「あと書き」にもあるように、ほとんどの本を自ら書いていた五代目立川談志師匠が、落語立川流の顧問でもある吉川潮(!)氏との対談形式の本です。
五代目談志ファンには必読書として、落語ファンにとってもマストアイテムでしょう。
しかし、談志師匠も志ん朝師匠も
何故か永遠に生き続ける方々だと
勝手に思っていたのですが…ね。

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人生、成り行き―談志一代記 (新潮文庫) 文庫 – 2010/11/29
立川 談志
(著)
立川談志。そのセンスと頭脳で落語に革命を起こし、優れた弟子を世に送り出した、まさに至宝である。五代目柳家小さんへ入門、寄席・テレビで人気を得、時代の寵児となる。政治の季節を過ごし、芸に開眼。落語協会分裂騒動ののち、自ら落語立川流を創設する──。談志が、全幅の信頼を寄せる作家・吉川潮に、波乱万丈の人生を語り尽くした。弟子代表・志の輔との対談も収録。
- 本の長さ299ページ
- 言語日本語
- 出版社新潮社
- 発売日2010/11/29
- 寸法10.5 x 1.3 x 15 cm
- ISBN-104101343357
- ISBN-13978-4101343358
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登録情報
- 出版社 : 新潮社; 文庫版 (2010/11/29)
- 発売日 : 2010/11/29
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 299ページ
- ISBN-10 : 4101343357
- ISBN-13 : 978-4101343358
- 寸法 : 10.5 x 1.3 x 15 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 521,347位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 7,813位新潮文庫
- カスタマーレビュー:
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2021年6月12日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
本書を読み、談志さんという人に魅力を感じてしまった。
晩年の談志さんは、郷愁に駆られていたのかもしれないが、
死ぬ寸前まで本寸法の巧さを捨て落語と格闘した姿を見ると、
やはり、その姿に魅力を感じてしまう。
(噺を拵えては壊す作業の繰り返し)(変わらずにいることに耐えられない)
落語を介した談志さん、落語の背景、日常の談志さん、
などの一風景に触れることができる本書は貴重である。
(ex 戦時中の話、落語会、政治、毒蝮スワッピング、ドロップアウト奥さん、日本社会問題、「落語とは」など)
【落語いろいろ】
・不完全さの表象
・常識という虚構を拵えた場面(非常識、狂気、自我の間とタイミング)
・芸の分解、無知の部分
→人生経験総合(人間の日常会話、行為、心理の奥底、了見)
→登場人物表象
【落語いろいろ2】
・人間の帰属し得ない部分
→不人情、人間の汚さ、畸形
→女の本質に出会っていない(嫉妬、裏切り、惚れる恨む、賢さ、可愛さ)
→ゆえに人間を知らない
【部分集合体】
Set
・最大公約数だけ取り出して、常識と読んでいる、ゴマカシの発散
・人間の感情の吹き出し口がなくなり、非日常な欲望を口にできない社会
-------------------------------------------------------------------
1章 落語少年、柳家小さんに入門する
2章 <理不尽な世界>の前座修行
3章 二つ目小ゑん、キャバレーを席捲す
4章 圏根、その先を越された真打昇進
5章 だから政治家になってみた
6章 選挙くせものこわいもの
7章 この時、芸<開眼>した
8章 落語協会分裂、立川流創設へ
9章 談志落語を自己分析すれば
10章 落語家という人生
晩年の談志さんは、郷愁に駆られていたのかもしれないが、
死ぬ寸前まで本寸法の巧さを捨て落語と格闘した姿を見ると、
やはり、その姿に魅力を感じてしまう。
(噺を拵えては壊す作業の繰り返し)(変わらずにいることに耐えられない)
落語を介した談志さん、落語の背景、日常の談志さん、
などの一風景に触れることができる本書は貴重である。
(ex 戦時中の話、落語会、政治、毒蝮スワッピング、ドロップアウト奥さん、日本社会問題、「落語とは」など)
【落語いろいろ】
・不完全さの表象
・常識という虚構を拵えた場面(非常識、狂気、自我の間とタイミング)
・芸の分解、無知の部分
→人生経験総合(人間の日常会話、行為、心理の奥底、了見)
→登場人物表象
【落語いろいろ2】
・人間の帰属し得ない部分
→不人情、人間の汚さ、畸形
→女の本質に出会っていない(嫉妬、裏切り、惚れる恨む、賢さ、可愛さ)
→ゆえに人間を知らない
【部分集合体】
Set
・最大公約数だけ取り出して、常識と読んでいる、ゴマカシの発散
・人間の感情の吹き出し口がなくなり、非日常な欲望を口にできない社会
-------------------------------------------------------------------
1章 落語少年、柳家小さんに入門する
2章 <理不尽な世界>の前座修行
3章 二つ目小ゑん、キャバレーを席捲す
4章 圏根、その先を越された真打昇進
5章 だから政治家になってみた
6章 選挙くせものこわいもの
7章 この時、芸<開眼>した
8章 落語協会分裂、立川流創設へ
9章 談志落語を自己分析すれば
10章 落語家という人生
2015年11月9日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
こういう言い方をするのは悪いかもしれませんが、徹底的にハチャメチャを極めようとしているまじめ人間を見ることができました。
2013年6月19日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
談志の落語を生で聞いたことはない。弟子の談春による名エッセイ『赤めだか』に出てくる談志師匠はやりたい放題の変人という印象だけれども、この本を読むと理と情が7:3くらいの人、という印象を受ける。不祥事で自民党を離党したことをネタに喋ったところ、客が喜んだのを見て「芸に開眼した」という箇所が面白い。
ここで、〈芸〉はうまい/まずい、面白い/面白くない、などではなくて、その演者の人間性、パーソナリティ、存在をいかに出す かなんだと気が付いた。少なくとも、それが現代における芸、だと思ったんです。いや、現代と言わずとも、パーソナリティに作品 は負けるんです。……もう少し考えを進めると、演者の人間性を、非常識な、不明確な、ワケのわからない部分まで含めて、丸ごと さらけ出すことこそが現代の芸かもしれませんナ。
いまのバラエティ番組でウケる人間というのはまさに、うまい/まずいの芸ではなく、キャラ芸である。古典芸能はともかく、現代の芸のいては熟練よりも無作為(天然)のほうが強いのではないかということを談志は1970年代に感じ取っていた。
以前、雑誌かなにかで談志が「落語は人間の業を肯定するもの」と語っているのを読んでひどく納得した。この人の持論だった。ただしそれは立川流創設のころまでだった、と本人は本書で振り返っている。「通念の嘘」がテーマになっているのが落語であると。しかしその後、落語は人間の業を肯定するだけでなくその先の〈イリュージョン〉を描かなくてはだめだと思うようになった。
つまりフロイトの謂う「エス」ですよね、言葉で説明できない、形をとらない、ワケのわからないものが人間の奥底にあって、これ を表に出すと社会が成り立たないから、〈常識〉というフィクションを拵えてどうにか過ごしている。落語が人間を描くものである 以上、そういう人間の不完全さまで踏み込んで演じるべきではないか、と思うようになった。……〈イリュージョン〉こそが人間の 業の最たるものかもしれません。そこを描くことが落語の基本、もっと言や、芸術の基本だと思うようになった。
人間はプライドと利潤で動く――これも談志の持論のようだが、そういう小さくてくだらない人間を面白おかしく、ときにせつなく描くのが落語だと言ってきたが、プライドと利潤で説明できない不可解な部分が残っていることに気付いた。その人間の不可解で不完全なところ表現するために〈巧さ〉までを捨てたと言っている。躊躇はなかったかと問われて「ない、だって、いつでも巧くできるから」と答えているところがかっこよすぎる。
落語界のゴタゴタ、政界のゴタゴタの話が非常に多いが、胃が痛くなるような離合集散にもそれほど神経をすり減らせている様子がなく、面白がっているような感じもある。晩年に語った話だからかもしれないが、自分のことも、自分以外の人間のことも、どこか突き放して見ているところがあって、それがこの人の豪快にして繊細、煽動家にして理論家という二面性にもつながっているのかなと思った。
ここで、〈芸〉はうまい/まずい、面白い/面白くない、などではなくて、その演者の人間性、パーソナリティ、存在をいかに出す かなんだと気が付いた。少なくとも、それが現代における芸、だと思ったんです。いや、現代と言わずとも、パーソナリティに作品 は負けるんです。……もう少し考えを進めると、演者の人間性を、非常識な、不明確な、ワケのわからない部分まで含めて、丸ごと さらけ出すことこそが現代の芸かもしれませんナ。
いまのバラエティ番組でウケる人間というのはまさに、うまい/まずいの芸ではなく、キャラ芸である。古典芸能はともかく、現代の芸のいては熟練よりも無作為(天然)のほうが強いのではないかということを談志は1970年代に感じ取っていた。
以前、雑誌かなにかで談志が「落語は人間の業を肯定するもの」と語っているのを読んでひどく納得した。この人の持論だった。ただしそれは立川流創設のころまでだった、と本人は本書で振り返っている。「通念の嘘」がテーマになっているのが落語であると。しかしその後、落語は人間の業を肯定するだけでなくその先の〈イリュージョン〉を描かなくてはだめだと思うようになった。
つまりフロイトの謂う「エス」ですよね、言葉で説明できない、形をとらない、ワケのわからないものが人間の奥底にあって、これ を表に出すと社会が成り立たないから、〈常識〉というフィクションを拵えてどうにか過ごしている。落語が人間を描くものである 以上、そういう人間の不完全さまで踏み込んで演じるべきではないか、と思うようになった。……〈イリュージョン〉こそが人間の 業の最たるものかもしれません。そこを描くことが落語の基本、もっと言や、芸術の基本だと思うようになった。
人間はプライドと利潤で動く――これも談志の持論のようだが、そういう小さくてくだらない人間を面白おかしく、ときにせつなく描くのが落語だと言ってきたが、プライドと利潤で説明できない不可解な部分が残っていることに気付いた。その人間の不可解で不完全なところ表現するために〈巧さ〉までを捨てたと言っている。躊躇はなかったかと問われて「ない、だって、いつでも巧くできるから」と答えているところがかっこよすぎる。
落語界のゴタゴタ、政界のゴタゴタの話が非常に多いが、胃が痛くなるような離合集散にもそれほど神経をすり減らせている様子がなく、面白がっているような感じもある。晩年に語った話だからかもしれないが、自分のことも、自分以外の人間のことも、どこか突き放して見ているところがあって、それがこの人の豪快にして繊細、煽動家にして理論家という二面性にもつながっているのかなと思った。
2008年11月16日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
立川談志の生の高座は2回しか見ていません。
1回目見たときには感動し、2回目は不出来であっさり終わってしまい、拍子抜けしたぐらいでした。たった2回の”談志体験”で感じたのは、”この人(談志)は芸に関して、なんて、正直すぎるくらいの人なんだろう?”でした。
メディアでは、怖くて、不機嫌で、なるべくなら近づきたくないやくざのような人という印象でしたが、生談志はサービス精神一杯の高座で、見ていない人はなるべく見るように(現在は高座をセーブしておられるようですが)したほうがよいです。
本書はインタビューになっており、これまでの半生を振り返ってます。
本書でも感じるのは、芸に対する正直さがあふれており、落語家立川談志が過去のいろいろな出来事(選挙や三遊協会・立川流立ち上げ)を触媒にして、巨人になっていく様がよく分かります。立川談春「赤めだか」でも触れられているように、芸の出来る師匠(柳家小さん)ライバル・弟子に対する愛情があふれる人なんですね。その代わり、出来ないやつに対しての辛らつさは怖いぐらい。
PS・・・桂小金治に対して、落語界に残ってほしかった云々は、昔、桂小金治の講演を、期待しないで聞いたら、すごく面白かった思い出があるので、(小金治の)高座を見たくなりました。
1回目見たときには感動し、2回目は不出来であっさり終わってしまい、拍子抜けしたぐらいでした。たった2回の”談志体験”で感じたのは、”この人(談志)は芸に関して、なんて、正直すぎるくらいの人なんだろう?”でした。
メディアでは、怖くて、不機嫌で、なるべくなら近づきたくないやくざのような人という印象でしたが、生談志はサービス精神一杯の高座で、見ていない人はなるべく見るように(現在は高座をセーブしておられるようですが)したほうがよいです。
本書はインタビューになっており、これまでの半生を振り返ってます。
本書でも感じるのは、芸に対する正直さがあふれており、落語家立川談志が過去のいろいろな出来事(選挙や三遊協会・立川流立ち上げ)を触媒にして、巨人になっていく様がよく分かります。立川談春「赤めだか」でも触れられているように、芸の出来る師匠(柳家小さん)ライバル・弟子に対する愛情があふれる人なんですね。その代わり、出来ないやつに対しての辛らつさは怖いぐらい。
PS・・・桂小金治に対して、落語界に残ってほしかった云々は、昔、桂小金治の講演を、期待しないで聞いたら、すごく面白かった思い出があるので、(小金治の)高座を見たくなりました。
2013年12月25日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
聴き手がいいのでしょうな。一番判りやすい談志の略歴本でしょう。今夏、浅草なんぞに行って寄席を観て興味を覚え、談志の落語(フィルムで)をいろいろ観た。名人との評判は判るようで判らなかったので著作を読んだ。死後出たものなど数あったが「遺稿」「名跡問答」「世間はやかん」なんぞは駄本で論外だったが本作は丁寧に語られているし編集も上手に仕上がっていて読みやすかった。後年、狂気に走ったような言動の多い談志においては比較的まともに語っており、イルージョンとかなんとかの講釈もまぁ一応読めました。立川談志なんて落語以外はこんなもんだったんでしょうね。談志流に言えば「こんなのたいしたこたぁないやね。」ですよ。自分が一番と思っていりゃいいんですから幸せな人生でしたね。
2012年11月11日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
立川談志の落語を聞けなかった悔しさから、談志師匠の本を読み漁っています。この本では、落語のはなしとともに小さん師匠のことが好きでたまらなかったことなどまた談志師匠が好きになりました。かっこいい。