小笠原豊樹訳の「プレヴェール詩集」岩波文庫版である。1956年ユリイカ初版の「プレヴェール詩集」に、1958年の昭森社の7編とシャンソン「枯葉」の訳を加え、1991年版の小笠原豊樹による解説と、1959年の雑誌ユリイカ掲載の谷川俊太郎による賛辞「ほれた弱み」を付したものである。
詩集別に分けると、「おはなし(パロール)」から36編、「見世物」から18編、「雨とお天気」から4編、「ものがたり」から25編の計83編+「枯葉」である。(数え間違いご容赦)
プレヴェールは超有名な詩人なので、私が新しく書けるようなことはほとんどない。ここでは別のことを考えてみよう。
訳詩者としての小笠原豊樹の最大の業績は、たぶんマヤコフスキーの詩の翻訳と思うが、マヤコフスキーの詩の翻訳は小笠原豊樹訳以外にはたいへん少なく、他訳者の日本語訳と比較してみることがむずかしい。
しかし、プレヴェール詩の日本語訳はいろいろある。手元には、発行順に、大岡信訳(1968年 新潮社。以下大岡訳)、嶋岡晨訳(1969年 飯塚書店、以下嶋岡訳)、平田文也訳(1972年 弥生書房、以下平田訳)があるので、この3種と比較して、小笠原訳の特徴を考えてみようと思う。なお、私はフランス語はまったく読めないので、原典との比較はできない。
一、「恋する二人」の冒頭(引用間違いあれば、ご容赦)
小笠原訳「恋する二人は立ったまま抱き合い(改行。以下改)夜の戸口によりかかる(改)行き来のひとがゆびさすけれど(改)恋する二人には(改)だれもみえない」。大岡訳「恋しあう二人は抱きあって立ちつくす(改)夜の扉にもたれたまま(改)往来の人は指さしてものいうけれど(改)恋しあう二人には(改)だれひとり かかわりない」。嶋岡訳「愛し合うこどもたちが抱きあって立っている(改)夜のドアにもたれて(改)通りすがりの人びとは彼らを指さす(改)だが愛しあうこどもたちは(改)他人のことなど気にしない」。平田訳「愛しあうわかいふたりが(改)立ったまんまで 抱きあって(改)夜の扉にもたれている(改)通りすがりのひとたちが(改)ふたりを見ては指さすけれど(改)愛しあうわかいふたりは(改)ひとのことなど構いはしない」
●以上、日本語としては、小笠原訳が一番短く、平田訳が一番長い。私見では、小笠原訳は、詩句のリズム、弾け方を重視した訳であり、平田訳は詩句の意味、情念を重視した訳で、大岡訳、嶋岡訳はその中間ではないかと思う。(けっして、小笠原訳が情念に乏しいという意味ではない)
二、「夜のパリ」のラスト
小笠原訳「残りのくらやみは今のすべてを想い出すため(改)きみを抱きしめながら。」。大岡訳「そしてあとの暗闇はそれらすべてを想い出すため(改)あなたをじっと抱きしめながら」。嶋岡訳「のこった闇はそれらすべてを思い出すため(改)この腕にきみを抱きしめて」平田訳「そうしてのこる暗闇は 今のすべてを思い起こすために(改)腕にきみを抱きしめながら」
●やはり、小笠原訳が一番短い。
三、「そして祭はつづく」(平田訳はなく、3種のみ)
小笠原訳「学校はサボるぞ(改)戦争は終った(改)仕事も終った(改)人生は美しい(改)女の子は可愛い」大岡訳「授業なんか出るもんか(改)戦争はおしまい(改)仕事もおしまい(改)人生はえらく美しい(改)娘っ子たちもえらく可愛い」嶋岡訳「学校なんか行かないぞ(改)戦争は終ったし(改)勤めもおしまい(改)ああ人生はすばらしい(改)娘たちはすごくきれい」
●原文ではどうなっているかしらないが、他の訳と比べると、小笠原訳は、日本語の形容詞、副詞、接続詞等を切り詰め、省く傾向にあると思う。
四、エロティック詩「サンギーヌ」の冒頭
小笠原訳「ファスナーが稲妻のようにきみの腰を滑り(改)きみの恋する肉体の幸福の嵐が(改)くらやみのなかで(改)爆発的に始まった(改)きみの服は蝋引きの床に落ちるとき」大岡訳「きみの腰のうえを ジッパーの稲妻がはしり(改)きみの恋する肉体のしあわせな嵐が(改)くらやみのまんなかで(改)とつぜん爆発した(改)きみの服は蝋引きの床に落ちたとき」嶋岡訳「ファスナーはおまえの腰をすべりおり(改)愛らしい肉体の幸せの驟雨は(改)そのシルエットの中央に(改)ふいにきらきら降り注いだ(改)おまえの服は蝋引きの床に落ちた」平田訳「きみの腰に ジッパーの閃光がはしり(改)きみの多情な肉体の幸福な嵐が(改)暗闇のまっただなかで(改)たちまち爆発(改)きみのローブは みがかれた床に落下」
●小笠原訳が一番おとなしい(上品な??)印象を受ける。
最後に、小笠原訳でしか読めない素敵な訳詩「キスして」を引用する。(文庫版219頁)
「光の都の裏町は(改)いつでも暗い。いつでも息苦しい(約12行略)わたしを抱きしめて(改)キスして(改)いっぱいキスして(4行略)ここではみんな死んじゃう(3行略)あなたがキスをやめたら(改)息がつまってわたしも死んじゃう(改)あなたは十五 わたしも十五(改)ふたりあわせて三十歳(6行略)キスして!」
●もしも、似たような歌詞の日本のアイドルソングがあったら、それはプレヴェール詩のコピーなのかもしれない。
無知な蛇足
「花束」の最後の行が小笠原訳では「優勝したひとが出てくるのを待ってるのよ」になっており、意味が分からなかった。これが大岡訳では「待っているのよ 腕ずくであたしをものにしてくれるひと」になっており、平田訳では「あたしをものにしてくれるひと 待っているの」になっていて、それならわかると思ったが、嶋岡訳では、小笠原訳に近い「あたし 勝利者を待っているのよ」になっていて、またわからなくなった。
プライム無料体験をお試しいただけます
プライム無料体験で、この注文から無料配送特典をご利用いただけます。
非会員 | プライム会員 | |
---|---|---|
通常配送 | ¥410 - ¥450* | 無料 |
お急ぎ便 | ¥510 - ¥550 | |
お届け日時指定便 | ¥510 - ¥650 |
*Amazon.co.jp発送商品の注文額 ¥3,500以上は非会員も無料
無料体験はいつでもキャンセルできます。30日のプライム無料体験をぜひお試しください。
新品:
¥935¥935 税込
ポイント: 29pt
(3%)
無料お届け日:
3月31日 日曜日
発送元: Amazon.co.jp 販売者: Amazon.co.jp
新品:
¥935¥935 税込
ポイント: 29pt
(3%)
無料お届け日:
3月31日 日曜日
発送元: Amazon.co.jp
販売者: Amazon.co.jp
中古品: ¥418
中古品:
¥418

無料のKindleアプリをダウンロードして、スマートフォン、タブレット、またはコンピューターで今すぐKindle本を読むことができます。Kindleデバイスは必要ありません。
ウェブ版Kindleなら、お使いのブラウザですぐにお読みいただけます。
携帯電話のカメラを使用する - 以下のコードをスキャンし、Kindleアプリをダウンロードしてください。
プレヴェール詩集 (岩波文庫) 文庫 – 2017/8/19
ジャック・プレヴェール
(著),
小笠原 豊樹
(翻訳)
{"desktop_buybox_group_1":[{"displayPrice":"¥935","priceAmount":935.00,"currencySymbol":"¥","integerValue":"935","decimalSeparator":null,"fractionalValue":null,"symbolPosition":"left","hasSpace":false,"showFractionalPartIfEmpty":true,"offerListingId":"OaGlqVBA8Ta7n77j52%2F9FpjTlr96qxZDoXaaDrwUBKfxHQydHb2c%2BQpSZvHuvG%2Bd8kr7ujShG%2F%2BsPkb1wS1NOxoXLEaT2rFFPAEUxyhMe%2FkM3gdwFInMz6qwuRIkxaP3ojwuRJxtA9w%3D","locale":"ja-JP","buyingOptionType":"NEW","aapiBuyingOptionIndex":0}, {"displayPrice":"¥418","priceAmount":418.00,"currencySymbol":"¥","integerValue":"418","decimalSeparator":null,"fractionalValue":null,"symbolPosition":"left","hasSpace":false,"showFractionalPartIfEmpty":true,"offerListingId":"OaGlqVBA8Ta7n77j52%2F9FpjTlr96qxZDQpFF7jImMu%2B%2BbbM%2Bwxi2bAOl26%2F%2FneyccC6qt0ZGkJpXTM4%2F5UY%2FjxTDDYsADFyEyMS1gLHSvQjIvKh7%2BuE0jov9lV4uG0ujwA3mHL5WLWXGX23DuXW%2BuXLUzoDjduX3EoV5PXBeBQnOL6kwXcCIiv0fIVqXxOIY","locale":"ja-JP","buyingOptionType":"USED","aapiBuyingOptionIndex":1}]}
購入オプションとあわせ買い
「天井桟敷の人々」「霧の波止場」など恋愛映画の名脚本家であり、シャンソン「枯葉」の作詞家でもある、フランスの国民詩人ジャック・プレヴェール(1900―77)。恋人たちの歓喜と悲哀のみならず、戦争や日々の労働のありさまを、ユーモアと諷刺につつんでうたいあげた、ことばの魔術師のエッセンス。(解説=小笠原豊樹・谷川俊太郎)
- 本の長さ304ページ
- 言語日本語
- 出版社岩波書店
- 発売日2017/8/19
- 寸法10.5 x 1.3 x 14.8 cm
- ISBN-10400375171X
- ISBN-13978-4003751718
よく一緒に購入されている商品

対象商品: プレヴェール詩集 (岩波文庫)
¥935¥935
最短で3月31日 日曜日のお届け予定です
残り17点(入荷予定あり)
総額:
当社の価格を見るには、これら商品をカートに追加してください。
ポイントの合計:
pt
もう一度お試しください
追加されました
一緒に購入する商品を選択してください。
この商品をチェックした人はこんな商品もチェックしています
ページ 1 以下のうち 1 最初から観るページ 1 以下のうち 1
登録情報
- 出版社 : 岩波書店 (2017/8/19)
- 発売日 : 2017/8/19
- 言語 : 日本語
- 文庫 : 304ページ
- ISBN-10 : 400375171X
- ISBN-13 : 978-4003751718
- 寸法 : 10.5 x 1.3 x 14.8 cm
- Amazon 売れ筋ランキング: - 198,802位本 (本の売れ筋ランキングを見る)
- - 293位フランス文学 (本)
- - 451位詩集
- - 1,389位岩波文庫
- カスタマーレビュー:
-
トップレビュー
上位レビュー、対象国: 日本
レビューのフィルタリング中に問題が発生しました。後でもう一度試してください。
2017年8月31日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
2020年7月9日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
ズルい! 何年間も探したものです。ユリイカ版はなかなか見つからないし、見つかっても高いし、なにかのアンソロジーとかの詩をかき集めて満足するしかありませんでした。それが岩波文庫だって! 一編の詩を胸に抱いて街を歩く人と文庫をポケットに旅する人と、みんな幸せになればいいな。
2020年2月19日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
「葬式に行くカタツムリの唄」「なくした時間」「結構な家系」など暗誦したい詩がたくさんある。小笠原豊樹さんの訳が素晴らしいと思う。
2017年10月2日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
楽しい詩があふれている詩集である。気がめいった時など開けば、たちどころに気が晴れ晴れするだろう。