江戸時代の天皇といえば
江戸幕府への対抗措置として
明正天皇への譲位を強行した後水尾天皇、
幕末の動乱期を生きた孝明天皇くらいしか知らなかった。
本書は、前半で光格天皇、後半で孝明天皇の事績を
紹介するという構成になっている。
しかし、考えてみれば、初めて閑院宮家が輩出した
光格天皇の嫡系の子孫が今上陛下。
光格天皇は、もっと注目されるべきだし
当方自身も、今まで無関心過ぎた。
さて、光格天皇の事績を読んで驚いた。
物凄く偉大な天皇なんだね。
幕府との対立という「内憂」
ロシアからの通称要求という「外患」を抱えながら
地に堕ちていた天皇、朝廷の権威を見事に回復し
中絶されていた祭祀・神事の復古に邁進された。
ネタばらしになってしまうので
詳しくは、本書をお読みいただければよいと思う。
だた、2点だけ気になったことがある。
(1) 「江戸時代は、先例主義」という記述が散見され
いかにも、「江戸時代だけが先例優先」という印象を抱かせるが
朝廷 (皇室) は、古代から「新儀」よりも「先例」を優先していた。
(2) 後半の孝明天皇に関する記述の中で
「尊皇攘夷派」と「公武合体派」を対立する二つの勢力として
描いている。
これだと、「尊皇攘夷派 = 討幕派」と結論付けられてしまうが
必ずしも、そう単純なものではない。
現在では、「討幕のために薩長同盟が結ばれた」という説も
否定されている。
なにはともあれ、前半の光格天皇の事績を読むだけでも
購入の価値ありです。
無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
幕末の天皇 (講談社選書メチエ) ペーパーバック – 1994/9/5
藤田 覚
(著)
朝廷の存続を賭けた光格、孝明天皇の闘い。天皇の権威の強化を執拗に試みた光格天皇、その志を継ぎカリスマにまで昇りつめた孝明天皇。倒幕に至る危機の時代に、政治史の舞台に踊り出た両天皇の八十年。
- 本の長さ252ページ
- 言語日本語
- 出版社講談社
- 発売日1994/9/5
- ISBN-104062580268
- ISBN-13978-4062580267
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
商品の説明
内容(「MARC」データベースより)
朝権強化を試みた光格天皇。その遺志を継ぎ、尊皇攘夷のエネルギーを結集した孝明天皇。幕末政治史の表舞台に躍り出た二人の天皇の、朝廷の存続を賭けた闘いのドラマを描く。
著者について
1946年、長野県に生まれる。1974年、東北大学大学院博士課程修了。現在、東京大学文学部教授。専攻は日本近世史。著書に、『幕藩制国家の政治史的研究』(校倉書房)、『天保の改革』(吉川弘文館)、『遠山金四郎の時代』(校倉書房)、『松平定信』(中公新書)などがある。
登録情報
- 出版社 : 講談社 (1994/9/5)
- 発売日 : 1994/9/5
- 言語 : 日本語
- ペーパーバック : 252ページ
- ISBN-10 : 4062580268
- ISBN-13 : 978-4062580267
- Amazon 売れ筋ランキング: - 1,487,063位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- カスタマーレビュー:
著者について
著者をフォローして、新作のアップデートや改善されたおすすめを入手してください。
著者の本をもっと発見したり、よく似た著者を見つけたり、著者のブログを読んだりしましょう
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2020年4月19日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
幕末と言えば、志士の方に目を奪われがちであるが、その行動の根源は天皇である。そのことを知るために購入したが、ある程度その要望に応えてくれた書籍である。
2018年11月26日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
光格天皇と孝明天皇についての記述を中心に据え、幕末の朝廷政治を広く取り扱うものです。
個人的には史料を用いた御所千度参りの説明の箇所が特に興味深いものでした。後桜町天皇が参列した人々に何万個ものりんごを振る舞わせた話や、公家までもおにぎりなどを用意して振る舞った話など、千度参りのあたたかな雰囲気が眼に浮かぶようで、朝廷と機内の人々の関係を浮かび上がらせるとても有意義な情報がありました。
また、千度参りの際に幕府が朝廷に向けて、民の排除を打診したのに対し、光格天皇がそれを拒否したという事実は光格天皇の天皇としての格を示す素晴らしいエピソードだと感じました。
個人的には史料を用いた御所千度参りの説明の箇所が特に興味深いものでした。後桜町天皇が参列した人々に何万個ものりんごを振る舞わせた話や、公家までもおにぎりなどを用意して振る舞った話など、千度参りのあたたかな雰囲気が眼に浮かぶようで、朝廷と機内の人々の関係を浮かび上がらせるとても有意義な情報がありました。
また、千度参りの際に幕府が朝廷に向けて、民の排除を打診したのに対し、光格天皇がそれを拒否したという事実は光格天皇の天皇としての格を示す素晴らしいエピソードだと感じました。
2018年8月5日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
強烈な攘夷を主張した孝明天皇とその時代の朝廷の内部に焦点を当てて解説した良書である。ペリー以前から外国の諸事情を知っていた幕府に対して、ペリー来航に驚き・時勢の変化に直面した天皇と公家たち。武力を背景に条約を迫る外国に対し、開国や止むを得ないと理性的に考えた幕府。その幕府の足を引っ張る結果になった孝明天皇と朝廷公家の有り様が如実に語られている。
ただ、孝明天皇は日本の伝統を守る、この責任を誰よりも強く自覚した結果であったし、その心情は理解したい。その天皇の意思を尊重するという名目で、それまで朝廷の意思決定に参画できていなかった下級公家たちと、次期政治体制の刷新を描く西国雄藩の思惑が合致した結果、時代は孝明天皇の思惑とは違った方向に進んでしまった。突然の病に倒れた孝明天皇の胸中は如何であったろうか?
ただ、孝明天皇は日本の伝統を守る、この責任を誰よりも強く自覚した結果であったし、その心情は理解したい。その天皇の意思を尊重するという名目で、それまで朝廷の意思決定に参画できていなかった下級公家たちと、次期政治体制の刷新を描く西国雄藩の思惑が合致した結果、時代は孝明天皇の思惑とは違った方向に進んでしまった。突然の病に倒れた孝明天皇の胸中は如何であったろうか?
2018年9月13日に日本でレビュー済み
江戸時代、光格天皇以来、天皇の位置付けが変わっていくことを、豊富な資料から明らかにしている。
孝明天皇については、これまでもその攘夷思想が紹介されてきたが、光格天皇にその源流をたどっているのがユニークだ。
最初は、京都をはじめとして全国で飢饉などに苦しむ人々を助けてほしい、と申し入れた事がきっかけだったという。
そこから、次第に内容や申し入れ方が、エスカレートしていったという。
光格天皇から孝明天皇に至る血脈は、そもそも天皇家の傍流だった、という点も実に腑に落ちた気がした。
孝明天皇については、これまでもその攘夷思想が紹介されてきたが、光格天皇にその源流をたどっているのがユニークだ。
最初は、京都をはじめとして全国で飢饉などに苦しむ人々を助けてほしい、と申し入れた事がきっかけだったという。
そこから、次第に内容や申し入れ方が、エスカレートしていったという。
光格天皇から孝明天皇に至る血脈は、そもそも天皇家の傍流だった、という点も実に腑に落ちた気がした。
2021年3月20日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
結局、どんな人物像だったのか良くわからない。
2017年3月2日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
近代の天皇制につらなる事柄が俯瞰できる一冊です。今上天皇は、何を考えどのような天皇像を追い求めてきたのか。日本国憲法下における天皇制とは何かを考える上で貴重な一冊だと思います。
2021年5月31日に日本でレビュー済み
本書は、光格天皇と孝明天皇(両者は祖父と孫の関係)の二人に光を当て、幕末~明治における天皇権威の上昇の背景を考察する。
筆者は、唐突に天皇が浮上してきたわけではなく、それは光格天皇のときから準備されてきたものだという立場をとっている。
光格天皇は理念的な天皇を追い求める傾向があり、朝廷のもろもろの祭事・儀式の復旧や御所の復古建設を主導するとともに、天明の大飢饉の際には民衆の困窮の声を聴いて幕府に対策を求めるような行動もとるなどして、幕府権威低下と反対に天皇権威は上昇していった。
日本古来の学問などにはげむ姿勢も示し、学習所(のちの学習院につながる)設置に尽力したり、六国史勉強会を開いたりした(桃園天皇のときには中国の書物を読むのが普通で、日本書紀を天皇が読んでいると奇異な目で見られたというので、時代は大きく変化した)。
天皇号復活も光格天皇のときである。
のちの孝明天皇は、日米通商修好条約の勅許拒否などで知られるが、背景としてはこのような天皇権威上昇と、逆に幕府の専制体制の弛緩(諸大名に広く意見を募っているのは、弱さの印とも見れる)、そして関白鷹司政通との対立などがある。
孝明天皇は戊午の密勅を出してのちの安政の大獄の引き金ともなるが、この密勅は明らかに大政委任の枠組を破ったものである。
孝明天皇は、下級の公家たち(過激な攘夷派が多い)にも広く意見を募る形で、幕府に攘夷を迫り、それによって天皇権威を上昇させていくが、そののちには、孝明天皇の意思を遥かに超えたレベルの攘夷を天皇の名を担ぐことで要求されて天皇が異を唱えられなくなる。「生身の天皇」ではなく「天皇の名」が担がれてしまった形であるが、そうなった背景には孝明天皇自身の手法があったわけでもある。
幕末に突如主役に躍り出た天皇の背後を探った本で、なかなか面白い。
本書はもっぱら天皇と朝廷の話しか出ていないので、より全体的な動きを知りたいなら、例えば 開国と幕末変革 (日本の歴史) のような通史を見るといいだろう。
なお、本書は孝明天皇の行動の背景に光格天皇からの権威上昇があったという見方をしているが、これに対しそうではなくペリー来航以降の激変が孝明天皇の頑強な行動を作ったという見方が 幕末の朝廷―若き孝明帝と鷹司関白 (中公叢書) でなされている。このあたりは両方見て比較する必要があるだろう。
読みやすく書かれているので、幕末に関心がある人は新しい視点から眺める歴史として楽しめると思う。
筆者は、唐突に天皇が浮上してきたわけではなく、それは光格天皇のときから準備されてきたものだという立場をとっている。
光格天皇は理念的な天皇を追い求める傾向があり、朝廷のもろもろの祭事・儀式の復旧や御所の復古建設を主導するとともに、天明の大飢饉の際には民衆の困窮の声を聴いて幕府に対策を求めるような行動もとるなどして、幕府権威低下と反対に天皇権威は上昇していった。
日本古来の学問などにはげむ姿勢も示し、学習所(のちの学習院につながる)設置に尽力したり、六国史勉強会を開いたりした(桃園天皇のときには中国の書物を読むのが普通で、日本書紀を天皇が読んでいると奇異な目で見られたというので、時代は大きく変化した)。
天皇号復活も光格天皇のときである。
のちの孝明天皇は、日米通商修好条約の勅許拒否などで知られるが、背景としてはこのような天皇権威上昇と、逆に幕府の専制体制の弛緩(諸大名に広く意見を募っているのは、弱さの印とも見れる)、そして関白鷹司政通との対立などがある。
孝明天皇は戊午の密勅を出してのちの安政の大獄の引き金ともなるが、この密勅は明らかに大政委任の枠組を破ったものである。
孝明天皇は、下級の公家たち(過激な攘夷派が多い)にも広く意見を募る形で、幕府に攘夷を迫り、それによって天皇権威を上昇させていくが、そののちには、孝明天皇の意思を遥かに超えたレベルの攘夷を天皇の名を担ぐことで要求されて天皇が異を唱えられなくなる。「生身の天皇」ではなく「天皇の名」が担がれてしまった形であるが、そうなった背景には孝明天皇自身の手法があったわけでもある。
幕末に突如主役に躍り出た天皇の背後を探った本で、なかなか面白い。
本書はもっぱら天皇と朝廷の話しか出ていないので、より全体的な動きを知りたいなら、例えば 開国と幕末変革 (日本の歴史) のような通史を見るといいだろう。
なお、本書は孝明天皇の行動の背景に光格天皇からの権威上昇があったという見方をしているが、これに対しそうではなくペリー来航以降の激変が孝明天皇の頑強な行動を作ったという見方が 幕末の朝廷―若き孝明帝と鷹司関白 (中公叢書) でなされている。このあたりは両方見て比較する必要があるだろう。
読みやすく書かれているので、幕末に関心がある人は新しい視点から眺める歴史として楽しめると思う。