栗原康は文庫版のあとがきを次のように括っている。《さて、このコロナ渦、大杉が生きていたとしたら、なにをいうだろうか。あたりまえの自我が砕け散る。なにが将来かなにが過去かもわからなくなる。栄ちゃん、オレたちもう終わったのかな。バカやろう。まだはじまっちゃいねえよ。懐かしい未来をとりもどせ。生は永久の闘いである》と。
本著は永遠のアナキスト大杉栄の人生を今現在とクロスするように栗原が仕掛けた爆弾ともいえる評伝である。文体そのものはどこか劇画的で分かりやすくリズム感もあっておもしろい。また、YOUTUBEやテレビで見かける本人の印象と一致していて嬉しくなってくる。
大杉栄伝を書くことが否応なく現在とクロスするとはどういうことか。人間の寿命も100才近くなってきたかもしれないが、永遠のアナキズムとはいつの時代でも種としての人間の生の根源的なあり方、すなわち道徳や認識以前の動物的行動といえばいいのか、人間という生物そのものの原形質とも特性ともいうべき行動原理を意味するのかもしれない。
かつて、今西錦司はこの地球上から人類が消えても別の種が生き残るといい、鈴木邦男は思想の体現について《捨て石》の覚悟を説いた。
大杉栄が「征服の事実」を書いたのが1913年、彼を労働運動に引き込んだ米騒動が1918年という。今日、マルクスの資本論をめぐって研究がすすめられ資本主義のいろいろな問題が指摘されてきたけれど、大杉栄はなにを問題とし誰とどう闘ったのか。
米騒動は、大杉が二十代のころからみずからの血となし、骨となしてきたアナキズム、サンディカリズムの理論をより鮮明なかたちにした瞬間であったという。あらゆる支配を拒むこと。徹頭徹尾、自由であろうとすること。どんなに役に立たないといわれても、ありふれた性の無償性に賭けること。国家や資本というものが、自由に覆いをかぶせるならば、無数の穴をうがつこと。若いころから身につけてきたこれらの思想が米騒動の蜂起のイメージとして結晶化したのである。(p50-51)
このように栗原は大杉の生きざまとその葛藤について〈蜂起の思想〉として詳細に伝えようとする。その時代、つまり征服と服従のメカニズムから奴隷化を準備する社会の状況が、まさしく戦後の欺瞞性を包摂する権力と社会のあり方を不問にする今の状況と重なっているということか。大杉栄が今こそ必要とされる所以がそこにある。
栗原はそのことを指摘しているともいえるし、それゆえに本著はこの社会に投じた<爆弾>であると解説の白井聡はいう。政府がクソ、政治家がクソ、役人がクソ、資本家どもがクソ、そして自らそれらの奴隷化を望むクソどもの肥溜めの中に投じた<爆弾>が破裂しクソまみれになってこの国の再生がはじまるとしている。表現は汚いがまことに説得力がある。
大杉栄が主な言論の場としたのは荒畑寒村とともに発行した『近代思想』、その後『平民新聞』『文明批評』『労働新聞』へと形を変えたがことごとく発禁処分となり投獄や弾圧をうける。だが、大杉は監獄生活を無駄にはしなかったという。
「続獄中記」のなかで、大杉は「僕は監獄で出来上がった人間だ」と述べているように、その多くを学習の時間につかっていた。ふだん外にいたら、仕事や活動で忙殺されて、ゆっくり本を読むひまなんてない。だから、大杉は自分のなかで一犯一語という原則をたて、監獄にはいるたびに語学をひとつ身につけて帰ってきた。語学ばかりではない。読みたいとおもっていた本をひたすら読んでいった。大杉は、監獄のなかで、ほんのすこしばかりではあったが、学生時代に味わっていたまなぶ自由を実践したのであった。(p72)
こうして大逆事件の最中、獄中にいた大杉は一犯一語、語学を学びあらゆる書物を読んだという。文学から生物学、社会学、人類学の知識をふり絞って、労働運動とストライキの理論化にとりくんだということになる。
切り殺されるか、焼き殺されるか、いずれにしても必ず身を失うべきはずの捕虜が、生命だけは助けられて苦役につかせられる。一言にして言えば、これが原始時代における奴隷の起源のもっとも重要なりものである。(大杉栄「奴隷根性論」『近代思想』一九一三年二月『全集』第二巻)(p122)
だが、これでは奴隷は家畜と変わらない。もっと自由でありたい。自分で、自分の生活、自分の運命を決定したい。それが人間であるということだった。大杉にとって労働運動の精神とはほかでもない労働者の自己獲得運動、自己自治的生活獲得をめざす人間運動、人格運動だった。
自分がおもったことをおもったようにやってみる。自分の力の高まりを感じとり、まわりの友人たちと歓喜の声をあげる。もはや資本家の評価なんて気にならない。労働者たちのありふれた生の表現。大杉にとって労働運動とは自主自治的生活獲得運動であったと栗原はいう。一瞬の生の無償性と歓喜にかけて自由奔放に生きる大杉栄の生きざまは見事というほかない。
このほかサンディカリズム研究会や平民講演会などで言論活動を精力的に行う。また、自由恋愛論をめぐっては殺傷事件までおこし多くの同志を失ったが、このあたりの経緯も栗原ならではの感覚で劇画的に叙述されていておもしろい。
本著は関東大震災で伊藤野枝とともに惨殺されるまでの生の躍動、中国やフランスを舞台に国境を越えた活動やいろいろなエピソードを含め生来のアナキスト大杉栄の魅力満載となる評伝であることはまちがいない。
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大杉栄伝 永遠のアナキズム (角川ソフィア文庫) 文庫 – 2021/2/25
栗原 康
(著)
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「生の負債化」に抵抗し続け、無支配の世界を構想した男を描く、傑作評伝!
第5回「いける本」大賞受賞、紀伊國屋じんぶん大 賞2015第6位の新評伝!
労働者、消費者、学生、夫、妻といった社会的アイデンティティを被らされ、「社会」の役に立つように動員されていく現代社会。
その「役に立つ」も、エッセンシャル・ワーカーを除いてはブルシット・ジョブ(デヴィッド・グレーバー)ばかりで、「やってる感」の演出のために長時間労働を強いられるばかり。
かつ、真に必要な仕事は低賃金を強いられ、新自由主義の歪みは極大化している。
“自由で民主主義的な社会”であるはずなのに、なぜ私たちはまったく自由を感じられないのか?
これは、「生の負債化」である。
この「生の負債化」に対し、「生の無償性」が大杉栄のアナキズムの肝なのではないかという視点から、気鋭のアナキズム研究者が生の拡充、相互扶助の大杉思想を現代的に読み解いていく。
アナキズムとは、「支配されない状態」を目指すことだ。
「生の負債化」に抵抗し続け、無支配の世界を構想した男・大杉栄。甘粕事件で国家に虐殺された、傑出した社会思想家にして運動家を新たな文体で描いた、傑作評伝!
※本書は二〇一三年に夜光社から刊行されたものを文庫化したものです。
【目次】
はじめに
第一章 蜂起の思想
第二章 アナキズム小児病
第三章 ストライキの哲学
第四章 絶対遊戯の心
第五章 気分の労働運動
第六章 アナキストの本気
おわりに
文庫版あとがき
脚注
参考文献
解説
人物解説・索引
第5回「いける本」大賞受賞、紀伊國屋じんぶん大 賞2015第6位の新評伝!
労働者、消費者、学生、夫、妻といった社会的アイデンティティを被らされ、「社会」の役に立つように動員されていく現代社会。
その「役に立つ」も、エッセンシャル・ワーカーを除いてはブルシット・ジョブ(デヴィッド・グレーバー)ばかりで、「やってる感」の演出のために長時間労働を強いられるばかり。
かつ、真に必要な仕事は低賃金を強いられ、新自由主義の歪みは極大化している。
“自由で民主主義的な社会”であるはずなのに、なぜ私たちはまったく自由を感じられないのか?
これは、「生の負債化」である。
この「生の負債化」に対し、「生の無償性」が大杉栄のアナキズムの肝なのではないかという視点から、気鋭のアナキズム研究者が生の拡充、相互扶助の大杉思想を現代的に読み解いていく。
アナキズムとは、「支配されない状態」を目指すことだ。
「生の負債化」に抵抗し続け、無支配の世界を構想した男・大杉栄。甘粕事件で国家に虐殺された、傑出した社会思想家にして運動家を新たな文体で描いた、傑作評伝!
※本書は二〇一三年に夜光社から刊行されたものを文庫化したものです。
【目次】
はじめに
第一章 蜂起の思想
第二章 アナキズム小児病
第三章 ストライキの哲学
第四章 絶対遊戯の心
第五章 気分の労働運動
第六章 アナキストの本気
おわりに
文庫版あとがき
脚注
参考文献
解説
人物解説・索引
- 本の長さ416ページ
- 言語日本語
- 出版社KADOKAWA
- 発売日2021/2/25
- 寸法10.6 x 1.6 x 14.9 cm
- ISBN-104044003351
- ISBN-13978-4044003357
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商品の説明
著者について
●栗原 康:1979年埼玉県生まれ。早稲田大学政治学研究科・博士後期課程満期退学。東北芸術工科大学非常勤講師。専門はアナキズム研究。『大杉栄伝 永遠のアナキズム』で第5回「いける本」大賞受賞、紀伊國屋じんぶん大賞2015第6位。2017年、池田晶子記念「わたくし、つまりNobody賞」を受賞。『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』で紀伊國屋じんぶん大賞20174位。注目を集める政治学者である。他の著書に『死してなお踊れ 一遍上人伝』、『学生に賃金を』、『はたらかないで、たらふく食べたい』がある。
登録情報
- 出版社 : KADOKAWA (2021/2/25)
- 発売日 : 2021/2/25
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 416ページ
- ISBN-10 : 4044003351
- ISBN-13 : 978-4044003357
- 寸法 : 10.6 x 1.6 x 14.9 cm
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2023年8月11日に日本でレビュー済み
大杉栄の生涯とその思想を綴った評伝である。
本文の中に、数多くの大杉自身の文章が引用されている為、大杉の思想や人柄を知ることが出来
引用文の中には、難解なものも少なくないが、著者は噛み砕いて解説しているから解りやすい。
ただ、文中に著者自身の感想(それも品のない言葉)が数多く見られるが、それはいい印象を受けない。
また、著者は大杉に傾倒し過ぎてやや客観性を欠いているように思う。
大杉の理想を実現しようとすれば、社会は大きな混乱を招くだろう。
ただクソをクソと気づこうとすらせずに、権威権力に盲従し、権威権力や世の中の欺瞞に対しはっきり抵抗の意思を示す人を誹謗中傷して喜ぶクソ人間が溢れる「奴隷天国令和日本」と戦うツールとして大杉の思想は必要だ。
そういう意味で、この人物に再び光を当てた著者の仕事は評価すべきだ。
本文の中に、数多くの大杉自身の文章が引用されている為、大杉の思想や人柄を知ることが出来
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また、著者は大杉に傾倒し過ぎてやや客観性を欠いているように思う。
大杉の理想を実現しようとすれば、社会は大きな混乱を招くだろう。
ただクソをクソと気づこうとすらせずに、権威権力に盲従し、権威権力や世の中の欺瞞に対しはっきり抵抗の意思を示す人を誹謗中傷して喜ぶクソ人間が溢れる「奴隷天国令和日本」と戦うツールとして大杉の思想は必要だ。
そういう意味で、この人物に再び光を当てた著者の仕事は評価すべきだ。
2024年1月26日に日本でレビュー済み
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著者の書いていた当時の恋人への言い訳や、博士号を取れない理由は、伝記と関係ない。3000円を、周りからもらったって、大杉栄の偉大さとは、全然違う、大杉栄への愛が、少しも感じられない。