『日本で、男で、五体満足な異性愛者に生まれる。
これで、社会にはびこる理不尽から、九割は免れることができる』
(p.317)
この文章は刺さった。
意識していなかったが、自分が特権階級にいることに気付かせてくれた。
子どもはお母さんに育てられるのが一番。
子どもの昼食はお母さんのお弁当がいい。
こういう考えに対して、遅れている、古い考えだと思っていた。
しかし、
ミスコン存続?廃止? 別に存続してもいいんじゃない。
ルッキズムの増長?性的搾取につながる?そこまでナーバスにならなくても。
アニメの女性キャラの入浴シーン?
元々少年マンガ誌に掲載されていたものだから、背景を考えれば問題ないだろう。
こんな感じにも私は考えており、
反対意見に対しては細かいことにうるさいなと思っていた。
これぞ、本書のテーマである“うすっぺらな多様性”だ。
自分の理解できる範囲では理解を示し、
自分の理解できない範囲では拒絶する。
私もそうしていたことに、改めて気付かされる。
本書は特殊性癖を抱えた人に焦点を当てた作品である。
マイノリティの中にも序列があり、
マイノリティの中のマジョリティは
多様性が尊重される風潮の中で理解が進む。
一方、マイノリティの中でもマイノリティは理解されないままであり、
その辛さが丁寧に描かれている。
例えば、特殊性癖を抱える夏月の以下の独白が当てはまる。
『あなたが抱えている苦しみが、他人に明かして共有して
同情してもらえるようなもので心底羨ましい』(p.242)
『性的対象は、ただそれだけの話ではない。根だ。
思考の根、哲学の根、人間関係の、世界の見つめ方の根。
そのことに多数派の人間は気づかない。
気づかないでいられる幸福にも気づかない。
他者が登場しない人生は、自分が生きていくためだけに生きていく時間は、
本当にむなしい』(p.246)
夏月は同じ性癖を持つ高校の同級生・佐々木と再会し、
つながり、2人はより多くの人とつながろうとするが…。
ハッピーエンドで終わらないことは冒頭で示唆され、
その通りハッピーエンドで終わらず、モヤモヤする。
作者の朝井リョウは敢えて、そうしたのだろう。
その方が読者を考えさせるから。
但し、決してバッドエンドではない。
ほのかに希望を感じることができる、ふさわしい終わり方だ。
なお、朝井作品は名言が連発されることが多く、
本にアンダーラインを引きまくることが多いが、
今回もたくさん刺さる箇所があった。
まずは、冒頭の独白。最初読んだ時は気付かなかったが、
途中まで読んで再度冒頭を読むと、書かれている内容の深さに驚く。
『世の中にあふれている情報はほぼすべて、
小さな河川が合流を繰り返しながら大きな海を成すように、
この世界全体がいつの間にか設定している大きなゴールへと
収斂されていく。
その“大きなゴール”というものを端的に表現すると、
「明日死なないこと」です』(p.6)
また、終盤の女子大生の八重子と特殊性癖を抱えている大也との
言い合いにおける、八重子の発言は圧巻だ。
「そうやって不幸でいるほうが、楽なんだよ。
自分が一番かわいそうなんだって嘆くだけでいい。
向き合うべきものに向き合わないでいられる」(p.449)
「この容姿の私を愛してくれる誰かと生きてみたい
っていう憧れをとか全部消したい。
だけど人を好きになっちゃうの」(p.449)
「はじめから選択肢奪われる辛さも、
選択肢があるのに選べない辛さも、
どっちも別々の辛さだよ」(p.452)
「ミスコン廃止したところで誰かの頭の中にある
性的な目線を制御できるわけじゃないってわかっているし、
別に全部の大学からミスコンをなくそうとしているわけでもない。
一つの方向に導きたいとかじゃなくて、
自分を削ってくるものだらけの世の中で
なんとか前向きに生きていく方法を考えたいだけ」(p.452)
他にも、以下の独白に惹かれた。
『映画やドラマでは若い女性同士の関係を陰湿に描くものも多いが、
二十歳を超えても尚異物を排除する力が強いのは圧倒的に男子の方だ。
男は、男であることから降りようとする男を許さない。
嫌うでもなくハブるでもなく、許さないのだ』(p.322)
『若いってああいうことだよな、と思う。自分の暇を埋めるためには
思い付きで誰かの感情を引っかき回してみてもいいと思っていること』(p.244)
『正当な不満は、思考を生み、言葉を練り出す。
出所が正当なのだから、その論理はどこに出ても恥ずかしくないほど
整ってしまう。だからこそ苛立ちは増大していく』(p.245)
ストーリーも名言も、両方楽しめる名作だ。
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正欲 単行本 – 2021/3/26
朝井 リョウ
(著)
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第19回 本屋大賞ノミネート!
【第34回柴田錬三郎賞受賞作】
あってはならない感情なんて、この世にない。
それはつまり、いてはいけない人間なんて、この世にいないということだ。
息子が不登校になった検事・啓喜。
初めての恋に気づいた女子大生・八重子。
ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。
ある人物の事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり合う。
しかしその繋がりは、"多様性を尊重する時代"にとって、
ひどく不都合なものだった――。
「自分が想像できる"多様性"だけ礼賛して、秩序整えた気になって、
そりゃ気持ちいいよな」
これは共感を呼ぶ傑作か?
目を背けたくなる問題作か?
作家生活10周年記念作品・黒版。
あなたの想像力の外側を行く、気迫の書下ろし長篇。
【第34回柴田錬三郎賞受賞作】
あってはならない感情なんて、この世にない。
それはつまり、いてはいけない人間なんて、この世にいないということだ。
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ひとつの秘密を抱える契約社員・夏月。
ある人物の事故死をきっかけに、それぞれの人生が重なり合う。
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「自分が想像できる"多様性"だけ礼賛して、秩序整えた気になって、
そりゃ気持ちいいよな」
これは共感を呼ぶ傑作か?
目を背けたくなる問題作か?
作家生活10周年記念作品・黒版。
あなたの想像力の外側を行く、気迫の書下ろし長篇。
- 本の長さ384ページ
- 言語日本語
- 出版社新潮社
- 発売日2021/3/26
- 寸法13.6 x 2.7 x 19.7 cm
- ISBN-104103330635
- ISBN-13978-4103330639
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登録情報
- 出版社 : 新潮社 (2021/3/26)
- 発売日 : 2021/3/26
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 384ページ
- ISBN-10 : 4103330635
- ISBN-13 : 978-4103330639
- 寸法 : 13.6 x 2.7 x 19.7 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 5,313位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 721位文学・評論 (本)
- カスタマーレビュー:
著者について
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岐阜県生まれ。小説家。
2009年『桐島、部活やめるってよ』で第22回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。
2013年『何者』で第148回直木賞を受賞。
2014年『世界地図の下書き』で第29回坪田譲治文学賞を受賞。
2021年『正欲』で第34回柴田錬三郎賞を受賞。
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2024年2月17日に日本でレビュー済み
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話題になっていたので手にした初めての朝井リョウなのですが、読んだ瞬間なんだこのヤな感じは・・・でも読み進めたくて一気読み。予測しない位置から後頭部を叩かれたような感覚になりつつ、今現実に声を上げている人々は明日、多数派に殺されないために生き残るために結束しているのだから水を差すなよという気持ちにもなりました。
マジョリティでもマイノリティでも逸脱していると見做されれば排除される者は出てくる。多様性から外されてもなお生きる道を見つけるためにたった一人でも同じ痛みを持った人との「繋がり」が救いになるんだろうと夏月と佳道の結びつきが確かなものだとわかるシーンや、地味な八重子が大也と感情をぶつけ合う場面はとても印象に残りました。(不登校経験者なので普通を押し付けてくるパパの寺井やガチ保守田吉は問答無用で嫌いです)
時々イライラしながらも読みたくなる、深く考えてしまいたくなる物語でした。
マジョリティでもマイノリティでも逸脱していると見做されれば排除される者は出てくる。多様性から外されてもなお生きる道を見つけるためにたった一人でも同じ痛みを持った人との「繋がり」が救いになるんだろうと夏月と佳道の結びつきが確かなものだとわかるシーンや、地味な八重子が大也と感情をぶつけ合う場面はとても印象に残りました。(不登校経験者なので普通を押し付けてくるパパの寺井やガチ保守田吉は問答無用で嫌いです)
時々イライラしながらも読みたくなる、深く考えてしまいたくなる物語でした。
2024年1月28日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
確かに。
矛盾だらけで混乱する。これを読み終わっても、私はまだ正しさに縋りたい。正欲から逃れられない。
人がAをBと考える(感じる)ことを止めることは出来ない。
確かに。
集団の2/3に収まっている人はその時はマジョリティかもしれないけれど、常にそこに居続ける人は、lim n→∞ (2/3)^n=0つまり限りなくマイノリティになっていく。
確かに。
人間は動物でも人間でもある。
確かに。
そこにある事実だけが、ただそこにある。
そんな話。
きっと、誰かを傷つけてしまったかもしれない不安に駆られたとき、またこの作品を思い出す。
矛盾だらけで混乱する。これを読み終わっても、私はまだ正しさに縋りたい。正欲から逃れられない。
人がAをBと考える(感じる)ことを止めることは出来ない。
確かに。
集団の2/3に収まっている人はその時はマジョリティかもしれないけれど、常にそこに居続ける人は、lim n→∞ (2/3)^n=0つまり限りなくマイノリティになっていく。
確かに。
人間は動物でも人間でもある。
確かに。
そこにある事実だけが、ただそこにある。
そんな話。
きっと、誰かを傷つけてしまったかもしれない不安に駆られたとき、またこの作品を思い出す。
2024年2月22日に日本でレビュー済み
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自分では考えもつかないことでも現実には存在しているんだなぁと勉強になりました。
2024年2月11日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
自分が想像できない他者が同じ社会にたくさん存在すると、怖くて仕方がないから排除しようとする人
他者から想像できないような自分を持つから、排除されないように自分を社会から隠しながら存在する人
それぞれがある程度の距離を取りながら社会を形成してきたが、「多様性」という言葉が流行してきたことにより、お互いの距離が近づいた。
この接近がどのような意味を持つのかがこの作品で描かれているのではないかと感じました。
他者から想像できないような自分を持つから、排除されないように自分を社会から隠しながら存在する人
それぞれがある程度の距離を取りながら社会を形成してきたが、「多様性」という言葉が流行してきたことにより、お互いの距離が近づいた。
この接近がどのような意味を持つのかがこの作品で描かれているのではないかと感じました。
2024年2月11日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
読後、思わずうーんと唸ってしまう。どのようにレビューを書けばいいのだろう。要は「正欲」とは正しい
性欲のこと。最近LGBTQ議論が盛んで、制度的にも、また人の意識的にも(多分)いろいろな
改革がなされつつある。だが、このLGBTQが性的少数者を意味するのであれば、もっともっと
少数のフェチ愛好家(こういう表現でいいのかな)がいるわけで、人間だけを性的欲望の対象とする
とは限らないのだ。この本の関係者もそういった人間だ。彼らは自分たちの「性欲」が理解されず、
「正欲」の人たちとつながることさえできない苦しい人生を送っている。恐らく、LGBTQの人たちも
今やその「正欲」側の人なんだろう。カミングアウトなんてできないごく少数の性的愛好家たち。この
本でも「正欲」のまさに正統派(とでも言おうか)の検事寺井などは、不登校の息子や妻との
意思疎通に苦労する。彼のような人間は、極少数フェチの人間のことなどまったく想像もつかない。
彼はこの本の中ではそういった意味で間違った人間のように役回りを演じさせられるが、世の中の
ほぼすべての人たちがそちら側の人間だ。だから、彼を責める気にはなれない。とはいえ、
そういった少数フェチの人たちが最後に抱える感情は「諦観」でしかないというのも悲しい。
性欲のこと。最近LGBTQ議論が盛んで、制度的にも、また人の意識的にも(多分)いろいろな
改革がなされつつある。だが、このLGBTQが性的少数者を意味するのであれば、もっともっと
少数のフェチ愛好家(こういう表現でいいのかな)がいるわけで、人間だけを性的欲望の対象とする
とは限らないのだ。この本の関係者もそういった人間だ。彼らは自分たちの「性欲」が理解されず、
「正欲」の人たちとつながることさえできない苦しい人生を送っている。恐らく、LGBTQの人たちも
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意思疎通に苦労する。彼のような人間は、極少数フェチの人間のことなどまったく想像もつかない。
彼はこの本の中ではそういった意味で間違った人間のように役回りを演じさせられるが、世の中の
ほぼすべての人たちがそちら側の人間だ。だから、彼を責める気にはなれない。とはいえ、
そういった少数フェチの人たちが最後に抱える感情は「諦観」でしかないというのも悲しい。
2024年2月3日に日本でレビュー済み
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物語を読んでみて、ほんの些細な事でもこんな事を考えるのは私だけなのかもしれない。その不安を一人で抱える事ができないから、あらゆる方法でいつも誰かに確かめながら生きていくしかないのだろ思いました。
安心を求め進んできたつもりだったけれど、とても不安定な場所に私はこれからもいるのだなと本を読んで感じました。
本に書かれている事件について、どうすればよかったのか。答えが出ません。ただ、私も、街ですれ違う知らない誰かであっても一人でいないでほしい。
そう強く感じた本でした。
安心を求め進んできたつもりだったけれど、とても不安定な場所に私はこれからもいるのだなと本を読んで感じました。
本に書かれている事件について、どうすればよかったのか。答えが出ません。ただ、私も、街ですれ違う知らない誰かであっても一人でいないでほしい。
そう強く感じた本でした。
2024年2月4日に日本でレビュー済み
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十人十色といいますが、まさにその通りだと思いますね。
センシティブな性癖の多様性について書いた作品。
普段はタブー視して考えが深く及ばない領域に踏み込んで、異常性癖者の気持ちも考察していく。
考えもしなかったが、通常は考えが至らないからこその絶望と苦悩がある。
興味深い内容でした。
センシティブな性癖の多様性について書いた作品。
普段はタブー視して考えが深く及ばない領域に踏み込んで、異常性癖者の気持ちも考察していく。
考えもしなかったが、通常は考えが至らないからこその絶望と苦悩がある。
興味深い内容でした。