価値はあると信じる。そしてそんなリフレクションが出来る質の高い教員が、アンビバレントな感情を持ちながら日々の仕事が感情的に
よりつらくはなるだろうけど、そんなより困難な生活を(もちろん精神的にね)覚悟できる教員だけが、近い将来Pepper君に代替されることなく、
人間の教員として生き残るのだろう。
2045年にシンギュラリティに達すると予想されているが、翻訳や通訳なんてもっとずっと早く、特に英語-日本語間なんて難なく出来るようになるだろう。既に奈良先端科学技術大学院大学の中村グループをはじめ、面白い成果があるではないか。そんなバベルの塔の崩壊後の、母語が何語であるかなんていうことが有利にも不利にもに働かなくなる世界(そしてそこでは日本人にとっては日本語という一番の参入障壁もなくなるということだ)を想像し、そこでどんな世界を構築していくか、もうそんな議論が本気で出てきてもいいと思っている。オレはもう飲み屋で始めているけどね。
永井氏には、今後は例えばエスキモーがどんな目にあってきたかを、具体的に詳細に、しかし本書と同様に平易な言葉で、一般向けに発信していってくれることを期待している。
また例によってアマゾンが推奨するリビューの書き方などは無視する。まあ大人しくアマゾンが推奨するわかり易いリビュー(つまり本が売れる
可能性が高まるもの)を書いている人たちは、彼らの営業に加担する政治的な意味について無頓着であれば危険であろう。アホな日本人英語教師と同じになりかねない。 オレもアマゾンは普段使っているが、便利だから、他より安いからであって、本当は本などはどこで買ってもいいのだが、ある意味、ここに書き込みをする為にアマゾンから買ったようなもんだ。買っていないのに書き込むのはフェアではないと思うからね。
本書の内容は、社会言語学系の本を適当にでも読んでいる人には至極あたり前のことしか書いていない。むしろこの方面に問題意識がある
人なら飲み屋で議論しているようなレベルの内容である。言葉も平易で、小学校や中学校の教師や、中学生でも高校生でも、もちろん学力が
低い大学生にも読めるだろう。 そこにこの本の価値はあるだろう。
ここで、はっきり言っておく。全国の(自称・他称)教育関係者に。特に高校大学レベルの教師に、特に英語の教師に。
この本の内容に賛成であれ反対であれ、この本を教材に学生とのディスカッションをファシリテート出来なければ、
もうすぐ諸君の(実質的な)存在価値はなくなるだろう(まあ雇用対策として仕事はある続けるだろうが)。オレが親なら、
能力の低い人間の教師より、クラウドにつながって日々賢くなっていくPepper君にでも教師になって欲しいね。
特に単なる知識の伝達や、英会話や英作文などの簡単なスキルはね。Pepper君でもすぐにできるようになるだろう。
学習の対象者なりの深いリフレクションへと導いて行く機能がなければ、わざわざ人間である必要もないと思うけどね。
言語の政治的な側面に無頓着な、ほとんど全ての英語教師は、善意であるがゆえに非常に罪が重いと常々感じている。
もっとも政治的な側面が英語教師の育成にあたっては巧妙に排除されているんだろうね。だから善意が一層強まる。むしろ
ある程度英語の出来る英語教師(日本では例えば英検1級位だと英語教師では英語ができる方なのかな?)の方が、
出来るがゆえに政治的な側面には気が付きやすくはなっていると思うが。でこのある程度出来ないと政治的な側面の話がピン
とこない、という事実がなかなか厄介なんだね。ある程度、白人相手に砂をかむような思いを経ないとね。それも英語が一見
不自由なく使えるレベルになってからね。
これを書いている2015年8月現在、東京都現代美術館において、「ここは誰の場所?」という企画展が開催されている。その中に
会田誠氏の部屋があり、現在新聞等で話題になっている「檄文」の後ろで、日本の総理大臣に扮した会田氏が国連のようなところで
演説しているビデオが大きなスクリーンに流されている(そこでは会田氏演ずる日本国の現総理大臣が英語でスピーチをしている。
被征服者の日本人が、征服者の言語である英語でスピーチすることは、総理大臣にすれば幼稚園生なみに落としめられる感じがして、
(それはまっとうな感覚だ)演説しながらフラストレーションが高まって行く。あとは行ってからのお楽しみ)。
学校関係者はこの「英語の弊害」の本を熟読し、現代美術館に行って、会田氏のビデオを良く見てみることを薦める。少なくとも
教育者としての良心が少しでも自分の中に残っていると思うなら、そしてそれを何とか刺激したいと思っているなら、体制の中に
あって、それでも何とか日々の仕事で変革の小さな種をひそかに学生や子供に植えたいと思っているなら、夏休みを全部つぶしても
行く価値はあると信じる。そしてそんなリフレクションが出来る質の高い教員が、アンビバレントな感情を持ちながら日々の仕事が感情的に
よりつらくはなるだろうけど、そんなより困難な生活を(もちろん精神的にね)覚悟できる教員だけが、近い将来Pepper君に代替されることなく、
人間の教員として生き残るのだろう。
2045年にシンギュラリティに達すると予想されているが、翻訳や通訳なんてもっとずっと早く、特に英語-日本語間なんて難なく出来るようになるだろう。既に奈良先端科学技術大学院大学の中村グループをはじめ、面白い成果があるではないか。そんなバベルの塔の崩壊後の、母語が何語であるかなんていうことが有利にも不利にもに働かなくなる世界(そしてそこでは日本人にとっては日本語という一番の参入障壁もなくなるということだ)を想像し、そこでどんな世界を構築していくか、もうそんな議論が本気で出てきてもいいと思っている。オレはもう飲み屋で始めているけどね。
永井氏には、今後は例えばエスキモーがどんな目にあってきたかを、具体的に詳細に、しかし本書と同様に平易な言葉で、一般向けに発信していってくれることを期待している。
2016年2月14日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
小学校から、しかも全員が英語を学ぶ必要があるのか、という普段私たちが感じている疑問に対して、
本書は、はっきりとノーと言っています。
日本語をしっかり学び、思考力を養って、まずはまともな日本人になることが大切な様です。
自分の子供時代を思えば、小中学校の時に書かされた数多くの作文が現在の文章力と思考力を養っており、
もしその時間が英語学習だったなら、日本語も英語も日常会話レベルになっていただろうと思うのです。
そのレベルは、筆者に言わせれば「使用人」だそうです。
英会話は出来るけど思考力が弱い人々は、英米人にとって良い労働者になるそうで、
昨今の英語教育の低年齢化の流れはそちらからの圧力もあるらしいです。
逆に、日本語しか話さず高度な能力を持っている人々は、どうにも扱いにくいのだとか。
まずは、レベルの高い日本人になりましょう。そして、英語が必要ならそれから勉強しましょう。
また、ネイティブの真似をする必要はなく、日本語なまりの英語で充分だそうです。
思えば普段の仕事でも、ネイティブ以外の外国人の英語はひどいものですが、皆さん堂々と話していますし、
そのうちこちらも慣れてきます。逆に、ネイティブの方が自分の英語が通じないので歩み寄ってくるぐらいです。
英語で「かっこよく」する必要は特にはなくて、仕事に支障がないのならOKなのでしょう。
英語学習強化で国語や数学や理科の時間を削減するのでしたら、まさに日本は「とても扱いやすい植民地化」を
目指してしまうと本書は強く警鐘を鳴らしています。
また筆者のご意見と共に丁寧にデータが示されているため説得力を感じました。
強くオススメさせて頂きます。
本書は、はっきりとノーと言っています。
日本語をしっかり学び、思考力を養って、まずはまともな日本人になることが大切な様です。
自分の子供時代を思えば、小中学校の時に書かされた数多くの作文が現在の文章力と思考力を養っており、
もしその時間が英語学習だったなら、日本語も英語も日常会話レベルになっていただろうと思うのです。
そのレベルは、筆者に言わせれば「使用人」だそうです。
英会話は出来るけど思考力が弱い人々は、英米人にとって良い労働者になるそうで、
昨今の英語教育の低年齢化の流れはそちらからの圧力もあるらしいです。
逆に、日本語しか話さず高度な能力を持っている人々は、どうにも扱いにくいのだとか。
まずは、レベルの高い日本人になりましょう。そして、英語が必要ならそれから勉強しましょう。
また、ネイティブの真似をする必要はなく、日本語なまりの英語で充分だそうです。
思えば普段の仕事でも、ネイティブ以外の外国人の英語はひどいものですが、皆さん堂々と話していますし、
そのうちこちらも慣れてきます。逆に、ネイティブの方が自分の英語が通じないので歩み寄ってくるぐらいです。
英語で「かっこよく」する必要は特にはなくて、仕事に支障がないのならOKなのでしょう。
英語学習強化で国語や数学や理科の時間を削減するのでしたら、まさに日本は「とても扱いやすい植民地化」を
目指してしまうと本書は強く警鐘を鳴らしています。
また筆者のご意見と共に丁寧にデータが示されているため説得力を感じました。
強くオススメさせて頂きます。