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ゴシックとは何か: 大聖堂の精神史 (講談社現代新書 1487) 新書 – 2000/1/1

4.1 5つ星のうち4.1 33個の評価

中世キリスト教信仰と自然崇拝が生んだ聖なるかたち。その思想をたどり、ヨーロッパを読み直す。
大聖堂はなぜ高いのか?
ヨーロッパの心を読む!

大聖堂はなぜ建てられたのか──過疎化の極にあり不活性の底に沈んでいた都市を興隆させたのは、彼ら農村からの移住者たちだった。……だがその彼らには聖性の体験の場が欠如していた。都市において財を成した者もそうでなかった者も一様に、失った巨木の聖林への思いは強く、母なる大地への憧憬を募らせるばかりだった。巨木の森と母なる大地にもう一度まみえたい。深い左極の聖性のなかで自分たち相互の、自分と自然との連帯を見出したい。このような宗教的感情を新都市住民が強く持っていたことにゴシック大聖堂の誕生の原因は求められる。他方で、裁きの神イエスの脅威も彼らに強力に作用していた。最後の審判で問われる罪は贖(あがな)っておかねばならない。免罪を求めて彼らは惜しみなく献金をした。また、天国行きを執り成してくれるマリアに聖所を築いて捧げる必要性、いや強迫観念にも彼ら新都市住民は駆られていた。だがゴシックの大聖堂が建った理由はこれだけではない。別な動機からその建設を望んでいた者たちがいた。大聖堂の主である司教、そして国王は、自分たちの権威の象徴として巨大な伽藍(がらん)の建設を欲していた。権威への意志、裏を返せば権威不足への恐れに彼らは呪縛されていた。──本書より

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商品の説明

著者について

1954年、東京生まれ。東京大学大学院フランス文学研究科修了。1983-87、89-90年、パリ大学留学。1986年、同大学よりバタイユ論で博士号取得。現在、電気通信大学助教授。著書に『バタイユ入門』──ちくま新書、『バタイユ──そのパトスとタナトス』──現代思潮社、訳書に『ランスの大聖堂』──みすず書房──等。

登録情報

  • 出版社 ‏ : ‎ 講談社 (2000/1/1)
  • 発売日 ‏ : ‎ 2000/1/1
  • 言語 ‏ : ‎ 日本語
  • 新書 ‏ : ‎ 241ページ
  • ISBN-10 ‏ : ‎ 4061494872
  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4061494879
  • カスタマーレビュー:
    4.1 5つ星のうち4.1 33個の評価

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酒井 健
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上位レビュー、対象国: 日本

2016年1月7日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
たいへん面白かったです。他にもゴシック、ロマネスクの本を手に入れたのですが、これをまず読もうと思いました。
キリスト教でない視点からだから却ってわかることがあるような気がしました。

ところで、ロマネスクとのつながりはどうなのでしょうか?
いまそこらへんに興味があるので、酒井さんにはロマネスクの本も期待したくなりました。

あんまりよかったので他の著書も買いました。
5人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2021年1月15日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
網羅的ではないが入門書としては悪くありません
2011年10月11日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
全体として素晴らしい著作であることは間違いありません。

その上で、あえて気になった点を書きます。
著者はフランス文学の専門家ですが、本書はフランスをメインに、ドイツやイギリスの「ゴシック」事情を紹介しています。
イギリスに関しては原著に当たっていないので何ともいえないのですが、(ただ、読んだ印象ではかなりよく分析されている気はします)私自身の専門であるドイツ文学の視点から言わせていただきますと、ゲーテをはじめとするドイツの「ゴシック観」についてはかなり読みが足りないと感じざるを得ない部分がありました。

たとえば、ゲーテがストラスブールの大聖堂の塔が片方だけ欠けているのを見て「人力のいたらなさを感じた」と思ったエピソードに対し、この著者はその未完成の躍動感こそゴシックの魅力であると反論しています。
しかし、この出典となったゲーテの『ドイツの建築(1772)』では、その話の少し後に、ゲーテ自身も間近で接してゴシックの魂というものを感じ取り、
「やはりこれでよいのだ」とすぐに納得したとはっきりと書いています。
そもそもゲーテのこの著作の本意はそういったところにあるはずなので、この部分だけ読んでこれがゲーテの認識だと思ったのなら資料の読みが浅すぎるし、分かっていてあえて批判部分だけ引用したとすれば、悪意・・・とまではいいませんが、何か恣意的なものを感じてしまいます。

また、そうして常に流動・変化し続けることこそゴシックの醍醐味といいつつ、19世紀後半にようやく完成したケルンの大聖堂については「古典主義的秩序によってゴシックの曖昧さを殺してしまった、生命観のない死んだ石塊」と酷評しているのも、矛盾を感じました。
そういった時代の層の移り変わりを取り込むこともまた、筆者の主張する「ゴシックの躍動感」のひとつのあり方なのではないか?と私は思うのですが。
ちょっとこの著者はドイツに対して先入観的なものを持っているのかな?と勘ぐってしまいます。

独文学を学ぶ者としては、以上の点が気になりました。
しかしながら、重ねてになりますが、全体として非常に画期的で、なんといっても読んで面白い人文科学視点の「ゴシック概説」だと思いますので、私にとってこれからも繰り返し、読み続けていく一冊であることは間違いないでしょう。
50人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2018年2月24日に日本でレビュー済み
 著者は出版当時(2000年1月)電気通信大学助教授。第22回(2000年) サントリー学芸賞(思想・歴史部門)を受賞しています。
 ゴシックについてなんとなくわかっていたこと、あるいはなんとなく思い込んでいたことが、この書によってかなり明確になったというのが率直な感想です。

 ゴシックという語感はゴート族的特徴を持つといった印象を与えがちですが、そもそもゴシック文化はゴート族由来ではないというのです。ルネサンス期のイタリア文化人たちはアルプス以北からやってきた異質の建築文化を侮蔑の意味を込めてゴート的と呼びましたが、そもそもその異文化の発祥地はフランスなのです。
 そのフランスでは11世紀のころ、まだ多くが非キリスト教徒の農民でした。自然界に内在する多様な現象に神を感じる多神教信仰者である彼らにとって、自然を超越した唯一神を信じるキリスト教は遠い存在でした。そして彼らは鬱蒼とした森林を恐ろしくも神秘的な場所だと感じていましたが、農地開墾のために森林を破壊し、その結果増大した人口を吸収する場所として出現した都市に流入していきます。緊密な農村コミュニティとは異なり、他人同士が暮らす都会で人々は不安を解消する場所として大聖堂を建設しそこに集まるのですが、自然信仰の心が強い彼らにとって上へと伸びるゴシック・デザインは森林への郷愁とも結びついたのです。こうして父権的・超自然的キリスト教に地母神信仰的要素が導入され、マリア信仰が広まっていったというわけです。キリスト教布教のための宗教的妥協をそこに見ることもできます。
 またステンドグラスにも宗教上の理由があるといいます。大きな窓を通して入る光に神のカリスマ的権威を感じさせるための装置なのです。

 こうした中世期のゴシック発展の歴史を見たのちこの書は、ルネサンス期や宗教改革期にゴシックが曖昧かつ妥協的であることを理由に忌み嫌われたこと、そして時代をさらに下って18世紀のイギリスでは逆に古代ゲルマン的合議制が政治的自由の感覚と結びついてゴシックが再評価されていったことを見ていきます。いつどの時代にも普遍的なものがあるとする古典主義への対抗思想として、時間と場所によって異なる姿を見せる可変性と特殊性を、シンメトリーを排した非対称的・不均衡的イングリッシュ・ガーデンに見ることができ、それがまさにゴシック的だというのです。イングリッシュ・ガーデンを散策する途上で人々は時間経過とともに次々と別の相貌を体験していきます。さらにいえば、古典主義的フランスの軍事的脅威に対するイギリス側の対抗意識も、反合理的なゴシックへのあこがれを生んだといいます。
 なんとも明解な論述に、ゴシックの実に鮮やかな輪郭線が立ち現れてくる思いがしました。

 この書の末尾で著者はバルセロナのサグラダ・ファミリア聖堂のゴシック性について2頁にも満たない論考をつづった後、次のように記して筆を置いています。
「もっと詳しくスペインのあの力強くごてごてと野暮ったいゴシックについて語りたい。だがもうすでに許された紙幅は尽きてしまっている。稿を改めて、読者諸氏とカタロニアからゴシックの旅を続けたい。」(233頁)
 この新書が出版されてから20年近い歳月が経っていますが、いまもってその「改められた稿」は上梓されていないようです。ぜひともスペインから始まる第二の書を期待したいところです。
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 この書を読みながら以下の四冊について思い返していました。
◆池上英洋『
西洋美術史入門・実践編 』(ちくまプリマー新書) 
:著者の池上氏は、キリスト教像が12世紀末までは「勝利者としてのキリスト」として目を見開いた形で表現されていたものの、13世紀初頭にはアッシジの聖フランチェスコの言葉を受けて「人間性と弱さをもった存在として」目を閉じて描かれるようになったと説明しています。
『ゴシックとは何か』でも48-49頁にかけて「勝利のキリスト」から「苦悩のキリスト」への変遷がゴシックの視点から論じられています。ゴシックに先行するロマネスク時代には死の気配が忌み嫌われたためにキリスト像は死に打ち勝った姿で表現され、だからこそ目を見開き、伸びた手足にも力がみなぎっていました。しかしゴシック期には犠牲(いけにえ)として死につつあるおぞましきキリストへ感応する感性が人々の間に存在したというのです。

◆池上英洋/荒井咲紀『
美少女美術史: 人々を惑わせる究極の美 』(ちくま学芸文庫) 
:この書によると、宗教改革期にカトリックはプロテスタントが否定するものを対抗上より一層称揚する必要がありました。聖母像もそのひとつで、聖書の外典である『ヤコブの原福音書』が16世紀に脚光を浴び、マリア伝として用いられマリア崇敬のバックボーンとなったとあります。
 一方、『ゴシックとは何か』34-49頁によれば、『ヤコブ原福音書』はすでに中世ゴシック期の都市民に熱烈に愛好されていて、マリアの母性が称えられていたといいます。父権的・超自然的信仰を正統とする教会にとって聖書正典に書かれたマリア像が本来あるべきものですが、外典にあるマリア像はそうした正統から距離を置いていて、だからこそ地母信仰と結びつきやすく、当時の農村出身市民に歓迎されたというわけです。

◆小林弘利『
ハリウッド映画の暗号 ~神と映画との対話~ 』(三栄書房)
:『スター・ウォーズ』シリーズを中心として、近年のハリウッド映画に埋め込まれた“暗号”を神学的視点から読み解こうとする書です。著者が“暗号”解読に用いる公式ともいえるのは「砂漠」と「森」の二元対立関係です。中東で生まれた砂漠の宗教であるユダヤ・キリスト教は、ヨーロッパの森を邪悪な存在とみなし、それを開拓して都市とすることで制御してきました。しかし、組織化されて強大な権力となった宗教にうさん臭さを感じた人々は、かつて「邪」の存在だった森との融和を図っている。それが近年のハリウッド映画には顕著だというのが著者の主張です。
 この森林観は、『ゴシックとは何か』を読むとより明確に見えてきます。

◆ケン・フォレット『
大聖堂(上・中・下) 』(新潮文庫)/『 大聖堂―果てしなき世界(上・中・下) 』(ソフトバンク文庫)
:正編は12世紀のイングランド、そして続編は14世紀のイングランドが舞台の大河小説です。キリスト教がすべてを支配する中世期において、権力闘争と大聖堂建築を目指す人々の物語です。

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5人のお客様がこれが役に立ったと考えています
レポート
2013年2月15日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
本書は副題の通り,あくまで精神史の観点からゴシック様式について述べた本である。前半はゴシック様式の誕生した経緯について。すなわち,「森林から抜け出た元農民たちは,都市でも母なる森林を必要とした」結果としての高層・過剰装飾・列柱のゴシック様式なのだということを語っており,様々な論拠を挙げていて強い説得力を持っている。特にバタイユを引いて聖性の二極面を説明し,死や自然への畏敬が教会へ入り込んでいったことを紹介したあたりは,とてもこの著者らしくて良い。

ただし,精神史を焦点としているといえど周辺的な事情についてはばっさり省いた説明になっている点を挙げておかねばなるまい。商業の復活と都市人口の増加により城壁の内側の面積が不足し,高層化の傾向が強まったこと。その延長線上にゴシック建築があることや,建築技術の発展はイスラーム文明の流入(12世紀ルネサンス)に負うこと等もほとんど記述が無い(12世紀ルネサンスについてはスコラ学のところで触れているにもかかわらず)。完全に精神史に焦点を当てたはいいがそれで全て説明しようとしているところは,危うい。何より叙任権闘争に関連する事項は全くと言って記述が無かった。叙任権闘争があったからこそ教会は教義や儀式を西欧中に行き渡らせることができたのではなかったか。ずらずらと説明しろとは言わないが一言二言添えるだけでも違ったはずで,よく知らずに本書を手にとった読者が,勘違いしないかちょっと心配である。

後半はルネサンス以後の精神史,ゴシックに対する毀誉褒貶を追う章となっている。こちらもおもしろいし,簡潔にまとまっている。こうして読むとルネサンスはゴシックの反発として全てをひっくり返しているなぁと。宗教改革はまだしも,ルネサンスがこれだけ残念系で語られる書物もなかなか無い。ゴシック=リヴァイヴァルの部分ではイギリスの庭園文化やピクチャレスク・廃墟・崇高などにも触れており,アレグザンダー・ポープやジョゼフ・アディソン,エドマンド・バーク,ホレス・ウォルポールといった名前も上がっている。この辺りの簡潔なまとめとして優れている。一方,ところどころに著者のど直球な感想が入り込んでいるのも興味深い。特に宗教改革ではカルヴィニズムにはかなり手厳しい記述になっているが,何か恨みでもあるのか。「エッフェル塔は崇高ではない」などもこれ自体意見の分かれるところだろう。
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