刊行時に単行本で読みましたが、手放したので文庫版を購入。
中古で、できるだけ状態のいいものをと選びましたが、年代感はあります。
文庫版は、文字が詰まっていて、読むのが大変ですが、内容はやはり1級品です。
アンチ共産党も支持者も是非一読して損はありません。
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日本共産党の研究(一) (講談社文庫) 文庫 – 1983/5/1
立花 隆
(著)
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戦前の共産党の実態はどうだったか。その成立のいきさつ、コミンテルンによる支配、資金の出所、組織、相次ぐ転向者など──戦時下の弾圧による党崩壊までの激動の歴史を実証的に追い、当時の関係者の証言を記録する。理論や主張としてではなく、生きた人間研究としての初の本格的な通史。全3冊。
- 本の長さ448ページ
- 言語日本語
- 出版社講談社
- 発売日1983/5/1
- 寸法10.8 x 2 x 14.8 cm
- ISBN-104061830414
- ISBN-13978-4061830417
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商品の説明
著者について
1940年、長崎に生まれる。東京大学(仏文科)卒、文芸春秋入社、「週刊文春」編集部員。のち東大(哲学科)に再入学。現在、フリー。著書 講談社文庫に『田中角栄研究・全記録』『中核VS革マル』(各上下)『日本共産党の研究』(1.2.3)『文明の逆説・危機の時代の人間研究』『青春の漂流』『同時代を撃つ・情報ウォッチング』(1.2.3)、『思考の技術』(日経新書)他多数。
登録情報
- 出版社 : 講談社 (1983/5/1)
- 発売日 : 1983/5/1
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 448ページ
- ISBN-10 : 4061830414
- ISBN-13 : 978-4061830417
- 寸法 : 10.8 x 2 x 14.8 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 150,101位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 38位政党 (本)
- - 2,375位講談社文庫
- - 27,161位ノンフィクション (本)
- カスタマーレビュー:
著者について
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1940年長崎県生まれ。64年東京大学仏文科卒業。(株)文藝春秋を経て東大哲学科に学士入学。74年「田中角栄研究」を「文藝春秋」誌上に発表。著書多数(「BOOK著者紹介情報」より:本データは『 ぼくらの頭脳の鍛え方 (ISBN-13: 978-4166607198 )』が刊行された当時に掲載されていたものです)
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2023年7月12日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
田中角栄研究に続く立花隆による戦前の共産党史。文藝春秋誌に1976-77年に連載。1970年代は地方自治体で日本共産党が推薦する候補が破竹の勢いで勝利。保守系メディアの代表格であった文藝春秋は日中平和共存を切り拓いた田中角栄に続いて、日本共産党に標的を定めたようだ。こうした米国、政財界や言論界の思惑はありつつも、立花隆とそのグループは徹底的な文献調査を行い、公式の党史では取り上げられなかった様々な事実を発掘した。
単行本は上下二冊だが、文庫版では三分冊に収録。第一分冊は1922年の共産党の誕生から、1930年の田中清玄らの「武装共産党」の時代まで。コミンテルンの関与や公安スパイの暗躍や特高による弾圧の記述も詳しい。文献は元党員の回顧録や特高警察の資料などを網羅。
歴史を記述した部分と、自主独立・議会主義・民主連合政府樹立路線へと舵を切った1976年当時の共産党に対する批判が交互になされるため、論旨がジグザグして読みにくいところもある。当時の文藝春秋というメディア自体の性質によるのだろう。日本共産党(宮本委員長体制)批判は、戦前の党史とは無関係な部分もあるので、別章に独立させたほうが良かったと思う。
当時の特高警察とスパイ網がこんなに強力とは知らなかった。それを許したのは拷問や利益誘導だったのだろう。中国共産党の成功とは対照的。コミンテルンの言うように、特高警察の力が弱い、上海などで亡命指導部を形成すべきだったと思う。
またスターリン時代のコミンテルンの指導のジグザグに従ってしまった問題もある。無産者運動の源流は日本共産党の獄中組ではなく、コミンテルン指導に批判的だった荒畑寒村ら労農派グループにあるのではないか。
単行本は上下二冊だが、文庫版では三分冊に収録。第一分冊は1922年の共産党の誕生から、1930年の田中清玄らの「武装共産党」の時代まで。コミンテルンの関与や公安スパイの暗躍や特高による弾圧の記述も詳しい。文献は元党員の回顧録や特高警察の資料などを網羅。
歴史を記述した部分と、自主独立・議会主義・民主連合政府樹立路線へと舵を切った1976年当時の共産党に対する批判が交互になされるため、論旨がジグザグして読みにくいところもある。当時の文藝春秋というメディア自体の性質によるのだろう。日本共産党(宮本委員長体制)批判は、戦前の党史とは無関係な部分もあるので、別章に独立させたほうが良かったと思う。
当時の特高警察とスパイ網がこんなに強力とは知らなかった。それを許したのは拷問や利益誘導だったのだろう。中国共産党の成功とは対照的。コミンテルンの言うように、特高警察の力が弱い、上海などで亡命指導部を形成すべきだったと思う。
またスターリン時代のコミンテルンの指導のジグザグに従ってしまった問題もある。無産者運動の源流は日本共産党の獄中組ではなく、コミンテルン指導に批判的だった荒畑寒村ら労農派グループにあるのではないか。
2003年10月31日に日本でレビュー済み
日本共産党の歴史を一般的な視点で知りたいひとには便利な書物です。立花隆の文章は読みやすいから三分冊でも苦になりません。個人的には立花隆に対する取材妨害のてんまつなどがおもしろかった。
2015年7月31日に日本でレビュー済み
わたしがバリバリのサヨク思想だったころ手にした本でした。
田中角栄研究で名を馳せた立花氏の著作という理由で購入しただけなのですが・・・
よく覚えてます、この本は当時のサヨク系のマスコミ人には評判のよくなかったのを。
1970年代初め、日本共産党は衆院で躍進していきます。
田中の金脈問題・ロッキード等もあり自民はジリ貧でした。
世間の共産党への期待みたいなものがあったのでしょうね。
で、あろうことか「田中角栄研究」と同じ作者によってこの「日本共産党の研究」が同じ文藝春秋で始まります。
サヨクマスコミ人は言いました。
「明らかな、文春、そして当局の共産党つぶしだ!」と。
宮本顕治の警察での取調べ調書(だったはず?)を入手していたのは相当ショックだったようでこれこそが「当局が協力してる証拠だ」と。
立花隆はせっかく田中角栄研究で得た「名声」をこの著作がために地に落ちた、と。
立花は言ってました
「日本共産党は日本に進駐してきたGHQに万歳三唱をした。戦争を止められなかった我が身を振り返りもせず」
で、あるサヨクマスコミ人の言ってたことで印象に残ってるのが
「立花は戦前・中の特高の恐ろしさがわかっていないのだ、だからあれだけ無責任なことが書ける」と
とまあ、この本が共産党を始めとするサヨクに与えたショックは相当なものだったらしく
そのうろたえぶりは、今思えば滑稽でした。
取るに足らないものならば無視すればいいだけ。
が、この本はそうではなかった。全力でつぶさねばならなかった。
そう思えば、この本は貴重な「歴史書」だと思います。
この「反・日本共産党キャンペーン(?)」が効を奏したのか、その後の日本共産党は再び冬の時代へ・・・
で、今、日本共産党はちょっと元気になってきてるみたいです。
歴史は繰り返す、といいますが・・・
どうなんでしょう?
田中角栄研究で名を馳せた立花氏の著作という理由で購入しただけなのですが・・・
よく覚えてます、この本は当時のサヨク系のマスコミ人には評判のよくなかったのを。
1970年代初め、日本共産党は衆院で躍進していきます。
田中の金脈問題・ロッキード等もあり自民はジリ貧でした。
世間の共産党への期待みたいなものがあったのでしょうね。
で、あろうことか「田中角栄研究」と同じ作者によってこの「日本共産党の研究」が同じ文藝春秋で始まります。
サヨクマスコミ人は言いました。
「明らかな、文春、そして当局の共産党つぶしだ!」と。
宮本顕治の警察での取調べ調書(だったはず?)を入手していたのは相当ショックだったようでこれこそが「当局が協力してる証拠だ」と。
立花隆はせっかく田中角栄研究で得た「名声」をこの著作がために地に落ちた、と。
立花は言ってました
「日本共産党は日本に進駐してきたGHQに万歳三唱をした。戦争を止められなかった我が身を振り返りもせず」
で、あるサヨクマスコミ人の言ってたことで印象に残ってるのが
「立花は戦前・中の特高の恐ろしさがわかっていないのだ、だからあれだけ無責任なことが書ける」と
とまあ、この本が共産党を始めとするサヨクに与えたショックは相当なものだったらしく
そのうろたえぶりは、今思えば滑稽でした。
取るに足らないものならば無視すればいいだけ。
が、この本はそうではなかった。全力でつぶさねばならなかった。
そう思えば、この本は貴重な「歴史書」だと思います。
この「反・日本共産党キャンペーン(?)」が効を奏したのか、その後の日本共産党は再び冬の時代へ・・・
で、今、日本共産党はちょっと元気になってきてるみたいです。
歴史は繰り返す、といいますが・・・
どうなんでしょう?
2023年4月16日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
共産党の歴史を知ることを通じて、民主主義や全体主義などの原理を学ぶことが出来ます。非常に価値の高い本だと思う。
2021年5月20日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
膨大な資料から創生期から今日に至る共産党の暴力性の推移、民主集中制の真実を世に明らかにした名著。
2017年11月9日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
先日ユン・チアンの『マオ』を読んだばかりで、中国共産党との比較を楽しみながら読むことが出来ました。
戦前の日本の共産党も、中国同様、コミンテルンからの莫大な資金を頼みにしつつ、彼らの意向に盲従して動いていたというのは、私には割とショッキングな事実です。一方で、自由に動き回れる動乱中の大陸と違い、日本は既に近代社会が成立していて、共産党と政府機構との間には初めから力の圧倒的差があったのは最も大きな違う点だと感じました。
同時に、日本も毛沢東のような破格の指導者がいれば革命が起きたのでは?という可能性を想像してしまいました。
というのも、本書によれば、戦前の日本共産党の欠陥として、次のような特徴をあげていますが、それらが毛沢東下の共産党ではありえないなあと思えたからです。
①すぐ自供、転向してしまうインテリ層の覚悟の無さ
②地下活動の経験不足(中国共産党のように政府にスパイを沢山送る側だったのではなく、逆に政府からスパイを送られまくっていたという不甲斐なさ)
③組織力不足(党員同士でも素性を隠しあう程度の秘密性はあったが、その分、特高のスパイが入っても気づきにくくなった。毛沢東の場合、党員に絶え間ない思想チェックや生活監視を強いて、鉄壁の組織結束力を築いた)
やはり、毛沢東のいる中国共産党と違い、戦前の日本共産党は初めから何かが欠けていたのだと思います。
いや、穏やかすぎる日本人には、19世紀ロシアの「人民の意志」のテロリズム精神を遠景にもつレーニン主義の冷酷さにはついていけなかったようにも思えます。
実際、中国同様にモスクワの学校で共産主義の思想と訓練を学びに留学していた若者がいたのに、中国共産党の康生のように拷問の技術を学んで帰ってきた人もいませんでした。それどころか、本書によるとモスクワ帰りの日本人こそすぐに当局に屈してしまうような人たちだったのは皮肉です。
あと、本書では、マルクス・レーニン主義の何たるかもコンパクトに説明されていて、こちらも共産主義が全体主義と似ている程度の認識しか持ってない私にとって目から鱗が落ちるものでした。端的にいえば、今の社会を変革するためには下部構造から壊さなくてはならない、そしてだからこそ、今の社会の民主主義などの慣行も全く順守する必要がないとする理屈です。
『マオ』では毛沢東下の共産党のおこないを全て悪と決めつけ、それを毛沢東個人のサイコパス的嗜好に責任転嫁していますが、本書を読むと、毛沢東こそ純粋なマルクス・レーニン主義者だったと気づかされます。例えば、毛沢東は彭徳懐に対し、「民主主義・自由・平等・友愛は政治的必要性に応じて概念として展開するだけでよい」と言い切っていますが、これは本書で立花さんが指摘する、勢力拡張ために共産党は方便を使う、という指摘に通じます。
そういうわけで、非常に面白いと感じました。なお、これは国語の教科書以外で初めて立花隆さんの文章を読み、このような政治的な本も出していたと初めて知った程度のゆとり世代の私の感想です。
戦前の日本の共産党も、中国同様、コミンテルンからの莫大な資金を頼みにしつつ、彼らの意向に盲従して動いていたというのは、私には割とショッキングな事実です。一方で、自由に動き回れる動乱中の大陸と違い、日本は既に近代社会が成立していて、共産党と政府機構との間には初めから力の圧倒的差があったのは最も大きな違う点だと感じました。
同時に、日本も毛沢東のような破格の指導者がいれば革命が起きたのでは?という可能性を想像してしまいました。
というのも、本書によれば、戦前の日本共産党の欠陥として、次のような特徴をあげていますが、それらが毛沢東下の共産党ではありえないなあと思えたからです。
①すぐ自供、転向してしまうインテリ層の覚悟の無さ
②地下活動の経験不足(中国共産党のように政府にスパイを沢山送る側だったのではなく、逆に政府からスパイを送られまくっていたという不甲斐なさ)
③組織力不足(党員同士でも素性を隠しあう程度の秘密性はあったが、その分、特高のスパイが入っても気づきにくくなった。毛沢東の場合、党員に絶え間ない思想チェックや生活監視を強いて、鉄壁の組織結束力を築いた)
やはり、毛沢東のいる中国共産党と違い、戦前の日本共産党は初めから何かが欠けていたのだと思います。
いや、穏やかすぎる日本人には、19世紀ロシアの「人民の意志」のテロリズム精神を遠景にもつレーニン主義の冷酷さにはついていけなかったようにも思えます。
実際、中国同様にモスクワの学校で共産主義の思想と訓練を学びに留学していた若者がいたのに、中国共産党の康生のように拷問の技術を学んで帰ってきた人もいませんでした。それどころか、本書によるとモスクワ帰りの日本人こそすぐに当局に屈してしまうような人たちだったのは皮肉です。
あと、本書では、マルクス・レーニン主義の何たるかもコンパクトに説明されていて、こちらも共産主義が全体主義と似ている程度の認識しか持ってない私にとって目から鱗が落ちるものでした。端的にいえば、今の社会を変革するためには下部構造から壊さなくてはならない、そしてだからこそ、今の社会の民主主義などの慣行も全く順守する必要がないとする理屈です。
『マオ』では毛沢東下の共産党のおこないを全て悪と決めつけ、それを毛沢東個人のサイコパス的嗜好に責任転嫁していますが、本書を読むと、毛沢東こそ純粋なマルクス・レーニン主義者だったと気づかされます。例えば、毛沢東は彭徳懐に対し、「民主主義・自由・平等・友愛は政治的必要性に応じて概念として展開するだけでよい」と言い切っていますが、これは本書で立花さんが指摘する、勢力拡張ために共産党は方便を使う、という指摘に通じます。
そういうわけで、非常に面白いと感じました。なお、これは国語の教科書以外で初めて立花隆さんの文章を読み、このような政治的な本も出していたと初めて知った程度のゆとり世代の私の感想です。
2017年2月24日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
戦前の共産主義運動の実態、日本共産党の組織実態を知るために最適の本である。その特色を立花氏の一言で要約すると、
「共産党の組織が頭でっかちの逆ピラミッド型構造をしており、盛んな文書活動と、指令を下部に伝達していく連絡システム=街頭細胞までは作り上げていたが、指令が組織の末端まで届いたところで、それに基づいて現実に大衆を動かすという、肝心要の運動の実体を担う組織の大衆との接点部分が余りにも弱体であったため、共産党の運動は大衆を揺り動かす運動とはならず、専ら党機関内部でのイデオロギー的自己運動として終始したという歴史的事実の発見に辿り着かざるを得なかった。」(下189頁)コミンテルンに盲従し、イデオロギー過剰で、社会の実態を見ない、労働者農民の実態をみない戦前の共産主義運動の実態がよく分かる。
そして、これは明治以来の日本知識人の通弊であることも理解できる。即ち、欧米で生まれ「理念化された」社会思想をそれが社会の実態とアプリオリに信心して日本にも導入し、理念化された(即ち実態とは異なる)社会思想を以て日本の現状を解釈しようとする姿勢である。日本社会の実態分析を基礎にした社会思想は今以て確立していないのではないだろうかと、反省されます。
さて、立花論文は素晴らしいのですが、2点問題があります。
第1に、立花氏は、戦後の宮本共産党を、根拠も示さずに平和革命路線に立っていると断定している点である。しかし、戦後の共産党が依然として「敵の出方論」による暴力革命の方針を堅持していることは、昭和57年の衆議院地方行政委員会における警察庁警備局長の答弁でも明らかにされている。また、公明党機関紙局発行の『憲法三原理をめぐる日本共産党批判』などでも明瞭に指摘されている。戦前の共産党について、これだけ正確且つ精緻に分析しているにもかかわらず、戦後共産党の分析が甘いのが残念である。
第2に、立花氏は、治安維持法による日本共産党の取締を否定的に捉えている点である。確かに、国体変革を目指しただけで処罰対象とするのは、現代の視点では不当であろう。しかし、戦前の共産党は、純粋に日本国内における政治運動ではない。外国勢力たるコミンテルンから資金面、人材面、運動方針面で指導支援を受け、我が国の国家制度の暴力的転覆を図っていた外国勢力の代理人である。そして、その国家転覆の目的も、日本人民のためというよりも、世界の労働者のため(=コミンテルンのため=ソ連の利益のため)であった。このような外国勢力のエージェントの活動は、現代でも民主主義国家の多くで違法行為とされている。この点についての言及がないのが不思議である。
「共産党の組織が頭でっかちの逆ピラミッド型構造をしており、盛んな文書活動と、指令を下部に伝達していく連絡システム=街頭細胞までは作り上げていたが、指令が組織の末端まで届いたところで、それに基づいて現実に大衆を動かすという、肝心要の運動の実体を担う組織の大衆との接点部分が余りにも弱体であったため、共産党の運動は大衆を揺り動かす運動とはならず、専ら党機関内部でのイデオロギー的自己運動として終始したという歴史的事実の発見に辿り着かざるを得なかった。」(下189頁)コミンテルンに盲従し、イデオロギー過剰で、社会の実態を見ない、労働者農民の実態をみない戦前の共産主義運動の実態がよく分かる。
そして、これは明治以来の日本知識人の通弊であることも理解できる。即ち、欧米で生まれ「理念化された」社会思想をそれが社会の実態とアプリオリに信心して日本にも導入し、理念化された(即ち実態とは異なる)社会思想を以て日本の現状を解釈しようとする姿勢である。日本社会の実態分析を基礎にした社会思想は今以て確立していないのではないだろうかと、反省されます。
さて、立花論文は素晴らしいのですが、2点問題があります。
第1に、立花氏は、戦後の宮本共産党を、根拠も示さずに平和革命路線に立っていると断定している点である。しかし、戦後の共産党が依然として「敵の出方論」による暴力革命の方針を堅持していることは、昭和57年の衆議院地方行政委員会における警察庁警備局長の答弁でも明らかにされている。また、公明党機関紙局発行の『憲法三原理をめぐる日本共産党批判』などでも明瞭に指摘されている。戦前の共産党について、これだけ正確且つ精緻に分析しているにもかかわらず、戦後共産党の分析が甘いのが残念である。
第2に、立花氏は、治安維持法による日本共産党の取締を否定的に捉えている点である。確かに、国体変革を目指しただけで処罰対象とするのは、現代の視点では不当であろう。しかし、戦前の共産党は、純粋に日本国内における政治運動ではない。外国勢力たるコミンテルンから資金面、人材面、運動方針面で指導支援を受け、我が国の国家制度の暴力的転覆を図っていた外国勢力の代理人である。そして、その国家転覆の目的も、日本人民のためというよりも、世界の労働者のため(=コミンテルンのため=ソ連の利益のため)であった。このような外国勢力のエージェントの活動は、現代でも民主主義国家の多くで違法行為とされている。この点についての言及がないのが不思議である。