この本のタイトル中の「この雑誌」とは、「マンハント」という大人の男性向け雑誌です。
初出のときのタイトルは、「マンハントとその時代」
具体的で、内容の分かるタイトルで良かったのに……
いまや「マンハント」という雑誌名は、政治的に正しく、今風に言えば
「パーソンハント」とでも変えなければならないかも。
男性向け雑誌と銘打っているわけではなく、副題は「世界的ハードボイルド・ミステリィ小説」
アメリカのハードボイルド・ミステリィ小説を翻訳、紹介した文芸誌だったのです。
雑誌「マンハント」は、最後、「ハードボイルド・ミステリィ・マガジン」と誌名が変わります。
その読者欄が「エッグ・スタンド」というのも、ハードボイルド・エッグみたいで、おもしろい。
著者の「鏡 明(かがみ・あきら)」さんは、1948年生まれ。戦後のベビーブーマーです。
著者は、大人の男性向けの「マンハント」のような雑誌を、ドキドキしながら親に隠れて読んで
青春時代を過ごしたのでしょうね。
「マンハント」の中には、カラーヌードピンナップが綴じられていたそうです。(巻頭カラー頁参照)
今日では、インターネットを通じて、カラー画像や動画で何でも手軽に見ることができる時代です。
現代の中高生には何の刺激にもならないような、ドキドキしない「ピンナップ」かもしれません。
今では理解できないような出版道徳の規制があった時代に青春時代をおくった著者です。
著者と同年代の読者ですが、教科書と学校の図書館の本しか知らない「おくて」の少年だったので、
「マンハント」のような大人の男性向け雑誌があることを知りませんでした。
本屋で立ち読みした記憶もありません。
この本は、そんな青春時代を送ったおじいさんから「昔ばなし」を聞くような感じがします。
戦後の若者たちが親にこっそり読んだ、裏街道の二流、三流の雑誌のお話です。
日本の若者編集者たちがアメリカの雑誌から面白そうな小説を選び出し、
とにかく分かりやすく抄訳して、見様見真似で編集して出版した時代があったことを
生き生きとした文体で描いています。
荒削りでありながら、若さがはちれんばかりの雑誌の初々しさが感じられる本です。
そういう雑誌には、ハードボイルド小説も翻訳されて載せられていたそうです。
面白く訳して、いち早く掲載することを第一の編集方針にしたそうです。
今から見ると、ずいぶん大胆に訳したみたいです。
分からないところなんかは飛ばしてしまったみたいです。痛快な訳です。
「鏡 清水俊二さんの訳が抄訳だっていうのは、有名だよね」
「小鷹 清水俊二訳だけじゃないんだよ。全部そうなの!」(61頁)
愉快な裏話です。それで十分読者の要求を満足させた、そういう時代だったみたいです。
翻訳をアルバイトとして請け負った若者(早稲田文学部の大学生とか)は、
とにかく生活の金めあてなので、訳の正確さなんか二の次で、早く訳す。
学校へは行かず、徹夜でやっつけることもあったらしいです。
「小鷹 金のためじゃないんだよ。本気になってやってるんだよ、あれもね。けっこう真面目にやってるんだよ」
「鏡 小鷹さん、ペンネームで書いて、要するに翻訳のふりして、実は自分で書いてる本があるよね」(68頁)
翻訳を、けっこう真面目に楽しんでいたようですね。何でも、真面目にふざける。
なんとなく人生が楽しく思えてくるようなユルさを感じる雑誌だったようです。
ピンアップもあって、ハードボイルド(固ゆで卵)の小説も読めるんですから最高です。
著者と同世代の読者にとっては、その当時の空気が感じられるような文章が満載で、
ドキドキしてきます。
この本は、そういう時代の生き証人の証言記録と言ってもいいかもしれません。
今どきの青少年に参考になるのかならないのか、よくわかんないけど。
そんな青春時代が本当にあったなんて、今となっては信じられないような気もします。
はだかの写真なんか、局部がマジックインクで黒々と塗りつぶされていた時代だったんです。
そんな時代は、今より、かえってヒワイ度は高かったように感じます。エロかった時代だったんです。
今ではインターネット画像のはだかは100%露出なので、ただただあっけらかんとしたものです。
「マンハント」の時代のピンナップように少しは隠したほうが、色気というか、なんというか
ちょっとのぞいて見てみたいという気がして、いいと思いますけど。
「『マンハント』は、繰り返しになるが、幸せな雑誌だったのだと思う。その幸せな気分はまだぼくの中にたくさん残っている。うれしいと思う」(357頁)
「マンハント」を知らなかった読者にも、「この雑誌」のことが伝えられて良かったですね。
物質的には今より貧しかったけれど、結構、希望に燃えて楽しかったですよね、あの時代は。
最後に、小鷹さんの言葉を引用します。
「双葉さんが偉いのはね、双葉さんの訳した『大いなる眠り』は、ここに入っていないんだけど、双葉さんはね、『チャンドラーの作品は枝葉で読む作品だから、余分な部分をけずってストーリーだけ紹介するような抄訳のしかたをしても何もわからない』っていうような発言をしているの」(61頁)
なるほど! とガッテンしました。
村上春樹さんがチャンドラーの古い作品『大いなる眠り』を、
2012年、「原文に沿ってほぼ忠実に訳した」わけが分かりました。そして、
2014年には、同じく古い作品『高い窓』を、
2017年には『水底の女』を、
「細かいところまでできるだけ原文に忠実に、日本語に置き換えてみた」(村上さんの言葉)
というのは、双葉十三郎と同じような考えがあってのことだったのでしょう。
この本『ずっとこの雑誌のことを書こうと思っていた』に書かれたことを読んで、
日本の翻訳文化が、今日までつながって発展してきていることを実感しました。
アメリカの文学が、日本へ紹介された時代を経て、今や、
しっかりと日本語の文芸(文化)として根付いてきていると感じました。読んでよかった。
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ずっとこの雑誌のことを書こうと思っていた 単行本 – 2019/7/3
鏡 明
(著)
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この雑誌がなかったら、いまのぼくはなかった。
一冊の雑誌が人生を変えることだってある。
少年のときに出会った雑誌「マンハント」を通して、
ポピュラー・カルチャーとは何かについて考えてみる。
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- 本の長さ384ページ
- 言語日本語
- 出版社フリースタイル
- 発売日2019/7/3
- 寸法19.6 x 14 x 3.1 cm
- ISBN-104939138968
- ISBN-13978-4939138966
商品の説明
著者について
鏡明(かがみ・あきら)
1948年山形県に生まれる。早稲田大学第一文学部卒。1971年電通入社。広告ディレクターとして様々なCMを送り出すため世界各地を飛び回る会社員生活の傍ら、評論家、作家、翻訳家として精力的に活躍。世界三大広告賞と呼ばれる「カンヌライオン」「クリオ」「ワン・ショウ」を始め、受賞多数。2012年、アジア太平洋広告祭で「ロータス・レジェンド」として表彰、2013年には第33回東京広告協会白川忍賞を受賞している。
著書─『不死を狩る者』『不確定世界の探偵物語』『二十世紀から出てきたところだけれども、なんだか似たような気分』。
訳書─A・メリット『蜃気楼の戦士』、ロバート・E・ハワード『風雲児コナン』、ピーター・S・ビーグル『最後のユニコーン』、『ドアーズ詩集』など。
1948年山形県に生まれる。早稲田大学第一文学部卒。1971年電通入社。広告ディレクターとして様々なCMを送り出すため世界各地を飛び回る会社員生活の傍ら、評論家、作家、翻訳家として精力的に活躍。世界三大広告賞と呼ばれる「カンヌライオン」「クリオ」「ワン・ショウ」を始め、受賞多数。2012年、アジア太平洋広告祭で「ロータス・レジェンド」として表彰、2013年には第33回東京広告協会白川忍賞を受賞している。
著書─『不死を狩る者』『不確定世界の探偵物語』『二十世紀から出てきたところだけれども、なんだか似たような気分』。
訳書─A・メリット『蜃気楼の戦士』、ロバート・E・ハワード『風雲児コナン』、ピーター・S・ビーグル『最後のユニコーン』、『ドアーズ詩集』など。
登録情報
- 出版社 : フリースタイル (2019/7/3)
- 発売日 : 2019/7/3
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 384ページ
- ISBN-10 : 4939138968
- ISBN-13 : 978-4939138966
- 寸法 : 19.6 x 14 x 3.1 cm
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