『父の詫び状』に続く、向田邦子の第二エッセイ集。
2015年1月15日に新装版が出ていて、文字が大きくなって読み易く、随筆家酒井順子の解説も新たに追加。
向田さんは現・世田谷出身、酒井さんは杉並の生まれで、経歴も似てないこともなく、且つ結構鋭く読み解いている。
興味がある方々は、是非とも、そちらと読み比べてみては?
昭和4年生まれの向田さんは、当時珍しかった職業婦人で生涯独身。
専業主婦願望が崩壊し、男ばかりか女性の非婚率も高くなった今こそ、“お一人様”に有効な指南書かも。
諸問題が世界各国で山積みとなり、国家間の緊張が増し続ける今こそ、お薦めしたい随筆でもある。
しかも、到るところに上質のユーモアが鏤められ、読んでいて頗(すこぶ)る楽しい。
「噛み癖」は爪だけではなく袂(たもと)、セルロイドの下敷き、三角定規や分度器まで噛んで凸凹にした、と。
最も噛み易いのは鉛筆の尻であり、子供の頃は足の指の爪まで歯で噛み千切っていたというから驚くではないか。
流石は向田さん、やっぱり幼少時から、只者じゃなかった。
「字のない葉書」は戦時中、末の妹が甲府へ学童疎開することになった話。
夥しい葉書の表に自らの名を書いた父親が、まだ字の書けない末娘に、「元気な日はマルを書き、毎日一枚ずつポストに入れなさい」と言い聞かせる。
初日こそ歓迎の赤飯が炊かれる等して、紙いっぱい食み出す程、威勢の良い赤鉛筆の大マルが届いたが、次の日からマルが急激に小さくなり、情けない黒鉛筆の小マルは遂にバツに変わった。
少し離れていたところに疎開していた上の妹が逢いに行くと、下の妹は校舎の壁に寄り掛かり梅干の種をしゃぶっていて、姉の姿を見ると泣き出したそうな。
間もなくバツの葉書も来なくなり、三ヶ月目に母が迎えに行ったら、百日咳を患っていた妹は、虱だらけの頭のまま三畳の蒲団部屋に寝かされていたという。
妹が帰る日の夜遅く、出窓で見張っていた弟が「帰って来たよ!」と叫ぶと、茶の間にいた父親が裸足で飛び出し、すっかり痩せた妹の肩を抱き締めて号泣した。
向田さんは大人の男、それも常に威張り散らし家族に暴力を振るうことも多かった父親が大声を上げて泣く姿を、初めて見たと続ける。
戦闘または空襲で誰が死んだとか、多くの方々が亡くなったとかではないのにも拘らず、ここまで見事な反戦ストーリーになっている例はあまり類を見ないのではないか。
取り押さえた痴漢に後日逢う度挨拶をされるのに、交通事故から庇った少年は礼も言わずに立ち去り、偶然人ゴミの中で目が逢った時にも逃げ出したという「恩人」。
人間を“型抜き”でドラマを書きがちだったが、事実は全く逆であり、この二人が創作上非常に参考となったということは、彼等こそ自分にとって「恩人」だろうと見事に結ぶ。
P185からの≪2≫と、続く≪男性鑑賞法≫は、気を利かせ過ぎて上擦った感があるが、「中野のライオン」「新宿のライオン」「水虫侍」は名作中の名作。
運命の不可思議を感じさせるというより、人智を遙かに超越した得体の知れぬ巨大な存在の証明と書けば大袈裟ではあるけれど……。
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眠る盃 (講談社文庫) 文庫 – 1982/6/11
向田 邦子
(著)
「荒城の月」の「めぐる盃かげさして」の一節を「眠る盃」と覚えてしまった少女時代の回想に、戦前のサラリーマン家庭の暮しの手触りをいきいきと甦らせる表題作をはじめ、片々とした日常から鮮やかな人生を截りとる珠玉の随筆集。知的なユーモアと鋭い感性を内に包んだ温かな人柄が偲ばれるファン待望の書。
- 本の長さ254ページ
- 言語日本語
- 出版社講談社
- 発売日1982/6/11
- ISBN-104061317687
- ISBN-13978-4061317680
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登録情報
- 出版社 : 講談社 (1982/6/11)
- 発売日 : 1982/6/11
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 254ページ
- ISBN-10 : 4061317687
- ISBN-13 : 978-4061317680
- Amazon 売れ筋ランキング: - 517,391位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 7,351位講談社文庫
- - 8,547位近現代日本のエッセー・随筆
- - 21,666位評論・文学研究 (本)
- カスタマーレビュー:
著者について
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(1929-1981)1929(昭和4)年、東京生れ。実践女子専門学校(現実践女子大学)卒。
人気TV番組「寺内貫太郎一家」「阿修羅のごとく」など数多くの脚本を執筆する。1980年『思い出トランプ』に収録の「花の名前」他2作で直木賞受賞。著書に『父の詫び状』『男どき女どき』など。1981年8月22日、台湾旅行中、飛行機事故で死去。
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トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
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2013年7月5日に日本でレビュー済み
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短編で読みやすく、理解市やすい。思ったより早く読み終えました。
他も探します、もちろん向田さんの作品で。
他も探します、もちろん向田さんの作品で。
2016年1月14日に日本でレビュー済み
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この題名はある歌を聞き間違えていた、ということでつけられたそうだ。私にもそういえばあった。そう同感している間に作者の前向きさと人の悪口をほとんど言わない、潔さにひかれた。今、ご健在だったらどう書くのだろう?けれど、昭和時代をこういう視点でとらえられているということは、ものすごい先を見る目が合ったのだろうと思う。自分もこういう人になりたいと思った。
2000年12月4日に日本でレビュー済み
シナリオライターとして活躍した向田邦子。脚本だけではなくエッセーでも心豊かな彼女の才能を垣間見ることができる。 「春高楼の花の宴・・・」この詩にまつわるエピソードをはじめ、彼女の感性に触れることができる一冊
2013年7月12日に日本でレビュー済み
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向田邦子さんの魅力の源がわかり、ほのぼのする貴重な一冊です。
2013年4月30日に日本でレビュー済み
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三國さんと森繁さんの扱いを比べたら、こちらを選ぶ人は実質いないと思いますが…
2013年5月15日に日本でレビュー済み
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あんまりにもお話が短いのでびっくりしました。小さいころの体験として、こういうことはよくあると思います。
2003年8月20日に日本でレビュー済み
この本に出会ったのは、中学3年生の頃でした。
今から考えてみると、随分と渋好みな中学生だった気もしますが(笑)、向田作品に心惹かれたきっかけというのが、高校受験のために日々受けていた国語のテストの長文に、よく彼女のエッセイが引用されていたからなのです。
試験中にもかかわらず、時間が経つのを忘れて、時には可笑しくて笑い出したくなるのをこらえながら、「テスト問題」に引き込まれたものです。
「面白いなあ、続きを読みたいな」と思うと、必ずといっていいほどそれは向田作品でした。
その後、それらが収められている随筆集を入手して読んだわけですが、楽しかったですね。
けれど、自分が大人になって改めて読んで「ああ、わかるなあ・・・」と思える部分が多くなり、子供時!代とはまた違った意味で数倍楽しむことができました。
向田作品は大人のための作品である、と私は思いますが、子供をもひきつけるユーモアも満載です。そして、大人だけが知っている喜びや、切なさや、悲しさも・・・。ごく普通に生きている人たちの日常から生まれたエッセイだけに、心の中に沁みこんでくるような作品が多いように思います。
「ああ、それってわかる、わかる!」ということを、これほどまでに鮮やかに描くとは、あっぱれ!としか言い様がありません。
今から考えてみると、随分と渋好みな中学生だった気もしますが(笑)、向田作品に心惹かれたきっかけというのが、高校受験のために日々受けていた国語のテストの長文に、よく彼女のエッセイが引用されていたからなのです。
試験中にもかかわらず、時間が経つのを忘れて、時には可笑しくて笑い出したくなるのをこらえながら、「テスト問題」に引き込まれたものです。
「面白いなあ、続きを読みたいな」と思うと、必ずといっていいほどそれは向田作品でした。
その後、それらが収められている随筆集を入手して読んだわけですが、楽しかったですね。
けれど、自分が大人になって改めて読んで「ああ、わかるなあ・・・」と思える部分が多くなり、子供時!代とはまた違った意味で数倍楽しむことができました。
向田作品は大人のための作品である、と私は思いますが、子供をもひきつけるユーモアも満載です。そして、大人だけが知っている喜びや、切なさや、悲しさも・・・。ごく普通に生きている人たちの日常から生まれたエッセイだけに、心の中に沁みこんでくるような作品が多いように思います。
「ああ、それってわかる、わかる!」ということを、これほどまでに鮮やかに描くとは、あっぱれ!としか言い様がありません。